第108話 真祖1

 ヴァンパイアとは、吸血鬼と呼ばれる夜の支配者だ。

 アンデッドとして永遠の命を持つものの、その力はピンキリである。すべての吸血鬼は一人の男性を頂点として、その支配下に入っていた。

 その男性こそが、真祖と名高い「始まりのヴァンパイア」である。


「エウィ王国のワインは味わい深いである」

「ふふっ。フェリアスのワインと比べるといかがかしら?」


 少し薄暗い部屋の中で、二人の男女がソファーに座っている。

 ワイングラスを持つ男性は、自由都市アルバハードの領主バグバット。つまり、始まりのヴァンパイアである。

 そして、彼と向かい合う美しい女性。緑色の長髪を後ろに流して、森の匂いを漂わせていた。特徴的なのは、その髪から見える長い耳か。

 森の妖精とうたわれるエルフ族であった。


「森の恵みから造られるワインは最高である」

「今回はドワーフ王が自ら厳選しましたわ」

「すばらしいのである。吾輩わがはいはドワーフかも、である」

「お酒へのこだわりはドワーフ以上だと思いますわ」

「はははっ。しかしながら、女王は参られないであるか?」

「今回の三国会議では、私が女王様の名代を務めますわ」

「ふむ。であれば……」

「厳しい戦いになりますわね」

「致し方ないですな。吾輩には何もできないのである」

「分かっております」

「ならばよろしいのである。争いは愚の骨頂である!」


 バグバットは真祖として力がありながら、常に中立を保っている。

 ただの博愛主義者なのか、もしくは何か考えがあるのか。真意は誰にも分からないが、どの国にも肩入れすることはない。


「ときにバグバット様……」

「なんであるかな? クローディア殿」

「魔人の地については?」

「北東の島ルニカがどうかしたであるか?」

「いえ。あれから憤怒の魔人も戻っていませんわ」

「かの地は触れぬがよろしい」

「そう、ですか……」

「魔導国家ゼノリス」

「っ!」


 意味深な会話が続いていた。とはいえ二人は、不老不死の吸血鬼と長寿のエルフ族である。人間には分かり得ない内容かもしれない。

 バグバットはワイングラスをテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がった。


「バグバット様?」

「クローディア殿。一つ、面白い話をお聞かせするのである」

「ふふっ。楽しみですわね」

「魔人とは、世界の意思である」

「え?」

「天界の神々は、世界を手に入れただけなのである」

「どういう意味でしょうか?」

「神々とは侵略者である。魔人は世界の原住民なのである!」

「なっ何ですって!」


 バグバットの話を聞いて、クローディアは驚愕きょうがくの表情を浮かべた。

 世界は天界の神々が創造したとされている。もしも彼の話が本当ならば、創世神話が覆る内容だった。

 魔人の世界を、天界の神々が奪い取ったのだから。


(なぜ魔人が大罪の力を持つのか。世界の悪戯であるか? それとも侵略者の神々に対する当てつけであるか。クローディア殿に問うても……)


 クローディアの表情が変わるのを、バグバットは気付いた。

 薄い笑みを浮かべたので、きっと冗談と思ったのだろう。


「ふふっ。本気にするところでしたわ」

「滅相もないのである。吾輩も世界の意思によって誕生したのである」

「えっ!」

「たまに口にしないと、吾輩は気が狂いそうになるのである」

「それを……。私に話しても?」

「すべてを忘れるので大丈夫である」


 薄暗い部屋の中、バグバットの両目が深紅に染まっていく。するとクローディアの目が虚ろになり、ソファーに背を預けて天井を見上げた。

 真祖は人を魅了する邪眼を持つ。しかしながら邪眼とは、様々な効果を発揮する能力である。魅了の邪眼は、そのうちの一つでしかない。


「クローディア殿?」

「あ……。何の話だったかしら?」

「厳選されたワインの礼を述べたまでであるな」

「そうでしたか。それでは私は用事がありますので……」

「次回は女王の来訪をお待ちしているのである」

「はい。お伝えいたしますわ」


 立ち上がったクローディアは、背を向けて部屋を出ていく。

 バグバットはワイングラス手に取り、ニヤリと口角を上げた。今回の邪眼は、人の記憶を忘却させる能力である。

 そしてワインの味を楽しんだ後、ソファーに座り直した。


「魔人の地ルニカであるか」


(魔人は他の種族に興味がないのである。同族すらも……。滅びたくなければ、あの島には近寄らぬが吉である)


