第八章 晩餐会 ※改稿済み

第101話 生まれ変わった先1

 三国会議。

 それは、二年に一回行われる国際会議である。十年前の勇魔戦争で魔族に勝利した三大大国が、世界のために話し合いをする場。

 日本でいうところのサミットだ。

 会場になる場所は、三国が交差する自由都市アルバハード。どの国にも属していない中立都市である。

 この町の領主は、ヴァンパイアとも呼ばれる吸血鬼だった。


「うむ。美味であるな」


 ワイングラスを片手に、窓から外を眺めている人物がいた。

 スーツという名称の異世界の服を着て、紫色の髪をオールバックでまとめている。顔は青白く目が赤い。体格は中肉中背といったところだ。振り返ってニヤリと上げた口角からは、長く鋭い八重歯が見える。

 この男性こそが、アルバハードの領主バグバットである。この領地に五百年以上も存在し、すべての争いに中立を貫いていた。


「お気に召していただき、恐縮でございます」


 部屋の中央付近には、一人の魔法使いが立っている。

 年齢は若く二十代前半か。茶色のローブをまとい、豪華なつえを持っていた。


「テンガイ殿、皇帝は息災であるか?」

「ますますのご隆盛で、臣下一同は覇気に圧される毎日です」

「定命の者は大変であるな」


 テンガイと呼ばれた魔法使いが、バグバットに頭を下げた。

 この礼儀正しい男性は、ソル帝国に仕える軍師である。この若さで軍師とは恐れ入るが、頭脳・機転・力のすべてを兼ね備えていた。

 皇帝ソルの信任も厚く、三国会議の準備を一任されている。


「今回も会場を貸していただき、ありがとうございます」

「世界平和に寄与する会議。存分に議論を交わすのである」

「はい。贈物も納めさせていただきました」

「ありがとう。毎回痛み入るのである」

「お酒が好きと存じておりますれば……」

「永遠に生きるための知恵であるな」


 生きるとは語弊がある。

 吸血鬼はアンデッドなので、すでに死んでいる。と言ってもテンガイは、それを指摘するほど馬鹿ではない。

 挨拶もそこそこに、二人は会話を続けた。


「他の国々は?」

「王族や女王はまだであるが、配下の者は続々と到着しているのである」

「我らが皇帝は、一両日中に到着なさります」

「で、あるか。聞き飽きたと思われるが、今回も伝えるのである」

「はい」

吾輩わがはいは中立である」

「心得ておりまする。アルバハードで騒動は起こしません」


 ここまで話したところで、部屋の扉がたたかれる。

 バグバットはワイングラスを揺らしながら、入室の許可を出した。すると扉が開いて、一人の男性が入ってきた。


「旦那様、お客様がお越しになっております」


 部屋に入ってきたのは、バグバットの執事だった。

 ただし、この人物も吸血鬼だ。元々は人間だったが、バグバットに血を吸われたことでアンデッドと化している。

 血は食事にあらず。

 吸血鬼に血を吸われた相手は吸血鬼になる。命令には絶対服従の眷属けんぞくに変わり、一族として扱われるのだ。


「どなたであるか?」

「エウィ王国の宮廷魔術師グリム様でございます」


 来客の名前を聞いたテンガイは、思わず苦笑いを浮かべた。

 ソル帝国とエウィ王国は、表立って敵対していないが仮想敵国同士である。さすがに同席は宜しくないと考えて、その場で一礼した。


「挨拶は済みましたので、これにて失礼させていただきます」

「まぁ待つのである。テンガイ殿も会われていくと良いのである」

「………………」


 残念ながら立場は、バグバットのほうが上である。

 テンガイは諦めたように留まって、彼からの提案を受けた。


「では部屋に通すのである」

「畏まりました」


 バグバットの命令を受けた執事が部屋から出ていった。

 そして数分ほど待つと、執事に案内されたグリムが現れた。いつものように長く白い顎鬚あごひげを扱きながら、部屋へ入ってくる。


「これはバグバット様。久しぶりじゃのう」

「よくぞ参られたのである。孫娘殿は息災であるか?」

「ほっほっ。領地で骨休みをさせていましたな」

「で、あるか」

「後日、挨拶に寄越すがの」

「楽しみであるな。して、国王は?」

「一両日中には到着なされますな」

「皇帝と同じであるか」

「ほう」


 バグバットの言葉に反応したグリムが、手前に立つテンガイを見た。

 二人の出会いは六年前に遡り、その年の三国会議で顔を合わせている。以降は互いに油断のならない相手として、常に頭脳戦を繰り広げていた。

 今年も同様である。


「最近のテンガイ殿は、何かと忙しそうじゃ」

「お陰様で。エウィ王国は現在、闘技場を建造中とか?」

「国民も娯楽が欲しいでの。運営方法をご教授してもらえるかの?」

「であれば、視察団でも送られればよろしいでしょう」

「ほっほっ。最近は双竜山が騒がしくて手が回らぬのう」

「生態系が変わったと聞きましたが?」

「足を踏み入れた人間は、オーガに襲われるかもしれぬな」

