第109話 真祖2

 ソフィアの太腿ふとももに手を伸ばしたフォルトは、ローブの隙間へ手を入れる。この場では不謹慎だが、悪い手は気にしないようだ。

 ただし意識は、吸血鬼の真祖バグバットに向いている。


「ぁっ……」


 フォルトは魔人の力を隠している。

 バグバットの口を封じなければ、今後の自堕落生活に支障が出るだろう。魔人はすべての種族の敵対者である。

 エウィ王国から討伐令など発令されても困るのだ。


「フォルト殿とお呼びしても?」

「いいよ。こっちはバグバットと呼ぶ」

「構わないのである。勝てそうもないのである」

「どうだろうな。やってみるか?」


 バグバットからめられないように、フォルトが上だと演出する。ソフィアから演技が下手だと言われていたが、主導権を握られたくない。

 一見した感じは、相手のほうが強そうだ。髪型はオールバックで中肉中背。映画に出てくるような悪者の幹部に見える。

 そのての登場人物は、大抵強敵だった。


「戦いは困ると言ったはずであるが?」

「そうだったな。しかし、よく魔人と分かったもんだ」

「称号からの推察であるが、フォルト殿が着用している服であるな」

「え? これ?」


(この吸血鬼のコスプレみたいな服はバグバットの服なのか? でもカーミラの元主人が着てた服だよな? 返せばいいのか?)


 確かにフォルトの服は、バグバットが着用するとしっくりくる。吸血鬼なので当然だが、この服はカーミラが用意したものだ。

 何か接点でもあったのだろうか、と思う。


「随分と昔であるが、暴食の魔人に食べられたである」

「へ、へぇ」

「復活するまでに時間がかかったものである」

「食べられても平気なんだ……」

「その程度で吾輩わがはいは滅びないのである」

「ふーん」


 カーミラの元主人は、暴食の魔人である。ならばバグバットを食した後に、服を奪い取ったのかもしれない。何とも想像したくない過去だ。

 そして、吸血鬼は不老不死だが無敵ではない。

 フォルトのいた世界だと、銀の十字架や太陽が弱点と言われていた。こちらの世界の場合、魔法の武器でなければ傷も付かないと聞いている。

 こちらも同様に戦いたくないので、話を穏便に進めた。


「じゃあ服を返さないとな」

「そのままで良いのである。吾輩は今の服が気に入っているのである」

「そっそうか」


(着慣れているので要らないならもらっておこう。でもカーミラの元主人と因縁があったようだなぁ。彼女がいないのは幸いだが……)


 カーミラ自身が、バグバットと面識があるかは分からない。

 この場で聞くとやぶ蛇になるので、彼女のことは黙っておく。


「お聞きしたい件があるのであるが?」

「答えられる話なら……」

「その前に、ソフィア殿がお疲れのご様子である」

「え?」

「はぁはぁ」


 バグバットに促されたフォルトは、隣に座るソフィアを見る。

 彼女は顔を真っ赤に染めて、荒い息を吐いていた。体に力が入っておらず、こちらにもたれかかっている。


「ソ、ソフィアさん?」

「フォルト、様……」

「大丈夫ですか?」

「は、い」


(ヤバい。やってしまったな。顔が高揚している。まったく俺の手は悪い手だな。勝手にイカせるなど、俺の意識とつながっているときにしてくれ)


 バグバットに遠慮して、フォルトを拒めなかったらしい。

 それを見かねたようだが、時すでに遅く悪い手は湿り気を帯びていた。


「フォルト殿は手癖が悪いようであるな」

「あ、はは……」

「それにしても珍しい魔人であるな」

「そうか?」

「話が通じる魔人である」

「珍しいということは……。他にも?」

「魔王スカーレットは話が通じたのであるな」

「なるほど」

「基本的に他種族には興味が無く見下す以前の問題であるな」

「へえ」

「竜がありを見るのと同じことである。聞く耳など無いである」


 どんなに小さい魔人でも、人間からすればはるか上の存在である。天界の神々と同列と考える者さえいた。

 もしも出会えば、大罪に見合った死を迎えるだけだ。


(暴食なら食べられ、色欲なら死ぬまで犯され、傲慢なら力で踏み潰される感じか。嫉妬とかも受けた側は即殺されるんだろうな)


