第97話 奴隷と小悪魔1
薄暗い部屋の中に、天井から
力なくうな垂れた長い青髪の少女は、両腕に頑丈な鎖が巻かれている。衣服は
(もう……。無理……)
「良かったですぞ、デルヴィ伯爵夫人。いや、ミリア王女」
「………………」
ミリアと呼ばれた女性は、目の前の男性を見る力もない。
その人物は薄ら笑いを浮かべて、生臭さが漂う部屋を出ていった。
(なぜ、こんなことに……)
何度も自問自答するが、答えは出てこない。ある日突然この部屋へ連れて来られ、幾人もの男性の相手をしている。
このような扱いを受ける覚えはない。そうミリアが思い返していると、部屋の入口からチャリーンと音がした。
その音に彼女は、目を閉じて体を震わせる。
「おぉミリア王女。なんというお姿に……」
「来ない、で……」
「ぐふふ。美しかった顔が見る影もありませんな」
ミリアの顔には、刃物で切られた傷や殴られた跡がある。
形の良かった鼻も折れ曲がり、潰れていると言っても過言ではない。
「ぃ、ゃ」
「どうやらお腹が膨れてきましたな。いやぁ、めでたい」
「………………」
部屋に連れて来られ、どれほどの時間が経過したかは数えていない。
そして、毎日何十人もの男性を相手しているのだ。食事はほとんど与えられていないので、おそらくは
当然のように、誰の子供かは分からない。
(死にたい……。誰か私を殺して……)
それからも、ミリアは休む暇がない。
新たに入室してきた男性は、彼女の鼻を摘まみ上げる。
痛みはすでに無いが、とても屈辱的だった。しかしながらこの人物は、下卑た笑みを浮かべて気を良くしている。
「おい、王女さんよ。もっと甘い声を出せねえのか?」
「ゃ、め」
「ここまで自分の嫁を堕とすなんてなぁ。伯爵様は怖い御方だぜ」
「………………」
「へっ! 盗賊様の子種をくれてやんよ」
「っ!」
上は貴族から、下は盗賊まで。
ミリアを抱く男性は、デルヴィ伯爵の手駒である。とはいえ盗賊の男が相手なら、そろそろ終わりが近かった。
今日という日が過ぎるだけであったが……。
「俺らは女日照りだからな。また頼むわ」
「………………」
そして、盗賊の男が部屋を出ていく。
毎日、同じ行為の繰り返しだった。舌を
(もう……。いやっ!)
ミリアが絶望していると、再び扉のほうからチャリーンと音がした。
終わりが近いだけで、まだまだ続くようだ。
「ミリアよ」
「っ!」
この声は知っている人物だった。
エウィ王国の大貴族という立場を利用し、属国カルメリー王国の第一王女ミリアを
憎き、ハーラス・デルヴィ伯爵である。
「ハーラス?」
「おぉ……。まだ名前で呼んでくれるのか」
「なぜ、私を、こんな目に……」
憎き相手を前にしても、ミリアの気力は
この手で殺してやりたいと思っても、体を動かす力が沸かない。
「それはのう。
「なにを言っ、て……」
「ミリエは聖女候補に選ばれた」
「え?」
(聖女はソフィア様では?)
妹であるミリエが聖女候補と聞いて、憤怒に囚われたミリアは混乱する。
それから少し遅れて、ハーラスが伝えた言葉の意味を理解した。また彼という人物をよく知っているだけに、その目的も分かってしまった。
「ハーラス、貴方は……」
「ほっほっ。ワシの権力のために、第二王女ミリエを妻とする」
「ミリエには……。手を、出さない、で……」
「できん相談だな」
「ゆ、許さな、い……」
「許さないも何も、其方は病死と発表。すでに葬儀も済ませておる」
「………………」
ハーラスがミリアを娶ったのは、属国カルメリー王国を管理するため。
そして、エウィ王国内での権力を増大させるためだ。とはいえそれは、第二王女のミリエでも可能である。
もしも妹が聖女に選ばれ、そのときに妻だったら……。この男の権力は、さらに増大する。だからこそ、今の妻は不要なのだ。
離縁するとデルヴィ家としての体裁が悪く、姉妹共々娶ることも同様である。ならばと病死として扱って、新しく妻として娶るつもりなのだ。
この金と権力の化け物にとって、ミリアなど駒の一つだった。
「其方は妻のミリアではない。ただの
性的に体を売って、金銭を稼ぐ女性を娼婦という。
ハーラスから侮辱の言葉を聞いて、ミリアの涙腺が緩む。しかしながら憎き男の前で、涙は見せられなかった。
「今回来たのはな。其方を娼婦だと分からせるためだ」
「ふざけ、ない、で……」
「体を売って金を受け取っておるだろう?」
「え?」
「ほれ。そこの箱に入っておる銅貨だ」
後ろを向いたハーラスは、部屋の入口に置いてある箱に視線を移した。とても小さな箱だが、その中には銅貨が詰まっている。
