第81話 聖女剥奪4
(さて、どうしたものか)
ソフィアを守るだけなら問題ないだろう。現在は身内が五人で、
この場合の問題は、庇護したときの対応だった。まず、フォルトは魔人だと知られる。カーミラも悪魔と知られるだろう。毎日顔を合わせるので隠せない。
そして、デルヴィ伯爵の思惑も気になる。地位はグリムのほうが上らしいが、国内では有力貴族の人物だ。
何をしてくるのかが、まったく読めない。
「グリムの
「やるだけはやるがの」
「侯爵に昇爵しそうなのだ」
「え?」
「侯爵になれば口を出せなくなるわ。味方になる貴族も増えるしね」
「領地が増え、私兵も増えるからの。内乱など避けたいのじゃ」
「そこまで話が大きくなるんだ」
「うむ」
フォルトはソネンとフィオレの補足で、なんとなく状況が飲み込める。
魔の森が国王の直轄領になるため領地が増える。そうなると、デルヴィ伯爵の領地を、完全に任せることになるそうだ。
ローイン公爵とのバランスもあるらしい。実質、国王に次ぐ地位である。グリムと同格か、それ以上の存在になるのだ。
そのうえで、ソフィアをダシに彼を責めてくる。
「面倒だから殺しちゃえば?」
「無理じゃな。
「ふーん」
「王国を第一に考えると、むやみやたらに殺せないわよ」
「そういうもんですか?」
「貴族のみならず、他国にも影響力が大きいのだ」
「デルヴィ伯爵が死ぬと、ソル帝国は万歳三唱じゃな」
(国に仕えてると大変だなあ。家族を守れないなら、エウィ王国なんて捨てちゃえばいいのに。まあ、俺には関係がないけど……)
グリムは寿命を延ばしてまで、エウィ王国に尽くしている。
思い入れが強いのだろう。その件について、フォルトはとやかくは言えない。苦渋の決断なのは分かっている。
それでも確認しておくことがあった。
「庇護するにあたって、俺から条件があります」
「なんじゃな?」
「まず、俺はソフィアさんとは真逆の人間です」
「今までの件を言っておるのかの?」
「ですね。ソフィアさんが嫌がったら帰ってもらいますよ」
フォルトは、人間を見限った魔人である。
逆にソフィアは、人間に期待しているだろう。考え方や対応が真逆なのだ。その両者が一緒に暮らしても、精神的な苦痛になるだけだ。
ギクシャクするようなら、グリム家に帰ってもらったほうが良い。
「うーむ」
「次に、結婚はしません。する気がないので」
「俺の娘に……」
「あなた、最後まで聞きなさい」
「あ……。はい」
ソネンは、フィオレに頭が上がらないようだ。
「尻に敷かれるぐらいがちょうど良い」という言葉を思い出し、フォルトは苦笑いを浮べ、先を続ける。
「最後に。俺の庇護下へ入れるからには、手を出した者は殺します」
「むっ!」
「デルヴィ伯爵でもか?」
「誰でもです。王様でもね」
カーミラを含めて、フォルトの身内となった者たちは大切な存在である。
彼女たちが害されるようなことがあれば、たとえ誰であろうと許さない。すでに人間を殺したことがあり、
そして同様に、シェラを守るのは当然だった。庇護を受け入れるとは、そういうことなのだ。
ならばソフィアも、その対象に入ることになる。
「不敬じゃの」
「敬意は払っていませんよ。俺は国民じゃありません」
「どんな手を使ってでも、我らの娘を守るのだな?」
「ふふっ。気に入りましたわ」
「勘違いしないでくださいね。俺の中で決めているだけです」
「ローゼンクロイツ家の姉妹も同じということじゃな?」
「ですね。俺と、俺の身内に手を出したらって話です」
これらの話は、フォルト自身の自堕落生活を守るためでもある。
身内の彼女たちは必要なのだ。精神的にも、肉体的にも。エウィ王国の未来など知ったことではない。
これを曲げたら、自分が自分でなくなってしまうだろう。
「決まりじゃな。数日の間に連れてくるとしようかのう」
「部屋を用意しておきますよ」
「長引くようなら森へ来るからな! 我らも父上と同じようにしろ」
「はぁ……。分かってますよ」
「娘をよろしくお願いしますね」
グリムたちは忙しいようなので、すぐに帰っていった。ソフィアの抜ける穴を埋めるのだろう。
それか、子煩悩なだけかもしれない。ソネンとフィオレを見ていると、その可能性は否定できない。
そして、フォルトの屋敷は、空き部屋が結構ある。身内に与えているが、それでも余りまくっている。
「カーミラ、どう思う?」
