第83話 聖女剥奪5

 デルヴィ伯爵領。

 エウィ王国が治める領土の北東に位置している。大国のソル帝国とともに、亜人の国フェリアスと国境を接していた。

 南方には小国群が乱立しており、その内の一つカルメリー王国は、エウィ王国と従属関係を結んでいた。


「聖女任命の神託はまだなのか?」

「まだですな。しかしながら、候補者の神託は賜りました」


 大きな屋敷の一室で、二人の男性が会話している。

 そのうちの一人はデルヴィ伯爵。ローイン公爵に遅れを取ったが、王国では三番目の実力者だ。もちろん一番は、国王であるエインリッヒ九世である。

 宮廷魔術師グリムの地位は特別で、実力的に見れば、公爵家と同等となっている。とはいえ貴族ではないので、国王のさじ加減一つだ。


「シュナイデン殿、それは本当か?」

「はい。神託の内容は伏せてあります」

「ありがたい。近いうちに、女の怪我人が出るかもしれぬな」

「お気の毒さまですな。上級の信仰系魔法が必要で?」

「そうだな。乳房が潰れておる気がする」


 デルヴィ伯爵の対面に立つのは、もう一人の壮年の男性。

 聖神イシュリル神殿のシュナイデン枢機卿すうききょうである。神殿勢力では教皇が最上位者だとしても、実力は彼のほうが上だった。


「候補者は誰だ?」

「一人は、隣国カルメリー王国の第二王女ミリエ様です」

「むっ。ミリアの妹か」


 デルヴィ伯爵夫人のミリアは、カルメリー王国の第一王女である。

 現在は十七歳。属国の支配を円滑に行うために、人質がてら取りあげた姫である。エインリッヒ九世の側室ではなく、領土が近い彼の妻とした。

 そして、話題に上がった彼女の妹である第二王女ミリエは十五歳。ちなみに三姉妹なので、第三王女として、十四歳のミリムがいる。


「もう一人は、我が神殿の女神官ラキシスです」

「うーむ。候補者が二人か……」

「はい。どちらも聖神イシュリルの敬虔けいけんな信者でありますれば」

「さて、どうしたものか」


 聖女に選ばれた者は、王族の近辺に身柄が移される。

 基本的には城内に置かれ、国王に命令されるがまま、勇者召喚や異世界人の面倒を見ることになる。城塞都市ソフィアの名称も変わる。

 ソフィアの場合は、特殊な環境下にいた。宮廷魔術師グリムの孫娘なので、王国領内を自由に移動できた。

 後見人が国王の側近なので、特例で認められていたのだ。


(属国の姫が聖女候補とは、聖神イシュリルは何を考えておる? 従属させる前であれば攻め込まねばならなかったぞ)


