第89話 近づく者たち3
フォルトはいつものように、カーミラとテラスでダラけていた。
先日は大雨が降ったので、屋敷の中でゴロゴロとしていた。とはいえ、本日は晴天である。二人で座る椅子に腰かけて、彼女の体をまさぐっていた。
そして目前には、ギャルメイクを完成させたアーシャが座っている。
貴族が使う化粧品をカーミラが奪ってきたので、喜んで化粧していた。バサバサまつげを作るのが大変だったらしいが、まさに命を懸けたような一生懸命さで完成させたようだ。
魔法の勉強とは雲泥の差であった。
「どうよ! フォルトさんの好きなギャルになったわよ!」
「いいな。完璧じゃないか」
「ふふん。でも長くはもたないよ?」
「なんだ。そんなことか」
アーシャの指摘はメイク落ちについてだった。
風呂に入ったり洗顔もするので、すぐに化粧は流れ落ちてしまう。また、メイクしたままだと肌にも悪い。
そこでフォルトは、無造作に魔法を使った。
【カース・フィクセイション/固定化の呪い】
呪術系魔法の効果により、アーシャの顔に黒い
デカ目に見えるのもギャルらしい。
「なに、したの?」
「呪いだ」
「ちょっと! なんてことしてくれてんのよ!」
「あっはっはっ! 固定化の呪いだ。そのメイクはもう落ちん」
「な、なら……。って、やる前に言いなさいよ!」
「だって好みのメイクだし……」
「ふ、ふーん。じゃあ許してあげる」
なんともちょろい感じだが、ギャルメイクは時間がかかる。
化粧品とは、簡単に手に入るものではない。貴族でも、多少の予備があるだけだった。固定化されるなら、万々歳である。
肌荒れは気になったときにでも、ゴブリンやオークに移せば良い。
「フォルト様はそのような化粧の女性が好みなのですか?」
「うん。おっさんには無縁だったけどね」
「ではアーシャ、私にもお願いしますわ」
「駄目だ」
「え?」
同じテーブルにいるレイナスが、目をキラキラさせている。とはいえ、アーシャのようなギャルになられるのは困る。
身内はそれぞれで、個性があるのだ。彼女にギャルメイクは似合わない。
「レイナスは今のままでも十分に奇麗だぞ」
「まあフォルト様ったら……。では結構ですわ」
(レイナスには、お嬢様キャラを貫いてほしい。高笑い系も似合わないが、デキる生徒会長キャラでいてもらいたい。薄い口紅程度で十分だ)
元伯爵令嬢のレイナスは、家柄と美貌に秀でた女性である。剣術や魔法にも優れ、魔法学園の生徒会長として、他生徒の上に立つ人物だった。
すでにキャラ付けができているので、ギャルになったらイメージが崩れる。
「私はどうですかねえ?」
「カーミラも今のままだな」
「はあい!」
「と言うか。アーシャ以外は全員そのままだ」
「分かりましたあ!」
アーシャ以外は、弄る要素がないほど完璧である。
彼女も素顔は可愛いが、やはり最初に見たイメージが残っていた。なので、ギャル街道をまっしぐらに進んでもらうつもりだった。
そのために必要なものは用意する。
自分の趣味のために……。
「他に必要なものってあるの?」
「やっぱり服っしょ。これ一着じゃねえ」
アーシャは自分の服を伸ばして首を振った。
フォルトからすると、とても「エロかわ」な服である。まさにギャル感が満載で、アバターから考えても変える必要はなかった。
しかも……。
「お気に入りなんだろ?」
「でもギャルはオシャレをしないと駄目!」
「金がかかるわけだ」
「なんか言った?」
「いいえ、なんでも。だがレイナスの手芸にも限界はあるしなあ」
「そりゃあ、専門の服飾師には敵わないっしょ」
「頭に入れとく。いま考えてる遊びの延長でな」
「なになに?」
「内緒」
その考えてる遊びのために、現在はニャンシーが不在である。
彼女の隠密能力を使って、色々と調べている最中だった。
「あらアーシャさん。その化粧は?」
フォルトたちがテラスで和んでいると、ソフィアが近づいてきた。
こちらの世界だと、ギャルメイクの女性は見かけないだろう。物珍しそうに、アーシャをしげしげと見ている。
彼女は聖女を
「ソフィアさんにもメイクしよっか?」
「え?」
「駄目だと言ってるだろ」
「ちぇ。似合うと思うけどなあ」
「それならシェラさんにしてやれ」
「いいの?」
「ギャルじゃないぞ。若い女医さんだ?」
