第114話 (幕間)勇者候補チーム その後3
三国会議が行われるアルバハードで、
エウィ王国の王城にある騎士訓練所では、二人の男性が向かい合っている。両者ともに鉄製の剣を抜き放ち、真剣な眼差しを交差させていた。
一人は勇者候補のシュンである。
国民の生活を見るために村々を巡っていたが、つい先日帰還した。
「でやああっ! 『
「甘いっ!」
シュンの剣が下段から上段に振られるが、相手の男性に
『
攻撃後の硬直を無くし、
「はっ!」
相手の男性は攻撃を読んでいたのか、下段から受け止められる。
そして剣を十字に交差した二人は、力比べに入った。
体格で負けているシュンは、徐々に押されていく。踏ん張って耐えてみるが、相手は体重をかけて圧し潰そうとしている。
「ぐうう。
「ふん!」
シュンが押し返そうと膝に力を入れた瞬間に、相手の男性が剣を引いた。次に巻き込むように動かして、横に
その流れるような動作で、自身の剣が弾き飛ばされて地面に突き刺さった。
最後は眼前に、相手の剣が突き付けられる。
「押し返す瞬間は隙が生まれやすいぞ!」
「ザインさんよぉ。手加減してくれてもいいんだぜ?」
「まさか。限界突破を終えた相手に手を抜くなどできん!」
「相変わらず厳しいな」
「はははっ! だが以前よりは強くなっている」
シュンの相手はザインである。
日本から召喚されて以降、面倒を見てもらっている騎士だ。レベル三十でも簡単にあしらえる強さを持っていた。
「『
「えっと。『
「ほう。「聖なる騎士」らしいスキルだ」
「そうかい?」
「地味だがな。しかし、確実に能力を底上げできるスキルだ」
『
『
それを聞いたシュンは眉をひそめた。
「体重増加ってさ。デブになるのか?」
「違う違う。体型は変わらん。重くなるだけだ」
「へぇ」
「さっきの力比べで使えるぞ」
「そうなのか?」
「押し込まれなくなるな。『
「でも俺じゃなくて、ギッシュのようなタンクに必要なんじゃね?」
「確かにな。だが前衛なら必要だ」
タンクとは、盾職戦士を指す。
最前線で強敵を抑え込む役割だが、敵は一体とは限らない。タンクが強敵を抑えている間に、シュンのような前衛は別の敵を相手にするのだ。
獲得したスキルは、そのときに力を発揮する。雑魚を簡単に跳ね返して、早急に倒すことができるからだ。
そしてタンクが抑えていた強敵を、フルボッコにする。
「戦いの初手では必ずどちらかを使え。基本は『
「『
「まずは身を守ることだ。遠くから矢が飛んでくるかもしれん」
「ザインさんは慎重派だね」
「当然だ。シュンが崩れたら後衛が死ぬ。そうなればチームが壊滅だ」
(まぁそうだな。死なないにしても、怪我で動きが鈍くなるのは駄目だ。さすがはザインさんだな。戦闘経験が豊富だぜ)
騎士ザインは、多くの敵を
経験に裏打ちされた強さは、今のシュンでは足元にすら及ばない。チームでの戦闘経験も豊富で、その言葉には重みがあった。
「シュン、これをやる。受け取れ」
ザインが懐から何かを取り出して、シュンに向かって放り投げる。
それを受け取ってマジマジと見ると、銅製の勲章だった。
「これは?」
「限界突破の祝いだ」
「祝い?」
「本日をもってエウィ王国騎士の末席に加え、騎士裁量権を与える!」
「マジか!」
「多少の制約はあるが、暫くは自由に動いていいぞ」
レベル三十を越えた勇者候補には、騎士裁量権が与えられる。
より早く勇者級に近づいてもらうための処置だ。今後は実践経験を積んで、レベルを上げていくことになる。
ちなみに騎士の階級は、見習い騎士から始まる。以降は下級騎士・中級騎士・上級騎士・宮廷騎士・王宮騎士と身分を上げていく。
勇者候補のシュンは中級騎士待遇である。
