第100話 (幕間)冒険者と勇者候補チーム

 エウィ王国が執り行う勇者召喚の儀。

 フォルトやシュンとは別に、多くの人間が召喚されている。元の世界には帰れないので、今でも王国の民として生活していた。

 勇者候補に選ばれない者は、平民としての道を歩む。


「ヘイ! ロコモコっぽいロコモコ。お待ち!」


 城塞都市ソフィアの料理屋に、冒険者のシルビアとドボが来店中だった。とはいえ同じ米国人のクレアが持ってきた料理に、二人は首を傾げる。

 確かに食べたことのある肉料理だが、その名前に違和感を感じた。


「いやこれ、ロコモコだろ?」


 ロコモコとは、ハワイ発祥の郷土料理である。

 ご飯の上にハンバーグを置き、目玉焼きや野菜をのせた料理だ。グレービーソースをたっぷりかけて、大人だけではなく子供にも人気がある。

 ただし白米は入手できないので、残念ながら麦飯を使用している。牛や豚は存在するが、金銭的な問題で豚肉だ。味を近づけようにも調味料が足りない。

 また野菜は毒野菜と分類されているものが多くて、料理に使用すると敬遠されてしまう。下手をすると店が潰れる。

 制限のある中で試行錯誤しているが、クレアの目指すロコモコには程遠い。


「そうだけどね。こういうネーミングのほうが売れるんだよ」

「物珍しさってか?」

「そうそう。みんなロコモコ自体を知らないからね」

「知らないくせに近い料理なら旨いかもって?」

「ははははっ! 笑わせるぜ」


 三人は笑い合っているが着眼点は良く、それなりの注文が入っていた。

 ともあれ、雑談をしながら食事をしているところに男性が近づいてくる。手に料理を持っており、テーブルの上に追加した。

 それにはドボが、目を輝かせる。


「ヘイ、ドボ。フリフリチキンっぽいチキンだ」

「よぅフリッツ。手は空いたのか?」

「ああ。最後の客が帰った」


 フリッツはクレアの旦那である。

 この四人が、同時に召喚された異世界人だった。残念ながら誰も勇者候補に選ばれず、こうやって平民の道を歩んでいた。


「お前らの会った日本人ってのは何者なんだ?」

「分かんね。聖女様が召喚したのは確かだぜ」

「白金貨をポンっと渡したんだろ?」

「貴族や商人ってわけじゃなさそうだけどよ」

「ドボ、依頼人の詮索は無しだ。私たちは依頼をこなせばいいだけよ」

「へへ。そうだったな」

「そんで? 首尾はどうなんだい?」


 シルビアがフリッツに問いかける。

 実のところ彼は、表の情報屋もやっている。本来なら危険が絡む裏情報は扱わないが、今回は無理を言って人脈を頼らせてもらった。

 フォルトから依頼されたデルヴィ伯爵の裏情報を入手するために……。


「待て待て。クレア、あっちに行ってろ」

「はあい」


 フリッツがクレアを遠ざける。

 仕入れた情報次第では、命の危険があるからだ。情報に触れさせないことで、彼女を巻き込まないようにしている。

 そして、今から伝える裏情報の危険度は高い。


「下手に調べると死ぬぞ」

「だからフリッツに依頼したんだよ」

「俺は裏の情報屋を紹介しただけさ」


 フォルトからは、危険なら他人を使えば良いと言われた。

 もちろん言われるまでもなく、冒険者としてシルビアとドボは承知している。依頼を経由させることで、自分たちまで辿たどられないようにすることは常識だ。

 フリッツの紹介した情報屋すら、他の同業者を使っている。


「情報は入ったのかい?」

「まあな。デルヴィ伯爵と神殿が懇意なのは知ってるな?」

「それぐらいはねぇ」

