第93話 異世界人の冒険者3

 双竜山の森に物凄い爆発音が響き、大量の鳥が飛び立つ。

 それに気付いたフォルトは、大きな欠伸をしながら屋敷を出た。ドライアドからは何の報告もないが、随分前に聞いたことのある音だった。


「なんだろ?」


 屋敷の前に設置してあるテラスには、ソフィアとシェラが座っていた。慌てていないところを見ると、どうやら危険はないようだ。

 彼女たちは、倉庫の周囲に燃え上がっている炎を眺めていた。


「あれはルリの仕業ですか?」

「おそらくですが……」

「レイナスさんと一緒に野菜用の倉庫へ向かわれたはずですわ」

「ふーん」


喧嘩けんかでもしてるのか? でも二人は仲がいいしなあ。それに魔法まで使って喧嘩するとは思えない。まあ聞けば分かることか)


 レイナスとルリシオンは共通点が多い。

 二人とも貴族の生まれで、趣味も一致している。人間と魔族が敵同士だとしても、フォルトの身内で非常に親密な間柄だ。


「俺が行ってきます。二人は残っててね」

「「分かりました」」


 本来なら愛しの小悪魔が、「カーミラちゃんが見てきまーす!」と言うだろう。しかしながら調味料を奪いに、ソル帝国の町へ出かけていた。

 ソフィアやシェラを連れていかないのは、庇護ひごしている立場だからだ。火の粉を浴びて火傷でもされたら目も当てられない。

 そう思ったフォルトが歩きだすと、屋敷からアーシャが出てきた。


「あたしも行くよ!」

「いや。アーシャは戻って、デザイン画の続きを頼む」

「えぇぇ。あたしってば頼りない?」

「レイナスとルリがいるらしいから見に行くだけだよ」

「うぇ。魔物か侵入者なら同情するわ」

「ははっ。んじゃエロ……。ソフィアさん用のデザイン画をよろしく!」

「凄いのにしちゃうね!」


(魔物か侵入者か。ドライアドからの報告はなかったが、用心に越したことはない。なら、おっさんに戻っとくか)


 ドライアドが優秀でも万が一ということはあるだろう。

 もちろんアーシャは、そこまで見越していない。とはいえ彼女の言葉は、慎重な性格のフォルトに響いた。

 そこで早速、スキルの『変化へんげ』を解除する。


「期待してる。んじゃ行ってくる」


 倉庫に近づくにつれて、フォルトは徐々に状況が分かってくる。

 建物を燃やしているわけではなく、炎の壁で取り囲んでいるのだ。これは中級の火属性魔法で、ルリシオンが得意とする魔法である。

 その彼女は、炎の壁の手前で腕を組んでいた。


「ルリ!」

「あ、フォルトぉ。侵入者よお」

「侵入者?」

「ネズミが二匹ね」


 ルリシオンの説明はこうだ。

 現在の状況は、侵入者を倉庫から追い出すためだ。隠れていることに気付いたが、殺害か捕縛か迷ったらしい。

 もしも中から出てこなければ、このまま焼きあげて殺すそうだ。出てくれば、入口で待機中のレイナスが捕縛する。

 迷うぐらいならと、侵入者に選ばせる作戦だった。


「降参! 降参だよ!」

「戦う気はねえ! 頼むから止めてくれ!」


 ルリシオンの作戦が功を奏して、倉庫の中から男女が飛び出してくる。

 そこへレイナスが、聖剣ロゼを構えて近づいた。


「武器を捨てなさい!」

「これでいいかしら?」

「頭の後ろに両手を組んで、両膝で立ちなさい!」

「へいへい」


 倉庫から出てきた男女は、レイナスが発した武装解除命令に従った。

 それにしても、どこかで見たような人間である。これについては、「人物」というよりは「人種」に対してだったが……。

 フォルトが見たところ、黒人男性と白人女性である。


「まさかと思うが……。アメリカ人?」

「そうだよ。この森にいる異世界人に会いに来たんだ」

「俺にか?」

「おっさんが異世界人かい? 私たちは冒険者のシルビアとドボさ」

「ふーん」


 この状況で簡潔に目的を伝えてくるあたり、シルビアとドボは場慣れしている。

 フォルトはふと、魔の森を訪れた三人の冒険者を思い出した。すでにこの世から旅立っているが、彼らと似たような雰囲気がある。

 冒険者というのは、あながちうそではないか。


「俺を殺すために来たのかな?」

「違げえよ。とりあえず話がしたい」


(消し炭にするのは簡単だけど……。アメリカ人ってことは、ソフィアさんが召喚した人間かな? 俺の前にも何名か召喚したって言ってたしな)


