第99話 奴隷と小悪魔3
寝室のベッドで横になっているフォルトとレイナスは、背中を向けて服装の乱れを直しているカーミラに視線を向けた。
夜の情事を終えたばかりだが、これから彼女はやることがある。
「御主人様、行ってきまーす!」
振り返ってウインクしたカーミラは、その場で消えて魔界に向かった。デルヴィ伯爵領で、最後の仕上げをしてくるそうだ。
それについては任せているが、フォルトは別件で頭を悩ませていた。
二つほど問題があり、その一つをレイナスに尋ねる。
「レイナスはレベルが上がってないよな?」
「そうですわね。三十を越えると、訓練だけではどうしても……」
「やはり実戦が必要か」
双竜山の周辺には、レイナスが狩れる魔物はいない。
亜人種の降伏を受け入れたので、こちらから攻撃できないのだ。しかも彼女とはレベル差があって、自動狩りで倒しても意味がない。
適している相手は、ダマス荒野に
ただし、討伐するとソル帝国が
実に悩ましい。
(だからと言って、西のビッグホーン地帯では無理だな。さすがに魔物が強すぎて、レイナスを失ってしまう)
マリアンデールに聞いたところ、ビッグホーンの推奨討伐レベルは八十だ。
レベル五十以上の勇者チームが倒したらしいが、レベル三十のレイナスでは、アーシャと組んでも討伐など不可能である。
他の魔物や魔獣も、生存競争ができるぐらい強い。
そう考えると……。
「やり込み用の領地だな」
「え?」
「なんでもない。まぁ暫くは訓練を続けてね」
「はいっ!」
こちらの件については、今のところ打開策がない。
状況を確認しただけで良しとして、もう一つの悩みを口に出した。
「三国会議ねぇ」
「フォルト様は行かれるのですか? ピタ」
擬音のとおり密着してきたレイナスの頭を、フォルトは軽く
彼女の服装は乱れたままで、足を絡めているところが官能的だ。行為の続きを始めたいところだが、まずは質問に答える。
「考え中」
「まだ時間はありますわよね?」
「うん」
(でも、そろそろ決めないと拙い。あれから一カ月ほど経ったが、俺の答えは出ていない。何かにつけて先送りしていた結果だが……)
グリムが持ち込んできた三国会議の件。
次の聖女が決まっていないので、元聖女のソフィアが参加するのだ。彼女からは護衛してほしいと言わた。
怠惰で引き籠りのフォルトには、とても荷が重い話である。
「さっさと聖女を決めてくれればいいのになぁ」
「まだですの?」
「うん。まったくもって使えない神様だ」
「ふふっ。ですが飛んでいきますわよね?」
「それは問題ないんだけど……」
フォルトは『
そのため、移動については問題にしていなかった。わざわざ国王や貴族と一緒に、三国会議へ向かう必要はない。
問題にしているのは、ソフィアの
魔の森で制裁した冒険者アイナは、約束を破ったから制裁した。信条としても、同じことはやらない。となると、双竜山の森から出る必要がある。
実に悩ましい。
「こういうところが、中立と言われた部分なのかな?」
「フォルト様?」
「いや、なんでもない。考えることが多いな、とね」
「当面の懸念は三国会議ですわね」
「そうだな」
「三国会議ならエルフに会えるかもしれませんわ」
「なにっ!」
「フォルト様?」
「エルフ! 会いたいな。そうかエルフがいるんだったな!」
(これは盲点だった。三大大国の一つは亜人の国じゃないか。ならちょっと、森から出てもいいかもしれないな。一体ぐらい欲しいぞ!)
