第102話 生まれ変わった先2

 フォルトはテラスに移動して、カーミラと一緒に専用椅子に座る。

 屋敷の隣に建てた小屋からは、リリエラがおずおずと姿を現した。その目は見開いて、周囲の風景を眺めている。別世界とでも思っているのだろう。

 彼女がいた劣悪な環境と違って、周囲は山と森に囲まれていた。また眼下には湖が広がり、その中央には小島が浮かんでいる。

 そして近くに寄ってきた彼女は、縮こまりながら口を開いた。


「ここは?」

「森の中だ」

「見れば分かるっす」

「グリム領の最北、双竜山の中間にある森だな」

「ソル帝国と接してる領地っすね?」

「そうだ。よく知ってるな」

「来たことはないっすよ?」


 地理については、王女だった頃の記憶だろう。

 それでもフォルトの言った口調を続けているので、リリエラとして生きると決めたようだ。内心は分からないが、賢明な判断である。

 まずは彼女に伝えたとおり、チュートリアルを始めた。


「では最初のクエストだ」

「はいっす!」

「そこに転がってる男を捨ててこい」

「うっ……」


 リリエラが嫌そうな表情に変わった。

 小屋の外には、彼女の傷を引き受けた男性の死体が転がっている。全身を襲った激痛によりショック死しているので、物凄い形相だった。

 また女性の細腕で、これを捨てるのは難しい。


「どうした?」

「どっどこに捨てればいいっすか?」

「東西に山があるだろ?」

「はいっす」

「西側の麓でいいぞ」

「わっ分かったっす!」


 リリエラは息を飲んでいるが、半分しか分かっていないだろう。

 そこでカーミラの手を握ったフォルトは、彼女に助け舟を出す。ゲームによくあるヘルプ機能といったところだ。


(俺はクエストを出すだけで、細かい指示までは言わない。それを達成する方法は、自力で考える必要がある)


「指令はそこに転がってる男を、西側の山に捨てろだからな?」

「分かったっすよ?」

「捨てる方法はリリエラが考えろ」

「え?」

「俺は数名の身内と住んでいるのだ。後は分かるな?」

「助けてもらえばいいっすか?」

「そうだ! 理解したか?」

「はいっす!」


 チュートリアルが終われば、ゲームの内容を完全に把握するだろう。

 今のフォルトは、リリエラの行動を見ているだけで良い。


「行けっ!」

「はいっす!」


 リリエラはまず、屋敷に向かった。

 もちろんフォルトは、そこから先が見られない。しかしながらこのゲームの楽しみ方は、後で細かく報告してもらうことで、選択と結果を知ることだ。

 現時点での興味は、一つだけだった。


「カーミラ、いま屋敷にいるのは誰かな?」

「マリとルリですねぇ」

「いきなりハードルが高いな!」


 マリアンデールとルリシオンは、人間の敵である魔族だ。

 リリエラからすると、化け物とご対面である。案の定、彼女は走って屋敷を飛び出してきた。おそらく妹の角を見て、一目散に逃げてきたのだろう。

 必死な形相なところが面白い。


「マ、マスター! 魔族がいるっすよ! 逃げるっす!」

「まぁ待て。二人は身内だ」

「え?」

「フォルトぉ、人間が侵入したんだけどお?」


 屋敷からルリシオンが出てくる。

 その後ろからは、マリアンデールも現れた。とはいえ何かを察したのか、ニヤニヤと笑っている。 


「でっ出たっす!」


 リリエラが椅子の後ろへ回り込んで、あろうことかフォルトを盾にした。

 それに対して、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「ゲーム中だ」

「そう? それならいいんだけどお」

「危害を加えないでやってくれ」

「はいはい。ならお姉ちゃん、戻るわよお」

「ふふっ。殺さないでおいてあげるわ」


 フォルトの遊びだと知って、姉妹は屋敷の中に戻っていった。内容についてはベッドの上で伝えてあるので、何も疑問を持っていない。

 それよりもリリエラの行動から、気になる点ができた。


「カーミラ、奴隷紋って……」

「御主人様が主人になっていませんねぇ」

「どうすればいいんだ?」

「『契約けいやく』したので、奴隷紋は消しちゃっていいですよぉ」

「あ、そう? ならリリエラ、俺の前に来い」

「はいっす!」


 奴隷紋とは、フォルトが使うような呪術系魔法に該当する。

 非常に強力な魔法で、呪いを施した紋様師だけが扱えるのだ。しかしながら、他者が解呪できないとイコールではない。

 カーミラの元主人から受け継いだ魔法であれば……。



【アドバンスト・ディスペルマジック/上級・魔法解除】



「きゃー! 上級ですよっ!」

「ふふん。効かなかったら格好悪いからな」


(アカシックレコードから引っ張り出しておいたが、解除魔法では最上級らしい。俺より魔力の低い人間の呪術なら簡単に解除できる)


