第95話 魔人と冒険者2

 愛すべき身内と食卓を囲む。

 日本にいた頃のフォルトだと、自宅に引き籠ってからは縁のない状態だ。しかしながら現在は、五人の美少女たちと食卓を囲んでいる。

 その内の一人であるマリアンデールから、とある疑問を投げかけられた。


「貴方は人間を雇うのかしら?」

「駄目か?」


 そして別の食卓では、ソフィアが二人の冒険者と食卓を囲んでいた。

 双竜山の森に無断で侵入したシルビアとドボである。ソフィアの知人ということもあって、フォルトは雇うことにした。


「別にいいけどね。人間なんて使えるのか疑問だわ」

「さあな。一応だけど、ここまで侵入できた最初の奴らだしな」

「ふーん。荷物に紛れてたんだっけ?」

「うん。仕事に臨む姿勢も気に入った」

「信じるの?」

「まさか。俺はお前たちしか信じないさ」

「ならいいけどね」


 フォルトは人間を見限っているので、シルビアとドボを信用していない。簡単に切り捨てられる道具であり、問題が起こっても魔人の力で粉砕できる。

 二人を雇ったのは、遊びの側面が大きい。


「しかし、野菜ばかり食べても腹は膨れないだろ?」

「あはっ! フォルトのためよお。食生活は程々にってねえ」

「わ、私は大丈夫でしょうか?」

「シェラは平気よお。フォルトの目を見れば分かるでしょお?」

「え、あ……。はい」

「………………」


(俺はどんな目をしてるんだろう? まぁ彼女たちから蔑んだ目で見られていないのは幸いか。お前たちは本当に最高だよ)


 フォルトは自分の面体に自信がない。

 現在はシルビアとドボがいるので、本来の姿である小太りの中年だ。他人から好意的に見られることはない。

 しかも、氷河期世代の引き籠りである。相手から蔑んだ感情で見られていると分かるぐらい心が病んでいた。だからこそ人の視線には敏感なのだが、身内から向けられる感情は違う。