「御主人様が触ってくるので、気持ちが良かったですよお」
「いや。そうではなく」
「えへへ。これも遊びでいいんじゃないですかあ?」
「遊びかあ」
(デルヴィ伯爵や国王にしても、俺に手出しはできない。手を出してきても、すべてを
名前は思い出せないが、フォルトは初めて殺した人間を思い返す。
憤怒に任せたとはいえ、たった一つの魔法で、体の内部から木っ端みじんと化していた。カーミラの元主人から受け継いだ膨大な魔法。その中には、広範囲に爆発させるものもある。
もちろんそれを、短絡的に使用するほど子供ではない。面倒事になるだけと分かっている。とはいえ、最終手段が取れると知っているのは、心に余裕が持てる。
強者が弱者をいたぶるではないが、弱肉強食の世界だ。彼女が言ったように遊びと思うことで、永遠という暇を楽しむのも一興だろう。
「この結末がどうなるか、楽しみにしておくか」
「はあい!」
カーミラは笑っている。
悪魔の彼女は、人間が悪に傾きやすい種族と知っている。ちょっと手を加えるだけで、簡単に悪へ堕ちるだろう。
もしかしたら、そのちょっとを期待しているのか。それで彼女が楽しいなら、手を加えても良いかもしれない。
そんなことを考えたフォルトは、彼女の体を引き寄せるのだった。
◇◇◇◇◇
数日後、ソフィアが予定通りに、フォルトの屋敷を訪ねてきた。
幸いと言って良いのか。グリムたちの考えていることは起こっていない。しかしながら、最悪を想定しての判断である。
まだまだ先の話だろうが、予想が外れれば、それに越したことはない。
「その顔は……。着てますね」
「っ!」
フォルトと会った瞬間に、ソフィアは顔を赤くしていた。
本当に律義である。あのエッッッッグい下着をセットで着ているようだ。とても、本当にとても残念だが、それを拝むことはできない。
ここは、彼女の反応を楽しんだことで良しとしておく。
「お、お世話になります」
「部屋は用意してあるので、気軽に使ってください」
「はっ、はい!」
「それと、庇護する前に言っておくことがあります」
「え?」
「食堂へ行きましょうか」
現在、フォルトの身内は全員外に移動してもらった。あらかじめ伝えてあるので、邪魔することはない。
食堂ではテーブルの上に、おやつと茶を用意してあった。気を利かせたレイナスかルリシオンに感謝である。
そして、フォルトとソフィアは向かい合って座った。
「それでフォルト様、お話とは何でしょうか?」
「話す前に、ソフィアさんは魔人って知ってます?」
「あまり詳しくは……」
「知ってることだけでいいですよ」
「大罪を持つ全種族の敵、天災級の災害を起こす種族、数が少ないとか?」
「ふーん。他には?」
「最後に確認されたのが、憤怒の魔人グリード。以上ですね」
「なるほど。そんなに情報って無いんですね」
「そうですね。文献や風聞とか、そういったものです」
魔人の情報は少ない。
それでもソフィアが言ったことは事実であり、文献に記されている。グリードに関しては、マリアンデールとルリシオンも知っている。
五十年ほど前の出来事で、その時代を生きているからだ。とはいえ、その内容は、先ほどの話と同程度の情報である。
「さて、俺が魔人だったらどうします?」
「え?」
「実はこの世界へ召喚されたときに、魔人の力を受け継いだのですよ」
「なっ!」
ソフィアに話せない件は、たった一つだけである。
この世界に召喚されて、最初に手に入れたカードの内容だ。レベル五百などと知ったら、さらに驚いてしまう。
フォルトは、城にあるロッジでの出来事から、今までのことを話した。カーミラが悪魔だという件も伝える。
所々を端折るが、頭の良い彼女なら分かるだろう。
「俺は人間ではないのですよ」
「………………」
「遊びで人間を殺します」
「………………」
「ソフィアさんとは相容れない存在です」
「………………」
「それでも俺に庇護してほしいですか?」
「………………」
「難しい選択ですよね」
グリムの屋敷で罪を告白したときのように、フォルトは淡々と話す。
これは、避けて通れない道である。今ソフィアに話さなくても、どうせ知られてしまうのだ。
これから一緒に生活するのだから……。
「いえ。庇護してもらいます」
「いいのですか? 目の前で人間を殺すと思いますよ」
「構いません」
「本当に?」
「はい」