 通常の魔人は、概ねそのとおりだ。

 大罪に見合った死とは、そういうことである。しかしながら、話の通じる魔人も存在する。話が通じる竜もいる。それと同様なのだろう。

 ほとんどが、好奇心からくるものだそうだ。


「それで俺に聞きたい件とは?」

「なぜソフィア殿と一緒にいるのであるか?」

「答える必要が無いな」

「で、あるか」

「一つだけ言えることは、彼女は俺の庇護下ひごかだ」

「ならば危害を加えないであるか?」

「逆に手を出したら殺す!」


 最後は語気を強めた。

 フォルト自身と身内に手を出したら殺す。加えて近しい者も同様である。この信念は、永遠に揺るがないのだ。

 バグバットがソフィアに手を出すなら、面倒でも殺すしかない。


「身を案じているだけである」

「ソフィアさんが好きなのか?」

「気に入っているだけである」

「ふーん」

「フォルト殿は好いているのであるかな?」


 随分とソフィアを気遣っているので、少し意地悪な質問をした。とはいえ同様の返しをされて、フォルトは戸惑ってしまう。

 改めて好きかと問われても困る。たとえ好いていても、彼女からは嫌われていると思っていた。今もセクハラをしたばかりだ。

 いや、もはや通報レベルである。


「どっどうだろうな。それよりも内緒にしてくれるか?」

「アルバハードに手を出さないのであれば約束するのである」

「俺と身内に手を出さないならいいよ」

「それで良いのである」

「アルバハードって何かあるのか?」

「で、あるな。しかし、お伝えすることは無理である」

「ふーん」


 どうやらバグバットは、アルバハードにこだわりがあるようだ。

 フォルトは口約束に嫌な思い出を持つが、この約束は守るつもりだった。もちろん怠惰なので、手を出す気は微塵みじんも無い。

 そして興味があるのは、ソフィアを絶頂させた手法である。双竜山の森に帰還したら、是非とも身内に実践したい。


「色欲が強いようであるな」

「あ、はは……」

「他には……。傲慢と怠惰もお持ちであるか」

「答える必要が?」

「いえいえ。詮索するのはやめておくのである」

「とにかく、俺はソフィアさんの護衛だ」

「そういうことにしておくのである」

「ではお暇したいが……」


 来訪の目的は、ソフィアの挨拶だった。

 ならばもう、宿舎に帰っても良いだろう。フォルトが言葉を濁すと、バグバットは口元に笑みを浮かべて察してくれた。


「ソフィア殿の挨拶は受け取ったのである」

「悪いな」


 バグバットは優雅な仕草で立ち上がった。

 続けてソフィアに目を向け、フォルトに対して口を開く。


「まだお疲れのご様子であるな」

「あ、はは……」

「吾輩は退席するのである」

「わっ悪いな」

「お帰りの際には、扉の前の執事に伝えるのである」

「そうしよう」

晩餐会ばんさんかいで再会するである!」


 それだけ言うと、バグバットは応接室から出ていった。

 ソフィアが言ったように、とても紳士的な人物である。簡単な口約束を破ったアイナたちに比べると、信用が置けそうな気がした。

 人を信じられなくなったフォルトでさえ、だ。


(晩餐会か。そう言えば、三国会議の最初と最後だっけ? ソフィアさんは両方に参加するとか……。なら護衛の俺も参加ってことか)