 カーミラは強力な魔法を使うと喜んでくれる。

 上級魔法を扱える人物は珍しいのだろう。キラキラと目を輝かせているさまは、まるで御伽噺おとぎばなしを読んでいる少女のようだ。

 解除魔法が発動すると、リリエラの首に描かれていた奴隷紋が消えた。


「すっ凄いっす!」

「では改めて行け! どうやって達成したかは後で教えるように」

「はいっす!」


 今度もリリエラは、屋敷の中に入っていった。

 フォルトと姉妹の関係性を見て、少しは安心したからだろう。とはいえまたすぐに出てきて、首を傾げている。


「どうした?」

「マスター。人参ってどこっすか?」

「なんで人参……」

「ルリ様に人参を取ってこいと言われたっす」


(サブクエスト発生! 死体を運ぶ代わりに、ルリのパシリになったようだな。しかもこの短時間で、敬称を付けて呼ばせるとは……)


 フォルトは吹き出しそうになったが、なんとか堪えた。

 リリエラが、というよりもルリシオンの対応についてだ。娯楽がほとんど無い世界なので、ちょっとしたことでも面白さを感じてしまう。


「これはヤバいな……」

「え?」

「いや。人参は離れにある倉庫だ」

「ありがとうっす!」

「あ……。倉庫の野菜を食っていいぞ」

「助かるっす!」


 フォルトが倉庫を指すと、背を向けたリリエラは歩いていった。

 それにしても、彼女の線は細すぎる。奴隷の扱いは察せられるが、あれでは使い物にならないだろう。

 とりあえず今はチュートリアル中なので、彼女に助け舟を出す。もちろん行動の過程を楽しむゲームなのだから、今後は自力で調達してもらうつもりだ。


「カーミラ」

「なんですかぁ?」

「リリエラって犬みたいだなぁ」

「かもしれませんねぇ」

「でも王女だったんだよな?」

「随分と奴隷根性が染みついたみたいですよぉ」

「ふーん。それならそれで楽しませてもらうか」

「はあい!」


 目を細めたフォルトは、リリエラの背中を眺める。

 自身は日本から召喚されて、第二の人生が始まった。彼女は今日から、第二の人生である。そう考えると、なかなか面白い。

 そんな思いを抱いたところで、小屋の影からニャンシーが現れる。


「主よ。ドッペルゲンガーはどうするのじゃ?」

「そうだった。すっかり忘れてたな」


 ニャンシーの後ろには、一人の老人がいた。

 グリムではなく、デルヴィ伯爵の姿になったドッペルゲンガーである。今回はよく働いてくれたようだ。

 今後も使い道があるだろう。


「ふーん。それがデルヴィ伯爵ねぇ」

「はい」


 この白髪の老人がデルヴィ伯爵で、まるで蛇のような鋭い目をしている。グリム家の三人からは、狡猾こうかつな性格と聞いていた。

 しつこく獲物を狙うところも同様で、まさに見た目通りということだ。


「受肉用の死体が無いけど、頑張った褒美として眷属けんぞくにする」

「そこに死体がありますが?」

「男は嫌だ!」

「はい」

「可愛い女性に化けられる?」

「いえ。今は素材がありません」

「そっそうか……。なら、お前の名前はクウだ!」

「畏まりました。本日只今より、クウを名乗らせてもらいます」


 お互いの同意があれば眷属になれる。とはいえニャンシーやルーチェのように、ほほに口づけはしてこなかった。

 その疑問を投げかけると、フォルトが望んでいなかったらしい。


「ご命令を頂きたく……」

「暫くは元の姿に戻って、魔界で待機だな」

「お休みですか?」

「素材か死体が手に入ったら変わってもらう」

「はい」


 使い道はあるかもしれないが、残念ながら今はない。

 もし使うにしても、悪戯程度しか思いつかない。そのようなものは一瞬で飽きるため、とりあえず魔界に戻しておく。面体は本来のドッペルゲンガーなので、近くに置いておくほどでもない。

