第92話 異世界人の冒険者2
冒険者のシルビアとドボは、大きな
リトの町の北門で見かけた荷物について調査したところ、双竜山の森に運搬されると聞いた。
どうやら、森に住まう異世界人に渡されるものらしい。
「ヘイ、シルビア。うまくいったな」
冒険者にとって、大銀貨一枚は大きな出費だった。とはいえ口止めされていないようで、荷物の近くにいた御者は簡単に教えてくれた。
何者かが住んでいるのは、町の住人なら誰でも知っている。要は居住区として定められているから立入禁止なのだ。
荷物もただの届け物として扱われていた。
「ねえ。もっと離れなよ」
「無理を言うな。樽の中だぞ!」
「くそっ。大きのが一個しか無いなんてね」
「へへ。俺は
「ドボ、落とすよ」
「分かった分かった。スリーパーは勘弁だぜ」
樽の中ではドボの後ろに、シルビアが座っている。
狭いため密着するのは仕方ないが、彼の対面に座るのはお断りだった。絶対に体を触ってくるので、後ろに座らせるのも駄目だ。
「キャロット臭せえ」
「キャロットが入ってたんだから仕方ないね」
「それよりも声を落としな」
「へいへい」
彼らの装備品は、他の荷物に紛れ込ませていた。
戦闘になれば丸腰のうえ、身動きがとれずに捕縛されてしまう。とにかく目的地に到着するまでは、息を潜める必要があった。
現在は馬車を使って移動中のようで、樽はガタガタと揺れている。
「しかし、外の様子が分からないのは困るな」
「穴を空けたら匂いでバレる可能性があるよ」
「シルビアはいい匂いだからな」
「パパの必殺技を食らいたい?」
「いや。一度見たが、あれは死ねる」
シルビアは父親に、護身術を習っていた。
父親は悪役レスラーとして、相手を壊す術に長けていた。反則など当たり前なので、実戦なら効果的であった。
抱きついてくる暴漢程度であれば、丸腰でも簡単にあしらえる。
「森に入ったかな?」
「どうだろうねぇ。とりあえず、丸一日は樽の中だよ」
「なあシルビア、足ぐらいなら触ってもいいか?」
「今は駄目だよ。堪えきれないだろ」
「違えねえ。ビンビンになって飛び出しちまう」
ドボは女性に飢えている。
モテないわけではなく、欲望を前面に出し過ぎるのだ。しかしながら、一緒に召喚された米国人である。料理屋を営んでいるクレアやフリッツと共に、お互いは協力関係で結ばれていた。
なんにせよ、友達以上恋人未満といったところだ。
「もう少し待ちな。抱かせないけど足ならいいよ」
「ヒュー!」
「静かにしな」
そんなことを話していると、樽の揺れ方が変わった。御者からの情報通りなら、森の入口に置かれたのだろう。
ここで発見されると、半日以上樽の中に隠れていた意味が無くなる。
「ゴブリンが取りに来るんだっけ?」
「情報をくれた奴の話が本当ならね」
「魔の森から亜人種を移動させたってのは……」
「男爵の話も
依頼人のレイバン男爵から聞いた話の内容。
それとリトの町で仕入れた情報を総合して、この潜入方法に至った。運ばれた荷物は、魔の森から移動した亜人種によって運搬される。
それならば荷物に紛れることで、依頼対象の異世界人に会えるという寸法だ。森から連れ出せるかは謎だとしても、まずは会うことが先決である。
「寝るなよ?」
「分かってるぜ」
「おっ! 揺れたな」
「ゴブリンかオークが運び始めたってとこか?」
「ここからは慎重にしなよ」
「ああ。いま見つかればヤバい」
これ以降は、絶対に発見されるわけにはいかない。
相手が人間なら言い訳もできる。しかしながら外にいるのは、魔物にも分類されている亜人種なのだ。
彼らにとって人間は食料なので、間違いなく襲われてしまう。
「しかし、バレねえもんだな」
「シッ! 足を触っていいから静かにしてろ」
「へへ。もう黙っとくぜ」
「傷を付けるなよ」
何かに集中していれば黙ってるのは簡単だろう。
シルビアとしては、自慢の足を差し出すのは
これぐらいは、ご褒美というやつだ。
「ギャ、ギャッ! コレ重イ」
「手伝ウ……。重イ」
「トレント呼ブ」
「ギャ! 呼ブ呼ブ!」
