第80話 聖女剥奪3
フォルトはアーシャと一緒に、レイナスのいるテラスへ向かった。
彼女は小走りにテーブルへ近づいて、カーミラに描いてもらったネイルアートを自慢している。それを横目に自分は、専用椅子に座った。
そして、隣を寂しく思っていると、愛しの小悪魔が飛んで戻ってきた。
「御主人様、レイバン男爵って知ってますかあ?」
森へ入った侵入者に、カーミラのスキル『
もちろん侵入者には、そのまま帰っていただいた。彼女のスキルで操られていた間の記憶は残らなので、何の疑問も持っていないはずだ。
「知ってると思う?」
「ですよねえ。その男爵って人からの使いだそうですよお」
「それで?」
「御主人様を、屋敷まで連れていく命令を受けていましたあ」
「要はパシリか」
フォルトは渋い表情になった。
わざわざ人を使って、双竜山の森から連れだそうとしている。
「そんなところですねえ」
「俺の名前は言ってた?」
「異世界人って言ってましたよお」
「ふーん」
(レイバン男爵なんぞ知らん。やっぱり面倒事なのか? 俺が人間と会わないのは、グリムの
グリムとソフィアなら、双竜山の森へ直接来る。人を使ってフォルトを呼び出そうとしても、それが届かないことを知っているからだ。
そして、彼らが異世界人が
もちろん、レイバン男爵とやらに呼び出される心当たりはない。
「レイナス! 来て」
「はい! ピタ」
フォルトに呼ばれたレイナスは、そそくさと隣に座って体を密着させる。
先程まで訓練をしていたはずだが、実に良い匂いだ。
「レイバン男爵って知ってる?」
「知りませんわね。どこかの町か村の小領主かしら」
「ふーん」
「レイバン男爵が何か?」
「実はな」
フォルトはカーミラから聞いた話を、レイナスに伝える。すると、何を狙っているのかを教えてくれた。
さすがは元伯爵家令嬢だ。
「上からの命令か自分の手駒にしたい。といったところかしら」
「へえ」
「ですが、屋敷に呼ぶなら前者ですわね」
「そうなの?」
「手駒にしたいなら、直接会うのは後ですわ」
「なるほどね」
「ロクな情報を持っておらず、時間が惜しいのでしょうね」
「ふむふむ」
「レイバン男爵が使えるかの試験もされてますわ」
「よく分かるね」
「ふふっ。貴族とはそういうものですわよ」
そういった話なら、レイバン男爵の上司が分からないので、この問題は棚上げだ。グリムかソフィアが訪ねてきたときに聞けば良いだろう。
それにドライアドがいるかぎり、森からは追い出される。双竜山から来れば、亜人種や魔物に襲われる。
そう考えると、ちょっとした天然の要塞だった。
「ここは、いい森だなあ」
その一言を発して、フォルトは席を立つ。
それからカーミラとレイナスを連れて、屋敷の中へ入っていくのだった。
◇◇◇◇◇
双竜山の森へ侵入者した人間の目的が分かった数日後、特に待っていなかったが、グリムがフォルトを訪ねてきたようだ。
ドライアドの報告では、他に二名の人間を同行させているらしい。その報告を受けたカーミラが口を開く。
「御主人様、追い返しますか?」
「まあ、グリムの爺さんのことだ。問題はないだろ」
「そうですか?」
「問題があるようなら出禁にする」
夏と呼んでいた数週間も終わり、現在は過ごしやすい。下着姿の美少女たちは目に激写しておいたので、また次回を楽しみにしている。
フォルトは屋敷の前のテラスが、お気に入りになっていた。日本にいたときには考えられない優雅さだが、森が家みたいなものだ。
よって、引き籠りは継続中である。
「あれか……」
グリムを先頭に、フォルトの記憶に無い男女が続いている。見たところ害はなさそうなので、そのままテラスで待つことにした。
そして、彼らが近づいたところで声をかけた。
「また息抜きですか?」
「お主に紹介したい者を連れてきたのじゃ」
「人間が嫌いだと知ったうえでですか?」
「うむ。ソフィアの両親じゃ」
「え?」
「あなたがフォルト様ですか? 娘がお世話になっております」
「この男がなあ」
挨拶もそこそこ、男女が自己紹介した。
男性は、グリムの息子であるソネン。女性は、ソネンの嫁であるフィオレ。どうやら、ソフィアは母親似のようだ。顔つきがソックリである。
そんな感想を持ったフォルトは、忘れていたことを思い出したかのような表情に変わった。
彼らの話を聞く前に質問があったのだ。
「あ、そうだ。グリムの爺さんに聞きたいことがあるんだけどさ」
「なんじゃな?」
「レイバン男爵って知ってますか?」
「むぅ」
「ん?」
レイバン男爵の名前を口にすると、グリムが険しい表情に変わった。ソフィアの両親も同様である。
これは何かあると、フォルトに直感が走った。
「面倒事なんですね?」
「うむ。なんと言ったらよいかのう」
「お茶と茶菓子を持ってきましたあ!」
グリムが話を切り出そうとしたところで、カーミラが茶を持ってきた。
