第106話 自由都市アルバハード2
双竜山の森にある湖の周囲では、リリエラが基礎訓練を行っていた。体力を付けるべく、レイナスやアーシャと一緒に汗を流している。
初回のクエストを終わらせたが、次回まで間が空いてしまう。ソフィアの護衛を引き受けたフォルトが、森を離れるからだ。
留守中は、能力の向上に努めると言っていた。
「さてと! 行くとしますかね」
「えっと……」
その光景を眺めているフォルトは、隣にいるソフィアに声をかける。彼女はビキニビスチェを装備しているが、現在は全身を隠すローブを着ていた。
三国会議が開催される自由都市アルバハードでは、先に到着しているグリム家の宿舎を使うことになっている。
開催日まで時間はあるが、水面下では活発に協議がされているらしい。忙しいようなので、到着しても会えるかは分からない。
そして、カーミラには指示を出す。
「カーミラはアレをよろしくね」
「はあい!」
「アレとは?」
「内緒です」
「そうですか」
「では行きましょうか」
「本当に大丈夫なのですか?」
ソフィアはモジモジとしながら、上目遣いでフォルトを見てくる。
徒歩や馬車だと、今から森を出ても間に合わないのだ。となると、アルバハードに向かう手段は一つしかない。
その手段を行うために、両手を広げて彼女に近づいた。
「大丈夫ですよ。じゃあ俺に
それを確認したフォルトは、彼女を抱え上げてお姫様抱っこした。
「きゃ!」
「離さないでくださいね」
「わっ分かりました」
「御主人様! いってらっしゃーい!」
(いい匂いだなあ。それに柔らかい。しかも恥ずかしいのか体が熱い。顔を見てこないようにしているあたり、
そんなことを考えたフォルトは、『
目的地のアルバハードまでは、空を飛んでいくつもりなのだ。魔人の力を使うと加速が凄く気絶してしまうので、ソフィアを魔力で包んであげる。
「どっこいしょっと!」
「きゃああああっ!」
フォルトは東に向かって、ぐんぐんと上昇した。まるで弾道ミサイルのような速さである。とはいえ魔力の膜で覆われているため、風圧などは感じない。
そして、地表から五十キロメートルぐらい上昇したところで止まった。
「ソフィアさん?」
「はっはい!」
「下を見るといいですよ」
「え?」
「世界は広いですね」
「きゃああああっ!」
(まぁそうだろうな。地面なんて
こちらの世界が、地球のように丸い惑星なのかどうかは分からない。
もっと上昇すれば、宇宙に出られるかもしれない。しかしながら、フォルトは試そうと思わない。空から見た感じでは、この大陸は広大だった。
大陸は海に囲まれており、目線の先には他の陸地らしき影が見える。行くつもりはないが、頭には留めておいた。
世界は広かったということだ。
「ソフィアさん?」
「はぁはぁ」
叫び疲れたソフィアは、顔をフォルトに向けてきた。とりあえず、手を放さなければ落ちることはない。
それだけ伝えると安心して息を整えていた。
「魔力で覆っているので大丈夫ですよ」
「そっそうですか」
「これから目的地のアルバハードまで一気に落ちます」
「え、ええ……」
「怖いですか?」
「そっそれはもう……」
確かに最初は、フォルトも怖かった。
ならばとソフィアを落ち着かせるために、とある手段をとる。
「フォルト様、どこを触って!」
「ははっ。柔らかい胸ですね」
「やっやめてください!」
「俺の手に意識を向けていれば気になりませんよ」
「でっですが……」
「行きますよ!」
「きゃああああっ!」
日本であれば、完全にアウトである。
ソフィアの抗議を最後まで聞かず、フォルトは一気に降下する。アルバハードの位置は聞いているので、角度を付けて落ちるだけだった。
上昇するよりも下降するほうがスピードは出る。魔力の推進力も加えて、かなりの加速度になっていた。
「どうですか?」
「あ……。大丈夫なようです」
「それは良かった」
「ありがとうございます。では手を……」
「あぁ失礼。平気ならやめときますね」
「あ、いえ。えっと……」
(もっと触っていたかったけどな。落ち着かせるという大義名分がなくなったし、もうやめておこう。これ以上触っていると言い訳が……)
どう考えても大義名分ではなく、ただのセクハラ行為だが気にしない。ついでに速度を上げて、ソフィアにも気にさせない。
そして暫く降下していくと、アルバハードらしき町が見えてきた。
初めての来訪だが、彼女に聞いたとおりの位置なら場所は合っている。しかしながら、このまま到着すると拙い。
そこで、フォルトは魔法を使う。
【マス・インジビリティ/集団・透明化】
集団化した透明化の魔法により、二人を周囲から見えなくする。
後は人のいない場所に下りて、宿舎に向かうだけである。とはいえ互いに見えないので、ソフィアはキョロキョロと首を振っていた。
いや。互いに見えないは間違いだ。
フォルトは透明化を見破る目を持っている。奇麗な顔を眺めがら、到着と同時にスキルと魔法を解除した。
「下ろしますね!」
「あっありがとうございます」
「立てますか?」
「はい!」
「ここからは案内してくださいね」
「分かりました」
(用意してもらっている宿舎とか場所が分からん。とりあえず、ソフィアさんについて行けばいいだろう。だがしかし!)