 十年前に死んだ勇者アルフレッドは、ソフィア以前の聖女が召喚した米国人と聞いている。なので、日本人以外がいることに驚きはない。

 それよりもシルビアとドボが、ソフィアの知人だった場合は困る。この場で殺害すると、完全に嫌われるだろう。

 処分については、最低でも彼女に確認をとってからだ。


「いいよ。でも一応、捕縛させてもらう」

「分かったよ」

「レイナス」

「はい。ほら、手を後ろに回して!」

「へいへい」


 レイナスがロープを使って、シルビアとドボを縛る。野菜の入った箱を運ぶために持ってきていたのだろう。

 そう考えると、そろそろ夕飯の時間か。


「ルリ、炎を……」

「あはっ! もう消えてるわあ」

「飯の準備は?」

「夕飯の食材を取りに来たのよお」

「なるほどなあ。ならドライアドにやらせよう」


 フォルトは魔力の糸を使って、湖の小島にいるドライアドを呼び出す。

 彼女に頼んでおけば、トレントかゴブリンが運んでくれる。


「旦那様、お呼びでしょうか?」

「支配下の奴に食材を運ばせて。ルリ、材料を伝えてやれ」

「んとねえ……」


(冒険者に心当たりはないが、まさかレイバン男爵の仕業か? まったくもって面倒臭い。いっそ隕石いんせきでも落としてやろうかな)