 バグバットの独り言が響いたとき、部屋の扉がたたかれる。

 入室の許可を出すと、執事が入ってきた。


「旦那様、クローディア様を屋敷の外までお送りしました」

「わざわざ報告ということは、別の客人であるか?」

「はい。エウィ王国のソフィア様が応接室でお待ちです」

「懐かしいのであるな。二年ぶりの再会である」

「こちらにお呼びいたしましょうか?」

「吾輩が行くのである」

「はい」


 バグバットはワイングラスをテーブルの上に置き、執事と共に部屋を出た。

 ソフィアと初めて出会ったのは、勇者の従者だった頃である。また三国からの贈物を、自国の酒に変えるよう提案したのは彼女だ。

 おかげで酒好きになったと思いながら、応接室に向かうのだった。



◇◇◇◇◇



 宿舎を出たフォルトは、昨晩の話を思い出す。

 隣を歩くソフィアは、アルバハードの領主に挨拶に向かうと伝えてきた。護衛をする約束なので、当然のように供をしている。


「今日はそこだけですか?」

「えぇ。ですが面会する数は減らしたつもりですよ」

「気を遣ってもらって悪いね」

「ふふっ。フォルト様の性格は把握しています」


 すでに、フォルトのやる気は半分以下だった。元よりやる気は無いのだが、カーミラが頑張っているので、少しはマシである。

 彼女には毎日、違う身内を連れてきてもらう予定になっている。現在は双竜山の森に、シェラを運んでいる最中だ。

 順番は任せているため、誰が来るのかは後のお楽しみだった。


「えっと。シェラから聞いたけど、アルバハードの領主は……」

「吸血鬼です」

「大丈夫かね?」

「とても紳士な御仁ですよ」

「へぇ。真祖とも聞いたけど?」

「はい。それについては隠していらっしゃいませんね」

「俺の出番がないことを祈るよ」


(実際に戦うとなれば面倒臭そうだ。カーミラでも勝てないなら、俺はどう戦えばいいのやら……。魔法が効けばいいなぁ)


 戦闘訓練をやっていないフォルトだが、オーガを倒したことはある。

 また自身の能力を把握するために、様々な実験を行っていた。とはいえ、相手の強さを測ることはできない。しかも、学生のときに所属した部活は文化部だった。殴り合いの喧嘩けんかもしたこともない。

 それに伴って、戦い方も魔法を主軸にしている。


「ところでソフィアさん」

「何でしょうか?」

「ダルいので飛んでいきません?」

「嫌です」

「え?」

「そっその……。フォルト様は破廉恥です!」


(どうやら嫌われたようだ。まぁセクハラ全開だったしな。でもそれは、悪い手のせいだ。勝手に動くのだからな!)


 フォルトが両手をワキワキと握り締めると、ソフィアがプイっとソッポを向いてしまった。現在の姿はおっさんなので、傍から見ると変態に見られそうだ。

 そして溜息ためいきを吐きながら歩いていると、目的の場所に到着した。


「はぁ……」

「着きましたよ」


 それでもソフィアは、あまり人間がいない道を通ってくれた。

 これ以降は領主の屋敷に入るので、フォルトは空気になる。相手を意識せずに、目を合わせないのがコツだ。

 視線を向けるのではなく、視界に入れる感じにすれば相手に気取られない。


「俺はどうすれば?」

「一緒にいてもらえれば助かります」

「そうですか」


 二人は屋敷の執事に、応接室に通された。

 この場で領主を待つことになる。一応は護衛なので、ソフィアが座ったソファーの後ろに立っておく。後は空気になることだった。

 幸いにして、それは成功している。

 茶を持ってきたメイドらしき女性は、フォルトの存在に気付いていない。出されたカップが、ソフィアの分だけだった。


(ふふん。マリには悪いが、これは俺の特技になるな。まぁ他人の役に立たない特技だけどな。つまり、特技は無しのままか……)


 このような特技は、マリアンデールのつまみ食いと大差がない。よって、特技が無いコンビは継続である。

 そんなことを考えていると、応接室の扉が叩かれた。

 中に入ってきた人物は、男性が二人だった。先ほど案内してもらった執事と日本を感じさせるスーツの男だ。


(ブラウンのスーツだと? まさか異世界人……。なわけないか。数百年前にどっかの国を滅ぼしたとか? というか似合ってるな!)