「なかなか物騒な山になっていますね」

「どこぞの黒ずくめの人間が食われねば良いのう」

「ダマス荒野で石化しなければ良いですな」

「ほっほっ。山越えする人間の気が知れぬ」

「まったくです」


 お互い軽いジャブの応酬である。

 その光景を眺めているバグバットは、ワインを飲んで唇を湿らせた。次にあきれたような素振りを見せて、グリムとテンガイの会話を止める。


「お互い、両陛下の受け入れを始められてはいかがであるか?」

「そうでしたな。後ほど贈物も到着しますぞ」

「痛み入るのである」

「ではバグバット様、私は失礼します」

「ワシもこれにて……」

「御機嫌よう」


 グリムとテンガイは、同時に部屋を出ていく。扉が閉まる頃には、お互い反対方向に歩いていた。

 それを見送ったバグバットは、再び窓の外を眺めるのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトの屋敷の隣には、双竜山の森で最初に建てた小屋がある。

 その小屋の寝室に設置されたベッドの上には、全裸の女性が寝ていた。食事の量が少なかったのか痩せこけており、顔や体に刻まれた傷が痛々しく見える。

 鼻も潰れているが、息はしているようだ。


「起きろ」

「………………」

「起きろ」

「………………」

「起きないと悪戯しちゃうぞ」

「…………ぁ」


 フォルトの声を受けて、女性が目を覚ます。

 その目は虚ろだが、ゆっくりと上体を起こした。しかしながら驚きもせず、周囲を見ることもない。

 ただ前を見るのみだ。


「お前は誰だ?」

「私は名もなき奴隷です」

「ミリア」

「いえ。私は名もなき奴隷です」

「そうか」

「はい」


 この女性は、カーミラが運んできたミリアである。

 彼女の気力の無さは、まるで人生を諦めたような状態だ。主人に奉仕するだけの奴隷として刷り込まれたのだろう。

 フォルトは眉間にシワを寄せて、愛しの小悪魔に声をかけた。


「カーミラ」

「はあい!」

「っ!」


 フォルトの後ろから、カーミラが姿を現す。同時に首へ腕を巻き付け、柿のような胸を押し当ててきた。

 まったく飽きない感触である。


「契約通りに助かったよぉ」

「あ……」

「夢だと思ってたかなぁ?」

「たす、かった?」

「そうだよ。契約通りにね!」

「けい、やく……」

「御主人様の遊び相手になってね!」

「あっ!」


 ミリアは思い出したのか、大きく驚いている。

 そして周囲を見るように、キョロキョロと顔を動かした。


「今から『契約けいやく』に背くと、ドッカーンだからね!」

「は、い……」

「名もなき奴隷」

「はっはいっ!」


 フォルトが声をかけると、ミリアはビクッと背筋を正す。恐る恐る目を合わせてくるが、先程と違って虚ろではなかった。

 これなら、会話ができるだろう。


「俺の遊び相手になってくれるそうだな」

「はっはい!」

「俺はフォルトだ。よろしくな」

「はい」

「もう一度聞こう。お前は誰だ?」

「なっ名もなき奴隷です」

「カルメリー王国第一王女ミリアではないのか?」

「いえ。名もなき奴隷です」

「そうか。ではミリアとして扱わなくてもいいな?」

「構いません。私は奉仕する奴隷です」


(これは凄いな。記憶は残っているだろうが、完全に奴隷として自覚しているぞ。それとも美しい体に戻ったら、元に戻ってしまうのだろうか?)


 奴隷調教とは恐ろしいものだと、フォルトは考えてしまう。

 ミリアは、カルメリー王国第一王女でデルヴィ伯爵夫人だった女性。それが一カ月ぐらいの調教で、従順な奴隷になったのだ。

 これならば、ゲームキャラクターとして問題ないだろう。とはいえこの状態では、さすがに萎えてしまう。

 そこで……。


「手始めに、その醜い姿を戻すとするか」

「え?」

「カーミラ」

「はあい!」


 カーミラは寝室から出て、一人の男性を運んできた。

 眷属のニャンシーが連れてきた人物である。魔界を通ってきているので、息はしているが虫の息である。

 もちろん、今の状況も分かっていない。


「その人は?」

「お前を買おうとしていた客らしい」

「っ!」

「もう放っておいても死ぬからな」

「え?」

勿体もったい無いし、こいつを使う」



【ウーンズ・トランスファー・カース/傷移しの呪い】



 言葉尻にフォルトは、ミリアに対して魔法を使った。

 痛みを与える魔法ではないので、彼女は何をされたか分かっていない。しかしながら魔法が発動すると、彼女の体が暗黒に包まれていく。

 さすがに身構えたようだが、数秒後には暗黒は消え去った。

 それと同時に、虫の息の男性が絶叫を上げる。


「ぎゃああああっ!」

「きゃあ!」


 断末魔の悲鳴を聞いたミリアは、驚いて目を閉じながら耳を塞いでいる。

 上体も前に倒して、何も視界に入れないようにしていた。


(うーん。やっぱり呪術系魔法は便利だなぁ)