「分かったわ。フォルトさんの好みにしてあげるね」
「理解が早くて助かるな」
「ふっふーん。フォルトさんの女だからね!」
「従者だ!」
そう言いながらも、すでにアーシャを従者とは見てない。レイナスと同様に、フォルトの大切な身内の一人である。
つい最近までは、彼女たちをゲームに使う玩具として見ていた。しかしながら今では、守るべき対象に変わった。
ゲームに飽きたわけではない。成長が面白そうな人間がいたら、再びゲームキャラクターとして拉致するかもしれない。
(コントローラーやキーボードで操作できれば、まだ続けられたけどな。それと連動して動けば面白いんだけど、大声はちょっと……)
ゲームキャラクターとして人間を操作するには、フォルトが大声で指示を出す必要があった。
それを解消できれば良いのだが、今は何も思い浮かばない。
「んじゃ、行ってくるね!」
アーシャが屋敷の中に入っていった。
これから似顔絵を描きながら、シェラに似合ったメイクを考えるだろう。彼女が色っぽくなる姿が想像できて、とても楽しみである。
そんなことを考えていると、ソフィアが笑顔で会話を始めた。
「アーシャさんは楽しそうですね」
「彼女はファッションが好きですから」
「そのようですね」
「ソフィアさんは、何かやりたいことは無いのですか?」
「私ですか? そうですね。料……」
「駄目でーす!」
「ソフィア様、ご自重をお願いしますわ」
「え?」
(これは、料理ができない子というやつか。俺は腹に入ればなんでもいいんだけど、カーミラが止めたということは……)
魔人の胃袋は頑丈なので、余程のことがないかぎりは食べられる。しかしながら、このパターンは味だろう。
ソフィアが初めて料理を作ったときには、ニャンシーが止めたらしい。食堂から漂ってきた匂いで、鼻がひん曲がる寸前だったとの話だ。
「ははっ。気を落とさずに!」
「ぐすっ」
ソフィアが目に涙を浮かべたところで、ドライアドが目の前に現れた。
この精霊には森の管理者として、双竜山の森の監視や畑の運用を任せている。何か問題があると早期に報告してくるあたり、とても優秀である。
「旦那様、森に侵入者です」
「グリム家の人間か?」
「いえ。武装した人間が二名です」
「え?」
「護衛の兵とは毛色が違うようです」
「ちなみにどんな?」
「動きやすそうな
(レイバン男爵のパシリなら、ドライアドも分かっている。なら、初めて来た奴らかな? 軽装備なのが気になるが……)
護衛の兵とは、グリムたちが連れてくる兵士である。
双竜山の森には入らずに、彼らが戻るまで待機していた。フォルトとの約束を守っている証でもある。
レイバン男爵からの使いは、ドライアドが森から追い出している。諦めたのかどうかは分からないが、ここ最近は訪れていない。
そしてフォルトが考え込んでいると、ソフィアが予想を聞かせてくれた。
「冒険者かもしれませんね」
「冒険者?」
「領内の人間であれば、双竜山の森が立入禁止だと知っています」
「ふむふむ」
「おそらくは、他で雇われたのだと思われます」
「ふーん。ならドライアド、とりあえず追い返しといて」
「畏まりました」
ソフィアの予想が当たってるかはさておき、グリム家の人間以外だと困る。特に現在は、彼女を
たとえシュンたちであっても、おいそれと森に入れられない。彼女の居場所がデルヴィ伯爵に伝わると、面倒な話になる。
ここまで話したところで、レイナスが口を開く。
「冒険者ですと、山から入ってくるかもしれませんわ」
「ああ、そうだなあ」
「レベルによっては蹴散らされてしまいますわよ?」
「東側だと……。バグベアとコボルトか」
「はい。ゴブリンぐらいの強さですわ」
「一般兵に負けるんだっけ?」
「そうですわね」
実際のところゴブリンは弱く、推奨討伐レベルは十である。
もちろん群れで行動する場合は、レベル以上の強さになる。とはいえ相手は冒険者なので、一般兵より強いかもしれない。
倒される可能性は大いにあった。
「山から入っても、ドライアドが森の入口へ戻すけどな」
「亜人と戦われると困りますわね」
「とりあえず、冒険者を見つけたら逃げるように言っといて」
「はいっ!」
双竜山に生息するバグベアやコボルトは、レイナスに降伏してきたのだ。顔を知っているので、彼女の命令にはよく従う。
