第96話 魔人と冒険者3
フォルトが住まう屋敷の周囲には、食料を生産する様々な施設が存在する。
その一つが、野菜を作る畑である。
管理は森の精霊ドライアドが担い、作業はトレントという木の魔物が行う。人間がやるような工程を経ず、特殊能力や魔法を使うところが特徴的だ。
大地に過剰な栄養分を与えて、作物の成長を早めるなどは朝飯前だった。さすがに一日で収穫はできないが、ものの数日で新鮮な野菜が手に入る。
「ふぁぁあ」
そして現在は、シェラが農作業中だった。運動の一環らしいが、トレントたちに混じって野菜を収穫している。
その光景を眺めながら、フォルトは地べたに寝転んでいた。
「魔人様、そんなに見られると恥ずかしいですわ」
「気にしないで」
フォルトは自身の観賞用として、シェラに白衣をプレゼントした。
女医さんの格好をした彼女が、農作業をしている姿は
(女医さんは頭が良くてプライドが高い。住む世界が違うとか思ってたけど、仕事とプライベートの顔は如実に違うんだよなあ)
若い頃のフォルトには友人がいた。
その人物に、女医の恋人を紹介されたときの印象が頭に残っていた。まるで医者と感じさせないイメージで、当時は衝撃を受けたものだ。
自宅に引き籠った後は、友人やその恋人と会うことはなかった。しかしながら印象は拭えず、今に至っていた。
「シェラさんって恋人はいるの?」
「いえ。いませんわ」
「へえ。今までにも?」
「えぇ。ずっと神殿に入ってましたので……」
「そうなんだ」
こちらの世界の男性が、女性に何を求めているかは知らない。
また女性の司祭や神官は、神に身を
それについてフォルトは、
(ということは……。俺は神様からジェシカを寝取った極悪人だな)
記憶からほとんど消えていた女性神官を思い出して、フォルトは苦笑いを浮かべてしまう。
あのときは初めての暴走だったが、彼女を寝取ったことになるだろう。
「何か?」
「シェラさんを寝取ったら神様は怒るかなと、ね」
「私を抱きたいのですか?」
「否定はしないよ」
「そうですか」
「うん?」
「私は別に神の所有物ではありませんわ」
「所有物かあ」
(なかなか味なことを言うなぁ。シェラさんは暗黒神に仕えてる司祭だけど、神のものではないということか。さてさて、神様はどう考えてるのやら……)
こちらの世界には、実際に神々が存在する。
神託として神の声が届くうえ、信仰系魔法の源になる存在だ。とはいえ地上に顕現して、その姿を見せたことはない。
そこでフォルトは、シェラに質問を投げかけた。
「神様はどんな姿なんでしょうね?」
「え?」
「俺の予想だと、
「ふふっ。想像したこともなかったですわ」
「気になりません?」
「肖像画や石像などがありますので、それで十分かと思いますわ」
信者にとって、神の姿形は意味を持たない。どのような姿であれ間違いなく神は存在して、信者を導くとされていた。
また肖像画や石像で神を表現するのは、シンボルとしての意味合いが強い。たとえ違ったとしても、神の存在を近くに感じられることが重要だった。
「私からも良いでしょうか?」
「なんですか?」
「魔人様は魔神を目指さないのですか?」
久々に魔神の話を聞いた気がする。
フォルトとしては、成り行きで魔神になるなら構わない程度の認識だ。もちろん怠惰なので目指すことはしない。
「目指すと言ってもなあ」
「面倒ですか?」
「ははっ。分かってますね!」
フォルトの行動理論など、付き合いの短いシェラでも理解していたようだ。
双竜山の森に来てからは、駄目男ぶりに磨きがかかっている。しかも、今まで以上に自堕落生活を満喫していた。
魔神というよりは、引き籠りの神様かもしれない。
「俺はカルマ値が足りないらしいですよ」
「そうかもしれませんわね」
「何か知ってるんですか?」
「いえ。今の魔人様は中立と思ったまでですわ」
(中立か……。合ってるのかな? 率先して悪事をしてるわけでもないし、誰かに褒められるようなことをしてるつもりもない。好きなようにやってるだけだな)
悪事と言っても、カーミラのやる悪事を容認しているだけである。憤怒に身を任せて人を殺したことがあっても、感情に左右されたものだった。
人間の倫理観からすれば悪事となるが、フォルト自身はピンときていなかった。種族が魔人に変わった影響かもしれない。
人間が家畜を殺しているのと同様だ。
「ですが、悪に寄っているとは思いますわ」
「そうですか」