 クウは命令にしたがって、その場から消えた。


「ニャンシーもお疲れだったな」

「主のためじゃ」

「魚が欲しいとか? 倉庫から適当に持ってけばいいよ」

「助かるの。わらわの眷属どもがうるさくてのう」

「猫だしな」

「猫、言うな!」


 ニャンシーも倉庫に向かった。野菜の倉庫とは別なので、リリエラと鉢合わせにはならないだろう。

 フォルトたちの食す肉や魚は、レイナスが氷属性魔法で冷凍保存していた。解凍は自力で可能だと思われるので、後は勝手にやってもらえば良い。

 そして倉庫を眺めていると、今度はソフィアが近づいてきた。


「フォルト様……」

「やあソフィアさん、どうかしましたか?」


 ソフィアの姿を見ると、まだ決めかねている問題を思い出してしまう。

 優柔不断で嫌になるが、もう少しだけ先延ばしする。もちろん彼女のせいではないので、フォルトが勝手に自分が嫌になっただけだ。


「奴隷を手に入れたと聞きましたが?」

「あ、はい。今は野菜の倉庫に行ってますね」


 今回のゲームについては、ソフィアに伝えていた。

 成り上がりの部分を気に入っていたが、リリエラを入手した経緯は知らない。本当のことを言うと、完全に嫌われるだろう。

 生きていたミリアを助けて、奴隷商人に渡したのだ。しかも、調教が施された後に入手したと知られれば……。

 この懸念については、カーミラやニャンシーが言わなければ分からない。


「あの女性ですか?」

「そうですね。リリエラ!」

「はいっす!」


 野菜を食べ終わったのか、リリエラが倉庫から出てきた。

 細い両手で箱を抱えているが、中身は人参だろう。あの箱をルリシオンに渡せば、サブクエストは達成する。

 ゲームを止めることになるが、ソフィアに紹介しないという選択肢は無い。


「リリエラっす!」

「えっと、ソフィアです。ってミリア様じゃないですか!」

「リリエラっす!」

「ミリア様、ですよね?」

「そんな人はこの世にいないっす」

「似てるだけ、かしら?」


 リリエラがミリアだった頃に、王女や伯爵夫人として、国の行事に出席していたのだろう。立場上、さもありなんであった。

 それでも完全に否定されたので、ソフィアは首を傾げている。


「ミリアですよ」

「えっ!」

「マスター!」


 このような話は、ずっと隠し通せるものではない。リリエラを入手した経緯を隠すこととは違うのだ。

 そこでフォルトは、ソフィアに伝えてしまう。


「正確には、ミリアだったリリエラです」

「それは?」

「生きていた彼女を助けただけですよ」

「え?」

「本人はリリエラとして生きていくので、ね」

「分かり、ました」

「よし! リリエラ、続きをしていいぞ」

「はいっす!」


 ソフィアから逃げるように、リリエラは屋敷に向かう。

 この時点でフォルトは、彼女の内心を理解する。デルヴィ伯爵に監禁されて、誰とも知れない男たちに凌辱りょうじょくされた。しかもはらんでしまった。

 王女としては、その時点で死んでいる。

 だからこそ第二の人生を、すぐに受け入れられたのだ。


「デルヴィ伯爵が玩具にしてたようですね」

「そうですか……」

「証拠のミリアはリリエラなので、証拠は無いことになりますけどね」

「はい……」

「俺としては、リリエラを使って遊びます」

「成り上がりのゲームでしたね」


 ソフィアは複雑な表情をしている。

 人間を玩具として扱う嫌悪とミリアを救出したという尊敬。かけ離れているが、それを同時に持つという不思議さを感じたようだ。

 そして屋敷に入ったリリエラが、またもや一人で出てきた。何かを考え込んでいるが、マリアンデールやルリシオンは一緒に出てきていない。


「あれ? 出てきたのはリリエラだけか」

「え?」

「リリエラ! どうした?」

「レイナスさまがいる湖畔へ向かうところっす!」


 サブクエストを出したルリシオンが、リリエラをレイナスに押し付けようとしている。パシリとして使ったうえに丸投げとは、彼女らしいかもしれない。

 これにもフォルトは吹き出しそうになる。


「いっ、行ってこい!」

「はいっす!」

「ははっ」


 離れていくリリエラの背中を眺めて、フォルトは堪えきれずに笑ってしまう。死体を双竜山の麓に捨てるだけなのに、新たなクエストが増えていく。

 面前のソフィアには、怪訝けげんな表情で見られた。とはいえこの遊びをどう昇華させようかと、隣に座るカーミラを触りながら考えるのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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