樽の外からは、人間とは違うたどたどしい声が聞こえる。
重い重いと言われて、シルビアは顔をしかめた。だが今は、自分たちが隠れている樽が注目されている。
それでも他に魔物がいるようなので、ドボは声を落として
「森だしな。トレントぐれえいるか」
「異世界人が使役してるようだね」
トレントとは木の魔物で、その強さは大したことがない。魔物の討伐を生業とする冒険者であれば、何の問題もなく討伐できる。
その程度の知識はあるのだが、魔物の姿を思い出したシルビアは、ゲッソリとした表情に変わった。
ドボも同様のようで、
「はぁ……。運び方が雑になりそうだぜ」
「足はお預けだよ。蓋裏の
「ちっ。しょうがねえ」
「ちゃんと交代してあげるから、今は我慢しな」
「へいへい」
暫く待っていると、樽が大きく揺れる。それに合わせてドボは名残惜しそうに、シルビアの足から手を放した。
そして、蓋裏の紐を引っ張って体重を掛ける。これで樽が大きく揺れても、蓋は取れないはずだ。
「「………………」」
シルビアとドボには、トレントの感知能力がどれほどか分からない。
運ばれている間は、無駄口を
それでも、丸一日過ぎたあたりで揺れが収まった。
「痛てて……。シルビア、もう出てもいいんじゃねえか?」
「もう少し待ちな。ここまで来て失敗したくないよ」
「体が固まって痛てえんだよ!」
「私だってそうだよ!」
「なら、樽に穴を空けて外を見ねえか?」
「そうするかね。でも慎重にやりなよ」
「へへ。任せときな」
ドボが懐から小道具を取り出し、樽に小さな穴を空けた。
その間もシルビアの足を触ってくるが、彼の後頭部を小突いてやめさせる。交代で蓋裏の紐を持ったときに、十分楽しんだはずだ。
「さっさと穴を
「へいへい。んと……。なんかの建物の中だな」
「倉庫だろうね。周りに誰かいそうかい?」
「いねえな。気配もしねえ」
「そうかい。なら外に出て隠れるとしようか」
「待ってたぜえ」
二人は静かに蓋を持ち上げて、周囲の様子を
そして同じく運ばれていた荷物の裏に隠れて、ゆっくりと体をほぐした。
「ふぅ。なんとか侵入できたね」
「くそ。体中が悲鳴をあげてやがる」
「ゴリゴリと音を立てるんじゃないよ」
「装備を隠した荷物はどこだ?」
「ちょうど目の前の箱だよ。出してくれ」
シルビアとドボは、箱から取り出した武具を装備する。
彼らは
そして倉庫の周囲を確認しながら、これからの行動を決める。
「倉庫の外に大きな屋敷があるぜ」
「異世界人はそこだね」
「テラスまであるぜ。いいご身分だな」
「羨ましいけど、得体の知れない奴だね」
「どうするよ?」
「迷うね」
この場で待機するか、それとも倉庫を出て異世界人と会うか。
本来ならば後者だが、シルビアとドボは侵入者である。要は招かれざる客になるので、正面から屋敷に向かえない。
それに……。
「今は夕方か……。拙いね」
倉庫の外からは、赤身のかかった光が差し込んでいた。そうなると、夕飯の食材を取りに来る可能性がある。
シルビアとしては、屋敷の住人と鉢合わせになりたくない。一番都合が良いのは、誰かがテラスでくつろいでいるときに、さりげなく森から出てくる方法だ。
入口に戻される森なので、それこそ迷ったと言い張れる。
「仕方ないね。倉庫から出て森の中に……」
「ま、待て。誰かが近づいてきたようだぜ」
「ちっ。身を隠すよ」
二人は腰を低く落として、荷物の裏に戻る。この場はやり過ごして、周囲に生えている木の裏にでも移動したいところだ。
それでも情報を得るチャンスなので、二人は聞き耳を立てるのだった。
◇◇◇◇◇
レイナスはソフィアと別れて、屋敷の食堂へ入った。
そこではマリアンデールとルリシオンが、夕食の仕込みをしている。と言っても、姉のほうはお察しだった。
妹の作業を見ながら、細い腰に
「ルリ、仕込みの最中かしら?」
「あらレイナスちゃん。手伝いにきてくれたのお?」
「ええ。あとグリム様が送ってくれた毒野菜が到着したわ」
「なら追加で取りに行くわあ。一緒に来てえ」
「分かりましたわ」