フォルトの欲しいものは、カーミラが他人から奪っている。対象となった人からすれば、確実に悪と思うだろう。
そして、シェラやソフィアを
これについては、善に該当する行いだ。なので総合して、中立から悪寄りと言っていると思われた。的を射た見解だが、あまり深く考えたことはない。魔人の力をセーフティとして、今を好きに生きているだけだった。
そこまで考えたところで、新たに収穫された野菜を眺めた。
「ほら魔人様、大きな大根が採れましたよ」
「ははっ。旨そうですね」
「浄化をしないといけませんわ」
「しなくても食べられるのに……」
「そうでしたわ。魔人様は博識ですわね」
「あっちの世界の知識ですよ」
「不思議な御方ですわ」
「俺がですか?」
「えぇ。では、抱いてください」
「え?」
シェラは話を戻した。
フォルトは適当に流したのだが、彼女にとっては本命の話だったらしい。
「身内になると?」
「はい。ローゼンクロイツ家の姉妹共々お願いしますわ」
「マリとルリに気を遣ってますか?」
「否定はしませんわ。お二人は恩人なのです」
「恩人かぁ」
(抱くことで身内になるわけでもないんだけどな。ただの儀式みたいな感じだ。庇護した時点で身内と思っている。これは自分への戒めなのだ)
昭和時代の日本男児的思考である。
女性を抱いて身内にすることで、責任を取るという状況に追い込むのだ。こちらの世界であれば、何があっても守るという決意が持てる。
マリアンデールとルリシオンは安心が欲しいと言った。
それは、フォルトも同様である。彼女たちが、自身の精神安定剤になっていた。しかしながら、お互いの同意が条件だ。
レイナスは特殊だったが、今は責任を取って身内にしていた。
「どうかしましたか?」
「じゃあ、シェラさんがしてください」
「え?」
「俺を押し倒して犯してみてください」
「ええっ!」
「どうしました?」
「わ、わ、分かりましたわ! えいっ!」
「おっと……」
畑の中で押し倒されたフォルトは、後の行為をシェラに任せた。少し意地悪だったかなと思ったが、これは新鮮な状況だった。
この行為の果てに、彼女が仕える暗黒神デュールが何と言うか。
それを想像しながら、大の字で横になるのだった。
◇◇◇◇◇
シェラを身内にしたフォルトは、テラスの椅子に腰かけていた。
そして隣に座っているマリアンデールから、彼女の話を切り出される。とはいえ、気まずいことは何もない。
「貴方、シェラを抱いたんですってね」
「いや。襲われたと言ったほうが正解だ」
「やらせたんでしょ。まったく……」
「駄目だったか?」
「いいわよ。シェラも悩んでたみたいだしね」
「へぇ。そうなのか」
現在カーミラは、ソル帝国の町に出張中だ。
そのためフォルトの隣の席は、マリアンデールが占拠している。しかしながら体型がアレなので、密着度は低い。
それが気に入らないのか、上から目線で催促してきた。
「貴方、もっと抱き寄せなさい」
「でへ」
「とにかく、シェラは私たちに気を遣い過ぎなのよ」
「そっ、そんなことはないですわ」
この場にはシェラもいる。
マリアンデールやルリシオンは、彼女の恩人らしい。その姉妹が認めた男性と関係を持つのは、身の程知らずと思っていたのだろう。
思い悩んでいたようだが、本人たちからすれば要らぬ
「家名に遠慮した感じか?」
「そうなのよ。でもそんなことで遠慮されたくないわ」
「ははっ。マリやルリなら、そう言うだろうな」
「ほらシェラ、もっと押し付けて挟んでやりなさい」
「はい!」
マリアンデールに促されたシェラは、テラスの椅子に座っていない。
フォルトの後ろにいて、カーミラがやっていること真似しているのだ。
「でへ。気持ちいい」
身内にしたシェラは、その中では一番の巨乳である。なのでフォルトは、今までになかった感触を楽しんでいた。
一番といっても、他が小さいだけなのだが……。
「マリの家は伯爵とか?」
「魔族に爵位は無いわよ」
「そうなんだ」
「魔族は力がすべてと言ったわよね」
「うん」
「強い家が上位の家になるのよ」
「え?」
「上を目指すなら、上位の家に
「はい?」
「殴り合いに限らず、謀略や知略でもいいわ。当主を倒せばいいだけね」
「な、なるほど?」
まさに弱肉強食の世界。
これについて魔族は、かなり徹底している。命令を聞きたくなければ、力で倒せと言っているのだ。
この勝負で敗北した家は、文句を言わずに命令を聞くことになる。
「ローゼンクロイツ家に命令できるのは魔王だけだったわ」