アルバハードに来たのは良いが、ここから先が問題だった。
真面目な顔になったフォルトは、ソフィアにあることを頼む。
「悪いけど人のいない場所を通ってね」
「え?」
「人間に酔っちゃうんで!」
「そっそうでしたね。分かりました」
人間嫌いで引き籠っていたフォルトでも、人とすれ違うぐらいは可能。
問題は人混みと無縁の生活が長かったので、目を回してしまいそうなのだ。現在は三国会議が開催されるため、人通りが多い。
だからこそ路地裏などを通って、グリムの宿舎まで向かいたい。
「人間が……。多いですね」
「この時期はかなり集まりますよ?」
「手を離さないでくださいね」
「ふふっ。子供みたいですね」
「迷ったら掃除しちゃいそうなんで!」
「っ!」
(人混みにキレて、周囲を吹き飛ばしてしまいそうだ。やってもいいんだけど、俺は約束を守る男なのだ! それにソフィアさんの手が柔らかい)
女性の手など毎日のように握っているが、ソレはソレである。
フォルトは女好きと改めて認識して、ソフィアの手を強く握った。
「で、では行きましょう」
「うん。今日は宿舎から出ないでしょ?」
「
「なら部屋でゆっくりとするかな」
「はい。外に出るときは声をかけますね」
フォルトは数日もしないで、ホームシックになりそうだった。すでに双竜山の森に帰りたくなっている。
引き籠りのリハビリが必要かもしれない。
「はぁ……。帰りたい」
「まだ来たばかりですよ?」
「そうなんだけどね。テラスが懐かしい」
「懐かしいって……。まだ何時間も経ってません!」
「ははっ。俺は駄目男なのです」
フォルトの希望どおり人通りの少ない道を歩いていくと、二十分ほどでグリムの宿舎に到着した。やはり遠回りになってしまったようだ。
それにしても、さすがは国王の側近である。特別な屋敷が与えられており、立派な屋敷を宿舎としていた。
双竜山の森の屋敷とは大違いである。
「グリムの爺さんって、やっぱり偉いんですね」
「普段はそうでもないのですが」
「分かります。
「ふふっ。そうですね」
宿舎の前には、警備の人間が立っている。
これだけでも、エウィ王国の重要人物と分かる。とはいえフォルトが知っているグリムは、普通の爺さんである。
ソフィアは元聖女として、顔が知られている。警備の人間は頭を下げて、玄関の扉を開けてくれた。
そして二人は中に入り、割り当てられた部屋に到着した。
「俺は中でくつろいでますね」
「はい。暫くはお休みください」
やっと一息付けると思ったフォルトは、ソフィアと別れて部屋に入る。
中を見渡すと、大好きなベッドが目に入った。それ以外には目をくれず、ベッドに向かってダイブする。
そして仰向けになり、天井を見上げた。場所が変わっても、個室で怠惰に過ごすのは大好きである。
「カーミラがいないけど、とりあえず一寝入り……」
フォルトはゆっくりと目を閉じる。
フカフカのベッドで、なかなか寝心地が良い。自宅のベッドはブラウニーが製作した粗悪品のため、ギシギシと音を立てる。三国会議が終了したら持って帰るかと考えて、そのまま寝息を立てるのだった。
◇◇◇◇◇
フォルトが暫く寝ていると、左右の腕に違和感を感じた。
どうやら眠りが浅くなり、目覚める寸前のようだ。しかしながら、まだ目を開けることはない。左右の手を動かして、その違和感の正体を触る。
そして、目を閉じたまま
「カーミラ、シェラ。おはよう」
触った感触だけで、フォルトは対象を当てる。
身内にはそれぞれ特徴があるため、目を閉じていても分かるのだ。十分触った後に目を開けると、それは正解だった。
「えへへ。連れてきましたよぉ」
「うん。シェラもお疲れ」
「さすがに空は怖かったですわ」
カーミラに言ったアレとは、身内の誰かを連れてくることだった。
彼女も空を飛べるのだ。フォルトと同様に抱えてくれば、一人を連れてくるなど造作もない。レベル百五十の悪魔なので、移動スピードも速い。
(カーミラには悪いが、毎日森に戻って様子を見てもらう。何かあれば、俺もすぐに戻るからな。まぁそれは建前だけど……)
「いま何時ぐらい?」
「そろそろ夜になりますよぉ」
「そっか。じゃあ飯の時間かな」
「だと思いますわ」
「ではソフィアさんから呼び出しがあるまで……」
当然のようにベッドからは出ず、三人で横になっている。
スキンシップは大切なのだ。マリアンデール風に言うと、カーミラとシェラ成分の補充である。
そしてモゾモゾと動きだしたところで、部屋の扉がノックされる。仕方なく手を止めて扉を眺めると、ソフィアが中に入ってきた。
「フォルト様、お食事の用意が……。え?」
「飯かあ。お腹が空いたところです」
「シェ、シェラさん? それにカーミラさんも……」
「ソフィアさん、お邪魔しておりますわ」
「やっほ!」
「何でここにいるんですか!」
(ソフィアさんの叫びは分かる。護衛は俺だけの予定だったしな。だがしかし! それは無理というもの。俺には彼女たちが必要なのだ)
身内がいるおかげで、フォルトは精神的な安らぎを得ている。もちろん色欲の大罪を持っているため、肉体的な温もりも必要だ。
いくら双竜山の森から出ようとも、常に身内を感じたい。
「連れてくるなら先に言ってください!」
「俺だけのようだったからさ」
「そのつもりでしたけど……。もうっ!」
「ははっ。でも人数分の食事は無いよね?」
「少し時間をいただければ作ってもらいますよ」
「お願いします。では小一時間後に!」
ソフィアはブスッとしながら、部屋を出ていった。カーミラやシェラを追い返すわけにもいかないのだろう。
フォルトは悪いことをしたなと思ったが、反省はしていない。
「よし! 飯ができるまで寝るか」
「はあい!」
「で、では失礼しますわ」
三人で寝ると言っても、額面通りに寝るわけではない。
小一時間も時間があるので、肉体的な温もりを求める。上体を起こしたフォルトは、二人の身内を抱き締めるのだった。
――――――――――
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