 顔はアンデッドらしく青白いが、髪をオールバックに決めたナイスミドル。

 それが、アルバハードの領主バグバットである。


「お待たせしました。旦那様がお見えです」

「はい」


 ソフィアは立ち上がり、恭しく礼をする。しかしながら、フォルトは微動だにしない。空気なのだから、相手に気取られては駄目なのだ。


「久しぶりであるな。吾輩、お会いするのを心待ちにしていたのである」

「バグバット様もご壮健のようで……」

「はははっ! 酒のおかげで毎日が充実しているのである」

「ふふっ。今回の味はいかがでしたか?」

「帝国よりは、と……」

「相変わらず手厳しいですね」

「前回よりは味わい深かったのである」


 酒が好きとは聞いていたが、最初から酒の話である。

 フォルトも酒は好きだった。しかもタバコも吸っており、仕事を辞めたときに一度倒れたことがある。

 そのときに片方をやめる決断をして、酒を止めたのだ。禁煙は無理だったが、異世界に召喚されてからは吸っていない。


(そう言えばタバコを吸っていないな。こっちの世界にあるのか? 久々に酒も飲みたいなぁ。料理にも使えるし、カーミラに言って奪ってきてもらおう)


 魔人は病気とは無縁である。

 酒を飲もうがタバコを吸おうが、今のフォルトなら問題ない。


「ときにソフィア殿?」

「はい」

「後ろの男は何者であるかな?」

「護衛ですが……」

「護衛であるか。そうは思えないのである」

「え?」


(クソ。空気になり損ねたか? まだまだ修行が必要だな)


 フォルトは空気になりきっていたので、バグバットに見破られて落胆した。

 実のところ、先ほどのメイドらしき女性も気付いていた。とはいえ護衛だと思っていたので、茶を出さなかっただけである。


「護衛のフォルトであります!」


 つい自衛隊のような敬礼をしてしまう。

 四十年以上も日本人なので、このての癖は治らないものだ。


「「帰ってきた者」「大罪をまといし者」「神々の敵対者」であるか?」

「なっ!」

「ソフィア殿に「聖女」が無いとは……」

「えっ!」


 バグバットの言葉に、フォルトとソフィアは絶句する。

 なぜか分からないが、それぞれの称号を言い当てたのだ。思わず危険を感じて、片手を前に突き出した。


「おっと。戦いは困るのである」

「………………」

「失礼。まさか魔人がソフィア殿の近くにいるとは思わず……」

「ちっ。スキルか?」

「そんなところである。戦う気はないである」


(吸血鬼の真祖、か。警戒しておくべきだったな。でも、称号を見破るスキルがあったのか。戦う気がないと言うが……)


 緊張感が一気に高くなってしまったが、バグバットは両手を上げた。

 こちらの世界での意味は分からないが、戦う気がないのは本当のようだ。


「よろしければ、ソファーに座るのである」

「ふむ。いいだろう」


 最近は傲慢にも拍車がかかっている。

 フォルトは偉そうに振る舞うことが多くなっていたが、それについては気にしていない。流れに身を任せている。

 バグバットから言われたとおり、ソフィアの隣へ座った。まだ彼女は驚いた顔をしていたが、戦闘にならなそうなのでホッと息を吐いた。


「ふぅ」

「驚かせてしまったようであるな」

「まったくです。バグバット様は唐突過ぎます」

「しかし「聖女」の称号が無く、アルバハードに訪れたのは……」

「お察しのとおりです。まだ次の聖女は任命されていません」

「それは言っちゃってもいいの?」


 ソフィアが話している内容は、エウィ王国の重要機密事項だろう。しかしながらフォルトに顔を向けて、笑顔で大丈夫と伝えてきた。


「言わなくてもバグバット様にはお見通しです」

「そっか。今の状況から考えれば分かっちゃうだろうしね」

「思慮深い御方ですから……」

「ソフィア殿には敵わないである」


(まぁ俺にはどうでもいい話だけどな。それよりも、だ。魔人を脅威と感じていないのか? それとも魔人って大したことがないとか?)


 憤怒の魔人グリードは、魔導国家ゼノリスを滅ぼした。しかも十年前の勇魔戦争を勃発させた魔王は、嫉妬の魔人スカーレットである。

 フォルトも魔人になったことで、この力は脅威だろうと思っていた。にもかかわらず吸血鬼の真祖は、魔人の存在を恐れていないようだ。


「分かるのは称号だけか?」

「レベルやスキルなどは分からないのである」

「ふーん。内緒にしてもらえれば助かるけど?」

「さて。どうするべきであるか……」


 バグバットの対応に、フォルトは警戒感を強める。カーミラ以上の強者なので、口を封じるには骨が折れそうだ。

 そんなことを考えながら、ソフィアの太腿ふとももに手を伸ばすのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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