第82話 ソフィア日記1

 ソフィアがフォルトに庇護ひごされて数日。とても平和な日々が続いている。

 今まで何度かお邪魔しているが、生活するのは初めてで新鮮だった。


「平和ですね」

「そうですわね」


 ソフィアがテラスで本を読んでいると、隣の席にシェラが座ってきた。

 彼女は魔族の司祭で、人間を嫌っている。とはいえ、フォルトから紹介されたときに、「仲良くしてね」と言われていた。

 それを彼女は、律儀に守っているようだった。


「ご一緒しても?」

「ええ、どうぞ」

「魔法の勉強かしら?」

「魔法の覚えはよくないのですが」

「続けることが大事ですわ。暗黒神の導きがあらんことを……」

「ありがとうございます」


 ソフィアは、聖神イシュリルの信者だ。しかしながらシェラは、暗黒神デュールに祈りをささげている。これでは異教徒と言われても、文句は言えない。

 それでも、彼女の好意を受け入れる。違う神に祈りを捧げられても、それが聞き届けられるかは不明なのだから……。


(ふふっ。導きがあるかは、神様にお任せします)


 シェラの服装は、ソフィアが見たこともないものだった。

 暗黒神の神官服ではない。上着としているのは、グリムが届けた上質な布を使った白衣という服だ。レイナスが作ったらしい。

 彼女の清楚せいそさが合わさって、とても似合っていた。


「そちらの服は、普段から着ているのですか?」

「魔人様に頂いたのですが……」

「何か問題が?」

「下がスースーしますので……」

「な、なるほど」


 シェラが着ている白衣の下は、ボディコンワンピと呼ばれる服だそうだ。スカートの部分は短くて、股を閉じて座っても、下着が見えそうだった。 

 これには「らしさ」が出ていて、ソフィアは笑顔を浮かべる。


「ふふっ。フォルト様らしいですね」

「そうですか?」

「ええ。私も……」

「何か?」

「い、いえ。何でもありません!」


(あ……、危なかったです。私もフォルト様から頂きましたが、これって本当に下着よね? ほとんど隠していないのだけれど……)


 ほほを赤らめたソフィアは、現在も着用している下着を想像する。

 彼女としても、誰かに見せるわけではない。スカートは長いので見られるわけでもない。それでもシェラと同じように、下半身が涼しい。上半身も普段は擦れない部分がムズムズする。

 このエッッッッグい下着は、フォルトからのプレゼントされたものだ。頂き物として着用しているが、そんな自分が恥ずかしい。

 なので、話題を逸らす。


「シェラ様は、フォルト様をどう思われますか?」

「そうですわね。すてきな殿方だと思われます。ソフィア様は?」

「つかみどころがない御仁ですね」

「分かりますわ」


 シェラもソフィアと同様で、フォルトに庇護されている。

 その関係上、彼女とは気が合うのかもしれない。それに物静かな女性なので、とても話しやすい。双竜山の森で生活していると、彼女が魔族だと忘れそうだった。

 そして、静かな時間だけが過ぎていく。彼女は目を閉じている。どうやら瞑想めいそうしているようで、一言もしゃべらない。

 こういった時間は嫌いではないので、読書を続ける。


「フォルト様は魔人……」


(聖女を剥奪はくだつされる理由はフォルト様かしら? ですが、召喚される人間は選べません。選ぶのは聖神イシュリルでは?)


