第94話 魔人と冒険者1
会話は続いている。シルビアとドボは、ソフィアの件を問いただしてきた。
彼女に恩義があるようで、フォルトたちに囚われていると勘違いしているようだ。とはいえ、本人が説明すれば良いので出番はない。
「フォルト様は
「レイバン男爵からも、そう聞いてるね」
「ですので、私がいても不思議ではありませんよ」
「でも魔族がいるだろ? さっきの女の一人は……」
「それも含めて、ですね」
「聖女様に危険はないんだな?」
「ええ」
「ならいいよ」
フォルトは会話を黙って聞くが、今のところは何も問題がない。
それでも、シルビアとドボには長居されたくない。うっかり口が滑って、魔人や悪魔の件が知られると拙いことになる。
「では、お帰りはあちらです」
「ちょっと待ってくれ」
「話は終わったと思いますが?」
「聖女様と久々に会えたんだよ」
「ちょっとぐれえいいじゃねえか」
「はぁ……」
(気持ちは分からんでもないが、俺には久々に会いたい奴などいない。日本にいる家族ぐらいか? でも俺なんかはいないほうがいいしなあ)
日本にいた頃のフォルトは、自分をお荷物と思っていた。
十数年も家に引き籠って、親に面倒をかけていたのだ。世間体も悪いため、自分は存在しないほうが良いとさえ思っていた。
当然のように、昔の知人との接触はない。
落ちぶれてからは連絡すら取っていない。相手からも連絡がこないので、本当の友人ではなかったのだろうとすら思っている。
なんとなく自虐が入ったが、ソフィアであれば口を滑らすことはないか。
「ならもう少しだけな」
「つれねえことを言うなよ」
「あの……。フォルト様?」
「どうかしましたかソフィアさん?」
「そろそろ足を触るのを止めていただければと……」
「あ……」
フォルトの手が、無意識に動いていたようだ。
隣に座るのはいつもカーミラなので、常に触っているのだ。勝手に手が動くのは仕方なかった。
その彼女は背後から首に巻き付いて、二つの柔らかいモノを後頭部に押し当てている。このまま振り向いて、グリグリと顔を埋めたくなった。
「おっさんは聖女様に気があんのか?」
「いえ。癖でして」
「俺らの前でセクハラとは、いい度胸じゃねえか」
「あ、はは……」
「ドボは人のこと言えんのかい?」
「はははっ! 違えねえ」
シルビアとドボは、セクシャルハラスメントに厳しい米国人だ。
フォルトより前に召喚されたらしいが、その思想は根強く残っている。とはいえ彼は、女性関係のトラブルは多かったようだ。
もしも召喚されずにプロのアメフト選手になっていたら、女性トラブルで多額の賠償金を請求されていただろう。
「聖女様へのセクハラの代償で、俺らについてきてもらうぜ」
「無理やりこじ付けないでください!」
「でもよお。男爵と面会するだけだよ?」
「面会する必要性が無いですね。会いたい理由は何ですか?」
「そういや聞いてないねえな」
そんなことで良いのかと思うが、冒険者からすると普通である。
理由はどうあれ、依頼内容はフォルトを連れてこい、だ。それ以上の話に首を突っ込んでも良いことはない。
「なあ、聖女様からも何とか言ってくれよ」
「すみません。無理ですね」
「どうしてさ」
「フォルト様と会うには、御爺様の許可が必要だからです」
「へ?」
「レイバン男爵は無断で連れ出そうとしているのですよ」
「おっさんって、そんなに重要人物なのかよ?」
「重要かどうかはさておき。森に来てもらう条件の一つでしたね」
グリムはこの約束を守るために、双竜山の森を立入禁止にした。フォルトと面会するなら森を通るので、必然的に許可が必要になる。
森を出ることはないのだから……。
「それと、お二人に伝えておくことがあります」
「なんだい?」
「私は聖女の務めを終えました」
近いうちにエウィ王国から発表されるが、異世界人の世話は、次代聖女が担うことになるのだ。
いつまでも聖女と呼ばれると、
「え? そうなのかい?」
「すでに称号からは消えています」
「そっか。よく分からねえけど良かったじゃねえか」
「良かった、ですか?」
「私らを召喚したことを気にしてたろ?」
「ええ……」
「もう俺らのような奴を召喚しなくていいってことじゃねえか」
「そうですね」
「なら気楽になれるだろ?」
勇者召喚の儀に対して、ソフィアは良い感情を持っていない。
異世界人をエウィ王国の勝手な都合で召喚して、有無を言わさずに魔物と戦わせるのだ。しかも一方通行なので、元の世界に帰せない。
恨まれて当然の所業なので、彼女は気に病んでいた。
(いいことを言うね。ソフィアさんは好きに生きていいんだよ。ってデルヴィ伯爵次第だったな。そう考えると、またムカついてきたぞ)
ソフィアを庇護した時点で、フォルトは身内に近い感情を持っている。
そのためか、彼女を害することは許さない。とはいえ、デルヴィ伯爵は行動に移していない。
今は憤怒を抑えられているが、悪感情は
「シルビアさんとドボさんだっけ? 気に入った」
「いきなりどうしたよ?」
「ついては行かないけど、俺に雇われないか?」
「なんだって?」
「遊びのために、ちょっと情報が欲しくてな」
「へぇ。でもレイバン男爵を裏切るのは無理だ」
「そんなことをすりゃ、今後は仕事が受けられなくなるぜ」
依頼人を裏切らないことが、冒険者の
それをやると冒険者ギルドの信用を落とすので、ほとんどの場合は除名される。もちろんそういった
行きつく先は裏組織かスラム街か。
「どうせ依頼は失敗だろ? 俺は行かないからな」
「ちっ」