エルフという言葉を聞いて、強欲のバランスが怠惰を超える。
フォルトの中でエルフは特別だった。ゲームのキャラクターとして、常に選んでいた種族である。
こうなれば、後一押しで腰が軽くなりそうだ。
「よし! レイナス、続きだ!」
「きゃ!」
エルフを気付かせてくれたレイナスに礼をする。いつもの褒美だ。魔法学園の制服の中に手を入れて、荒々しく抱き寄せる。
そして、彼女が思っている女性の幸せを味合わせるのだった。
◇◇◇◇◇
薄暗い鉄格子の中には、鎖で
汚れて所々破けた服を着ており、酸っぱい臭いを発している。与えられる食事が少ないのか、体は痩せこけていた。鼻が潰れた状態で、何カ所も傷が刻まれている。また女性の首には、複雑な紋様が描かれていた。
これは、呪術系魔法によって刻まれたものだ。一般的には奴隷紋と呼ばれ、命令を強制させる効果があった。逆らえば体じゅうに激痛が走るのだ。
命令できる人物は、紋様を刻んだ魔法使いが設定できる。紋様師と呼ばれ、奴隷売買では必須の職業だ。
誰かに買われるまで、この女性の主人は奴隷商人である。
「………………」
周囲には誰もいないが、何の前触れもなく鉄格子の扉が開く。しかしながら女性は座った状態で、ただ床を眺めていた。
気付いていないのか、はたまた動けないのか。
そして黒い影が、鉄格子の前に現れた。
「貴女は誰?」
「名もなき奴隷です」
黒い影の問いに対して、女性は反射的に答えた。にもかかわらず、顔を上げるでもなく驚いている素振りもない。
まるで抜け殻のようだ。
「貴女はカルメリー王国第一王女のミリア」
「いえ、名もなき奴隷です」
「貴女はデルヴィ伯爵夫人のミリア」
「いえ、名もなき奴隷です」
「幸せな家族のところへ戻りたくない?」
「いえ、私は主人に奉仕する奴隷です」
問いに答えた女性は、奴隷商人に売られたミリアである。
そう確信した黒い影は、ゆっくりと鉄格子に入って彼女に近づく。すると光に照らされ、影の形が鮮明になった。
人間の姿だが頭部には角が生え、翼と尻尾まで見える。
黒い影の正体は、大鎌を持ったリリスのカーミラだった。
「ちゅ」
「………………」
カーミラはミリアの顎を上げて、カサカサの唇に自身の唇を重ねる。
それでも反応がないので、下半身に指を
「ねぇ。貴女はどこが感じる?」
「ぁっ……」
「見っけ」
「ぅぁ!」
ミリアを責め立てると、体は正直なのか反応した。
これに気分を良くしたカーミラは、行為をエスカレートさせる。弱点を見つけた後は重点的に弄って、彼女を絶頂させた。
フォルトが見ていたら、目を血走らせて興奮するだろう。
「はぁはぁ」
「貴女を助けてあげようか?」
「はぁはぁ」
「生まれ変わりたくはない?」
「……たぃ」
「聞こえないよ?」
「生まれ……変わりたい」
「貴女は誰?」
「私は名も…………。え?」
ここで初めて、ミリアはカーミラの姿を認識したようだ。
虚ろだった目が見開かれ、口を開けて
「じゃーん! カーミラちゃんだよ!」
カーミラはポーズを決めている。右手で横ピースをして左手を腰に当ながら、前屈みでミリアにアピールした。
そして最後に、ウインクで締める。
「だっ誰っ?」
「だからカーミラちゃんだって!」
「え? なんで? 誰なの?」
「ちゅ」
問いには答えたはずだが、正気に戻ったばかりなので混乱しているようだ。
騒がれても困るカーミラは、ミリアの唇を奪って口を封じた。絶頂したばかりなので、体がビクンビクンと
このまま堕としたくなるが、フォルトに怒られそうなので控えた。
「私は悪魔のカーミラちゃんだよ」
「あく、ま?」
「貴女の絶望の感情を受け取って、魔界から来ちゃいました!」
「ひぃ!」
驚いたミリアは、床に座ったまま後ずさろうとした。とはいえすでに、鉄格子の隅っこに位置している。
カーミラからは離れられず、これ以上は下がれない。
「助かりたいって言ったよね?」
「い、い、言いました!」
そうは言っても、まだミリアはガタガタと震えている。
実際に頭部から角が生えて、翼や尻尾が見えるのだ。人間の常識から考えると、悪魔は恐怖の対象である。
失神しないだけマシかもしれない。
「怖がらなくてもいいよ。殺すわけじゃないからね!」
「はっはい!」
カーミラは優しい声と仕草を交え、ミリアを落ち着かせる。目的は連れ帰ることなので、ここで死んでもらっては困るのだ。
とりあえず話を進めるため、彼女から少し離れた。
「誰かに買われたら、一生奴隷ですねぇ」
「そっそれは……」
「だから助けてあげますよぉ」
「え?」
「でも条件があるんだあ」
「条件、ですか?」
「私の御主人様に仕えてもらうよぉ」
「仕える……。奴隷ではなくて、ですか?」
「貴女次第かなあ。どうする?」
絶望状態のミリアにとって、これ以上の条件は無いだろう。一生懸命に考え込んでいるが、答えなど一つしかないのだ。