 デルヴィ伯爵は、渋い表情に変わる。

 神の御心など分からないが、通例ではエウィ王国の国民が選ばれていた。今回は取りあげれば済む話だが、他国の人間を指定されると困る。

 戦争や拉致などの強硬な手段を用いることも辞さない。多大な損失を覚悟してでも手に入れるのが、王国の国是であった。


「まあよい。だが、問題があるな」

「はい?」

「第二王女のミリエが聖女になれば、属国の地位が上がる」

「そうでしょうな」

「任命される前に取り上げねばいかんだろう」

「ごもっともで」

「他の者へ渡すのも拙い」


 カルメリー王国は、宗主国であるエウィ王国の言うがままだ。

 第二王女ミリエを取りあげて、適当な貴族家と政略結婚させれば良い。とはいえ、その相手の株が上がってしまう。

 もしも他の伯爵家に嫁がれれば、デルヴィ伯爵の権力が脅かされる。


「仕方あるまい。ワシの妻は病死だ」

「なんと仰いました?」

「ミリエ姫を、ワシの妻とする」

「うーむ」


 デルヴィ伯爵はすまし顔だった。たとえ妻を切り捨ててでも、自身の権力を増大させることをいとわない。

 この非情で残酷な判断を、神の信徒に向かって、臆面もなく伝える。しかしながらシュナイデン枢機卿は、彼のことをよく分かっている。

 だからこそ、手を組んでいるのだ。


「ワシはカルメリー王国を愛しておる」

「御冗談を……」

「存続させてやるのが、ワシの務めである」

「カルメリー王国は安泰ですな」

「シュナイデン殿も、我が妻が好きであろう?」

「お若くてお奇麗ですからな」

「では、そういうことだ」

「おこぼれを頂戴致しまする」


 候補者であるミリエを、デルヴィ伯爵の妻にする。聖女を家族にしてしまえば、今よりも権力が増大するだろう。

 最後の懸案は、女神官のラキシスだ。こちらは、簡単に片が付く。巡礼の旅に出して、賊に襲わせれば良い。


「ラキシスとやらは、監禁せねばなるまい」

「まだ候補の段階ですからな」

「聖女に選ばれたら、ワシの兵が救出する」

「選ばれなければ?」

「妻と同じ部屋でよかろう」


 この会談後、デルヴィ伯爵夫人ミリアは病死と発表される。

 そして、喪も明けぬうちに、カルメリー王国へ婚姻の使者が向かった。しかしながら当の彼女は、秘密の屋敷の地下室に監禁してあった。

 その目的は……。



◇◇◇◇◇



「主様、これは?」


 フォルトは屋敷の中にある談話室で、椅子に座りながらルーチェを眺める。デモンズリッチの彼女には、魔の森で山の管理を任せていた。

 そして、とあるもの取り寄せたので呼んだ。ニャンシーほど早くはないが、魔界を通って戻っていた。


「うむ。男装だな」

「男装ですか?」

「似合っているぞ」

「ありがとうございます」


 ルーチェに渡したものは、魔法学園の男子用制服だ。

 グリムに伝えて、わざわざ取り寄せてもらった。当然のように、フォルトの目の前で着替えさせた。

 彼女はショートカットのうえ、顔立ちが整っているのでよく似合う。胸の大きさを強調するように第二ボタンまで開けて、谷間を見えるようにしていた。


「それで、例のものができたって?」

「はい。音を入れる魔道具です」


 ルーチェは持参した木製の腕輪を、フォルトに渡してきた。魔法でサイズ調整の付与がされており、誰でも問題なく装備できる。

 この腕輪は、アーシャに渡すつもりだった。踊り子の彼女が、無音で踊ってるのがシュールなのだ。

 音楽を入れてもらって、バックミュージックを流す予定である。


「よく作れたな」

「この世界には、似たような魔道具があります」

「なるほど」


 ルーチェが言った魔道具は、貴族や大商人が所持するオルゴールだ。日本のそれとは違って、高級品として取引されている。

 記憶させた音楽が聴ける代物だが、性能的には一種類が限界である。しかしながら彼女が作製した腕輪は、数種類を記憶できる。

 そして、フォルトは性能を確認するために口ずさむ。


「てれれれん、てれん、てれってって」

「――――てれれれん、てれん、てれってって」


 まさに、フォルトが望んでいた魔道具だ。

 音ズレも無く、キチンと音を奏でていた。


「うん。できてるね。よくやった」

「お褒めいただき、光栄です」

「褒美は何が欲しい?」

「いえ。主様に仕えるのが、眷属けんぞくの役目です」

「そういうものか」

「はい」


 眷属は主人に対して、無償の奉仕をする。

 どのような精神構造かは分からない。とはいえ、深く考えるのが面倒なので、フォルトは納得しておいた。

 ルーチェの場合は受肉までしたので、特に顕著であった。何を命令しても、文句を言わずに遂行する。

 ニャンシーの場合は、ブツブツと文句を言いながらもやる。


「魔の森はどうだ?」

「変わりありませんが、人間が近づいているようです」

「なるほど」

「決められた境界線は越えていません」

「グリムのじいさんが飛び地にしたからな」

「境界線を越えた人間はどうしましょうか?」

「そうだなあ。追い返せる?」

「楽とは言い難いですが……。可能だと思います」


 ルーチェには、ドライアドのような特殊能力が無い。

 魔の森を迷いの森に変えて、人間を追い返すことはできない。ただし、デモンズリッチとして、多くの魔法を習得している。

 ならば問題なく、命令を遂行できるだろう。

 そんなことを考えていると、ソフィアが談話室に入ってきた。


「フォルト様、呼ばれたと聞きましたが?」

「ああ、ソフィアさん。こちらへ」


 ソフィアを呼んだのは、ルーチェを紹介するためだ。

 もちろん、彼女を眷属にした経緯も伝えた。すると、ソル帝国の女性を殺して受肉させたことを知って、顔をしかめる。

 それでも本人が宣言したとおり、何も言ってこなかった。相変わらず好感の持てる女性である。

 なのでフォルトは、さっさと話題を変えてしまう。


「ソフィアさんに聞きたいんだけど」

「はい?」

「こっちの世界って、音楽はあるの?」

「ありますよ。宮廷楽団もいますし、神殿には聖歌隊がいます」

「へえ。楽団……」

「なにか?」

「演奏してもらうと高いんでしょうね」

「そうですね。旅をしている楽団でも、それなりにはします」

「ふむふむ」


 楽団が存在することは、さして驚きではなかった。

 中世の欧州では珍しくないからだ。とはいえ楽団がいても、怠惰なフォルトには何もできない。


(森に呼びたくない。俺は会いに行く気がない。でもバックミュージックが、アーシャの鼻歌じゃ締まらないなあ。いったん保留かな?)


