第79話 聖女剥奪2
エウィ王国宮廷魔術師グリムの屋敷。
本日はソフィアを含め、家族全員が集まって、食事をしていた。お互い忙しい身だが、月に一度は、こういった場を設けていた。
「ソフィア、変わりありませんか?」
「はい。母様」
「聖女として、異世界人の相手は大変だと思うが……」
「父様も心配してくれて、ありがとうございます」
「ほっほっ。ワシの名代もできるのじゃ。子供扱いはいかんぞ」
「父上、ソフィアに重責が過ぎますぞ」
「ソネン、お主も分かっておろう?」
「そうですが……」
「まあ、フィオレもな」
「はい。義父様」
ソネンとフィオレは、ソフィアの両親である。
二人とも、四十歳代に突入している。父親は年相応の面体であるが、母親は若く見える。若奥様と言われても、誰もが納得するはずだ。
そして、どちらもグリムの弟子であり、優秀な魔法使いである。近い将来、エウィ王国の宮廷魔術師になるだろう。
「「聖女」の称号があるばかりに……」
「仕方あるまい。それに、勇者の従者じゃったからの」
「ふん! アルフレッドめ。ソフィアを連れ出しおって!」
「父様、アルフレッド様は悪くないのですよ?」
勇者アルフレッドがソフィアを従者にしたとき、両親の二人は反対した。
まだ十歳の子供で、戦場に送り出すなど考えられるものではない。しかしながら、当時は魔王軍に劣勢を強いられていた。
彼女の頭脳は、子供ながら卓抜していたのは周知の事実だった。ならば、人間の最高戦力の共をさせ、魔王スカーレットを打ち倒す助力をさせる。
苦悩の末、その結論に至った経緯があった。
「可愛い盛りの時間を、勇者にくれてやったと思うとな」
「ふふっ。あなたも相変わらずよね」
「フィオレもそうじゃないか。当時は俺より取り乱してたぞ」
「それは……。可愛いソフィアの身を案じてですね」
「二人とも子煩悩過ぎるのう」
「父上こそ……」
「もう止めてください!」
ソフィアが、顔を真っ赤に染めて抗議する。
三人が三人とも、彼女を愛しているのだ。愛情を一身に受けて育てられたと分かっているが、さすがに面と向かって言われるのは恥ずかしい。
フォルトが聞いたら、
「ソフィアよ」
「はい。
「神殿より、神託があったと報告がきた」
「どのような?」
「言いづらいのう」
「え?」
グリムが話しづらそうにしている。とはいえソフィアは、聖女として、聖神イシュリルの神託を聞く必要がある。
勇者召喚の儀かもしれない。
「ソフィア、聖女の役目は終わりじゃ」
「え?」
「称号
「父上、それは本当の話ですか?」
「お主らに
「しかし御爺様、まだ「聖女」の称号はありますけど?」
ソフィアはカードを取り出して、称号の欄を見た。
そこには「聖女」と書かれており、剥奪されていないようだ。
「後日、消えるとの話じゃ。次の聖女を決めておるのじゃろうな」
「聖神イシュリルがですか?」
「おそらくな。神の思考は、人間には分からぬよ」
「決まってからではなく、いま剥奪ですか?」
「剥奪の通達だけじゃ。それ以上は分からぬ」
「なるほど」
「聖女の重責から解放される良い話では?」
この話に対して、ソネンは大歓迎だ。
聖女は異世界人の召喚の他に、その面倒を見ることも仕事。剥奪されるなら、それらはやらなくて良くなる。次の聖女に任せれば済む話だ。
そうなると、名代の仕事だけに専念できる。今までが忙し過ぎたのだ。空いた時間は、趣味や遊びに使えるだろう。
真面目なソフィアなら、魔法の勉強に充てるかもしれないが……。
「あなたは分かっていないですね」
「フィオレ?」
「理由が分からないのは、困った話ですわ」
「うん?」
「如何様にも考えられますわ。ソフィアが異教徒になったとか……」
「そんなことがあるものか!」
「もちろんですわ。ですが、でっち上げることは可能ですわね」
「うーん」
「そういった話が得意な貴族は、いらっしゃいますわね」
「デルヴィ伯爵か」
この機会に、グリムの地位を脅かしたい貴族など吐いて捨てるほどいる。デルヴィ伯爵は、その一人だった。
逆に味方となる貴族もいるだろうが、その数は少ないだろう。
「ワシは宮廷魔術師じゃからの。貴族と関係は薄いが……」
「ですが、陛下の側近中の側近ですわ」
「うむ。困ったものじゃ」
「ソフィアに危険は?」
「あるの。デルヴィ伯爵の
「ぐっ! あの野郎……」
「そう力むでない。あくまでも噂じゃ」
「私利私欲に走っているのは、周知の事実ですわね」
「そうじゃ」
デルヴィ伯爵の黒い噂は絶えない。しかしながら、証拠が無いので、王族からは何も言えないのだ。伯爵として地位も高く、おいそれと罰することは難しい。