フォルトには、何を思っての選択か分からない。
まずはゆっくりと席を立って、ソフィアの隣に立った。それでも彼女は微動だにせず、目を閉じていた。
そして、手を頭に置いて
「覚悟はおありのようで。では、その覚悟を見せてもらいます」
「え?」
「俺は身内しか信じません」
「それで?」
「今から犯します。壊れるまで何度でもね」
「っ!」
フォルトは、ソフィアに嫌われていると思っている。
その原因だと思っている出来事は、グリムの屋敷で伝えた。まさか忘れてはいないだろう。ジェシカとアイナの件は、嫌悪されて然るべき内容である。
当時は憤怒と色欲に身を任せたが、それらの大罪を持つ魔人を怒らせればどうなるか。いや、一緒にいるだけでも危険なのだ。
それを彼女に理解してもらう。
「それには及びません」
「え?」
「わざわざやらなくても……」
そこまで言ったところで、ソフィアは席を立ちあがった。しかも、あろうことか、フォルトに抱きついてきた。
そして、
「フォルト様を愛していますから」
「ええっ?」
「これ以上は……」
「………………」
フォルトは面を食らった。
そんな素振りなど、今まで見せたことがない。魔人と知ったのは今である。人間と思っていたおっさんを、なぜ愛していたのか分からない。
それならば、彼女を襲う必要はない。このまま普通に抱けば身内になる。調教を考えていたが、普通に愛を育んでみたいとも思う。
「これは……。いったい?」
「恥ずかしいです」
「本当ですか?」
「………………」
「ソフィアさん?」
「いえ、
「は?」
今のフォルトは、誰が見ても情けない顔になっただろう。
ここで肯定の言葉が出たら、確実に抱き寄せていた。
「フォルト様の演技が下手なので、マネしてみました」
「え? どこから……」
「隣に立ったときですね」
「………………」
「御主人様、アウト!」
ソフィアの告白を受けて
これにはフォルトもバツが悪い。
「ふふっ。だから演技が下手だと言いました」
「………………」
「御主人様! 落ち込まないでくださいねえ」
「慰めにならんぞ」
フォルトはショックだった。
ソフィアを
彼女の表情は元に戻って、今度はこちらの頬が赤くなった。
「ですが、フォルト様を嫌っていませんよ?」
「え?」
「それこそ、私を面倒な女だと思っていらっしゃるのでは?」
「………………」
ソフィアは、ビッグホーンの解体現場で話した内容を持ち出している。
グリムが言った婚姻話の件だ。そのときと同様の言葉だが、フォルトを嫌っているから、やんわりと断っただけだと思っていた。
だが、嫌われていなかったようだ。嫌われても良いとは思っていても、彼女には嫌われないほうが良いに決まっている。
「ふふっ。魔人になったのが、フォルト様で良かったです」
「どういうことです?」
「色々とあったようですが、理性的で話が通じています」
「な、なるほど?」
「フォルト様のなさることに、私は口を挟みません」
「人間を殺しても?」
「なるべくなら避けてもらいたいですが、フォルト様にお任せします」
「そうですか」
「人間ではないので、人間の常識を言っても仕方ありません」
「まあ、理解はしていますけどね」
フォルトは元々人間だったので、人間のことを理解しているのは当然だ。しかしながら、行動に制限をかけるものではない。
すでに、人間を見限って堕ちている。
「いま話した内容は、グリムの爺さんにも内緒ですよ」
「分かっています。伝えたほうが危険です」
「なぜ?」
「隠すことが無くなれば、遠慮も無くなりますからね」
「遠慮するつもりはないですが?」
「ふふっ。私たちを殺していませんよね?」
ソフィアの言葉は、的を射ているかもしれない。
フォルトは何かと理由を付けて、彼女たちに遠慮しているフシがある。とはいえ、人間を殺しても気にしないだろう。
このあたりの深層心理は分からない。そういう性格だったと割り切ったほうが、精神衛生の面から考えても良いと思われる。
それにしても、彼女は
グリムとの約束通り、彼女を守ることに決めたのだった。
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Copyright(C)2021-特攻君
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