「魔王の家は何て言うの?」
「知らなかったかしら? 嫉妬の魔人スカーレットが魔王よ」
「え? 魔人が魔王?」
「だから、人間に倒されたのが信じられなかったのよね」
「魔王って魔族がなるものじゃないのか?」
「力がすべて。それは種族に関係なく適用されるのよ」
「壮絶だな」
嫉妬の魔人スカーレット。
嫉妬を増長させる強欲や色欲を持たない魔人で、皆が思うほど嫉妬深くない。しかしながら強さは桁外れで、魔族の王として君臨していた。
「ソフィアに聞いて納得したわ。もういいけどね」
「ははっ……」
魔王は神魔剣を封印するために、自らを犠牲にして冥界に落ちた。
その場にいたソフィアの話なのだから間違いはない。とはいえ、人間の勇者が魔王に勝利したというプロパガンダが浸透している。
今更言ったところで、誰も信じない内容だった。
「それよりもシェラ」
「なんでしょうか?」
「魔王の娘は生きているのかしら?」
「ティナ様ですか? 私には分からないですわ」
「魔王の娘? 魔人に子供は作れないんじゃ……」
「養子よ。魔王が自ら選んでたわ」
「へぇ」
「さすがに魔族狩りは返り討ちにしてるでしょ」
「ふーん。強いんだ」
「強いことは強いわね。でも甘ちゃんだったわ」
魔王の娘ティナは、極度のマザコンだったらしい。
いつもスカーレットにベッタリで、他の魔族とは交流が少なかった。しかも嫉妬の魔人の娘として、ほとんど表に出されていない。
それでも魔王が選んだ娘であり、強さは折り紙付きだった。
(魔王の娘ねぇ。なんか、ヒットしたゲームの続編みたいな奴だな。まぁ生きていても会いたくはない。身内にした彼女たちは返さないぞ!)
フォルトとて、嫉妬の大罪を持っている。
身内となった魔族の三人は、絶対に渡すことはない。
「フォルトぉ、オヤツよお」
「ああんルリちゃん! 待ってたわ」
「はい。お姉ちゃんに、あーん」
「あーん」
「フォルトにも、あーん」
「あーん」
オヤツを持ったルリシオンが、意気揚々と屋敷から出てきた。本日のオヤツはキュウリスティックだ。細く切ってあり、なかなか旨そうである。
簡単なオヤツだが、実は彼女のこだわりがあった。調味料を厳選して、長時間漬けてある逸品なのだ。
しかも食感がすばらしく、ポリポリと音を立てて食べられる。
「フォルトぉ、シェラはどうだった?」
「責め上手」
「ちょっと魔人様!」
「あ……。失礼」
シェラが慌てて、後頭部に胸を挟んでくる。
これではフォルトを喜ばせるだけだが、口止めにはなる。とはいえここで止めると想像が広がるので、余計に傷口を広げるかもしれない。
とりあえず彼女には、骨抜きにされていた。
「レイナスは?」
「アーシャと一緒に部屋に籠ってるわよお」
「あれ? 部屋から出てないのか」
「頼まれた服を一生懸命に作ってたわあ」
「そっか。無理をしてなきゃいいんだけどな」
「楽しそうにやってたわよお。さっき、差し入れをしといたわあ」
「助かる。しかし、これは止まらないな」
「ポリポリ感がいいわね。さすがはルリちゃんだわ!」
ルリシオン自慢のオヤツは、あっという間に減っていった。
身内を侍らせながら自堕落を満喫しているフォルトは、
「カーミラちゃんは、いつ帰ってくるのお?」
「もうすぐじゃないかな」
ソル帝国の町に出張中のカーミラは、目的を達成するまで戻ってこない。
それでもフォルトは、彼女が近寄ってきている気配を感じていた。
そして、もう一つの気配を察知していた。
「ソフィアさん、そんな所にいないでテラスに来れば?」
「っ!」
屋敷の入口から顔を出しているソフィアは、なぜか顔を赤らめている。
とりあえず、ジッと見られていると恥ずかしい。なのでフォルトは手を振って、彼女を呼び寄せる。
すると襟を正しながら、テラスへ歩いてきた。
「シェ、シェラさん? 何をして……」
「え?」
「フォルト様の頭を……」
「こ、これは……。何と申しましょうか」
「もしかして……」
「ひ、一足お先ですわ」
「っ!」
どうやらソフィアはフォルトではなく、仲の良いシェラを見ていたらしい。とても破廉恥な光景を見て固まっていたのだ。
そして答えを聞いた彼女は、一目散に屋敷の中へ戻っていった。フォルトはキュウリスティックをポリポリ食べながら、その後ろ姿を見送るのだった。
――――――――――
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