第84話 聖女剥奪6
フォルトは天気の良い日だと、屋敷の屋根かテラスで過ごす。
屋根の場合は、カーミラとイチャイチャする空間になっていた。しかしながら住人が増えたので、最近はテラスで過ごす場合が多い。
なぜかと言うと、オヤツや飲み物が自動で置かれるからだ。ルリシオンとレイナスに感謝である。日本で同様の生活をしていたら、もっと太っていただろう。
現在は彼女と一緒に、ソフィアやシェラとテーブルで和んでいた。
「そう言えばソフィアさん。帝国は魔族を囲ってるんだっけ?」
「はい。
「ふーん」
「私はそれを拒んで、兵士に追われていましたわ」
「人間が信用できないからだっけ?」
「はい。ですが正解でしたわ」
ソフィアとシェラは気が合うらしく、一緒に過ごしている場合が多い。
フォルトたちがお邪魔する前も、物静かに会話をしていた。
「正解とは?」
「魔人様に
「そっかあ。でも好待遇なんでしょ?」
「そうですわね。私は裏があると思っていますわ」
「あるだろうね。人間なんてそんなもんだ」
「そういった人ばかりではありません!」
「知ってるよ。だから俺は、個人を見るようにしたんだしね」
(千差万別、十人十色。そんなものは理解してる。でも、心の底なんて誰にも見えないさ。すでに見限ってるから気楽なのだ)
ソフィアが声を荒げるが、フォルトの考えは知っている。
魔人になって、さらに人間嫌いを深めた。その根底である人間が、何を言っても聞く耳を持たないだろうと彼女は理解してる。
あまりクドクドと言ってこないのは、そのためだった。
「ソル帝国に興味が?」
「いや。カーミラが行くようになったからさ」
「色染めした布ですか?」
「こういった技術は、人間のほうが優れてるね」
「ですが奪われた人は困っているかと……」
「ははっ。困ったら誰かが助けますよ。人間に見込みがあればね」
「っ!」
(この程度の困り事なら助ける奴はいるさ。でも、本当に困ってる人は助けない。自分の身を削ってまで助ける人間は極少数……)
人間社会が陥っている病に、「格差」というものがある。
比較という概念がある以上、絶対に解消されない。自身と他者を比較することで、優越感や満足感を得ているのが人間である。
格差是正を叫びながら、その差を埋めようとしない矛盾。耳触りの良い言葉だが、その差は開くばかりだった。
自分の築いたものを他人に分け与えず、欲求のまま消費する。これが、人間の醜さの最たるものだった。
「一つ、賭けをしますか?」
「賭け……。ですか?」
「奪った布を持っていた人間から、すべての財産を奪います」
「え?」
「そのうえで、その人間が助かるかどうかですね」
「御主人様! 面白そうですねえ」
「やっ、やめてください!」
なんという賭けをやろうとしているのか。
ソフィアの表情からは、そう考えているのがよく分かる。とはいえ、人間の本質を見る賭けとしては十分だと思っていた。
もちろんフォルトは、そんな面倒なことを実行しない。
「ははっ。冗談ですよ」
「たちの悪い冗談です!」
「でも止めたってことは、ソフィアさんにも分かってるでしょ?」
「………………」
「そういうことです」
エウィ王国やソル帝国は、日本よりも格差が酷い。
その王国の国民であるソフィアであれば、フォルトの賭けを実行すればどうなるかは理解しているだろう。
そんなことを思っていると、隣のテーブルに座っているマリアンデールから話しかけられた。
当然一緒にいるのは、妹のルリシオンである。
「貴方、面白そうな賭けをするのね」
「うん? マリか」
テラスは広くないので、隣のテーブルの話など筒抜けである。
どうやら姉妹が、会話の内容に興味を持ったようだ。椅子から立ち上がり、フォルトの後ろから両肩へ手を置いた。
「財産を奪われた人間でしょお?」
「野垂れ死ぬに決まってるじゃない」
「だろうな」
「魔族だと死なないけどねえ」
「そうなのか?」
「貴方は知らないでしょうけど、魔族にはセーフティがあるのよ」
「へえ。どんな?」
「最低限の衣食住と仕事は与えるからねえ」
「ほう」
「生活が苦しくなったら貴族の門を
「魔族の風習ね」
姉妹の言ったセーフティなら、命さえあれば野垂れ死ぬことはない。
あちらの世界で例えると、政治家や企業家が頼られる者になる。そういった金持ちの人間が、身を削って助けてくれるらしい。
日本だと門前払いだろうが……。
「それってさ。死んだ魔王の政策?」
「違うわね。魔族全体がそう考えてるのよ」
「すばらしいね」
風習なので、嫌な顔はしない。
むしろ助けたことが、貴族のステータスになるらしい。普段は搾取する側に立っているが、落ちぶれて頼ってきた魔族には必ず施す。