この茶は、塩ダレのアクセントにもなっている
そして、こっちの世界にはレモンがあった。シトロンという名称らしいが、ここでは畑で栽培してる。
それが入った青紫蘇茶はさっぱり味になるので、誰でも飲めるだろう。
「それで?」
「きゃ!」
フォルトは話を促すと同時に、カーミラを隣に座らせて引き寄せた。女性特有の甘い匂いと、柔らかい体を堪能する。
来客の対応としては失礼だが、それは気にしない。
「レイバン男爵はのう。バルボ子爵に近しい男じゃ」
「バルボ子爵?」
「代々デルヴィ伯爵家に仕えておる子爵家じゃな」
「デルヴィ伯爵と言えば……」
「お主に金貨を渡そうとした男じゃの」
どうやら、侵入者の件について
ビッグホーンの素材の礼として、袋がパンパンになるほどの金貨を渡してきた人物である。とはいえ、グリムが気を利かせて、高級布に変えてくれた。
あのときの金貨は、彼が引き取っている。
「また恩に着せる気ですかね。着ないけど……」
「近いが違うの」
「うん?」
「それを話す前に、ソフィアの件を伝えておこうかの」
「ソフィアさんがどうかしましたか?」
聖女
グリムは、ソフィアから聖女の称号が消える件を伝えてきた。それに伴って、彼が予測している出来事についても……。
フォルトとしては、聖女自体に興味はない。しかしながら、彼女が置かれる立場は理解できた。
なんとも
「それって、俺に話してもいいの?」
「前にも言ったが、お主は隠者のようなものじゃ。関係あるまい」
「よく分かっていらっしゃる」
「しかし、お主に接触を試みるとはのう」
「追い返してますけどね」
フォルトから双竜山の森へ侵入者がいたと聞かされて、グリムとソフィアの両親の顔が険しくなる。
そこまで険しくなると、シワが増えるのではないかと思ってしまう。
「なら確定かのう」
「はい。父上」
「やれやれね」
「どういうことです?」
「ソフィアの身に危険があるということじゃ」
「え?」
グリムの考えはこうだ。
まず国王エインリッヒ九世は、グリムがフォルトを庇護するのを認めている。その人物に対して、デルヴィ伯爵は、秘密裏に接触を持とうとしている。
「ふむふむ」
そして、フォルトはソフィアと頻繁に会っている。なので、彼女を害する前に抱き込むつもりなのだろう。
デルヴィ伯爵の趣味は、実益を兼ねるものだ。自身に近しい人物への、褒美と遊びを兼ねている。
その道具として、彼女に白羽の矢が立とうとしていた。
「クズですね」
「うむ。証拠は無いがの」
デルヴィ伯爵の黒い
ここまで会話が進んだところで、ソネンとフィオレが口を開く。
「何もしなければ、ソフィアは異教徒に認定されてしまいますわ」
「デルヴィ伯爵は、神殿と懇意にしておるからのう」
「金の亡者同士ってことですね?」
「そうだ。この男、飲み込みが早いですな」
「だから、言ったであろう」
「ですが、可愛い娘をくれてやるなど……」
「はい?」
一瞬にしてフォルトの目は点になったが、ソネンは聞き捨てならない話をした。彼の娘はソフィアである。
それをくれてやるとは、まったく意味が不明だった。
「お主を訪ねた目的の一つは、ソフィアの両親を会わせるためじゃ」
「なぜです?」
「ワシに何かあれば、この二人がお主を庇護する者じゃ」
「なるほど」
グリムに何かあるとは思えないが、急にポックリ逝く可能性もある。延体の法で老化が遅いとはいえ、老人には違いない。
よって、この話はフォルトも理解できる。
「他にも?」
「それじゃ。ソフィアを匿ってくれぬかのう」
「え?」
「ほとぼりが冷めるまででよい」
「デルヴィ伯爵が諦めるまでですか?」
「そうだ。しかし、奴にかぎってはあり得ないと思っていいぞ」
「そうですわね。蛇のようにしつこい御方ですから」
デルヴィ伯爵は狙った獲物を逃がさない。容易に諦めないことでも有名なようだ。ソフィアが婆さんになるまで諦めないかもしれない。
さすがに、婆さんになるまでは言い過ぎか。その前に寿命で死ぬだろう。
「どんだけ……」
「元でも聖女の肩書は絶大じゃからの」
「王様に庇護してもらえば?」
「無理じゃ。異教徒の認定を受けた者など、庇護できるものか」
「そのままグリムの爺さんが守れば?」
「同じことじゃ。ワシの場合は、もっと酷いのう」
「ソフィアさんを捨てるということですか?」
「そうじゃ。家族に異教徒がいては、王の側近などできん」
「うーん」
グリム家のことを、フォルトは醜いと思わない。それは、三人の顔を見れば分かるというものだ。身が引き裂かれるような思いだろう。
そこまで、王の側近が大切かと思う。とはいえ、話を持ってきたことで、どちらが大切かが分かった。
もちろん、ソフィアである。
(強いと思っていると言っていたが、高く買われたもんだなあ。期待には沿えるだろうが、ソフィアさんはそれでいいのか?)