 ふとソフィアは、今回の件について思う。

 魔人を召喚した責任を被せて剥奪されるなら、それは理不尽である。しかしながら神託では、理由を明示されていない。

 そんなことを考えていると、可愛らしい猫耳の少女が近づいてきた。


「ほう。魔法の勉強かの?」

「あ……。ニャンシー様」

「敬称は要らぬ。ニャンシーでよいぞ」

「ありがとうございます」


 ソフィアの本に興味を持ったのか、ニャンシーが隣の席に座った。

 彼女はフォルトが召喚して眷属けんぞくにしたケットシーで、魔界の魔物だ。馬車で現れたときは、いきなり現れたので、ビックリしたものだった。

 このテーブルは三人用なので、彼女が座ると満席である。


「もっと魔導書を持ってくれば良かったです」

わらわでよければ、教えても構わぬぞ」

「え? 本当ですか!」

「うむ。レイナスやアーシャにも教えておる」

「ぜひ!」


 それにしてもソフィアは、魔界の魔物から魔法を習うとは思っていなかった。とはいえ、聖女としての仕事が忙しく、勉強できずに困っていたところだ。

 グリム家は、魔法に秀でた一家である。やはり祖父や両親のように、魔法使いとして成長したかった。

 ニャンシーの申し出は、非常に助かる。習得している魔法は多種多様なので、魔法の先生として重宝されているらしい。

 残念ながら魔力量が足りず、ほとんど使えないらしいが……。


「お主に中級は、まだ早いのう」

「そっ、そうですか……」


 暫く魔法を教えてもらっていると、ニャンシーから駄目出しされた。

 魔法の勉強とは、術式の理解である。初級であれば、簡単な術式が一つで済む。しかしながら中級以上になると、複数の難しい術式を組み合わせるのだ。

 術式の理解と組み合わせが終われば、魔法を習得したことになる。後は発動できる魔力さえあれば、誰でも使える。

 それでも、すべての術式を覚えることは不可能だ。中には失われた術式もある。秘蔵というものもあるだろう。

 そのあたりの研究も、魔法の面白さの一つである。


「ニャンシー先生、あたしも!」

「では、私はこれで……。勉強を頑張ってくださいね」


 ソフィアが魔法の勉強をしていると、アーシャが近寄ってきた。

 それに合わせてシェラが、彼女に席を譲っていた。


「アーシャさんは風属性魔法でしたね」

「うん! 勉強は苦手なんだけどね」


 アーシャはニコニコと笑いながら、ソフィアに対して舌を出した。

 詳しく聞いていないが、彼女が元気で明るくなっているのは、フォルトのおかげだろう。彼に罪を告白されたときは人間性を疑ったが、これは尊敬できることだ。

 そう思った瞬間、ニャンシーから羊皮紙が出された。


「ほれ。風刃の術式じゃ」

「うぇ。超ムズいんだけど!」

「初級じゃぞ? このとおり、覚えが悪くてのう」

「どうも、すみませんね!」

「ふふっ」


 ソフィアは、アーシャの言動に笑ってしまう。

 魔法の勉強をしている雰囲気ではない。フォルトの世話になり始めて最初に思ったのは、全員が気楽に過ごしてることだった。

 このような生活があるのかと、内心では驚いていた。


「ねぇソフィアさん。シュンは?」

「いつもどおり、魔の森へ派遣されているでしょう」

「お別れは言ったの?」

「いえ。もしかしたら帰れる可能性もありますので……」


 そうは言ったものの、デルヴィ伯爵が早期に諦める可能性は低い。ソフィアは長期間、フォルトの庇護を受けることになるはずだ。

 そうなると、今後は勇者候補たちに会えなくなる。別れの挨拶ぐらいは伝えたかったが、そのような時間はなかった。


「ふーん。シュンも可哀想ね」

「私はなんとも思っていませんよ?」

「ソフィアさんはそうね。でも、シュンは知らないからね」

「そっ、そうですか」

「まあ元ホストだし。ソフィアさんが駄目なら、次の女を狙うわよ」

「そうしてもらえるなら、そのほうがいいですね」


(シュン様とお付き合いをする気はありませんが……)