つながっているのはシュナイデンだ」

枢機卿すうききょうかい? 大物だね」


 神殿勢力の最高権力者は教皇である。枢機卿は二番手だが、シュナイデンが実権を握っているとのうわさだった。

 シルビアの言ったとおり、大物中の大物だ。


「最近は頻繁に会ってるらしい」

「話の内容とかは?」

「無理に決まってる。この情報だって苦労したらしいぞ」


 この程度の情報と思われるが、簡単には入手できない情報だ。

 噂であれば別だが、確定情報となると話は変わってくる。デルヴィ伯爵の情報を最初に仕入れた人物は、連絡が途絶えたらしい。

 そのことに、シルビアとドボは絶句した。


「ヤバいねぇ」

「マジかよ。フリッツは平気なのか?」

「俺までは辿られない。消されたのは別の意味だな」


 裏の情報屋が自身で動くわけがない。

 情報を仕入れる人物は、アルバイト感覚の平民である。捕まえたところで何も知らされていないため、「これ以上は調べるな」という警告だ。


「ならいいけどねぇ」

「まぁ枢機卿も危険だな」


 話に上がったシュナイデンも、デルヴィ伯爵と同様に用心深い人物である。

 神殿から出るときは何台も馬車を用意して、狂信者の隠密を先行させていた。ときには普通の神官に変装して、他人の目を欺く。


「他には?」

「そうだな。新興の裏組織があるんだが……」

「へぇ」

「デルヴィ伯爵に金銭が流れてる」

「はっ! 噂どおり真っ黒だねぇ」

「新しい情報だとそんなもんだな」

「はいよ」

「んじゃ返金だ」


 今回は危険があった仕事なので、相場だと大金貨一枚だ。

 それをシルビアは、三倍の前金を渡していた。裏の情報屋とはいえ、信用の問題でネコババされずに返金される。

 だが、彼女は受け取らなかった。


「力量を見たってことにしといてくれ」

「マジかよ」

「次からは相場でいくからね」

「はいはい。その日本人は気前がいいな」

「得体の知れない奴さ」

「なんせ魔……」

「ドボ!」

「へへ。悪い悪い」


 情報屋と同様に、冒険者にも不文律がある。

 依頼人に対しては、やはり信用が第一なのだ。再び依頼を出してもらうためにも、フリッツに伝えられる情報は限られる。

 完全に隠さないのは、きずなの深さゆえだった。


「フリッツの取り分は?」

「一割だよ」

「けっ。しけてんな」

「クレアのためにも表の情報屋で十分だ」

「裏は危険だしねぇ」

「クレア、もういいぞ」

「難しい話は終わった?」


 情報屋としての仕事を終えたフリッツは、遠ざけたクレアを呼び戻す。

 冒険者のシルビアとドボは、都市を離れて別の領地に向かうことも多い。そう頻繁に会えるわけでもない。また職業柄、常に命の危険と隣り合わせだ。

 二度と会えなくなる可能性もあるため、友人たちは親交を深め合う。


「まあな。俺らも飯を食べちまおう」

「はあい」


 ここからは、料理を食べながら他愛もない会話を始めた。

 四人は米国から召喚されて、それなりの時間が経っている。当時の話題はとうに飽き、こちらの世界での話で盛り上がっている。

 そして暫く歓談が続いたところで、最後にシルビアが話題を振った。


「二人は子供を作らないのかい?」

「店が軌道に乗らないと厳しいぞ」

「そろそろいいと思うんだけどなあ。三人ぐらい欲しい!」

「三人か? 頑張りたいところだが……」

「へいへい。続きは夜にでもやりなよ」

「まったくだぜ」


 フリッツが何を頑張るかは分からない。とりあえずシルビアとドボは、夜の情事のほうで二人をからかう。