当面はこれでよしとして、フォルトは今後を考える。
(オーガを分散させる? でも、数が減ると侵入者を殺せなくなる。何日か前だか、オーガを倒して山を越えた奴らがいたらしいしなあ)
双竜山の西側は、魔の森に生息していた亜人種たちでまとめてある。
その中ではオーガが一番強く、一般兵では太刀打ちできない。しかしながらそれらを倒して、山越えをされたらしい。
何体か犠牲になって、数を減らしていた。
それを思い出したフォルトは、面倒臭そうな表情をカーミラに向けた。
「周辺がざわついてきたな」
「鬱陶しいですよね」
「オーガ以上の魔物っているの?」
「いますけどお。近くでは見かけませんねえ」
「どっかで捕縛して配置するか」
「一体なら配置しても意味がありませーん!」
「そうなんだよなあ。群れで欲しい」
「でもでも。御主人様は森から出ませんよねえ?」
「そのとおりだ!」
せっかく屋敷も完成して、フォルトは自堕落生活を満喫中である。
亜人種や魔物の捕縛など、わざわざ森を出てまでやるわけがない。身内の誰かを派遣するのも嫌だった。彼女たちは、毎日の癒やしなのだから……。
そして魔物を召喚するには、維持コストが必要である。毎日の魔力消費量が多いデモンズリッチについては、ルーチェを
この程度でのことで、またコストを増やすのも馬鹿らしい。
「
「いいのかな?」
「大丈夫だと思いますよ。領内の巡回は仕事ですからね」
「ふーん」
この件については、ソフィアを庇護しているので通るだろう。
現在の彼女は、領地の屋敷に引き籠っているという話になっていた。
「しかし……。冒険者か」
「なにか?」
「面白そうだなと思ってね」
日本にいた頃の小説やアニメでは、よく登場した職業の一つである。
こちらの世界に召喚された後の就職先にもなっていた。依頼を請け負ってくれる者たちなので、双竜山の森から出ないフォルトには便利かもしれない。
そこで気になったことを、ソフィアに尋ねる。
「ソフィアさんには、冒険者に知り合いとかいるの?」
「ええ。今まで召喚された異世界人は知っていますね」
「そうだった。先輩方がいるんだっけ」
「先輩方……」
フォルトやシュンたちが、こちらの世界に初めて召喚されたわけではない。今までも、何名かが召喚されていた。
最も有名なのは、勇魔戦争で魔王を倒した勇者アルフレッドである。一度の召喚は四人が基本らしいので、それなりの人数がいるはずだ。
「アルフレッドって、日本人じゃないですよね?」
「確か……。アメ公とか?」
「え?」
「ゆないてっど何とかでしたけど、シュン様が……」
「アメリカ人と覚えたほうがいいですよ」
「そっ、そうですか」
シュンの入れ知恵のようだが、どうにも口が悪い。
ソフィアは人間の醜さの少ない、いわば善人である。そういった人物に対して、他国の人間を侮蔑するときに使う言葉を教えてはいけない。
そう。彼女には今のままでいてもらいたい。
「他には?」
「ジョングオ……、だったかしら?」
「どこだっけ?」
「口癖で「アイヤー」とか言っていました。分かりますか?」
「中国人か」
(確かインド人は、自分たちのことをバーラトって呼ぶんだっけ? 他に言われても分からないから、もういいや)
自国の呼び方は、その国により違う。
フォルトにとって興味深かった時期もあったが、すべてを覚えるのは無理だった。知ったところで、あまり使い道は無い。
「ふぁあ」
フォルトは眠くなって、口を大きく開けた。興味が低い話を続けると、脳が休みを欲するようだ。
その情けない顔を見たソフィアに、
「大きな欠伸ですね」
「ははっ。寝ます」
「まだお昼を過ぎたばかりですよ?」
「自堕落なので……」
「そうでした」
「ソフィアさんも一緒に寝ます?」
「っ!」
「ソフィアさん?」
「け、け、け、結構です!」
フォルトの言葉に、ソフィアは両手で顔を隠した。
いつもの何気ない一言なので、彼女の行動がよく分からない。しかしながら眠いので、カーミラと一緒に寝室へ向かう。
そしてベッドにダイブすると、彼女も続いてきた。当然のように受け止めてから横に置いて、そのまま深い眠りに入るのだった。
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