第107話 自由都市アルバハード3
自由都市アルバハード。
バグバットという吸血鬼が領主を務め、領内での争いは禁止されている。都市内は吸血鬼の衛兵が巡回しており、法を犯す者を取り締まっていた。もちろん、物理的な争いという意味である。口
吸血鬼は不死者と呼ばれるアンデッドだが、この都市では人間と共存している。高い知能を持ち、生者の敵というわけではなかった。
「ふーん」
どのような争いにも加担せず、常に中立を貫いている。しかしながら、敵対した国には容赦が無い。数百年も前の話だが、実際に滅びた国が存在するらしい。圧倒的な不死者の大軍で生者を
そして、アルバハード以外は興味が無いようだ。滅ぼしても占領しておらず、敵対の愚かさを示した後は帰還したらしい。
「カーミラ、吸血鬼って強いの?」
「そうですねぇ。ピンキリでーす!」
「へぇ」
「真祖と呼ばれる吸血鬼なら、私でも勝てませーん!」
「それは凄いな」
リリスのカーミラは、レベル百五十の悪魔である。
それで勝てないなら、吸血鬼の真祖は相当強い。とはいえ彼女が言ったように、真祖以外の吸血鬼は個体差が激しい。
そもそも吸血鬼となる前は、普通の人間だったりする。強さに下駄を履いたようなものなので、元の存在が弱ければ弱い。
ただし、魔法や魔力を込めた武器しか効果が無い。といった観点で考えると、どんなに弱くても一般兵じゃ倒せない。
といった話を、フォルトはベッドの上で聞いていた。
「アルバハードの領主は真祖ですわ」
「シェラの知り合い?」
「いえ。魔族の国とも交流がありましたので……」
「なるほどね」
真祖とは、吸血鬼の始祖にあたる。
つまり、始まりのヴァンパイアだ。誕生については、様々な説が飛び交っている。中でも自然発生したという論説が、一番有力だった。
これについては、正解が世間に伝わることはないだろう。
(吸血鬼の真祖なら不老の大先輩だな。もし出会ったら、暇潰しの方法でも教えてもらいたいもんだ。まぁ今で満足だけど……)
フォルトは天井を見上げながら、おっさん思考で考えてしまう。
魔人は悪魔と同様に、永遠の命を持つ存在である。何かしらアドバイスを聞ければ良いなと、心の中で
もちろん怠惰なので、自分から動くことはない。
「それにしても……。ルリかレイナスがいないとオヤツも無いな」
「でも夕飯が近いですよ?」
「そうだった。そろそろ来るかな?」
カーミラやシェラと行為をして、小一時間ほど経っている。
そう思ったフォルトは、上体を起こして部屋の入口を見る。するとタイミングが良いのか、トントンと扉が
「開けていいですよ!」
「失礼します。フォルト様、お食事の準備が整いました」
「今すぐ行きます!」
扉を開けたのはソフィアである。
早速ベッドから出たフォルトは、彼女に連れられて食堂に向かう。当然のように、カーミラとシェラも一緒だ。
そして食堂では、彼女の祖父グリムが待っていた。
長テーブルの先に座って、フォルトたちを手招きしている。宿舎は彼の好意で使わせてもらえるので、さすがに断れない。
フォルトたち三人は右側、ソフィアは左側の席に着いた。
「ほっほっ。やはり
「必需品です」
「そのようじゃの。しかし、どうやって連れてきたのじゃ?」
「内緒です」
「ふむ。知らぬが仏かのう」
「ははっ。面倒事になるだけですからね」
「そうじゃな。とにかく料理を運ばせよう」
「ありがとうございます」
グリムが使用人を呼ぶと、テーブルの上に豪勢な料理が並ぶ。
一流のシェフでもいるのだろうか。食欲をそそる匂いに、
(フランス料理みたいな感じだ。でも、腹の足しにならないんだよな。有名店に行ったことはあるけど、帰りにラーメンと
それでもフォルトは、少しでも多くの料理を食べる。
しかも小さな肉料理が運ばれてくると、切り分けもせずに一口で平らげた。カーミラに至っては、口の中に放り込んでくる。
グリムとソフィアは、テーブルマナーができている。ナイフとフォークを使って、ゆっくりと切り分けながら食べていた。
ちなみにシェラは、恥をかかないぐらいのマナーはできている。