 その後は会話を打ち切って、ゆっくりと席を立った。


「そっちじゃねえ!」

「はははははっ! それじゃ私たちは行くよ」

「なんだ。もう行くのか?」

「おぅ! 依頼人を待たせてるからな」

「とか言って、ドボは財布の中が寂しいんじゃないの?」

「分かってんじゃねぇか。また来るぜ」


 シルビアとドボは、友人たちの料理屋を出た。

 続けて二人は顔を見合わせ、ニヤリと口角を上げる。


「これで白金貨がもう一枚だね」


 フォルトからの依頼は、デルヴィ伯爵の裏情報だ。

 報酬は白金貨二枚である。本来なら一枚で十分すぎるが、シルビアはもう一枚吹っかけてあった。

 情報を双竜山の森に持ち帰れば、今後数年間は遊んで暮らせる。


「もう少し情報を仕入れたほうがいいんじゃねえか?」

「いや。奴がどこまで求めてるか分からないよ」

「だからよ」

「だから! 満足するかもしれないだろ?」

「へへ。シルビアは頭がいいぜ」

「足りなきゃまた仕入れりゃいいさ」


 持っていく情報で満足すれば良し。

 満足しないなら、途中経過と言えば問題ない。ならばとうなずき合った二人は、大通りに出て、グリム領に向かう乗合馬車を待つのだった。



◇◇◇◇◇



 シュン率いる勇者候補チームは、エウィ王国の村々を巡っていた。

 先日保護した神官のラキシスも同行している。

 その一行の前には、人相の悪い十人の賊が傷ついている。彼女を狙ってきた者たちで、現在は返り討ちにあった状態だ。

 それらを見下ろすのは、自慢のトサカリーゼントを整えているギッシュである。


「どうした! そんなもんか?」

「くっくそっ。覚えてやがれ!」


 賊とは戦う以前の問題で、ギッシュが一人で倒してしまったのだ。

 これは敵わないと思った賊たちが逃げていく。と言っても、相手は魔物や魔獣ではない。殺害までする必要はないので、この場は見逃した。

 その彼に近寄ったのは、保護対象のラキシスだった。


「ギッシュ様はお強いですね」

「けっ! あんな兵隊どもじゃ俺は倒せねぇぞ」

「兵隊、ですか? 軍の者たちでしょうか?」

「違う違う。暴走族に見立ててるだけだ」

「ちっ」


 ラキシスは、こちらの世界の住人である。

 彼らの会話を聞いたシュンは、思わず苦笑いを浮かべた。日本でしか通用しない用語なので、面白くもあきれてしまったのだ。暴走族も同様だが、何台もの馬車で暴走するイメージを伝えれば良いのか。とも考えてしまう。


「でも鬱陶しいよ。シュン、どうするの?」

「弱くてもこう何度も来られるとな」


 アルディスの言葉は、シュンもずっと考えていた。

 賊の狙いがラキシスなのは明白である。しかしながら鬱陶うっとうしいだけでは、彼女を放り出せないのだ。

 勇者候補としては、民間人を見捨てられない。


(次の村までは我慢だな。城塞都市ソフィアまでは距離がある。乗合馬車もねぇ田舎ってのは困ったもんだぜ)


「ギッシュ様、お怪我は?」

「ねえよ。もうちっと手応えのある奴らはいねえのか?」

「えっと……」


 ラキシスは神官として、信仰系魔法で怪我の治療ができる。

 それでもギッシュは、十人を相手にしても怪我すらしていない。彼女を一瞥いちべつして、すぐに離れていった。

 まさに、硬派街道をまっしぐらに進んでいる。

 それを見たシュンは、彼女に思いをせた。


(ラキシスは強い男が好きなのかな? いや、ただの世話焼きってところだな。ならもう少し様子見か。しかし旨そうな女だぜ)