 双竜山の森は、フォルトが身内と安らげる場所。彼女たち以外は、森に立ち入ることを遠慮してもらいたい。

 グリム家の者は仕方ないが……。


「ちなみに、ソフィアさんの特技が音楽とか?」

「いえ。残念ながら……。音楽に興味が?」

「これね」


 フォルトは、ルーチェからもらった腕輪を使う。

 すると、先ほど入れたものが流れだした。


「――――てれれれん、てれん、てれってって」

「まあ」


 ソフィアの驚いた顔は、なかなか可愛い。

 それに気を良くしたフォルトは、機嫌よく続きを話す。


「この腕輪に、リズムのいい音をね」

「なるほど。魔道具ですか?」

「ルーチェが作ってくれたのです」

「凄いですね!」

「すべては主様のためです」


 フォルトのためと言っても、ルーチェの趣味も入っている。

 魔法の研究に熱心で、魔の森と山を管理しながら、家からは極力出ないそうだ。なので、引き籠りの仲間でもある。

 そして話も終わり、彼女は魔の森へ向かった。亜人種の管理に問題がなければ、双竜山の森に戻しても良いかもしれない。


「ところでソフィアさん」

「なんでしょうか?」

「聖女を辞めたら、何になりますか?」

「え?」

「グリムの爺さんと一緒で、宮廷魔術師でも目指すのかな?」


 魔法使いと言っても千差万別だ。

 学習塾を開くのも良いし、魔法学園の先生でも良い。それこそ、国家を担う宮廷魔術師でも良いだろう。

 ただし、この質問に意味はない。フォルトは単純に、他人の進路が気になっただけだった。

 その答えを返されても、素っ気なく終わりそうだ。


「そう言われると、特に考えてなかったですね」

「あっそ」

「え?」

「あ……。つい……」


 さすがに素っ気なさすぎた。

 これにはソフィアが、ほほを膨らませた。


「もぅ。聞かれたのはフォルト様ですが?」

「あはは……」

「ですが、明確な目標があったほうが良かったですね」

「そうですか」

「気づかせていただき、ありがとうございます」

「そんな大層なもんじゃないですよ」


 ソフィアの言ったとおりだ。

 フォルトの場合は、人生の目標を決められなかった。子供の頃の夢など忘れて久しい。ダラダラと年齢だけを重ねた結果が、氷河期の引き籠りである。


「後悔しなきゃ、なんでもいいと思うよ」

「ふふっ。いろいろと考えてみます」


 ソフィアと話していると、今度はカーミラが談話室へ入ってきた。

 その手には、色鮮やかな高級布を持っている。


「御主人様! ただいま戻りましたあ!」

「いい色だ。問題なかった?」

「はい! 他の布は、レイナスちゃんに渡しましたあ!」

「フォルト様、その布は?」

「色彩も欲しくてね」


 グリムからは、白い高級布が届いていた。それは良いとして、フォルトの身内には華やかさが欲しい。

 そのためには、色鮮やかな布が必要だ。しかしながらソフィアが問いたいのは、そういったことではないようだ。


「いえ。どこで手に入れたのですか?」

「帝国から」

「え?」

「王国で奪うのを止められたんで、帝国から奪わせた」

「なっ!」


 ダマス荒野を越えれば、ソル帝国の町がある。

 悪魔のカーミラなら空を飛べるし、スキルで透明化が使える。ならばフォルトの欲しいものは、帝国から奪うまでであった。


「王国じゃないし、いいよね」

「そっ、その……。私は何も見ていません!」

「見て見ぬふりはいけないな。服を作るので、共犯ってことで!」

「え?」

「ほら。ソフィアさんは、着替えが少ないですよね?」

「そうですけど」

「下着もね」

「っ!」


 いくらエッッッッグいパンツでも、色は白である。

 さらにエグさを増して、ソフィアにプレゼントするのだ。白いパンツは、フォルトの目に焼き付けてある。

 さすがに恥ずかしくなったのか、彼女は股間を両手で押さえて、その場に座り込んだ。実に初々しい。

 そして、アーシャの風属性魔法に期待しておくのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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