そして蛇のように鋭い目を、再びミリアに向けた。
「立派な娼婦ではないか。しかも孕んだようだな」
「うぅ」
「ワシの子供ではあるまい?」
「………………」
「ほっほっ。カルメリー王国の王子にするか?」
カルメリー王家の血が流れているとしても、父親は盗賊かもしれない。
そのような子供に、王家を継がせるわけにはいかない。ミリアは怒りの形相で、憎きハーラスを
「産むわけが……」
「だろうな。だが、其方には何もできぬ」
「………………」
「安心しろ。最後に望みを
「っ!」
ハーラスが放った最後の言葉。
おそらくは孕んだ子供と共に、ミリアを処分するつもりなのだろう。確かに死を望んだが、この状況に追い込んだ張本人に言われると腹立たしい。しかしながら彼女は絶望を悟り、怒鳴る気力すら失ってしまった。
いくら言葉を紡いでも、彼の決定は変わらない。
「おい!」
「「はっ!」」
ハーラスが大声を出すと、部屋の外で待機していた警備兵が扉から入ってくる。人数は五人で、ミリアに背を向けた老人の前に
この部屋は、デルヴィ伯爵とは別名義の人物が所有する屋敷の地下にある。使用目的は、言わずもがな。
表に出せない非合法な案件を処理するのだ。
「これからモルホルト司祭が来る」
「あの死体愛好家ですか?」
「うむ。後は分かるな?」
「いつものように処理すればよろしいですね?」
「其方らも楽しんでおけ」
「分かりました。遠慮せずに頂きます」
「では、ワシは帰る。客を待たせておるからな」
ミリアを
それと同時に装備を脱ぎだした男たちが、彼女に近づいてくる。
「名残惜しいですが、俺らに壊されてくださいね」
「遠慮はしねえぜ、王女様」
「すまんな。恨まないでくれよ?」
「まぁ気持ちよく逝けるんだ。まだマシだろうさ」
「逝った後も、あの司祭に犯されるけどな」
裸になった警備兵たちは、部屋に置いてある数々の道具に手を伸ばす。これらの道具は、女性に快楽を与えるものだ。
ミリアに対して、幾度となく使われていた。しかしながら拷問器具でもあり、彼女は口から泡を吹いて気絶したこともある。
「やめ、て……」
これから始まる地獄絵図を想像して、ミリアは一言だけ
そして、快楽と狂気の宴が始まるのだった。
◇◇◇◇◇
ミリアに群がる警備兵たちは、目を血走らせて柔らかい肉体を貪っている。
彼女自身はボロボロで、目を背けたくなるような顔に変わり果てていた。にもかかわらず、男たちの性欲は収まらない。
彼らの目に映るのは、デルヴィ伯爵夫人だった頃の
その彼女が今、自分たちの放つ白濁にまみれている。
これが快楽の源となって、征服感と
「もうちょっとだけでいいからよぉ」
「まだ死なないでくれよ?」
「空っぽになるまで頼むぜぇ」
「あのミリア様がよぉ」
「全然萎えねぇぜ!」
ミリアは空虚な意識の中、男たちのなすがままにされていた。
最初は抵抗したが、体力と気力は失っていた。そもそも彼らの前に、何人もの男性を相手にしていたのだ。
そして体の内外を征服され、意識を手離した頃。
部屋の扉が開いた。
「お前たち」
「デ、デルヴィ伯爵様!」
部屋に入ってきたのは、先ほど帰ったハーラス・デルヴィ伯爵である。
ミリアを貪っていた警備兵たちの動きが止まった。狂気に支配されていても、この老人の存在は無視できないからだ。
「少し待て」
「はっはい! もちろん構いませんが……。ど、どうしたのですか?」
「命令の変更を伝えに、な」
「変更ですか?」
「それより死んでいないだろうな?」
「え、えぇ。まだ生きてはいます」
「そうか」
ミリアはデルヴィ伯爵の声を聞いても、動かずにぐったりしている。
この状態では聞こえているかどうかすら怪しい。彼女の口や股からは、生臭い液体が
窒息しても不思議ではない量に見えるが、胸は上下に動いている。
「新たな命令とは?」
「うむ。その娼婦は奴隷商人に売り払う」
命令が大きく変わった。
もちろん護衛兵たちは、その命令に異を唱えない。とはいえミリアを生かすとなると、様々な問題が発生する。
それについては、今のうちに確認する必要があった。後々自分たちのせいにされると、彼女と同様の道を歩むことになる。
いや、同様ではない。男性なので、生きられる時間はもっと短いだろう。
「身元が割れてしまうのでは?」
「ふん。ミリアの葬儀は終わっておる」
「ですが……」
「ボロ雑巾のような娼婦の言葉など誰も聞く耳は持たん」
「分かりましたが、これからモルホルト司祭がいらっしゃるのでは?」