 それが精神的な癒しになって、彼女たちを愛おしく思えるのだ。


「御主人様、デルヴィ伯爵を調べてどうするんですか?」

「遊びだよ。胸糞むなくそが悪くなった礼をするだけさ」

「えへへ。面白そうですね!」


 カーミラがニッコリと笑みを浮かべた。

 フォルトが考えていることは、悪魔からすれば可愛い悪戯の類になるだろう。とはいえ彼女は、こちらのほうが好きだったりする。


「デルヴィ伯爵ってさ。夢の中に出てきてた貴族だよね?」

「なんだそれ?」


 何故か青ざめたアーシャが、カーミラとの会話に割り込んできた。

 これは彼女が、フォルトに助けを求めたときの話である。あのときは確か、夢魔という精神体の悪魔を召喚して向かわせた。

 その悪夢が見せた悪夢に、件のデルヴィ伯爵が出てきたそうだ。

 グリムたちから聞いた話よりも、真に迫る内容だった。しかしながら、に落ちない点もある。


「なぁカーミラ。夢魔って知りもしない人物を夢に出せるの?」

「アーシャの近くにいた人間からですねぇ」

「なるほど。付き合いのある兵士がいたってことか」

「だと思いまーす!」


 夢魔は精神体の悪魔で、憑依ひょういした人物の記憶映像を抜き取れる。

 それを使って物語を作り上げ、悪夢として見させることができるのだ。アーシャの夢に出てきたデルヴィ伯爵も、その記憶映像が基になっている。

 ちなみに悪魔なので、バッドエンドが基本だ。


「アーシャが銅貨一枚でボロボロにされるのか」

「ブルルッ。思い出しちゃったじゃないのよ!」

「そんな男は俺が忘れさせてやる!」

「やってもらってるから大丈夫よ」

「そ、そうか」


 格好良く決めようとしたフォルトだが、アーシャにサラッと返された。しかもおっさんに戻っているので恥ずかしくなった。

 彼女にしても実体験ではないので、悪夢として割り切っていたようだ。慣れていないことをやるべきではないと痛感してしまう。

 こういった言葉が似合うのは、元ホストで勇者候補のシュンだろう。


惚気のろけるのは寝室でしなさあい」

「はい。すみません」

「あはっ! 可愛いわあ」

「ふふっ。フォルト様はすてきですわ」

「………………」


 弄られキャラと化したフォルトは、天井を見上げて目を泳がせた。

 そして、何事もなかったかのように話題を変える。


「そろそろニャンシーが戻ってくるかなあ」

「フォルト様、確かデルヴィ伯爵領ですわよね?」

「うん。次の死体をどう使おうかなあ」


 フォルトがニャンシーに課した指令。

 それは、デルヴィ伯爵夫人ミリアの死体を入手することだ。彼女は病死と聞いているので、その死体を利用するつもりだった。

 この話を聞いたアーシャは興味津々だ。


「ねぇフォルトさん、また眷属けんぞくを増やすの?」

「決めかねている。とりあえずは受肉用で確保って感じだ」

「悪魔って怖いけど能力は凄いもんね!」

「アーシャは悪魔の契約に懲りごりでーす」

「うっさい!」


 カーミラにからかわれたアーシャは、ほほをプクッと膨らませた。

 仲良きことは美しきかなといったところだが、彼女は悪魔の狡猾こうかつさを身をもって体験している。そのあたりが面白いやりとりだ。

 そんな目でフォルトが二人を見ていると、ソフィアが近寄ってきた。


「フォルト様」

「どうしました?」

「二人の泊まる場所を提供していただければ、と」

「ああ。シュンたちが泊まってた小屋を使っていいよ」

「はい。ありがとうございます」


 フォルトからの依頼を受諾したシルビアとドボは、明日出発して情報収集に勤しむことになる。特に問題がなければ、今後も彼らを使うつもりだった。

 報告のために戻ってくるが、ずっと住むわけではない。空いている小屋をあてがっておけば十分だろう。


「あ、ソフィアさん。デルヴィ伯爵夫人の葬儀っていつですか?」

「もう終わったようですよ。身内だけで済ませたようですが……」

「そうですか」


(よしよし。後はニャンシーに期待だ)


 葬儀が終わっているならば、死体は墓地にあるだろう。

 もしかしたら入手している頃合いかもしれない。ニャンシーに課した指令が順調に進んでいるようなので、フォルトはほくそ笑んだ。

 そして、アーシャに視線を流した。


「アーシャ、例のものを渡して」

「いま渡すのね」


 フォルトが促したものは、アーシャと一緒になって考えたものだ。何枚かの羊皮紙に分けられているので、それをまとめた封書を受け取った。

 しかる後に、ソフィアへ手渡す。


「ソフィアさん。はいどうぞ」

「なんでしょうか?」

「ソフィアさん用の服のデザインです。どれがいいか選んでください」

「分かりました。後で見ておきますね」


 ソフィアには服を作ると伝えてあった。なので、何の違和感もないようだ。彼女はシルビアとドボを連れて、食堂を出て外に向かった。

 その後ろ姿を見ていたアーシャが、ニヤニヤと笑みを浮かべている。


「驚くっしょ?」

「ははっ。突っ返されそうな気もするけどな」

「ソフィアさんは人がいいからね。大丈夫じゃない?」

「楽しみだなあ」


 渾身こんしんの力作を思い出したフォルトは、隣に座るカーミラに視線を送った。相変わらず露出の激しい服だ。とはいえ、ソフィアに渡したデザインも近いものがある。

 頬を赤らめて慌てるさまが目に浮かぶようだった。


「御主人様?」

「ふっふっふっ。さーて、風呂に入るか!」

「はあい!」


 これから愛すべき身内と長湯の始まりだ。

 フォルトの宣言を聞いたレイナスとルリシオンは、椅子から立ち上がって食事の片付けに入った。

 もちろん一緒に入浴するのだが、少し時間が必要だろう。まずはカーミラを連れ、先に風呂場に向かうのだった。



◇◇◇◇◇



 シルビアとドボが双竜山の森から出て数日後。指令を出していた眷属のニャンシーが戻ってきた。

 その彼女は目の前で、神妙な表情をして座っていた。


「どうだった?」

「それがのう。死体が無かったのじゃ」

「葬儀は終わったって聞いたけど?」

「終わっておるの。確かに棺桶かんおけは埋められておった」

「だよな」

「とはいえ中身は空っぽじゃ」

「うーん。とりあえず立っていいよ」


 フォルトがニャンシーを怒ることはない。

 眷属であっても家族と認識しており、いつも無理をさせて申しわけないと思っている。また今回の件にしても、いつもの適当な思い付きだった。

 それにしても死体が無いとは、いったいどういうことだろうか。


(葬儀が終わって埋葬はしたが、肝心の死体がない。やっぱり火葬にしたとか? でもそうなると棺桶は要らないよなあ)


「カーミラはどう思う?」

「気持ちがいいですよ」

「そうではなく」


 本日は屋根の上で、カーミラの膝枕を堪能中だった。どうやら悪い右手が動いていたようだが、彼女は普通に受け入れている。

 さすがはリリスだ。


「生きてるんじゃないですかあ?」

「うむ。カーミラの言ったとおりかもしれんのう」


 病死と発表された人物が生きている。

 確かに分からない話でもない。貴族社会など人間の醜さが詰まっている。何かしらの思惑でもあるのだろう。

 とりあえずフォルトには関係ない社会なので、ニャンシーに続きを促す。


「詳しく!」

「デルヴィ伯爵がたまに出かけていた屋敷があっての」

「ふむふむ」

「その屋敷の地下に、カルメリー王国で見た肖像画と似た人物がおった」

「ほう」

「何人もの男どもを相手しておったのう」

「アーシャの悪夢と似てますねぇ」

「ほほう」


(銅貨一枚で慰み者にされたって話だったな。本当に変態さんだ。齢六十を超えたじいさんと聞いていたが……。お盛んだねぇ)