魔族の国としての政策ではなく、個人が個人に対して行うものだ。このような風習があれば、フォルトも自殺を考えなかっただろう。
これは賞賛に値するが、一つ疑問が浮かぶ。
「詐欺とかなかった?」
「あったわよ。でも微々たるものだし、報復が待ってるからね」
「そのうえで奴隷落ち。私も何人か燃やしたわあ」
ローゼンクロイツ家は、魔族の名家である。
頼ってくる人数は多く、困窮者の救済数は一番だ。しかしながら甘く見た者は、すべて彼女たちの玩具になった。
困窮状態から抜け出せるまで養うが、あまり金銭は掛からないそうだ。仕事も与えるので、すぐに自立する。
そうは言っても、フォルトが思っているほど良い話ではない。
「貴方、勘違いしては駄目よ?」
「え?」
魔族は力がすべてである。
困窮者の救済人数を誇示することで、貴族同士の力関係を、魔族全体に周知させていた。その人数は、貴族家の武力や経済力に換算できるのだ。
救済された魔族は、恩義があるので忠実な下僕となる。つまり困窮者すら奪い合って、力の上下関係を築いていた。
その差があればあるほど、
「徹底してるなあ。でも……」
偽善にすらならない魔族の風習に、フォルトは
普通の魔族であれば、最初から関係性がはっきりしている。ならば、力のある貴族家の下に付いたほうが安心だろう。
そして、フォルトが理解したところで、シェラが口を開く。
「あ……。その話で思い出しましたわ」
「何をかしら?」
「ソル帝国に、ヒスミール
「げっ! あいつ、生きてたの?」
「マリの知ってる奴か?」
「魔族の貴族ホルノス家の嫡男ね」
「へえ。有名なんだ」
「オカマよ」
「え?」
ヒスミール・ホルノス。
ジェンダーではなく、女装が好きな男性だ。自分を女性と思ってるのではなく、女性になりきるのが趣味である。
「それはまたなんとも……」
「でも力はピカイチだわ。だから生きてたのだろうけどね」
「ホルノス家を頼った困窮者はオカマバー行きよお」
ルリシオンが面白いことを言った。しかしながら、魔族の困窮者は男性だけではないはずだ。
その疑問を投げかけると、すぐに回答が返ってきた。
「女性は?」
「当主が経営していたバー行きねえ」
「ホルノス家は酒場経営をやっていたわ」
「へえ」
日本でいうところのキャバクラではなく、普通の酒場である。
ホルノス家を頼った困窮者は、店員として働かされる。そのほとんどは喜んで居残るので、人員不足に悩まされず、新店舗を出しまくっていたそうだ。
ホルノス家もまた、魔族の名家だった。
「最後は部隊が壊滅したって聞いたけどお?」
「詳しい事情までは分からないですわ」
(帝国は魔族を囲って、何をしたいのやら。とりあえず、こっちには来ないでもらいたい。いや、オカマバーは嫌っていない。実に面白い所だった)
ホルノス家は置いておいて、フォルトはオカマバーに興味を持った。
日本で働いていたとき、上司に連れていかれたことがある。下品な下ネタで笑わせてもらったものだ。
その店のママの顔を思い出すと、厚化粧だったのを思い出した。
ならばとソフィアに問いかける。
「もしかして、こっちの世界に化粧品はあるの?」
「ありますよ。高級品ですので、貴族しか使いませんが……」
「あるんだ。カーミラ」
「はあい。みんなの分の化粧品ですねえ?」
「そうだ。次に帝国の町へ行ったときでいいよ」
「じゃあ、好みを聞いておきますねえ」
「フォルト様!」
「まあまあ。貴族から奪えばさ。金には困ってないでしょ?」
「そっ、そうですが……。もうっ!」
ほとんど盗賊団状態だが、そんなものは気にしない。
今はフォルトの強欲が全開だ。欲しいものは奪うまでである。身内の女性陣が鮮やかになるのなら、それで良いのだ。
「楽しみだな……。ぐぅぐぅ」
「あっ! 御主人様が寝てしまいましたあ」
「帝国の話に興味がなくなったようねえ」
「このタイミングですと、夕飯までには起きすよお」
「ならカーミラに任せるわね」
「私はお姉ちゃんと料理の仕込みをするわあ」
「はあい」
フォルトは興味がわかないと、すぐに惰眠を貪る。
これには、庇護したばかりのソフィアは呆れるだろう。しかしながら寝ることで、身内は自分の時間を取れていた。
この惰眠こそが、健全な自堕落生活のスパイスであった。
◇◇◇◇◇
最近のフォルトは、暇を潰せる遊びに困っていた。レイナスを操作してルリシオンと模擬戦をしても良いが、同じ相手とばかりだと飽きる。
そこで色々と思考を巡らせて、とある遊びを思いついた。
「ソフィアさーん」
「はい。なんでしょうか?」
ソフィアはテラスで、真面目に魔法の勉強をしている。