「そいつは捕縛……。急用が入ってな。またの機会にするそうだ」
「そうでしたか」
何か
落ちないが、デルヴィ伯爵の命令は絶対である。確認はできるが、屋敷の警備兵ごときでは意見など言えない。
「では、いつもの奴隷商人に引き渡してくれ」
「分かりました。売値は?」
「大金貨五枚でよい。それを其方たちで、一枚ずつ分けろ」
「えっ! よろしいのですか?」
「よく働いている礼だ。受け取っておけ」
「「ありがとうございます!」」
「他の者には内緒だぞ?」
警備兵たちは大喜びだ。大金貨一枚は、日本円に換算すると百万円。
彼らにしてみれば、半年以上働いても手にできない金銭だ。しかもほとんどは生活で消えていくので、手元に残らない。
これで暫くは、裕福な暮らしができる。ミリアで遊べないのは残念だが、何人もの女性を抱くことも可能だ。
「では、娼婦を連れていけ。ワシもすぐに屋敷を出る」
「「畏まりました!」」
気合の入った返事とともに、警備兵たちがミリアを部屋から運び出した。デルヴィ伯爵自身の護衛は、他にいると思っているのだろう。
そして警備兵がいなくなったところで、伯爵の前に二人の女性が姿を現す。
「行ったみたいだねぇ」
「そうじゃな」
現れた女性のうちの一人は、『
その二人に向かって、デルヴィ伯爵は頭を下げる。
「これで良かったでしょうか?」
「ちょっとドッペルちゃん! 危なかったよ?」
「まったくじゃ。いくら時間が無かったとはいえ、ボロが出てはのう」
「すっすみません!」
二人に責められたデルヴィ伯爵は、片手で頭をかいている。しかしながらその手には、
それ見たカーミラは、
「指」
「あ……」
「ちゃんと化けてね!」
「はっはい!」
この部屋にカーミラたちが現れたことには理由がある。
フォルトに耳打ちした内容は、生存しているミリアを入手することだった。主人に召喚してもらった魔物は、人物に化けるドッペルゲンガーである。
この魔物と入れ替えることで、双竜山の森に連れていく予定だった。
「即興で考えたわりには、うまくいったのう」
「ただ連れていくのも芸が無いしねぇ」
「でも良いのかの? 主は待っていると思うが……」
「こっちのほうが、御主人様も喜びまーす!」
「なら良いのじゃがのう」
カーミラは少しだけ、作戦に手を加えた。
フォルトが考えたゲームは、最底辺からのスタートと聞いている。ならばミリアには、人間の底辺である奴隷になってもらう。
これによって、より主人に楽しんでもらうのだ。
「それで……。ワシはどうすれば?」
「受肉しますかぁ?」
「いいのですか?」
「デルヴィ伯爵に化けられるしねぇ」
「確かに送還は
当初の作戦では、デルヴィ伯爵の姿をコピーする予定はなかった。とはいえエウィ王国の大貴族で、絶大な権力を持つ人物である。
この屋敷に向かっていたところを発見したので、ドッペルゲンガーにコピーさせたのだ。フォルトの遊びには関係ないが、後々使える可能性がある。
ただし、受肉に関しては確約できない。
「役には立ってるし、御主人様に言っといてあげるねぇ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、奴隷商人の所に移動するよお」
「元の姿に戻っても?」
「うん! 次は何をやるか分かってるよねぇ?」
「はい」
ミリアが連れていかれた奴隷商人は、非合法の商いをしている。法で守られている犯罪奴隷や貧困奴隷ではなく、好きに使い潰せる奴隷を取り扱っていた。
所有者の命令に従う奴隷紋を施されるのは同様である。違うのは、調教によって生き地獄の人生を強要されることだ。
そこにドッペルゲンガーを潜入させて、彼女を完璧に堕とす。先ほどまで男たちの慰み者になっていた女性を、だ。
まさに悪魔の所業だった。
「面白いことになってきたなあ」
「カーミラは恐ろしいのう」
「えへへ。御主人様が楽しめれば何でもいいでーす!」
「確かにのう。外に残した人間はどうするのじゃ?」
「とりあえず臭いので、屋敷を出ようねぇ」
この会話を最後に、三人は無人になった屋敷を出る。
外には捕縛したモルホルト司祭が立っていた。カーミラのスキル『
デルヴィ伯爵と懇意なのか、奴隷商人の居場所を知っていた。
そして、彼を殺すと問題が発生すると思われた。なので神殿に帰れと命令して、ミリアの後を追ったのだった。
――――――――――
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