第85話 (幕間)勇者候補チーム その後2

 エウィ王国を含む人間の国では、都市や町の周囲を高い壁で囲んでいる。

 そのため、人口の増加は由々しき問題だった。壁の拡張には、莫大ばくだいな金銭や資材が必要なのだ。当然のように、食料の消費量も増える。

 その問題の解決策として、開拓村の設営という政策を採っていた。主な産業は、農業や酪農。国の自給自足率や税収増加も目的の一つだった。

 ただし、こちらの世界には魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしている。人間の住める場所は限られており、魔物の領域を避けて設営している。

 その開拓村の一つに、シュン率いる勇者候補チームが訪れていた。


「田舎だな」

「そうだね」

「魔物なんているのかよ?」

「休暇だぜ? 魔物がいるところに行ってどうする?」

「のどかね。でも、観光する場所なんてないよ?」

「あれでしょ。国民の生活を見ておけってやつ」

「勇者になるのも大変だぜ」


 この村を訪れた目的は、休暇と勉強である。

 シュン率いる勇者候補チームの面々は、城塞都市ソフィアしか行ったことがない。休暇については言うまでもないが、村人の生活を見るのが勉強だった。

 こういった人々も、勇者が守るべき人間だ。一つの都市だけに留まらず、王国全体の国民として意識しないといけないらしい。


「宿屋ってあるのかな?」

「あると思いたいけどね」

「んだよ。村の中で野宿かあ?」

「いや。村長と話をするらしい」

「へえ」

「ザインさんがそうしろってさ」


 シュンは周囲にいた村人に、村長の居場所を聞いた。

 こちらの世界の住人とは、田舎とかは関係なく、町でも気軽に話せるのが特徴だった。助け合って生きている証だ。

 こういったことを日本でやれば、怪しい人間に見られるだろう。子供に話しかけようとすると、誘拐だと騒ぎ立てられる。また個人主義がはびこ延っているので、自分に関係ないことだと、無視したり距離をとる。

 あの国の人々は、猜疑心さいぎしんに苛まれていた。


「ちょっと村長と話してくるぜ」


 村長の家は、村の奥にあった。

 シュンが開拓村を訪れたわけを話すと、快く宿を貸してくれた。他の勇者候補チームもやっているらしく、特に驚かれはしなかった。


「納屋を貸してくれるってさ」

「納屋かよ」

厩舎きゅうしゃじゃないだけマシだろ。臭うだろうしな」

「そうね」


 仲間がいる場所では、シュンとアルディスはイチャつかない。

 それが、自分と彼女に課したルールだった。本来ならば、恋人とどこかへしけ込みたい。とはいえ、今は我慢である。


「国民の生活を見るって言ってもねえ」

「畑を耕してるだけじゃない?」

「若い人とかいないね」

「こっちの世界でも過疎化なんだね」


 ノックスの言葉に、シュンは苦笑いを浮かべる。確かに若者はおらず、中年や老人しかいない。

 借りた納屋は、村長宅の隣だった。中に入ると、わらが積まれている。上に乗って良いそうだが、腰を下ろすとチクチクしそうだ。


「マントでも敷いておけばいいな」

「そうだね」

「そんじゃ、適当にブラブラと散策しますかね」

「おう。俺は荷物番でいいぜ」

「ギッシュは行かないのか?」

「そんなもん見なくても、国民とやらはちゃん守ってやんよ」

「そうかよ」


 ギッシュは、後頭部に両手を組んで横になった。

 まだ日が高く、ポカポカと温かい。


(ありゃ寝るな。たくっ、荷物番にならねえじゃねえか)


「まあ、ギッシュに近づく人はいないと思うよ」

「そっ、そうですよ。こ、怖いですからね」

「はははっ! んじゃ、バラバラに見て回るか」

「いいよ」

「な、何かあれば、ここに戻るね」


 この村に観光名所など無いので、それぞれが好き勝手に見る。何を見て何を感じるかは、人それぞれである。

 十年前に勇者となったアルフレッドも、同様の勉強をやったと聞いた。それによって、何を感じたかは分からない。

 とはいえ、シュンの心に響くものはなかった。


(畑ばっかりで、何を見ていいのか分からねえよ。家は適当に建ててあって、街並みもクソもねえ。今は若い女もいねえし、面白くもなんともねえぜ)


