第103話 生まれ変わった先3
フォルトはカーミラと一緒に、テラスで専用椅子に座っていた。
対面ではアーシャが、テーブルに肘をついて寝ている。ニャンシーは足をぶらぶらさせて椅子に座っていた。
そして少し離れた場所では、二人の女性が木の棒を武器に模擬戦を行っている。一人はレイナスで、対戦相手はリリエラだ。
その光景を、オヤツのポテトチップスを食べながら眺める。
「チュートリアルは面白かったな」
「えへへ。手に入れて正解でしたねぇ」
「うむ。飽きるまでは楽しませてもらおう」
チュートリアルとしてフォルトが出したクエストは、色々とあったがリリエラは達成した。結果として、レイナスと一緒に死体を運んで捨てている。
ちなみに彼女からは、ニャンシーを呼びにいくサブクエストが発生した。その際、釣りクエストが発生している。
後は戻るように達成報告して、メインのクエストを完了させていた。
(サブクエストの連続で笑ってしまったな。おかげで魚を釣る練習ができたというわけだ。王女は釣りなんてしないもんなぁ)
フォルトは報告を聞いただけで笑ってしまった。
ならば、このゲームは面白いということだ。レイナスのような戦闘キャラクターの育成とは、また違った楽しみが増えた。
そんなことを考えていると、彼女から声がかかる。
「フォルト様、お話になりませんわ」
レイナスの眼下では、リリエラがうつぶせで倒れている。とはいえ死んでいるわけではなく、目を回しているだけだった。
「見れば分かる」
「きゅぅっす……」
「レベルは六、もしくは七くらいかと思われますわね」
エウィ王国民の平均レベルは七だ。
つまり、リリエラは平均である。戦闘能力は皆無に等しいが、こちらの世界に召喚されたときのフォルトと比べれば強い。
これには思わず、うな垂れてしまう。
(そっか。俺はリリエラより弱かったんだな。十年以上も引き籠ると、足腰とかお
フォルトは六畳一間の部屋を思い出して、気分がどんよりしてしまう。
引き籠りの行動範囲は広くないので、とにかく運動不足だった。起き上がるにも腰が痛く、部屋から出て歩きだすと足が痛い。
「戦闘能力は無し、と。ニャンシー?」
「なんじゃ?」
「頭は?」
「悪くはないの。魔法は使えぬが、読み書き計算はできるのじゃ」
「なるほど」
現在のフォルトは、リリエラの能力を確認していた。
彼女は荷物を持っておらず、必然的に身分証となるカードを持っていない。レベルもそうだが、称号やスキルも確認できないのだ。
大雑把でも、能力を知っておくのは必須だった。さすがに達成が不可能なクエストを出すつもりはない。
(大陸共通の『エウィ語』は使えるようだが……)
こちらの世界の言語は、エウィ語が共通言語である。
エウィ王国が三百年前から存在し、人間の国と呼べる国では最古だからだ。それ以前の国は滅びており、言語としては古代語になる。
人間以外の国も同様で、言語体系の祖が同じという説があった。または天界の神々が、共通言語として与えたとも言われている。
そういった話であれば、いくら考えても意味が無いだろう。フォルトとしては言葉の壁が無いことを、有難がるぐらいで済ませていた。
「リリエラ」
「きゅぅっす」
「起きろ」
「はっはいっ、す」
軽く打ち合った程度なので、リリエラは怪我を負っていない。
呪術系魔法で傷を移したとしても、体力が戻ったわけではない。慣れない武器を振り回して疲れきったのだろう。
彼女が立ち上がったところで、フォルトは質問を口にした。
「リリエラはスキルを持っているのか?」
「『
「読んで字のごとく、足が速いってことか?」
「そうっす!」
「フォルト様、今のリリエラだと大した速さではないですわ」
レイナスが補足する。
リリエラのスキルについては、彼女が確認していた。現在の身体能力に依存するスキルのため、一般人に毛が生えた程度の速さらしい。
過度な期待はしないほうが良いとの話だ。
(まぁ何となく把握した。力は弱い。頭は普通。すばやさも普通って感じかな? 森から出したら、すぐにゲームオーバーになりそうだなあ)
リリエラを身内と同様に考えると、すぐに死んでしまうだろう。
マリアンデールやルリシオンのように強者ではなく、レイナスやアーシャのように鍛えているわけでもない。
いわゆる普通の人間だった。
「リリエラに確認だ」
「なんすか?」
「なりたい職業とかあるか?」
「特に無いっすね」
「そっそうか」
「でも貴族とかは嫌っす!」
リリエラは王女を捨てたので、それに近いものは嫌らしい。
気持ちは分かる。しかしながら、今回の遊びに決まった道は無い。日本で遊んだゲームでは、剣豪を目指しながらも、最後で商人になってしまった。
そんなことを思い出したフォルトは、対面で寝ているアーシャの頭を
「アーシャ」
「すぅすぅ」
「起きないと
「いい、よ」
お言葉に甘えたいフォルトだが、今は控えておく。
アーシャには頼みたいことがあるため、肩をユサユサと揺さぶる。
「アーシャ、起きてくれ」
「んっ。なにぃ?」
「リリエラに化粧してやってくれ」
「えっと、ギャルにする気?」
「いや。ミリアと分からない程度で!」
「じゃあ詐欺メイクでいっか」