 フォルトは物騒なことを考えるが、これについては実行が可能だ。

 禁呪に属する魔法だが、カーミラの元主人から受け継いだアカシックレコードに存在した。しかも厨二病ちゅうにびょうをくすぐる魔法なので、最初期に引きだしてある。

 もちろん、レイバン男爵の居場所が分からければ使えない。


「フォルト様、屋敷に戻りましょう」

「そうだな。ルリ、行くぞ」

「はあい」

「ほら。キビキビと前を歩きなさい!」

「へいへい」


 ロープで縛った二人を歩かせて、フォルトは両手に華でテラスへ戻る。

 彼女たちとは、腕を組んで密着している。とはいえシルビアやドボが逃げようとしたら、即座に動けるはずだ。


「フォルト様、後でご褒美がほしいですわ」

「あらあ。なら私もねえ」

「でへ。そうだな」


 実にすばらしい。

 レイナスとルリシオンのおねだりで、フォルトのほほがだらしなく緩む。もちろん褒美は決まっているので、食後は頑張ることになるだろう。

 そしてもう一人の参加者は、二人の冒険者には見えない。しかしながら後頭部に胸を押しあてながら、フワフワと飛んでいるのだった。



◇◇◇◇◇



 テラスにはシェラがおらず、ソフィアだけが座っている。

 フォルトたちの状況を目視して、屋敷の中に逃げ込んでいた。代わりにマリアンデールが表に出て、こちらをジッと見つめている。


「シ、シルビアさん! それにドボさんまで……」

「せ、聖女様? なんでこんな所にいるんだよ!」


 やはり侵入者のシルビアとドボは、ソフィアの知人だった。

 倉庫で殺していたらと思うとゾッとする。もうエッッッッグいパンツを履いてくれなくなるだろう。

 フォルトには耐えがたいことだ。


「ソフィアさんが召喚した人たち?」

「はい。だいぶ前ですが……」

「ふーん。ならレイナス、二人を開放していいよ」

「いいのですか?」

「いいよ。ソフィアさんの知り合いなら暴れないだろうしね」

「分かりましたわ」


 聖剣ロゼを抜いたレイナスが、二人を縛っていたロープを切る。さすがの切れ味と言うべきか。力を込めずに一閃いっせんしただけで、パラッと切れた。

 しかもシルビアとドボには、傷一つ付けていない。


「ではフォルト様、ルリと食事の準備をしてきますわ」

「よろしく!」


 そしてレイナスは、ルリシオンと一緒に屋敷へ向かった。

 マリアンデールは警戒を解いたのか、彼女たちの後を追っていく。


「カーミラ、お茶を持ってきて」

「はあい!」


 すでにカーミラは、『隠蔽いんぺい』を使って翼と尻尾を隠していた。フォルトがおっさんの姿に戻っていたので、彼女も察したようだ。

 まさに、ツーと言えばカーである。


「座って話そうか。お前らも座っていいよ」

「そうかい? 助かるよ」

「あ、あの。私は椅子を持ってきま……」

「大丈夫、大丈夫」

「きゃっ!」


 椅子に座ったフォルトは、ソフィアの言葉を遮った。

 それから彼女の手を取って、自身の隣へ座らせる。この椅子は、カーミラと一緒に座る密着度重視の専用椅子だった。

 女性特有の甘い香りと柔らかい感触が楽しめる。しかもアーシャが近くにいるときは、「エロオヤジ」と言われるオマケ付きだ。

 そして、会話する準備が整ったとみたシルビアが口を開いた。


「そんでよ。なんで聖女様が?」

「その話は後だ。お前たちを客人として迎えたわけじゃない」

「そうだったね」

「素直に答えてくれれば助かるが……」

「別に隠し事はねぇよ」

「ふーん。ならどうやって森を抜けた?」


 森の管理者との異名を持つ精霊ドライアド。

 樹木のネットワークを使って、常日頃から管理と監視をしている。また迷いの森に変えることも可能で、侵入者は森の入口まで誘導していた。

 その警戒網を越えられる力量が、シルビアとドボにあるとは思えない。何らかの手段があるなら、早めに潰しておきたかった。


「簡単だよ。荷物に紛れただけさ」

「ああ。グリムのじいさんからの贈り物か」

「体じゅうが痛かったけどね」


 これは盲点だった。

 ドライアドの能力がすばらしいので、今まで気楽に考えていたようだ。ベタな内容だけに、フォルトは思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「冒険者ってことは……。依頼か?」

「そうだよ。レイバン男爵からの依頼でね」

「やっぱりか」

「あんたを連れてこいって依頼だよ」

「それは言ってしまってもいいのか?」

「構わないよ。丁重にお迎えしろと言われてるからね」

「ふーん」


(嘘を言ってるわけじゃなさそう、か? 依頼主のことを俺に伝えないと、丁重も何もないだろう。最初は害する気がないようだな)


 これでレイバン男爵が、フォルトに好意的だと分かる。しかしながらそれは、男爵の屋敷へ行くまでだろう。

 以降はどうなるか分からない。


「こっちからもいいかい? あんたは日本人だね」

「分かるのか?」

「その格好はヴァンパイアのコスプレだろ?」

「………………」

「日本人らしいと思ってね」

「な、なるほど?」


 コスプレ自体は、米国でも楽しむ人はいる。

 シルビアの指摘は、日本人に対する偏見と言いたいところだ。とはいえ日本は、アニメ文化の延長で根付いていた。

 否定できないところがもどかしい。


「オタクってやつか?」

「ま、まあ。近いとだけ言っておこう」

「へえ。日本文化は好きだよ」

「俺も好きだぜえ。ゲイシャと遊んだこともあるぜ」

「私はニンジャが好きだね」

「………………」


 ドボがシルビアとタッグを組んで、日本文化を褒め称える。

 これをフォルトは、彼女たちが助かりたい一心からの言葉だと理解した。レイナスはともかく、魔族のルリシオンが恐ろしかったのだろう。

 彼女はカーミラのように、角を隠していない。


(気持ちは分かるけどな。機嫌を取るつもりか? ソフィアさんの知り合いだし、俺と同じで召喚された異世界人だ。害するつもりはないが……)