 三国会議の初日。本日であるが、夜には晩餐会が開かれる。

 フォルトは人間嫌いなのに、人間が集まる場所に出席だ。ソフィアの護衛を決めたときに覚悟していたが、いざ当日となると腰が重くなる。


「ソフィアさん、大丈夫ですか?」

「はい。本当にもぅ……」


 嫌そうな表情に変わったフォルトは、息が整ってきたソフィアに話しかけた。すると彼女のほほが、プクッと膨れている。

 もちろんやり過ぎたのは分かっている。代償として、彼女からたたかれても甘んじて受けようと思っていた。


「フォルト様は……」

「はい?」

「私が欲しいのですか?」

「え?」

「あ、いえ……。忘れてください!」


 フォルトは叩かれる覚悟をしていたが、ソフィアは怒ってはいないようだ。

 欲しいと言えば欲しい。とはいえ、後一歩が踏み込めない女性だ。原因は分かっており、彼女との出会いから今までの経緯が関係している。

 残念ながら、口で説明するのは難しい。


「どうにかなるものなのか?」

「何か仰いましたか?」

「こっこっちの話です」

「………………」

「では帰りましょうか」

「はい。バグバット様には失礼なことをしました」

「挨拶は受け取ったようですよ」

「なら良いのですが……。それにフォルト様の件も……」


 バグバットに称号を見る目があるとは思っていなかった。

 もし知っていれば、フォルトを連れてこなかっただろう。と言いたげな表情を、ソフィアは浮かべている。


「気にしなくていいですよ。バグバットは紳士なのでしょう?」

「え、えぇ……」

「約束を破ったら俺も破ります」


 フォルトが魔人だと知っている人物は、身内とソフィア以外には存在しない。なので世間に広まれば、バグバットが約束を破ったことになる。

 恩には恩をあだには仇で返すべきだ。


「それよりソフィアさん」

「はい?」

「気持ち良かったですか?」

「しっ知りません!」


 こういうところが駄目男なのだろう。

 フォルトの脳裏には、誰かが言ったデリカシーという言葉が思い出された。日本にいた頃なら、確実に干される。

 二人は扉の外で待機していた執事に声をかけて、バグバットの屋敷を後にする。これ以降に立ち寄る場所は無いので、そのまま宿舎に帰還した。


「お、お食事のときは呼びに参ります」

「うん。それまでは寝る!」


 ソフィアは頬を赤らめながら、部屋の前から立ち去った。純情である。恋愛経験がゼロなので、とても初々しい。

 そして部屋に入ったフォルトは、待機していた身内に声をかけた。


「レイナスを連れてきたか」

「えへへ。じゃんけんで勝ったようですよぉ」

「みんなの食事はルリに任せてきましたわ」

「なら大丈夫だな」

「ちゅ」


 レイナスが聖剣ロゼを床に放り投げて、フォルトの首に巻き付いた。

 続いて頬に口付けされ、デレッとしてしまう。相変わらずの愛情表現でも、おっさんには刺激が強い。

 緩んだ顔に変わるのは仕方がないことだ。


「これから寝るところだが、その前に……」

「はい!」

「御主人様! 私もでーす!」

「もちろんだ」


(俺もソフィアさんでたかぶってしまった。でも昨日はシェラを壊しそうだったし、少し自重しないと駄目だな)


 身内がいない時間は、フォルトのストレスがまる。しかもそのまま色欲を発散すると、大変な事態となる。

 やはり、双竜山の森から出るべきではない。三国会議が終わったら、今後は外出することもないだろう。

 そう思いながら、ベッドにダイブしたのだった。



◇◇◇◇◇



 自身の執務室に戻ったバグバットは、新しく注いだワインを一口飲む。

 アンデッドなので汗は出ないが、今は流れ出した錯覚を覚えていた。


「ふぅ。吾輩としたことが、冷静さに欠けたのであるな」


(まさか魔人が現れるとは……。詳しくは分からないのであるが、嫉妬の魔人スカーレットと同様に話が通じるのである。助かったである)