詐欺メイクとは、コンプレックスを隠すメイク方法だ。ビフォーアフターは相当変わるが、さりげなく変えることも可能である。
リリエラは素材が良いので、コンプレックスは無いだろう。目的はそれではなく、化粧で素顔を隠すことだった。
ソフィアは、彼女がミリアだと気付いたのだ。ならば、同様の人物を考慮する必要があるだろう。
「マスター、もうミリアはいないっす」
「そうだな。でも覚えておけ」
「え?」
「歩んだ人生は無くならないのだ。リリエラとして生きるがな」
「………………」
「ミリアはリリエラの中にいるが、この世にはいない。理解したか?」
「はいっす!」
「御主人様! ポテトチップスですよぉ」
フォルトは良いことを言ったつもりだった。
それに水を差したカーミラが、オヤツのポテトチップスを手に取って、口の中へ入れようとする。
もちろん拒むつもりはないので、甘んじて受け入れた。
「あーん。もぐもぐ」
「マスター?」
「あ……。まぁなんだ。適当に、な」
「………………」
(似合わないことを言ったから恥ずかしい。まぁなんとなく説教臭くなるのは、おっさんだし仕方ないのだ)
少し赤面したフォルトは、自分で自分を納得させた。
ついでに話が逸れてしまったので、再びアーシャに化粧の件を伝える。
「と言ったわけでアーシャ、メイクをよろしく!」
「カーミラも手伝ってよ」
「いいですよぉ」
「マスター、行ってくるっす」
リリエラはカーミラとアーシャに連れられて、屋敷の談話室に向かった。
同時に三人と入れ違いで、ソフィアが屋敷から出てくる。フォルトは彼女に質問があったので、タイミングはバッチリだった。
「ソフィアさん、こっちへ」
「はい?」
フォルトは手招きして、ソフィアを呼び寄せる。
そして先ほどまでアーシャが座っていた席を勧めた。
「カードを作りたいです」
「ミ……。リリエラさんのですか?」
「うん」
「神殿か教会ですね」
「一番近いのは?」
「リトの町にある教会です」
「へぇ。歩いてどれくらいかかります?」
「一日はかかります。馬車ならすぐですが……」
「ふむふむ」
双竜山の森へ来るときに通過したが、フォルトは街並みすら覚えていない。
距離にすると約四十キロメートルぐらいである。丸一日歩くわけではないので、八時間から十時間で到着だ。
朝方に出発すれば、夕方頃に
「それでフォルト様、どなたが一緒に行かれるのでしょう?」
「え?」
「え?」
ソフィアの質問で、フォルトの頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
彼女の頭上にも浮かんだようだ。
「一人で行ってもらいますけど?」
「一人でですか!」
「なっ何か拙いですか?」
「危険ですよ!」
「そうかもですね」
「若い女性が町の外を一人で出歩くなんて……」
「そういうゲームですよ」
(やはり良い人ゲームと勘違いされてるなあ。森を拠点にしてもらうが、自力でクエストを達成させるゲームなのだが……)
森の外での行動は、リリエラの自由である。
フォルトの出したクエストを達成させるために、何をしても良いのだ。禁止事項として、売春などはやれないが……。
改めて内容を伝えると、ソフィアは顔をしかめる。
実際のところ、森の外は危険だった。魔物が出没すれば、夜盗までいる。
「わっ分かりましたよ! ニャンシー」
「どうしたのじゃ?」
「最初のクエストは、リリエラの影に入って守ってやれ」
「良いのかの?」
「最初のクエストもチュートリアルってことでな」
「それは構わぬがのう」
「ただし、リリエラを手伝うな。護衛以外はしなくていい」
「分かったのじゃ」
(確かに最初の町へ行く途中でゲームオーバーは、クソゲーだな。お助けキャラをつけてやれば、ソフィアさんも納得するか)
ソフィアを見ると
彼女の性格なら言わずもがな。しかしながらそれも偽善と考えているフォルトの心には、残念ながら響かなかった。
ここまで会話したところで、オヤツを持ったマリアンデールが近寄ってくる。調理場にいるルリシオンから、追加を持っていくようにと頼まれたのだろう。
「レイナスといい、いつも面白そうな遊びを考えるわね」
「マリもやってみる?」
ニヤニヤと笑みを浮かべたマリアンデールが、隣に座ってきた。彼女には一度文句を言われているので、フォルトは密着するほど引き寄せる。
そしてレイナスは、背後に移動した。続けて前屈みになり、後頭部に柔らかい二つの感触を与えてくれる。
「やってみたいけどね。様子を見てからにするわ」
「そっか。まぁキャラもいないしな」
「それで貴方は、三国会議とやらに行くのかしら?」
「まだ迷ってる」
「相変わらず優柔不断ね」
「ふふっ。フォルト様なら絶対に行きますよ」
「そっそれはどうかな!」
「私がデルヴィ伯爵に
ソフィアは庇護すると約束したので、三国会議についていくと決めていた。渋っているのは、フォルトの引き籠り体質が原因だ。
長年にわたる精神状態なので、そう簡単に改善しない。
(遊びなら外に出れるが……。護衛とか仕事のようで嫌なんだよな。俺は働きたくない。いや、もう働かないと決めた。無職こそ我が人生!)