 シルビアとドボも、エウィ王国の勝手な都合で召喚された人間だ。

 素直にお帰りいただければ、わざわざ危害を加えようとは思わない。


「なら話は終わりだな」

「なんでだい?」

「俺は引き籠りだ。森から外に出る気はない」

「へぇ」

「それに人間嫌いをこじらせていてな」

「はい?」

「こうやって会話をするのも嫌なのだ」

「なるほどねぇ。でも依頼料が入らないのは困るね」


 フォルトをレイバン男爵の所へ連れていくのが、シルビアたちの仕事である。

 もちろん知ったことではないが、今までの経費で大赤字だそうだ。冒険者からすれば、それは死活問題だった。

 それにしても、最低限の経費の交渉をするのは当然だと思われる。もしも交渉していないなら、彼女たちは冒険者失格だろう。


「交渉はしたよ。でも経費の清算は依頼を達成したらだとよ」

「それでも受けたのか?」

「依頼料に目がくらんじまったんだよ」

「やれやれだな。そんなことで冒険者は務まるのか?」


 フォルトはあきれてしまった。

 単純にシルビアやドボの見通しが甘かっただけのようだ。とはいえ、二人の懐具合にもよるか。

 そのあたりは置いておくとして、ドボが物騒なことを言いだした。


「おう! オメエを拉致するつもりだったからな!」

「………………」

「でも残念ながら無理だね。なあドボ」

「魔族がいるなんて聞いてねえぜ。だからに落ちなかったんだ」

「いまさらだよ」


 この会話の内容で、レイバン男爵の情報収集能力の低さがうかがえた。

 フォルトが双竜山の森に住むことになった経緯を聞かされていない。しかも魔族のマリアンデールやルリシオンがいることすら知らない。

 拉致してまで連れていくということは、そういった情報を持っていないのだ。


(さすがはレイナス、貴族の考えていることはお見通しだな)


 レイナスは言っていた。

 上位の貴族から命令を受けているのなら、大した情報はもらっていない、と。今後も貴族については、彼女に聞くのが一番だ。

 そんなことを思っていると、シルビアが前のめりに顔を近づけてきた。


「ならあんた。私と取引しないかい?」

「取引?」

「レイバン男爵に会ってくれ」

「嫌だと……」

「その代わり、だ。私を抱いていいよ」

「は?」

「シルビアさん!」


 今まで黙って聞いていたソフィアが、頬を赤く染めながらビックリしている。

 まさか自分の知人が、このような提案をするとは思っていなかっただろう。とはいえ、フォルトの答えは決まっていた。


「シルビア、オメエ……」

「黙ってろよ、ドボ。んで、どうだい?」

「いや。結構です」

「なに? 私の体は魅力が無いかい?」

「そういう意味ではなくてですね」

「さっきの女どもに遠慮してんのかい?」

「俺の趣味じゃないんで……」


(俺はロリコンではないが……。そっち寄りではある。ロリコンではない。大事なことなので、あえて二回言おう。それに貧乳派でもある。シルビアとは真逆だ)


 元チアガールのシルビアは、米国人特有のモデル体型である。

 出るところは出て締まるところは締まっている。顔は美人で、胸も大きい。極一般的な男性であれば、彼女の提案を承諾するかもしれない。

 残念ながらフォルトには、まったく響かないのだが……。


「………………」

「あ……。落ち込まないでください」

「いや。あんたの趣味は分かったよ」

「勘違いもしないでくださいね?」

「そうかい」

「十分に魅力的ですよ! 俺以外の男なら絶対に落ちます!」

「知ってるよ。これだから日本人は……」


(日本人は関係ないんじゃ?)


 やはりシルビアは、偏った日本観を持っていた。実際のところ彼女であれば、ほとんどのエロオヤジは提案に乗るだろう。

 とりあえずフォルトとしては、この話を終わりにしたい。


「御主人様! お茶とオヤツでーす!」


 さすがはカーミラだ。タイミングがドンピシャリだった。

 彼女のおかげで、フォルトの趣味は有耶無耶うやむやにできる。以降はソフィアと会話させて、双竜山の森からお帰り願うだけだ。

 それにしても、シルビアの体を張った提案にはたまげてしまう。

 米国人だからなのか。それとも冒険者だからなのか。そう考えながらもとりあえずは、テーブルの上に置かれたオヤツを食べるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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