 バグバットはワイングラスをテーブルに置き、腕を組んで目を閉じた。短時間だったが、とても濃い時間を過ごしたのだ。

 今回の三国会議は重要だが、それ以上の案件が発生してしまった。さすがに無視するわけにもいかず、脳裏で様々な情報を思い描いていた。


(吾輩の服、暴食の魔人、ソフィア殿、聖女、異世界人、「帰ってきた者」、護衛、エウィ王国、勇者召喚、聖神イシュリル)


 フォルトについて、まずは簡単にまとめた。

 これが、濃い時間の中身だ。短時間で手に入れた情報を使い、アルバハードの脅威にならないかを探る。


「導き出される答えは遠そうであるな」


(吾輩の服と暴食の魔人……。シモベのリリスがいるであるか?)


 ふと昔を思い出して、バグバットは苦笑いを浮かべる。自分が食われるさまを眺めていた小悪魔を思い出したのだ。

 しかも、邪悪な笑みを浮かべながら……。


(やれやれである。一度は追い詰めたであるが、主人の居場所に誘われていただけであったとは……。あの小悪魔がいるとなると厄介であるな)


 カーミラと因縁があるバグバットは、頭を振って天井を見上げる。しかしながら今は、フォルトのことを深く掘り下げるのが先だった。

 優先順位を間違えてはいけない。


「次にソフィア殿、聖女、勇者召喚、異世界人の線であるな」


(勇者召喚された異世界人が魔人になった可能性は、無きにしもあらずであるな。暴食の魔人は消滅したはずであるが、シモベのリリスがいるとなると……)


「儀式であるか。ならば称号が理解できるである」


 バグバットは頭脳をフル回転させて、今までの情報から答えを探す。

 ソフィアという人物から、異世界人の存在まで導き出した。様々な情報を持っているので可能だったが、どれも憶測の域を出なかった。


「知ったところで意味は無いのであるな」


 それが答えである。

 いくら吸血鬼の真祖であっても、魔人には勝てないのだ。と言っても、バグバットが負ける可能性は低い。

 事実、暴食の魔人に食べられても存在している。


(あのときは殺す気で戦っていたら消滅していたである)


 アンデッドに痛覚は無いが、それでも身震いしてしまう。

 かの魔人には話が通じなかった。バグバットは触手に絡めとられて、ただの食料として食われたのだ。

 そのような体験は、もう御免であった。


「話が通じるならば、友好関係の構築は可能であるか?」


(ソフィア殿に手を出さなければ、アルバハードは安全である。約束は守る男だと感じたのである。それに間違いはないのである。過信は禁物であるが……)


 目を開けたバグバットは、空になったグラスにワインを注ぐ。

 とりあえず、今は情報が足りていない。秘密に迫っても意味は無いが、何の対策もしないのは愚の骨頂である。

 友好関係が結べれば御の字か。


「まずは情報収集である。関係の構築が急務であるな」


 バグバットは席から立ち上がる。

 そして、ワイングラスを片手に窓を開けた。夜風が部屋に入ってくるが、もちろん涼むための行動ではない。

 グラスを持たない手を前に伸ばし、とある魔法を使った。



【パリバーラサモン・ジャイアントバット/眷属召喚・大蝙蝠おおこうもり



 一口に召喚魔法と言っても、様々な系統がある。特定の眷属けんぞくを召喚する魔法は、通常の召喚魔法より使い勝手が良い。

 フォルトの場合だと、ニャンシーやルーチェを呼びだせる魔法だ。しかしながら使えないので、彼女たちは魔界を走っている。

 召喚された大蝙蝠は、窓から飛びだして空高く舞った。


「行くである」


(近づくのは危険である。半径二百メートルは離れるである)


 バグバットは思念を飛ばして、自身の眷属に命令を下す。

 それを受けた大蝙蝠は、軌道を変えて自由都市の中に消えていった。今夜の晩餐会で再開するが、フォルトの行動を監視させるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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