「お前は勇者候補だから、普通の騎士とは内容が違う」
「へぇ」
普通の騎士であれば、王国からの命令で動く。しかしながら勇者候補の場合は、自身の裁量で力を付けていく。
もちろん定期連絡などの制約はあり、急な招集にも応じる必要があった。
「シュン……。勇者を目指せなくなったら俺に言え」
「え?」
エウィ王国が勇者候補に望むことは、英雄級から勇者級までの成長だ。とはいえレベルが三十以上になると、ほとんどの者は足踏みしている。
戦いに次ぐ戦いで疲弊して、レベルの上昇が止まるのだ。
そうなった場合は、自身を担当していた騎士に相談する。解決方法が示されたり、内容によっては脱落も進言してくれる。
「英雄級や勇者級になれば、今よりも待遇が良くなんだろ?」
「確約はできんが、爵位や領地などが与えられるかもしれん」
「マジか! なら頑張るぜ」
「はははっ! お前ならやれるさ」
こちらの世界の貴族階級は、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵となる。
また領土に与えられるものではなく、個人に与えられる。平民や異世界人は、功績により名誉男爵位が叙勲される場合があった。
この名誉男爵がザインの言った爵位だが、一代貴族になるのがせいぜいである。階級としては最下位で、男爵よりも下だった。
領地に関しては力量次第だ。
領地経営ができるなら与えられる可能性はあるかもしれない。
「毎月、中級騎士待遇の給金は出る。だが基本的には自分で稼げ」
「騎士裁量権ってそういうことかよ」
「うむ。本格的な自由行動は一週間後だ」
「分かったよ」
「本日の訓練は終わりで良い。俺は汗を流してくる」
「とりあえず仲間に伝えてくるぜ」
それでも、騎士裁量権は魅力的だった。
今までは完全に管理されて、自由な時間などほとんど与えられていない。
それが国内限定とはいえ、自由に動き回れるのだ。定期連絡があるのでサボれないが、スケジュールも好きに組める。
給金制の冒険者が近いかもしれない。もちろん冒険者に給金は出ないが、そう考えるとかなりの待遇改善に思える。
そんなことを考えながら、仲間がいる場所に戻るのだった。
◇◇◇◇◇
勲章を受け取ったシュンは、騎士訓練所の一角で腰を落ち着ける。
そこにはギッシュやアルディスの他に、エレーヌやノックスが休憩していた。今後も行動を共にする勇者候補チームの仲間である。
ザインからの話を踏まえて、今後の行動を決めるのだ。
「騎士裁量権ってやつで自由に行動できるってよ」
「おうホスト。俺も
「限界突破の褒美でしょ。ボクはまだだけどね!」
「でも自分たちで何とかするんだよね?」
「い、いきなりだと困るね」
「そこで、だ。冒険者登録をしようと思う」
「「冒険者?」」
シュンは自身の考えを述べる。
自由と言っても、金銭が無ければ始まらない。ならば冒険者登録をして、魔物討伐の依頼を受ければ良い。
そうすれば、レベルが上がって懐も潤う。もし依頼が無くても、魔物の
その情報を使って、全員で狩りに出かけることも可能である。
「ノックスはどう思う?」
「なるほどね。いいんじゃない?」
「ノ、ノックスさんがいいなら、私もいいと思います」
「アルディスは?」
「構わないわよ。効率が良さそうだしね」
「ギッシュは?」
「さっさとレベルを上げてぇからな。それでいいぜ」
(よし! 満場一致だな。さて次が問題だ……)
全員の了解をとったシュンは、次の提案をする。
この提案により、チームの目的が決まるのだ。
「笑わないで聞いて欲しいのだが、俺らの家を買おうぜ」
「「家?」」
「屋敷が望ましいな。そこを拠点にしたい」