 本来であれば若者もいるのだが、現在は徴兵されていると聞いていた。収穫時期になれば戻ってくるらしい。

 エウィ王国の兵士は、徴兵制で集められた若者が大部分である。数年の交代で行われるらしいが、戦時には徴兵期間に関係なく集められる。


「徴兵とか……。日本じゃ考えられねえなあ」


 そんなことを考えたシュンは、村を囲む柵を見る。

 都市や町を囲む壁と同様の目的だろう。しかしながら木で作られており、人間の身長より低かった。

 こんな簡易的な柵では、魔物や魔獣は止められない。


「さてと……」


 シュンは柵を越えて、畑に向かった。

 そこでは、仕事に精を出している村人がいる。しかしながら、目的はさらに先にある林の中だった。

 気さくに挨拶してくる村人には、適当に愛想を振りまいておく。


「来てるかな?」

「あっ! シュン!」

「待ったか?」

「ううん。ボクも来たところだよ」

「もう少し奥に行こうか」

「うん!」


 この林の中が、アルディスとの待ち合わせ場所である。

 村へ入る前に決めておいたのだ。ここならば二人が会っていても、仲間には分からないだろう。

 畑を耕している村人からも見えない。


「ちゅ」

「下だけでいいぞ」

「うん……。ボクだって嫌だよ」

「アルディス」

「ねえ。ボクはまだ、子供は要らないからね?」

「分かってるさ。俺もデキたら困るよ」


 仲間に内緒で付き合っている男女がやることは決まっている。

 シュンとアルディスの影が一つとなった。


(弟を演じるのもキツいな。本当は主導権を握ってやりたいが、アルディスに任せる時間が多い。もうちょっとの辛抱か……)


「んっ」


 林の奥まで入れば、遠慮は無用だ。とはいえ、シュンは本性を出せない。

 自分に依存させてから演技をやめないと、アルディスはだまされたと勘違いするだろう。少しずつ、ゆっくりと依存させるのがコツである。

 彼女を落としてからも努力は怠らない。


「ボクが守ってあげるからね」

「ああ、頼むよ。そろそろ……」

「うん」


 そして、行為を終えた二人は、肩を寄せ合って座っている。余韻に浸っているところだが、今のシュンは心ここにあらずだった。

 すでに、次のターゲットを狙っているからだ。


(さてと、もう少しでアルディスは終わるな。次はエレーヌだが、なぜかノックスと仲がいい。奴を戻したのは失敗か? うん?)


「何の音だ?」


 そんなことを考えていると、遠くの草むらから音がした。

 この村の近くに魔物はいないはずだが、いま襲われれば拙い。


「アルディス、急いで下を履け」

「う、うん。誰か来たのかな?」

「分からんが……」


 音が聞こえた方向を見ていると、人の声が聞こえてきた。どうやら木々に隠れながら、こちらに向かって走っているようだ。

 余韻も何もあったものではない。しかしながらシュンは、剣の柄に手を添えて、戦闘態勢をとる。

 アルディスは、急いでズボンを履いている。


「来るぞ!」

「ま、間に合っ……」

「たっ、助けてください!」


 眼前の木々の間から現れたのは、白い服を着た若い女性だ。

 シュンは、その服装に見覚えがあった。


「ん? 聖神イシュリルの神官さんか」

「どうしたの?」

「助けてください! 賊に追われています」

「なにっ!」


 逃げてきた女神官は、シュンの後ろに隠れた。

 それと同時に、五人の汚らしい男性が姿を現した。彼女が言ったように、どう見ても盗賊や野盗の類だ。


「あん? なんだオメエらは?」

「なんだと言われてもな」

「オメエらに用はねえよ。その女を渡せや」

「断る!」


 ギッシュのように強面の男たちだが、ここでひるむわけにはいかない。

 シュンは一歩前に出て、女神官を守る。


「んだと! 死にてえのか?」

「こっちは五人だぜえ。怪我しねえうちに消えな」

「おっと、その女も置いていけよ? 見逃してやるからよ」


 なんとなく、お決まりのパターンである。女神官とアルディスを置いていけと言われて、シュンはあきれてしまった。

 どう見ても、彼らは弱そうだからだ。


(昔ならビビったかもしれねえが、俺はレベル三十だぜ。場数も踏んでいる。この程度の奴らなら負ける気がしねえな。ギッシュのほうが怖えし……)


「シュン、やっちゃおうよ!」

「もちろんだ。懲らしめねえとな」

「いいぜえ。オメエを殺して、その女もひんいてやるよ」

「ひん剥く前に蹴られると思うがな。かかってきな!」


 賊たちの言動に、シュンはニヤリと笑ってしまう。きっと、アルディスだけでも勝てるだろう。

 こちらの世界へ召喚される前の彼女は、オリンピック候補だった女空手家である。一般人に毛が生えた程度の賊なら、瞬殺してしまう。


(でも、ここは俺が……)


 シュンは、チラリと女神官を見た。

 れぼれする美しさで、ソフィアに勝るとも劣らない。最近は、彼女と会っていない。グリム領に戻っていると聞いている。

 もちろん、聖女として忙しいのは知っていた。


(あと少しで落とせそうだったのによ。でも、なかなかどうして。この女もガードは堅そうだが……。ソフィアさんほどじゃねえかもな)