「そこで、だ。レイバン男爵の依頼料も上乗せしよう」
「なに?」
「やってもらいたいのは情報収集だ」
「レイバン男爵のかい?」
「違うけど、関連性があれば……、かな」
シルビアとドボは考え込んでいる。
どのみち、レイバン男爵からの依頼は失敗になる。となると、依頼料の支払いは望めない。彼らの話を聞いたかぎりでは、経費分の赤字で終わるだろう。
ならばフォルトの依頼を受けて、帳尻を合わせるか。
「なら駄目だね」
「ほう」
「やるなら、レイバン男爵の情報は無しだよ」
「
「そうさ。例えば、屋敷の見取り図を寄越せってのは無理だよ」
「へえ」
「警備体制とかも無理だぜ。依頼を受けるときに見ちまったからよ」
「いいね」
「なに?」
シルビアとドボは分かっているようだ。
働いていた会社を辞めたとしても、内部の情報を売り渡してはならない。もちろん雇用契約などで決められているが、それ自体が義理を欠くことだ。
機密情報は同業他社に喜ばれるため、バレなければと行為を行う愚か者はいる。しかしながら受け取った側は、その人物に最低の評価を付けるだろう。
情報の対価で雇用されたとしても、単純作業や閑職に回される。もしくは約束を反故され、入社させてもらえない。
冒険者の不文律と同様だ。
「それでいいよ。本命はレイバン男爵じゃないしな」
「依頼料は?」
「カーミラ、白い貨幣を持ってきて」
「持ってまーす!」
カーミラが懐から、白金貨を一枚を取り出した。
それをフォルトが受け取って、テーブルの上に置く。するとソフィアが、
「フォルト様、その白金貨は?」
「カーミラが帝国の町から奪ってきた」
「またっ!」
「大丈夫ですよお。悪い顔をした貴族です!」
カーミラが適当な
悪い顔の定義は人それぞれであり、悪い顔なら奪って良いわけでもない。とはいえフォルトは、魔の森に住み始めた頃から容認している。
双竜山の森に移動しても、それが変わることはない。
「もぅ……」
「えへへ」
「この嬢ちゃんは盗賊かい?」
「失礼な。こんなに可愛い盗賊がいますか?」
「きゃー! 御主人様! ちゅ!」
大喜びのカーミラが、フォルトの
その光景を見たシルビアとドボは、顔を引きつらせる。得体の知れない者が、さらに得体が知れなくなったと言いたげだ。
「も、森は王国領だからね。帝国から盗んでるなら別にいいんじゃない?」
「盗むではありません。奪う、です」
「同じことだよ」
「とにかく、白金貨一枚でどう?」
「いいのかよ!」
「俺には必要ないけど、二人には必要ですよね?」
「当たり前だぜ。十万ドルだぞ!」
(さすがはアメリカ人。ドル換算だった……。俺が召喚された当時だと、一ドルは百十円だったけどなあ)
森での生活で、金銭は無価値である。必要なら奪うまでだった。
それでもカーミラには、各貨幣を一枚ずつ持たせている。もしも奪うのが難しいようなら、その金銭で買ってもらうためだ。
そうはいっても、今まで一回も使わなかったらしい。
『
「おっさんは何者だよ?」
「同じ異世界人で日本人ですよ」
「そうかよ」
「依頼を受けてくれるかな?」
「内容を言ってみな」
「デルヴィ伯爵を調べてもらいたい」
「デルヴィ伯爵だと?」
「特に人間関係。それも……、裏のね」
「ちっ。危険な仕事だな」
シルビアが言ったように、これは危険な仕事だ。
表の情報ならいくらでも仕入れられるが、裏となると話は別だった。探ってるのが知られれば、彼女たちは消されるだろう。
デルヴィ伯爵はエウィ王国の有力貴族で、悪い噂しか聞かない人物だ。
「なんなら必要経費も払いますよ」
「どういうこった?」
「危険なら、他の奴を使えばいいって話です」
「なるほどな」
シルビアとドボは冒険者なのだから、密偵みたいな仕事は難しいだろう。
ならば二人が、密偵をやれる人間を雇えば良いだけである。
「私たちに外の窓口をやれってことだな?」
「察しがいいね」
「俺らは冒険者だぜ?」
「密偵を雇ってる間に冒険すればいいじゃないですか」
「簡単に言ってくれるぜ」
「断るなら……」
フォルトはテーブルに乗せた白金貨に手を伸ばす。
二人が依頼を断るのならば、もう話すことはない。無理にやってもらわなくても構わないからだ。
単純な思いつきであり、今後の遊びに使えるかと考えただけだった。
そして、白金貨に指が触れる寸前……。
「待ちな! 依頼は受けるけど、白金貨をもう一枚だね」
「用意しておきましょう。この白金貨は経費ということで、ね」
「決まりだ!」
フォルトは冷めた目になった。
昔から金に無頓着であり、それを追い求める人間を嫌っていた。金持ちに対する嫉妬心ではなく、何か大事なものを捨てていると考えていたからだ。
そうはいっても、金銭は生きるために必要である。冷めた視線の先は、シルビアやドボではなく白金貨であった。
「今日はゆっくりしていってください」
「そうさせてもらうよ」
「ありがてぇ」
「ではソフィアさん、二人の相手を頼みます」
「分かりました。それと……」
「はい?」
「お尻に手が……」
「あ……」
(しまった。また手が勝手に……。しかし、あのエッッッッグいパンツのおかげで生尻感覚だったな。いや、実にすばらしい)
呆れ顔のシルビアとドボが、フォルトに対して白い目を向けている。
どうもこの癖は、一生治りそうもない。とりあえず居た堪れなくなったので、急いで席を立つ。
そしてカーミラと一緒に、屋敷の中へ逃げるのであった。
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