 ソフィアは聖女として、恋愛などする資格はないと思っていた。しかしながら、聖神イシュリルに聖女を剥奪される。

 もしも彼女が召喚した異世界人に許してもらえるなら、今後は恋愛しても良いかもしれない。

 ふと、そんなことを考えてしまう。


「アーシャさんは、私を恨んでいないですか?」

「え?」

「勝手に召喚してしまって……」

「もういいって。人間は諦めが肝心ってね。今は楽しいし!」

「私は……。許してもらえるのでしょうか?」

「さあね。他の人は知らないよ。気にしても仕方なくね?」

「気にしますよ」

「そう? あっちの世界だってロクでもないわよ」

「そうなのですか?」

「うん! だからさ。気にしなさんな」


 アーシャの言葉は、ソフィアの救いになる。

 実際に、他の異世界人へ尋ねたことがあった。しかしながら、恨んでいる者は、一人もいなかった。

 冒険者になった者たちや町で仕事をしてる者たち、従者になった者たち。シュンたち勇者候補チームの面々も、彼女を恨んでいなかった。


「ですが……」

「あはっ! そんなのは、神様や王様のせいにしとけばいいのよ!」

「ふふっ。そうですね」


 アーシャの言葉は、家族にも言われたことがあった。

 命令に従っただけなのだから、ソフィアが悩む必要はないと。もちろん話としては分かるが、自分が納得するかは別である。

 それでも……。


(そう簡単に割り切れるものではなく、一生自問するでしょうが……。少しは、前向きに考えてみましょうか)


 アーシャの明るさに当てられた感は否めないが、ソフィアは気持ちが楽になった。せっかく双竜山の森で体も心も休めるのだ。

 ゆっくりと考えていけば良い。


「ソフィアさん、魔法の練習に付き合ってくれない?」

「いいですよ」

「じゃあさ。席から立って、テーブルから離れてくれる?」

「はい」


 何をされるか分からないが、アーシャに害されるとは考えていない。

 なのでソフィアは、素直に従った。


「いくねえ」

「どうぞ」



【ウインド/風】



 アーシャがソフィアの立っている場所に、魔法を発動させた。

 この魔法は、単に風を吹かせるだけの魔法だ。殺傷力は皆無。火属性魔法の発火と同様に、魔法の練習をするときに使う魔法である。


「え? きゃあ!」


 魔法で起こされた風は、ソフィアを中心に強く吹いた。しかも、上空へ向かって力強く吹いている。

 彼女は砂埃すなぼこりが目に入らないよう、腕で顔を覆い隠した。するとスカートが腰までめくりあがって、下半身を完全に露出させる。


「あはっ! 凄いのを履いてるね!」

「やっ、やめてください!」

「もう収まるよお」


 アーシャの言ったように、数秒後には風が収まった。

 それと共に、めくれたスカートは元に戻っている。しかしながら、彼女に見られてしまった。

 ソフィアの履いているエッッッッグいパンツを……。


「なんてことをするのですか!」

「ソフィアさん。あれ、見てみ?」

「え?」


 ソフィアは抗議の声を上げたが無視された。その代わりアーシャは、人差し指をある方向へ向けた。

 そして、彼女が恐る恐る視線を送る。すると、この場にいてはいけない人物が立っていた。


「あ、あ、あ……」


 その人物を見ると、片手を前に出して、親指を立てている。

 同時にアーシャも、瞬時に同様のポーズを決めていた。


「グッジョブ!」

「イエイ!」

「きゃあああああ!」


(見られた! 見られた! 見られた!)


 ソフィアは恥ずかしさのあまり、顔から火を噴くほど頬を真っ赤に染めて、その場に座り込んでしまった。

 その人物とは、彼女を庇護してくれた森の主人だ。この土地に一人しかいない男性で、下着をプレゼントしてくれた張本人。

 そう、フォルトである。


「ア、アーシャさん!」

「あはっ! 魔法の練習だよ。いつもやってるんだから!」

「こ、こ、こ、こんな破廉恥な!」


 ソフィアの抗議は続くが、時すでに遅しだった。

 そして、ニャンシーが澄ました顔で、アーシャを褒めている。


「うむ。よい具合に上達しとるのう」

「ニャンシー先生まで!」

「魔法は平常心じゃ。見られるぐらいは耐えねばな」

「そっ、そういう問題ですか!」

「フォルトさんに庇護されたからにはねぇ」

「もっ、もうっ! ………………ふふっ」


 ソフィアは、思わず笑ってしまった。子供の頃の悪戯を思い出したのだ。昔は似たようなことをやって、大人を困らせていた。

 それでも、恥ずかしいものは恥ずかしい。またスカートをめくらたくない彼女は、足早に席へ戻ったのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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