アーシャにも見習わせたいと考えたフォルトは、カーミラと一緒に、彼女の対面に座る。すると魔導書を閉じて、カードを取り出していた。
いつ聖女が
「エウィ王国に奴隷はいるの?」
「はい?」
「暇潰しに遊びたいなと思いましてね」
「まさか抱くのですか?」
「違いますよ! ソフィアさんは俺を何だと……」
「ふふっ。いるにはいますよ」
「へえ」
こちらの世界の奴隷は、大半が犯罪奴隷と呼ばれるものだ。
その名のとおり犯罪者を奴隷に落として、刑罰の代わりにしている。もちろん、刑期が終われば解放される。
奴隷法という法律があり、使い潰すことは厳禁とされていた。購入金額は、犯罪の内容によって決まっている。
残念ながら裏組織が存在するので、非合法の人身売買も行われている。こちらを取り締まるのは、現在のところ不可能らしい。
そちらで扱われる奴隷は生き地獄である。
「ふーん」
「奴隷がどうかしましたか?」
(さすがにいい顔はしてないなあ。きっとソフィアさんは、奴隷制度自体を認めたくなさそうだ。でも不貞腐れた顔も奇麗だな)
ソフィアはムスっとしている。
身内なら、頭を
彼女は身内ではないのだ。
「御主人様は、亜人をご所望でーす!」
「えっと。獣人族ですか?」
「エルフの奴隷がいれば欲しいなあ」
「亜人の国フェリアスとの外交問題に発展しますので……」
「そっか」
フェリアスは亜人の国。
その住人を人間が裁いて奴隷にすると、相当な反発が起こる。ほとんどの場合は、強制送還しているそうだ。
ただし人間との交流は少ないので、犯罪者は皆無である。
「どのような奴隷をお探しですか?」
「頭のいい可愛い女性」
「女性なら貧困奴隷かしら?」
貧困奴隷は、自ら進んで奴隷になる人々だ。成人した孤児院上がりの者や家族のために身売りする者などが該当する。
理由は様々だが、人生を売ることで金銭を得ている。もちろん奴隷法で守られているので、契約期間が終われば、相応の金銭は受け取れる。
ただし人生の大半は、奴隷生活で失われてしまう。
「そっちかなあ」
「奴隷など買って、フォルト様は何をなさるのですか?」
「俺の遊びは……。人生成り上がりゲームだ!」
「ええっ!」
(これは、某有名武将の成り上がりゲームを模したものだ。キャラに指示を出して、成り上がりの過程を楽しむシミュレーションゲーム!)
どんな成り上がりをするかは、自分とキャラクター次第だ。
大富豪にするも良し。貴族にするも良しだ。もちろん、騎士も目指せる。しかしながら、道のりは厳しい。
「なんという……」
「あ……。駄目でした?」
「すばらしいことを考えるのですか!」
「え?」
どうやら、ソフィアの琴線に触れたようだ。
このゲームを続けていくと、エンディングでは、普通の人間よりも裕福になっているとでも思ったのだろう。
確かに、その可能性もある。
「遊んでも?」
「もちろんです」
「グリム家の手助けは無しですよ?」
「あ……。はい」
「しようとしましたね?」
「うぅ」
(ソフィアさんが考えてるような、いい人ゲームではないんだけどな。まあ、それも分からない。どうなるかは行き当たりばったりだ)
今回の場合は、奴隷からスタートだ。
金銭など持っていないので、いきなりゲームオーバーもあり得る。それすらも可能性の一つなので、わざわざ機嫌を損ねることもないだろう。
「御主人様、奴隷を奪いますかあ?」
「んー。レイナスと同様に、俺が見たいな」
「それなら私に考えがありまーす!」
「ん?」
「ゴニョゴニョ」
「それだ!」
カーミラの提案は魅力的だった。
フォルトは双竜山の森を出ないので、誰かに任せるしかないのだ。カーミラガチャになるが、時間を調整させてやらせてみれば良い。
その間にも、ソフィアは
そして、驚きの表情になった彼女が顔を上げた。
「フォルト様」
「どうしました?」
「聖女の称号が消えました」
「なっ、なんだってえ!」
「御主人様?」
「いや。なんでもない」
これと同時に聖女が誕生するのか。それとも、タイムラグがあるかは不明である。しかしながら、聖女としての役目は終わったようだ。
ソフィアは驚いた表情から、悲し気な表情へ変わる。
そして、笑顔になった。表情は豊かだが、心中は複雑だろう。
(ソフィアさんが聖女でもなんでも、俺にとっては関係ない話だ。さて、これからどうなることやら……)
ソフィアがどうなろうと、フォルトは自堕落生活を続けるだけだった。
もちろん、彼女に手を出す人間がいれば殺すだけだ。そんな悟りにも近いことを考えながら、新しい遊びへ意識を向けるのであった。
――――――――――
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