「ふーん。じゃあ、ここにある野菜を洗っといてあげるわ」
「お姉ちゃんに任せるわあ。すぐ戻るからねえ」
ルリシオンから離れたマリアンデールは、邪魔をしていた自覚があるようだ。
それとも、妹成分の補充は終わったか。料理に関しては、同じ趣味を持つレイナスとの会話には入れない。
ならば溺愛している妹のためにと、良き姉を演じるようだ。
「マリは相変わらずですわね」
「そうねえ。一緒にいるのは好きなんだけどねえ」
「今日の夕飯は何を?」
「野菜尽くしにするわよお」
「ヘルシーですわね」
「フォルトのためにねえ」
料理長と化しているルリシオンは、身内の健康にも気を配っていた。
フォルト好みの女性であり続けるために、スタイルの維持は基本である。もちろん戦闘面も考えているので、バランスの良い食事を作る。
「そのとおりですわ。主食は任せますので、私は副菜を作りますわ」
「助かるわあ。主食は玉ねぎとゴボウのボアバラ巻きねえ」
「それなら副菜として、大根と人参のスープにしますわ」
「いいわねえ。やっぱり趣味が合うわあ」
「まったくですわ」
二人はニコニコと笑みを浮かべしながら倉庫へ向かう。
まるで、趣味の一致は種族を越えるとも言いたげだ。しかしながら屋敷を出たところから、ルリシオンの表情が曇ってくる。
何か異物でも発見した感じだった。
「レイナスちゃん、止まってえ」
「どうかしたかしら?」
「気付かなあい?」
「何が……。でしょうか?」
「そっかあ。まだレイナスちゃんじゃ駄目かしらねえ」
口角を上げたルリシオンは、何かを考え込むような仕草をする。
そして、レイナスと向き合った。
「そうねえ。目を閉じて、自分の魔力を感じてみなさあい」
「分かりましたわ」
とりあえずレイナスは、ルリシオンから言われたとおりに目を閉じる。
この素直さが、彼女の強さの一つだった。普段は元伯爵令嬢としての顔を見せているが、戦闘に関することには素直である。
魔力については、魔法学園で習っていた。
「魔力を広げられるかしらあ?」
「広げる……。ですか?」
「水泡を膨らませるイメージねえ」
「なるほど。こ、こうかしら?」
単純な言葉でも、ルリシオンの説明は分かりやすかった。
レイナスは即座に理解して、自身の魔力を広げていく。すると何か、異物を捉えた感触を覚えた。
「あはっ! 飲み込みが早いわねえ」
「膜の中に……。小さな点がありますわ」
「それが私よお。今はそれだけに集中してねえ」
「はい」
「じゃあ次は……。倉庫の中へ膜を広げてみてえ」
レイナスの言った膜というのが、魔力結界と呼ばれるものだ。魔力探知に使われる魔法技術で、その名のとおり他者の魔力を感知できる。
膜というのは、個人の認識により異なる。渦と捉える者もいるし、網と捉える者もいる。とはいえ、実質は同じものだ。
「何か……。二つの点がありますわ」
「あはっ! 本当に優秀ねえ。天才って呼ばれてたんだっけえ?」
「お恥ずかしいですわ。でも物覚えは良かったですわね」
「その点は、森に住む者ではないわよお」
「侵入者ということですわね」
二人が侵入者に気付いたことを、相手には気付かれていないようだ。
レイナスが感じた二つの点は、倉庫の中で微動だにしていない。なんとなく、聞き耳を立てられている感じがする。
「そうねえ。どうするう?」
どのように対処するか、レイナスとルリシオンは悩む。
捕縛か殺害かのどちらかになるが、フォルトの基本方針は追い返すことだった。しかしながら、ここまで侵入した者たちは初めてである。
「どちらでも良いかと……。フォルト様は怒らないと思いますわ」
「そうねえ。ならこうしましょうかあ」
フォルトは七つの大罪の一つ、憤怒を持っている。にもかかわらず二人は、今まで怒ったところを見ていない。
それを踏まえたうえで、ルリシオンは侵入者に対する方針を決めた。レイナスとしても賛成できる内容だったので、腰に差してある聖剣ロゼを触るのだった。
――――――――――
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