 おそらくだが、デルヴィ伯爵の手駒に対する褒美と実益を兼ねた遊びだろう。

 大罪の色欲がうずきそうな話である。しかしながら、フォルトの琴線には触れなかった。レイナスのような調教ではなく、ただ使い潰すだけだからだ。

 これは、自身のエロ美学に反する。


「そいつは生きてるんだろ?」

「あのまま続ければ死ぬじゃろうな」

「そっか。もう一つのほうは?」

「何人か目星はついとるの。後は主の好み次第じゃ」

「ふーん」


 ニャンシーに出した指令は二つ。

 一つは、デルヴィ伯爵夫人ミリアの死体の入手だ。こちらについては、いま報告があったとおりである。

 そして、もう一つは……。


「ちょっと待っておれ」



【ソートグラフィー/念写】



 ニャンシーが魔法を使って、懐から取り出した羊皮紙に念写を行った。

 こんな魔法もあるのかと感心するが、高い記憶力と美術の腕が必要らしい。忘れっぽく絵心のない者には無用の魔法である。

 必然的に、フォルトにも無用の魔法だ。


「これらじゃな」

「ほうほう……」


(さすがはニャンシー、俺の趣味が分かってる。でも何かが足りない。素材は十分にいいんだが、もう一声という感じだなあ)


 そう。奴隷についてである。

 こちらは、フォルトの遊びで使う玩具の品定めだ。自分が出向きたくないのでニャンシーに任せたが、残念ながら良い奴隷はいなかった。


「ニャンシーガチャは不発か」

「駄目かの?」

「ちなみにデルヴィ伯爵夫人ってさ。どんな奴だった?」

「念写しても良いが、顔が潰されかかっておったぞ」

「うぐっ! しょ、肖像画のほうでいい」

「分かったのじゃ」


 ニャンシーは再び魔法を使った。

 そして、カルメリー王国の城に飾られていたミリアの肖像画と第二王女のミリエの顔を羊皮紙に念写した。

 二枚あるのは、フォルトに対する心遣いだろう。


「ほうほう。いいじゃないか」

「主の好みかの?」

「そうだな。で、この顔が潰されかかっていると?」

「うむ。目的から察するに、そろそろ処分されるかもしれぬのう」

「そっか」

「御主人! またまたいい考えがありまーす!」

「おっ! さすがはカーミラ」

「ゴニョゴニョ」

「ふんふん。なるほど、なるほど。ふんふん」


 何かを思いついたのか、カーミラが耳打ちしてくる。

 その彼女らしい提案に、フォルトは口角を上げる。いま考えている遊びにもってこいであった。


「どうですかあ?」

「いいね。カーミラが行ってくれる?」

「はあい!」

「言われた魔物は召喚しとくから、準備したら連れていっていいよ」

「分かりましたあ! ニャンシーちゃん、案内をお願いね!」

「構わぬがの。どうするのじゃ?」

「道中でカーミラから聞いてくれ」


 この時点でフォルトは丸投げする。後は二人に任せておけば大丈夫だろう。

 早速動きだした二人を見送り、カーミラに貸し出す魔物を召喚した。カーミラに指揮権を渡しておけば良い。

 そして、屋根の上から地面に下りた。


「フォルト様!」


 意気揚々と歩くフォルトは、いつものようにテラスに向かった。すると、頬を赤らめたソフィアから声がかかる。

 その手には数枚の羊皮紙が握られていた。


「どうしました?」

「あ、あ、あ、あの!」


 ソフィアうつむきながら、一枚の羊皮紙を手渡してきた。

 先日渡したデザイン画だが、フォルトが期待した服を選択していた。


「本当にいいです?」

「一番まともでしたので……」

「そうですか。これがねぇ」

「えっと……。お手柔らかにお願いします」


(ソフィアさんは断れない体質なのだろうか? それとも、意外と楽しんでるのか。まぁ俺は嬉しいんだけど……)


 受け取った羊皮紙をレイナスに渡せば、すぐに製作開始である。完成する服を想像すると鼻血が出そうだ。

 すぐにデザイン画を渡したいところだが、彼女は日課の訓練中だ。とはいえテラスで待っていれば良いので、ソフィアを連れてお茶の時間にするのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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