魔の森からソフィアが持ち帰った情報で、フォルトが強いと思われている。
そして、魔族のマリアンデールやルリシオンもいる双竜山の森は、エウィ王国のどこよりも安全だと答えを出しているのだろう。
そうなると、気になるのは彼女の気持ちだ。
「ソフィアさんは何と? 俺を嫌ってるはずですよ」
「喜んで、だそうじゃ」
「あれ?」
「心情までは知らぬ。お主の近くなら安全じゃ」
「カーミラはどう思う?」
「御主人様の好きにすればいいと思いまーす!」
「そう言うと思った」
「えへへ」
(弱肉強食。強ければ何でもできるか。ソフィアさんなら構わないな。シェラさんが増えるようなもんだ)
ソフィアはシスターのような格好をして、聖女と呼ばれている。暗黒神デュールの司祭シェラと被る部分があった。
実際はシスターでなく魔法使いだが……。
「庇護してもらってるのに、その家族を庇護するとは……」
「ほっほっ。面白かろう?」
「御両親は、それでいいのですか?」
「不本意だがな!」
「あなた……」
「愛い娘を嫁に出すのだぞ!」
「はい?」
先程は、ソネンの言葉が聞き捨てならなかった。
フォルトは聞き間違いかと思っていたが、どうやら合っていたようだ。これには、話が飛び過ぎていて困ってしまう。
「あ、あの。庇護するだけですよ?」
「なに? 俺の可愛い娘を要らないというのか!」
「もらってもいいのですか?」
「不本意だがな!」
「どっちですか!」
ソネンは、子煩悩が過ぎるようだ。このぶんだと庇護したところで、毎日のように森へ来るのではと思ってしまう。
いや、確実に来るだろう。
「俺は四十代のおっさんですよ?」
「強ければ構わん!」
「え?」
「こちらの世界では、歳の差など珍しくもないのですよ」
「え?」
「ちなみに、デルヴィ伯爵夫人は十七歳です」
「本人はいくつでしたっけ?」
「齢六十を越えていますわ」
「マジか……」
もちろん、年齢は近いほうが望ましい。しかしながら、実力のある家に嫁ぐのは、女性の家にとっての幸せなのだ。
貴族などは、その最たる例である。男爵の令嬢が伯爵夫人になれば、それは子爵家以上の力を持つ。
舞踏会があるたびに、娘の売り込みは忘れない。それが、老人であろうともだ。基本的には子息を狙としても、当主本人が欲しいと望むなら、それで構わないのだ。
「へ、へえ」
「しかし、本当に強いのか?」
「これ、ソネン」
「実力を見たいものですな」
「面倒だなあ」
「では、ドライアドを呼ぶとよいぞ」
「え?」
「ドライアドですと?」
「ふーん。じゃあ、ドライアド。来て」
フォルトは口に出しているが、ニャンシーやルーチェと同様に、魔力の糸を使って呼んでいる。本来は言葉にしなくても呼べるが、これは癖である。
そして、呼ばれたドライアドは、目の前で頭を下げた。
「旦那様、お呼びですか?」
「おっ! おお……」
「あなた!」
「痛っ!」
ドライアドの格好を見たソネンが、鼻の下を伸ばしていた。とても破廉恥な格好なので仕方がない。
そのいやらしい男の後頭部を、フィオレが
それを横目に、グリムがすまし顔で口を開いた。
「ドライアドを使役するなど、レベルは察せられるの」
「た、確かに。痛たたっ……」
「これなら、ソフィアを嫁に出しても問題はありませんわ」
「い、いや。嫁は……」
「まあ。私のソフィアを侮辱するのですか?」
「いやいやいや」
フィオレも、ソネンに負けず劣らず子煩悩のようだ。
グリムも孫が好きなようなので、フォルトは
そして、ソフィアの件をどうするか考える。この
困ったものだと思いながら、青紫蘇茶をすするのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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