もちろんカーミラは、そこへ追い込むように言葉を続ける。
「ちなみにすぐそこまで、貴女を買う男が来てるよぉ」
「えっ!」
「今は眠らせてあるけど、起きたら買われちゃうねぇ」
「いっいやっ!」
「だよね! 私の御主人様なら、暴力も振るわないし優しいですよぉ」
「でも……」
「それにですねぇ。貴女の醜い姿を元に戻せますよぉ」
「えっ!」
「体じゅうに傷があるねぇ。子供も
「………………」
「誰の子供かなぁ?」
「っ!」
ここまで会話したところで、カーミラが前屈みになる。
そして無表情になり、ミリアに顔を近づけて告げる。
「御主人様なら貴女に希望をくれる。貴女は新しい人生をやり直せる。神様は貴女を救ってくれない。でも御主人様なら、今の状況から救ってくれる」
「あ……」
「御主人様は悪魔すら使役する御方。御主人様は貴女をご所望よ。私と契約を結び、御主人様に救ってもらいなさい。身も心も、すべてを
「あ……」
「決めた?」
「え?」
無表情だったカーミラは表情を笑顔に変えて、ミリアに問いかける。
先程までの話はなかったように振る舞う。しかしながらあの言葉は、彼女の耳の奥に残っているだろう。
レイナスにも同様に
「契約?」
「悪魔との契約は知ってるよね? 簡単だよ!」
「悪魔……。契約……」
「ここから連れ出したら、御主人様と遊んでもらいまーす!」
遊ぶという言葉に、ミリエの表情が曇る。
カーミラが首を傾げると、彼女はその理由を口にした。
「また私は犯されるのですか?」
「
「………………」
「選択肢は無いと思うんだけどねぇ」
「………………」
「ほらっ! そろそろ眠らせた客が起きそうでーす!」
「わっ分かりました!」
奴隷として買われれば、奴隷としての一生しかない。
この瞬間に選択しなければ、ミリアの人生は終了である。彼女は恐る恐るでも、手を伸ばしてきた。
だがカーミラはその手を取らず、最後の確認をする。
「悪魔との契約を破るとねぇ。ドッカーン! だよ?」
「っ!」
「どうしますかあ?」
「遊びはいつまでですか?」
「御主人様が飽きるまででーす!」
「そっそれは……」
「貴女が結果を出せば、契約を解除してくれるかもしれないねぇ」
「分かりました!」
色々と問いかけようとも、ミリアに選択肢はない。
伸ばされた手が下がらないことを確認したカーミラは、彼女の手を握る。すると左胸に、小さな魔法陣が浮かび上がった。
アーシャと契約を結んだときと同様だ。
「『
「もっもう出られるのですか?」
「簡単簡単。こんな鎖なんてスパッとね!」
カーミラは持っている大鎌で、ミリアの首に繋がった鎖を斬る。とはいえレベル百五十の悪魔なら、この程度のことは造作もないことだ。
後は連れ出すだけだが、仕上げとして魔法を使った。
【スリープ/睡眠】
「あ……」
「貴女にも眠ってもらうねぇ」
「すぅすぅ」
「おやすみ。次に目覚めたら御主人様と会えまーす!」
邪悪な笑みを浮かべたカーミラは、ミリアに最後の言葉を投げかけた。深い眠りの後は、双竜山の森で起きることになる。
そして背伸びをして、自分の影に向かって話しかけた。
「ニャンシーちゃん、いいよお」
「終わったかの?」
カーミラの影から、ニャンシーが飛び出してくる。
目的は達成したので、さっさと撤収するのだ。
「うん。ドッペルちゃんを連れて先に戻っていいよお」
「カーミラはどうするのじゃ?」
「ギュイーンと上がってブイーンって落ちまーす!」
「だから眠らせたのじゃな?」
「悲鳴とかうるさそうだしねぇ」
「そうじゃな」
カーミラの言葉の意味するところは、空を飛んで落ちることだ。
この方法なら短時間で帰れる。しかしながら物凄い推進力なので、ミリアが起きているとショック死の危険があった。
さすがに手間暇をかけたので、彼女は生きた状態で届けたい。
「あっ! ニャンシーちゃん!」
「なんじゃ?」
「そこで寝てる客も連れてってくださいねぇ」
「人間が魔界に入ると、長く生きられぬぞ?」
「どうせ死ぬから構わないですよぉ。なるべく生かしといねぇ」
「ならば
人間が魔界に入ると数日で死に至る。
常に魔力が減っていくので、途中で枯渇するだろう。
「大丈夫でーす!」
「到着して生きていれば良いのじゃな? ならば可能じゃ」
「よろしくねぇ」
「では森で会おうぞ」
「はあい!」
カーミラはミリアを抱えて、鉄格子の中から出ていった。後はニャンシーに任せれば大丈夫だろう。
そして、ゆっくりと建物から出た。すでに夜なので、周囲は真っ暗である。当然のように、人間の気配は無い。
そのまま空を見上げた彼女は、一気に上空へ飛び立つのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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