「よう食うのう。追加の料理を頼む」
「はい」
料理の減り具合を見かねたグリムが、近くにいる使用人に声をかけた。
そしてシェラに目を向け、フォルトに対して注意を促してくる。
「そこの魔族を外に出さぬようにするのじゃ」
「分かっていますよ。シェラは部屋にいてね」
「はい。私も人間がいる町には出たくありませんわ」
「ははっ。俺もだ」
人間嫌いのフォルトは、シェラに追従する。
与えられた部屋で、惰眠を貪るのが一番。と考えたところで、ソフィアが
「ですがフォルト様」
「何ですか?」
「残念ながら明日は町に出ますよ」
「嫌です」
(ソフィアさんは何を言い出すのだろう。外に出るわけが……。って、俺は護衛だったな。つい即答してしまった)
苦笑いを浮かべたフォルトは、アルバハードに訪れた目的を思い出す。
それにしても、残念な子を見るようなソフィアの視線が痛い。
「あのう……」
「失礼。心の声が出てしまいました」
「大丈夫ですか?」
「本当に仕方なくですよ?」
「ふふっ。お願いしますね」
「で、外出の目的は? もぐもぐ」
明日の外出は決定だ。ならば、どのような用事かを聞いておく。
訪れる場所と目的を知っておけば、フォルトに心構えができる。引き籠りを続けていると、新たな出会いや場所は緊張するものだ。
ソフィアの護衛として、スムーズに動けないと困る。
「挨拶回りですね」
「ワシが回れない所じゃな。忙しくてのう」
「なるほど。もぐもぐ」
「数人の貴族に会うだけじゃ」
「大変ですね。後ろでジッとしときます。もぐもぐ」
「それで大丈夫です」
(俺は空気になる。インジビリティの魔法で消えてもいいけど、効果時間があるからなぁ。何度も使うのは面倒だし……)
明日は朝一番で行くらしい。
フォルトにとっては面倒臭いが仕方ない。断れない性格なのも考えものだ。とはいえ、性格を改めることも面倒だった。
これは諦めの境地だが、とっくの昔から慣れている。日本から召喚される前は、人生を諦めたのだ。
それに比べればと思いながら、残りの料理を平らげるのだった。
◇◇◇◇◇
予定通り早朝には、ソフィアが部屋まで迎えにきた。
普段ならまだ寝ているフォルトは、眠い目を擦りながら護衛を開始した。
「フォルト様! 仮にも宿舎ですので控えてください!」
そして現在は、彼女から文句を言われている最中だ。
双竜山の森では、彼女が寝室に訪れたことはなかった。ゆえに、ベッドの状態など知らない。だからこそ部屋で見た光景を、絶対に忘れないだろう。
夜の情事をしているだろうと、頭では分かっているはずだ。ならばノックした瞬間に、扉を開けなければ良い。
そういったことに関して、彼女はポンコツだった。
「あ、はは……。扉の前で待っていてもらえれば、と」
「そっそうですけど!」
「実は興味があったり?」
「ありません!」
悪いと思っていないフォルトは、ソフィアと二人で都市内を歩く。
今回の護衛では、カーミラを宿舎に置いてきた。『
ならばそのストレスを貯めて、後で一気に放出しようと考える。
「でへ」
「フォルト様?」
「あ……。どうかしましたか?」
「『
「癖ですね」
「ではそのままでお願いしますね」
「分かりました」
フォルトは人間がいる場所だと、おっさんに戻ってしまう。若者の姿でも良い気はするが、もう癖になっていた。
そしてソフィアに問われた理由は、目的地に到着したからだ。何名かの貴族が宿舎に使っている建物で、豪華な寮に見える。
外出中は、『
おっさんの姿を嫌っているわけではなく、ただの確認である。
「ここは?」
「子爵以下が泊まる宿舎です」
「ほほう」
俗にいう官僚である。
伯爵といった上級貴族に直接仕えられず、町の領主にもなれない下級貴族はいくらでもいる。その者たちは、国家の官僚として働くのだ。
三国会議などの大規模会議で、十分にその力を発揮する。水面下での調整は彼らの仕事で、他国の官僚との交渉を先に行っていた。
(官僚かぁ。日本では散々な言われようだったけど、大変な職業だよな。俺には絶対に無理だと断言できる!)