 ソフィアの気持ちなど、今のシュンが知る由もない。

 自分の女にしようと手を尽くしていたが、目標を女神官へ変える。もし次に会う機会があれば、攻略の続きをすれば良いだけだ。

 もちろんそんな考えなど、賊に分かるわけもなく……。


「テメエ、どこ見てんだ!」

「うるせえ! 剣のさびになりたきゃ、かかってきな」

「おう! そうしてやんぜ」


 賊は短剣を抜いた。本気でシュンを殺すつもりだろう。

 身を守るためには、こちらも剣を抜くしかない。


「この勇者候補のシュン様に勝てると思ってるならな!」

「なにっ! 勇者候補だと?」


 賊たちの勢いが止まった。

 もしかしたら、口先だけでなんとかなりそうだ。シュンたちは誰も、人間を殺したことがない。殺人に対しては、まだ抵抗があった。

 そこで、一つ芝居を打ってみる。


「俺は聖女ソフィア様に召喚された異世界人だぜ!」

「なんだと!」

「ワイバーンを倒して、勇者に近づいているぜ!」

「シュ、シュン。頭、大丈夫?」


 シュンは剣を賊へ向けて、大層な啖呵たんかを切った。

 一般兵の平均レベルは十五だが、それより賊は低いと見ている。ワイバーンの推奨討伐レベルは三十だ。

 限界突破を終えた勇者候補に敵うわけがないと思うはず。


「(お、おい。どうする?)」

「(本当なら勝てねえぞ)」

「(しかし、あの御方の命令に背けるか!)」

「(死んじまったら意味ねえぞ)」

「(別の機会を狙うか?)」


 賊たちは集まって、ヒソヒソと話し始めた。

 そこでシュンは、最後の手を打った。


「来ないなら、こっちから行くぜ!」


 シュンは、スキルを発動させるかのようなポーズを取る。

 すると賊たちは、互いに顔を見合わせて捨て台詞を吐いた。


「テ、テメエ……。今回は見逃してやるぜ!」

「そっ、そうだぜ! どうせ、すぐ会うことになるがよ」

「そんときは、そこの女も頂くからな!」

「今度はもっと大人数で来るぜ」

「首を洗って待ってろ!」


 それだけ言い残すと、五人の賊たちは、背を向けて逃げていった。

 戦っても勝てたが、わざわざ命懸けの戦いなどしたくない。手加減してねじ伏せるのも大変な作業なのだ。


「口ほどでもねえな」

「シュン、捕縛しなくていいの?」

「いいだろ。俺らは警備兵や衛兵じゃねえんだ」

「そうだけどさ。逃がすと他で悪さをすると思うよ?」

「そっ、そうだな。だが、アルディスにもしものことがあるとな」

「え?」

「愛してるから……」

「シュン」


 アルディスの正義感は、シュンより高い。いや、自分は皆無と言って良い。

 それが分かっているだけに、彼女を満足させる答えを伝えた。


「それにさ。逃げてきた神官さんを危険にさらせないぜ」


 ここまで言っておけば、賊を逃がした言い訳になる。

 この程度の文言なら、ポンポンと出てきた。


「あ、あの……」

「俺はシュンです」

「聖神イシュリル神殿の神官ラキシスです」

「ラキシスさんか。可愛い名前だね」

「シュン?」

「軽い挨拶さ」

「ふーん」


 アルディスがいぶかし気な表情をする。

 シュンが恋人の前で、他の女性を褒めたからだろう。これについては社交辞令でもあるので、すぐに納得した。

 ラキシスについては、聖神イシュリルの神官だ。自分たちが拠点にしている城塞都市ソフィアで会うこともある。

 まずは、顔と名前を憶えてもらうのが最優先。とはいえ今は、そんな考えを悟らせないように話題を変える。


「賊に襲われた理由は?」

「分かりません。巡礼の途中でしたが、いきなり襲われてしまって」

「へえ。一人で巡礼してたの?」

「いえ。同じく巡礼の旅に出た人たちがいましたが……」

「もしかして?」

「散りぢりに逃げたので……」

「そうですか。とりあえず、俺たちと一緒にいてください」

「ありがとうございます」


 ラキシスと一緒にいた巡礼者が、どうなったかは分からない。

 バラバラに逃げだしたということは、賊だけではなく、魔物に襲われている可能性もあった。しかしながら、シュンにとっては関係ない話だ。

 まずは、彼女を匿うべきだろう。


「アルディスは、ラキシスさんを俺らの納屋へ」

「シュンは?」

「この先を見てくる。逃げてきてる奴がいるかもしれねえ」

「分かったわ。賊には気をつけてね」

「ああ」


 本当はシュンが、ラキシスを連れていきたい。とはいえ、焦りは禁物だ。どうせ、必死に見回るつもりはない。

 そして、彼女たちが林の外に出たところで奥へ進んだ。賊は遠くに逃げたらしく、林の中にはいなかった。


「さてと、そろそろ戻るか」


 シュンはある程度進んだところで、ゆっくりと村へ帰っていく。

 細かい話だが、彼女たちと時間差を付ける必要があるのだ。すぐ納屋へ戻ってしまうと、ラキシスとはぐれた巡礼者を探していないとバレてしまう。


(ラキシスか……。俺と釣り合いが取れる奇麗な女だぜ。エレーヌを攻略するところだったが、絶対にモノにしてやる。俺に抱かれたほうが幸せってもんだぜ)


 そしてシュンは、良からぬことを考えた。

 これが、勇者候補に選ばれた男である。彼の餌食になった女性が幸せになるか不幸になるかは、神様にも分からなった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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