魔人という力を手に入れて、わざわざ働きたい者がいるのだろうか。
フォルトは自身を正当化するために、そんなことすら思ってしまう。まさに駄目男だが、これについては意見が分かれるか。
そのとき、後ろのレイナスから耳打ちされる。
「ヒソヒソ」
「ふんふん」
「ヒソヒソヒソ」
「ふんふんふん」
「ちゅ」
背後から口づけされるのも、なかなかオツなものだ。フォルトは
そしてレイナスの耳打ちにより、三国会議の件について渋るのをやめた。
「私はルリちゃんとシェラの手伝いに戻るわ」
「うむ。つまみ食いはするなよ?」
「わっ分かったわよ! もうすぐ夕飯だからね!」
「もう少しダラけたら向かう」
フォルトの隣から、マリアンデールの温もりが消えた。
少し寂しいが、彼女と入れ替わるように歩いてきた三人の女性が目に映った。どうやら、メイク作業が終わったようだ。
「フォルトさん! できたわよ」
「御主人様、どうですかぁ?」
「マ、マスター」
カーミラとアーシャの後ろには、化粧をしたリリエラがいる。
それにしても、詐欺メイクとはよく言ったものだ。一目見ただけでは、ミリアと分からない。しかも長く伸ばした青髪を、シニヨンで決めていた。
別人とまではいかないが、これなら知り合いがいても平気だろう。
「大したもんだなあ」
「あはっ! 女のメイクを
「御主人様、髪型はカーミラちゃんが担当しましたあ」
「二人とも凄いっす!」
最近はソル帝国から、化粧品を奪うようになっていた。身内は華やかさが増しており、薄化粧でも魅力を引き出している。
リリエラは玩具だが、その中に入っても十分に可愛いと思う。女性のアバターが好きなフォルトとしては、かなり満足した。
これで準備が整ったとばかりに、ゲームを再開する。
「リリエラ、チュートリアルの最終段階だ!」
「はいっす!」
「ではクエストを与える。森から出てカードを作れ」
「カードっすか?」
「身分証になるものだしな」
「確か銀貨一枚が必要っす」
「支度金は渡す。一週間以内に作って戻れ」
「はいっす!」
「出発は明日の朝だ」
「分かったっす!」
明日にしたのは、もう日が暮れそうだからだ。暴食が悲鳴を上げているので、ゲームよりは身内との団らんだった。
リリエラも連れてこられた当日で、状況の整理をしたいだろう。
「本日は屋敷での食事を許可しよう」
「ありがとうっす!」
リリエラの住まいは、屋敷の隣にあるボロ小屋だ。ボロいと言っても、いつもブラウニーが掃除してるので奇麗だった。
屋敷での生活は、今後の成果次第だ。某成り上がりゲームでも、最初はボロ小屋からスタートである。
そして任務達成の成績により、暮らしが良くなっていった。
「あ、ソフィアさん」
「はい?」
「グリム家の手助けは無しですよ?」
「え?」
「しようとしましたね?」
「うぅ」
一度伝えた記憶はあったが、再びソフィアに念を押した。
案の定彼女は、リリエラの手助けをするつもりだったようだ。ズルをされると楽しめないので、これについては譲れない。
「じゃあみんな、食堂に行こうか」
明日からは、本格的にゲームを始められる。それに気を良くしたフォルトは立ち上がり、リリエラに背を向けた。
そしてテラスにいる全員を連れ、食堂に向かうのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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