日本の官僚は、権威主義、独善、割拠主義などと様々な非難を浴びている。国民の官僚不信は強まる一方で、閉塞感のはけ口になっていた。
フォルトもバブル崩壊の不始末を、官僚主導の規則行政が原因と思っていた。しかしながら仕事として考えると、とても自分には務まらない職業でもある。
それは分かっていたので、不満でも文句を言わなかった。
「では行きますね」
「はい。俺は空気」
「何か仰いましたか?」
「いえ。何があっても守りますので気楽にどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
護衛が話すことなど無い。ただ黙って、ソフィアについていけば良いのだ。
宿舎には警備兵がいたので、適当に敬礼をしておく。
「えっと……。フォルト様?」
「どうしました?」
「その敬礼はしなくても良いですよ」
「そうですか? 俺も変な目で見られていると自覚していました」
フォルトは自衛隊員のように、右手を水平にして額に付けている。
ちなみにエウィ王国の敬礼は、握った拳の内側で、自分の胸をドンと叩くらしい。と言っても、個人的な護衛がやる必要はない。
以降はソフィアに連れられて、数名の貴族を訪問した。会話中は空気のような存在になり、目を向けられることはなかった。
もちろん会話の内容など、頭に入っているわけがない。
「ふぅ。一通り終わりました。フォルト様は大丈夫でしたか?」
「立っているだけだしね。何事も無くて良かったです」
(やっと終わったか。護衛と言っても暇すぎるな。でも貴族って偉そうだよなあ。ほとんどの貴族は高圧的だったような?)
官僚たちの間では、ソフィアは聖女という認識だ。
また聖女は重要人物だが貴族ではない。神殿勢力にしても、ソフィアをただの信者と考えている。
その感覚であれば、高圧的に出ることで、貴族が上だと認識させたいのだろう。浅はかな考えだが、貴族らしいと言えば貴族らしいか。
「フォルト様、町中でも散歩しますか?」
「帰りたい……」
「ふふっ。フォルト様らしいですね」
「部屋に籠って寝たいです」
「ではその前に、私を連れて飛んでもらっていいですか?」
「え?」
「アルバハードは久しぶりでして。空から眺めてみたいのです」
「分かりました。では
そういった話であれば、別に構わないだろう。
フォルトはキョロキョロと周囲を見渡して、ソフィアと人のいない裏路地に入る。続けて双竜山の森を出発したときと同様に、『
そして、彼女を抱え上げる。
【マス・インジビリティ/集団・透明化】
フォルトは透明化の魔法を使って、アルバハードの上空に飛んだ。
都市が一望できれば良いので、高く飛ぶ必要はない。
「これぐらいでいいかな?」
「はいっ! 空から見るのは初めてです!」
「来るときは見る暇が無かったですよね」
「怖くて目を閉じていましたよ!」
「帰りは手加減しますね」
「そうしてください! あっ! 公園が見えますね」
昔を思い出したのか、ソフィアが広い公園を指さす。とはいえフォルトは、彼女の顔から目を離せなかった。
懐かしそうな表情は、夕焼け空の下、とても美しく見えたのだ。
「三国会議以外では、勇者たちと訪れたことがあります」
「なるほどね」
(勇者との旅を思い出しているのか。当時は十歳って話だったけど、ソフィアさんは頭がいいし記憶力も高い。料理は駄目らしいけど……)
ソフィアの欠点は料理らしい。一度ぐらいは食してみたいが、それを言うと落ち込みそうなので止めておく。
彼女は様々の場所を指して、そのときの記憶を語ってきた。しかしながらフォルトは、少しずつ苛ついてくる。
「そろそろ帰りましょうか」
「あ……。すみません。私だけ話してしまって」
「いえ。透明化の魔法も切れそうなので帰りますね」
「はい」
(嫉妬が増幅してくるのが分かる。感情を抑えないと、ソフィアさんを犯してしまうだろう。彼女を守ると約束したのだから、それはやれない)
それについては、自分にかけられた呪いかもしれない。
醜い人間と同じことはやれないという
だからこそ一つぐらいは、自分が誇れるものを持っていたかった。
「アイナにでも呪われたかな?」
「なにか?」
「いえ。ソフィアさんの胸は柔らかいな、とね」
「っ!」
フォルトの手が勝手に動くことは癖である。
そして、改めないと決めていた。ソフィアにポカポカと叩かれるが、その心地良さを味わいながら、宿舎に向かうのだった。
――――――――――
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