 民間人を見捨てられないとの思いは建前である。シュンはどうやってラキシスと寝るかと、そのことしか頭に無かった。

 アルディスが袖を引っ張っていることにも気付かないほどだ。


「ちょっと、シュン! 聞いてるの?」

「悪い悪い。ちゃんと聞いてるさ」

「もぅ……。次の村はどこで……」

「そうだな。地形が分かってからじゃないと何とも言えないかな」

「そっそうだよね!」


 どうもラキシスに意識を向け過ぎたようだ。

 意識をアルディスに向けたシュンは、次の村で逢引あいびきする場所を考える。彼女とは恋人になっているので、お楽しみが待っていた。

 とりあえずはこの場に留まっても仕方ないので、仲間たちに号令をかけた。


「次の村へ向かうぞ」


 勇者候補チーム一行は、街道を歩き始めた。とはいえ、奇麗に整備されているわけではない。所々デコボコしており、人の往来で踏み固められただけだ。

 左右には高さのある草木が生い茂り、見通しが悪い。

 そこでシュンたちは、隊列を組んで村まで向かう。


「ギッシュ」

「分かってんよ。俺についてこいや!」

「ラキシスさんは中央にいてくれ。俺らが守るからよ」

「はい」


 先頭を進むのはギッシュだ。中央にはラキシスで、左右にシュンとアルディスで固める。後方を守るのは、エレーヌとノックスである。

 この隊列であれば、草むらから襲われても問題はない。


「やっつけたばかりだし……。今日は襲ってこないよ、ね?」

「でも一応は警戒しないとさ」


 最後方のエレーヌとノックスが緊張しながら歩いている。

 この勇者候補チームの中では、レベルが低いからだ。エレーヌがレベル二十三で、ノックスはレベル十八になったばかりである。

 また二人は魔法使いなので、肉体的な能力は低い。どうやら頭脳面で、レベルを上げているようだった。

 ちなみに、アルディスのレベルは二十八だ。


「少し急がねぇとヤバいな」

「けっ! なら歩くスピードを上げんぜ」


 シュンの言葉に、ギッシュが頷いた。

 日が落ちるまでには、次の村に到着したいところだ。そうしないと、野宿をすることになってしまう。

 ならばと歩みを速めた瞬間に、草むらから剣を持った三人の男性たちが現れる。しかも、いきなりアルディスに向かって斬りつけてきた。


「そこの女を渡せ!」

「ちょ、ちょっと!」

「アルディス!」


 不意打ちだったが、アルディスはヒョイっと後方へ飛んだ。

 それで最初の攻撃は避けたが、後ろにはラキシスがいた。


「きゃあ!」

「あっ!」

「危ない!」


 アルディスがぶつかってきたので、ラキシスが跳ね飛ばされてしまった。勢いは無いが、フラフラと後方に倒れ込みそうになっている。

 その彼女をシュンが受け止めて、草むらの中へ一緒に倒れ込んだ。

 続けて間髪を入れずに叫ぶ。


「ギッシュ! アルディスを守れ!」

「おう! 任せとけ!」

「エレーヌとノックスは支援だ!」

「「はい!」」


 シュンはリーダーらしく、各個人へ指示を飛ばす。

 その後は受け止めたラキシスを見る。いきなり吹き飛ばされたので、ビックリした表情をしていた。

 これはチャンスである。


「ちゅ」

「んっ」


 この機をシュンは逃さず、ラキシスの唇を奪った。

 それも偶然を装えるように自然と、だ。


「すっ済まねぇ。当たっちまった」

「いえ……」

「起き上がれるか? 少し下がらねぇと危険だぜ」

「はっはい!」


 シュンはラキシスの腰に手を回して、一緒に起き上がる。

 そのときに、お尻を触るのを忘れない。表情は真剣そのものだ。


(ここまでだ、な。しっかしいい体してるぜ。唇も奪ったし上出来だ。おかげで少したかぶっちまった。さっさと賊を片付けてアルディスを……)


「いま行くぞ!」

「けっ! もう終わりそうだぜ」

「「にっ逃げろ!」」

「あっ! 待ちなさいよ!」

「アルディス! 追わなくていい」


 シュンが参戦したところで、賊の三人が逃げていく。

 アルディスが追いかけようとするが、あんな雑魚を捕まえても仕方ない。捕縛して連れ歩くのも面倒である。


「アルディスは大丈夫なのか?」

「平気平気。最初の攻撃も避けたしね!」

「さすがだな」

「それよりもラキシスさん! ごめんね。ぶつかっちゃった」

「大丈夫ですよ」


(いや。最高だよアルディス。完璧なバックステップだったぜ)


 先程の出来事は誰も見ていない。喧嘩けんかとはわけが違うので、雑魚とはいえ真剣に戦わないと殺されてしまう。

 シュンにしてみれば、棚からぼた餅だったが……。


「賊もしつこいな」

「次の村に入れば襲ってこねぇだろ」

「そっそうだといいんですけど……」

「ははっ。エレーヌは心配性だな。ギッシュを盾にしとけば平気さ」

「テ、テメエ! ホスト!」

「はははっ!」


 シュンは冗談を言いながらも、エレーヌの肩に手を添える。

 リーダーらしく落ち着かせようとしているが、この狙いはスキンシップだった。アルディスに気付かれないかヒヤヒヤするが、それも遊びの内である。

 恋人とは言葉通りの意味ではないのだ。


(そろそろエレーヌも食べ頃だ。ラキシスといい運が巡ってきたな)


 賊に何度も襲われたが、シュンにとっては充実した旅である。

 限界突破をしたことで動きが洗練され、体にキレがあるようだ。またリーダーとして、うまくチームをまとめている自覚もあった。これには日本にいたときより、たちが悪いと思ってしまう。

 そんな事を考えながら、次の村に向かうのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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