「「ええっ!」」
「テメエ、なに寝ぼけたことを言ってんだ!」
これはシュンが、前々から考えていた話である。
いつまでも与えられた部屋を使うのは限界だった。寮のような場所で壁が薄く、下級騎士や兵士も使っているのだ。
風呂やトイレは共同で汚らしい。飯も共同食堂で、旨くも何ともなかった。
(おっさんが住んでたような大きな屋敷が欲しいよな。見栄えは悪かったが、俺らの拠点としては十分だ。部屋に女を連れ込めるだろうしな)
さすがに与えられた部屋で、夜の情事は難しい。
別れる前のアーシャや口説いた女兵士は、外で済ませていたのだ。しかしながら屋敷が建てられれば、いつでも性欲を発散できる。自室の扉に鍵と隠れる場所、他に抜け道を作っておけば知られることもない。
ともあれ拠点という案には、全員が
やはり、現在の生活環境が悪いと思っているようだ。
「でも、さすがに高いんじゃない?」
「町じゃな。ならノックス、村ならどうだ?」
「村かあ」
「俺らは村を巡って旅をしただろ? 町に近い村なら安いんじゃね?」
「屋敷なんて無かったよ? まさか土地を買って建てる気かい?」
「値段次第だけどな。詳しいことは調べないと駄目だろう」
「土地が買えても、一から建てるとなると……」
国内の村を巡った経験が活きている。
馬車などの移動手段さえ確保すれば、そこまで遠くないはずだ。村の土地は余りまくっていたので、土地の値段は安いと思われる。
もちろん調査する必要はあるが、おそらく希望に沿うだろう。
問題はどうやって屋敷を建てるか、だ。
「それなんだがよ。おっさんに頼む」
「「えええっ!」」
「おっさんが屋敷や倉庫を建てたんだろ?」
「ソフィアさんからは、そう聞いたわ」
「で、でも。森に入れてくれないかも?」
「ボクもエレーヌの言ったとおりだと思うよ」
「土産に肉をくれたしよぉ。案外やってくれんじゃねえか?」
焼き肉が大好きなギッシュは、フォルトに好意的だった。
何とも単純ではあるが、最悪は脅せば良いと思っていそうだ。
「森に入る方法は、グリム様に聞けると思うぜ」
「宮廷魔術師の?
「ザインさんに紹介状を書いてもらう」
シュンの人脈と言えばザインしかいないので、必然的に頼ることになる。
また日本から召喚されたときは、グリムの孫娘ソフィアと一緒にいた騎士だ。魔の森に行ったときも同行したので、それなりに信頼されているのだろう。
とりあえず聞くのは
「面倒な話はホストに任せるぜ」
「ボクの担当騎士よりは
「そっそうですね。任せます」
「じゃあ決まりだ。俺はザインさんに聞いてくるぜ」
仲間との会話を終えたシュンは、ザインと話すために立ち上がった。
本日の訓練は終わったので、まずは居場所を探すところからか。汗を流すと言っていたので、共同の風呂場に向かった。
「もう仲間との話が終わったのか?」
案の定、ザインは風呂場にいた。
シュンも汗を流したいが、彼はもう出るところだった。ならばと近づいて、仲間と話したときの疑問点を伝える。
「ちょっとザインさんに聞きたことがあるんだけどよ」
「構わんが……。長くなるのか?」
「すぐに済むぜ。実はよ……」
結果としては、グリムに対して紹介状は書いてもらえる。
また土地についても考えていたとおりで、都市よりは村のほうが安い。冒険者登録についても、深く
どうやら、シュンの考えは意に沿ったようだ。
「シュンは風呂に入った後どうするのだ?」
「たまには都市に出ようかなってな」
「早速騎士裁量権を行使するのか。門衛には勲章を見せろよ?」
「分かってるって。門が閉まる前には戻るさ」
そして風呂場で汗を流したシュンは、城塞都市ソフィアに出る。