 男性の顔や体には、彼女の傷がすべて移動していた。

 傷を移された男性には、今まで経験したことのない激痛が走ったはずだ。死因はショック死だと思われる。

 特に罪悪感を感じないフォルトは、カーミラに指示を出す。


「そいつを小屋から出して、彼女に鏡を渡してくれ」

「はあい」

「………………」


 ミリアはまだ目を閉じているので、今のうちに死体を遠ざける。

 彼女の精神状態を考えると、先に結果を見せたほうが良いだろう。せっかく、カーミラやニャンシーが苦労して入手した玩具だ。

 壊れてもらっては困る。


「はい! 鏡で自分を見てね」

「え?」


 カーミラは命令を遂行して、ミリアに鏡を手渡す。

 どうやら、フォルトの狙い通りになったようだ。ミリアの目に光が宿ってきて、表情にも笑顔が見え始めた。

 アーシャのときと同じようなものだ。


「ミリア」

「………………」

「ミリア」

「………………」

「奴隷よ」

「はい!」


 フォルトは念入りに名前で呼んだが、彼女は反応しなかった。元の姿に戻っても、奴隷として刻まれた精神はそのままだ。

 これには苦笑いを浮かべそうになるが、とりあえず結果を説明する。


「お前の傷は、あの男がすべて引き受けた」

「え?」

「見てのとおり奇麗な状態に戻ったぞ」

「あ……」

はらんだ子供も男の体内に移った。処女に戻ってるはずだ」

「ええっ!」


 ミリアは王女というだけあって、見目麗しい女性だ。とはいえ、抱くために連れてきたわけではない。

 ここからが、フォルトの本題である。


「さてミリアよ」

「………………」

「奴隷よ」

「はい!」

「まずは名を与える。お前は今後、リリエラと名乗れ!」

「リリエラ、ですか……。分かりました」


 ミリアは名もなき奴隷なので、フォルトは名前を与える。

 リリエラという名称については、特に意味は無い。単純にパッと思い浮かんだだけなので、日本の漫画やゲームなどのキャラクター名かもしれない。

 ただし、次から伝えることは意味がある。


「そして、口調を変えろ」

「はい?」

「語尾に「っす」と付けろ」

「なぜっすか?」

「それでいい」


(まずはキャラメイキングだ。リリエラを作る!)


 彼女には今後リリエラとして、第二の人生を始めてもらう。

 これが、フォルトの思惑だった。ミリアからかけ離れることで、新たな人生を歩みやすくなるだろう。

 ついでに、新鮮さが欲しかった。


「俺のことは、マスターと呼ぶがよい」

「マスターっすか?」

「いいね。なんかえる」

「?」


 満足したフォルトは、どこぞのスマートフォンゲームを思い出す。

 実のところ、プロデューサーは捨て難かった。しかしながら赤面してしまうので、ここはマスターにした。


「ではリリエラ、これを着ろ」


 フォルトはボロい布の服を、リリエラへ向かって放り投げる。

 本来ならアバターを楽しみたいが、これから行う遊びは成り上がりゲームだ。最初から色々と与えては、ゲームにならない。

 そして彼女が服を着たところで、ゲームの概要を説明する。


「成り上がりっすか?」

「まぁ過程を楽しむゲームだ」

「どうやればいいっすか?」

「それを考えるところからスタートだ」

「はいっす!」

「ミリア」

「マスター、私はリリエラっすよ?」


 リリエラは頭が良いのか、フォルトの思惑が分かったようだ。

 そして、カーミラとの『契約けいやく』もある。彼女の主人を楽しませないと、粉々に爆発して死んでしまうと理解している。

 口調とは裏腹に、少し震えているのが証拠か。


「これだけは守ってもらう」

「なんすか?」

「一カ月に一回は戻ること」

「はいっす!」

「俺からの指示が達成できなくても、一カ月後には戻ること」

「はいっす!」

「最後になるが……。体を使った行為は許さん!」

「え?」

「売春などで金を稼ぐなと言っている」

「………………」


 フォルトは嫉妬と色欲の大罪も持っている魔人なのだ。自分の玩具にしたリリエラが、他人に体を差し出すことが許せない。

 売春という選択は成人指定ゲームにあるが、今回は無しである。


「まずはチュートリアルだ!」

「はいっす!」


 リリエラに簡単な説明も終わり、フォルトはゲームをスタートする。まずは手近なところで、彼女にゲームの全容を理解してもらうのだ。

 そしてカーミラの腰に手を回し、いつものテラスに向かうのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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