本来であれば、こんなにも簡単に都市に出られない。城内から出るには許可証が必要であり、発行までに数日を要する。
騎士裁量権を行使すると、改めて自由行動のすばらしさに感動してしまう。
(今までの苦労が報われるってもんだぜ。さて、都市に出たなら女を物色してぇところだが、今日のところは……)
城塞都市ソフィアには、多くの人が出歩いている。
ナンパでもしたいところだが、とある人物に会うつもりだった。目的地は決まっているので、シュンは早足で向かう。
「さて、匿ったのはいいんだけど……」
(賊から隠すために匿っているが、神殿が何か変なんだよな。それにまだ落としてねえし、俺の近くに置いておきたい)
シュンの目的地は宿屋である。
泊まっている人物は、村々を巡っていたときに出会った神官ラキシスだ。何度も賊に襲われたので、今は匿っている最中である。
聖神イシュリル神殿に帰せば良いのだが、とある理由で
「お待ちしておりましたわ」
「ラキシス、不便はないか?」
そして目的の部屋に入ると、ラキシスが待っていた。
安宿なので、大した設備は無い。テーブルや椅子、それとベッドがあるだけだ。ならばとシュンは、彼女の対面にある椅子に腰かけた。
まだ口説き落としたわけではないので、真摯な男性を演じる。
(それにしてもいい女だぜ。早くモノにしてぇが……)
ホストだったシュンは、女性に
女性に恋愛感情を抱いた時点で終わりなのだ。どんなに奇麗で性格が良くても、店に金を落とす客。惚れさせた後は、性欲処理の道具として考えている。
それができずに沈んでいった新人ホストを何人も見てきた。
あくまでも「シュンの周囲では」だが、成功を収めたので正解だと思っている。
「不便はありませんわ。ですが……」
「どうした?」
「いえ。神殿に戻りたいのです」
「うーん。神殿はちょっと、な」
「何か問題があるのですか?」
「巡礼者が賊に襲われているのに、何の動きも無いんだぜ?」
そう。シュンは危惧しているのだ。
聖神イシュリル神殿は、エウィ王国に被害を訴えていない。また賊の退治に動いている様子も皆無だった。
これでは再び賊に襲われても、ラキシスを守らないかもしれない。
「なぁラキシス」
「はい?」
「巡礼って期限とかあるのか?」
「特に決められていません。聖地を巡ることが重要なのです」
巡礼とは聖地に参詣して、聖なるものに接近する宗教的な行動である。
城塞都市ソフィアには、聖神イシュリル神殿の本殿が建てられている。他に拝殿できる神殿は、ローイン公爵領とデルヴィ侯爵領に存在する。
その神殿には集団でも個別でも、とにかく向かえれば良いのだ。
そこでラキシスには、シュンたちが送り届けると提案した。
「なら俺らと来ねぇか?」
「え?」
「俺らは今後、自由に行動できるようになったのさ」
「まあ!」
「護衛と思えばいいぜ」
「しかし……。報酬など払えませんが?」
「報酬か……」
(ラキシスの体で、とか言ったら一気に嫌われるだろうな。いきなりキスをするのも駄目だぜ。なら……)
ホストスマイルを浮かべたシュンは、ラキシスの手を取って優しく握った。
それから顔を近づけて、耳元で
「ラキシスに何かあれば俺が悲しいのさ」
「なっ何を仰って……」
「俺を頼ってくれ。俺はラキシスを守りたい」
「っ!」
本日はここまでだ。
まずは、好感度をアップしておく。以降はラキシスの身の上話などを聞き出し、口説き落とすための戦略を練ることにする。
一緒に行動していれば、アルディスのように恋人にする機会はある。
そう思ったシュンは、彼女の説得を続けるのであった。
――――――――――
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