彼の趣味とは、若い女性をいたぶること。もしもソフィアが神殿に異教徒認定されれば、審問に掛けられて処分される。
その場合は買い取って、道具として使うだろう。元聖女という肩書を持ち、若くて美しい女性だ。抱きたいと思っている男性は多い。
そういった者たちに犯させ、
「あの外道に、ソフィアをやるわけにはいかん!」
「異教徒認定というのは、最悪の例えじゃ」
「それでも、何かしてくるのでしょう?」
「そうじゃのう。軽い嫌がらせ程度なら良いのじゃがな」
グリムに対しての嫌み程度なら、
そして、利権の一部を奪われるのも構わない。貴族ではないので、金銭に執着していない。しかしながら、ソフィアを手駒にさせるわけにはいかない。
そこまでされれば、今の地位を捨ててでも牙を
そうなれば、内乱に発展する。
「これは、聖神イシュリルの試練ですか?」
「かもしれぬな。人間を試しておるのかのう」
「まずは名代を返上して、領地へ引き籠りましょう」
「そうじゃな。身の安全が第一じゃ」
即座に身の振り方を考えるソフィアに、グリムと両親は優しい目を向ける。
本当に頭の良い子だと……。
「本当に孫を、彼の者にやらねばならぬかのう」
「なんと仰いました?」
「いや。そのうえで様子見じゃと言ったまでじゃ」
「そうですね。父様と母様には苦労をかけますが……」
「構わぬよ。もともと、我らだけでもやれるのだ」
「そうよ、ソフィア。私たちを甘く見ないことね」
「ふふっ。ありがとうございます」
大事な話も終わって、ソフィアは一家団らんで食事を続ける。
この場面のときは、フォルトの気持ちが分かってしまう。他人を遠ざけて、誰にも邪魔されたくないという気持ちが……。
◇◇◇◇◇
「ふんふんふーん」
屋敷の中の談話室で、カーミラが楽しそうに鼻歌を歌っていた。フォルトなど談話室を使ったことがない。
いつも食堂で談話をしているからだ。
「どうした?」
「御主人様、どうですかあ?」
「うん?」
カーミラの対面には、アーシャが座っていた。彼女は両手の指を見せて、ニコニコと笑みを浮べている。
その指を見ると、見事なネイルアートが描かれていた。その辺に生えている草や花を使ったようだが、鮮やかな色合いで、さまざまな模様が描かれている。
「おお! 凄いな!」
「えへへ。頑張っちゃいましたあ!」
「マジ、ヤバいんだけど。超、可愛いっしょ」
「アーシャも
「もっちろん! ファッションで遊べるなんて、久々だわ」
こちらの世界で、ファッションを期待してはいけない。
そういったものを気にするのは、貴族の夫人や令嬢など身分の高い人物だ。アーシャも召喚された頃は、手持ちに化粧品すら無かった。
彼女の場合は、すっぴんでも可愛いのが幸いか。
「ヘアスタイルぐらいだったしな」
「こうなると、ウィッグとか欲しいわ」
「じゃあ、適当な人間から引っこ抜いて……」
「やめて」
「ははっ。冗談だ」
「でもさ。実際の材料って、人毛と人工毛なんだよね」
さすがはギャルというべきか、こういった雑学はよく知っている。
人毛とは、人間の髪の毛だ。海外では、髪の売買がされている。値段は高くなるので、主に医療用で使われることが多い。
アーシャのようなギャルが使うのは、化学繊維で作られた人工毛だ。形状記憶があり、スタイルが崩れにくく、価格もお手頃だそうだ。
あくまでも、日本での話である。
「よく知ってるな」
「ふふーん」
「でも、化学繊維なんて無いからな」
「そうなのよねえ。フォルトさんの力で!」
「なんともなりません」
「ちぇ」
こちらの世界で、化学繊維などを作ることは不可能。しかしながら、人毛のほうなら取れる。
フォルトは頭の中のメモ帳に、「人間を殺す場合は髪に注意」と書き込んだ。
「旦那様、南から森に侵入者です」
「え?」
頭の中のメモ帳に書き終わったところで、ドライアドが現れる。フォルトは、その破廉恥な格好に目を奪われてしまった。
そして、せっかく記憶したメモをクシャクシャにして捨ててしまった。
「グリムの爺さんかソフィアさん?」
「いえ。まったく見覚えのない人間です」
「じゃあ迷わせて、森から放り出しといて」
「畏まりました。ですが、これで五回目です」
「そうだったな。なんだろ?」
シュンたちが帰ってからというもの、数日おきに、見知らぬ人間が双竜山の森へ侵入していた。
関係性は分からないが、グリムとの約束通り、森から追い出している。
「御主人様、カーミラちゃんが聞いてきましょうか?」
「ああ、『
「はい!」
「グリムの爺さんやソフィアさんに聞くと、二度手間になるか」
「そうでーす!」
「なら背後関係から、その他諸々を聞いといて」
「はあい!」
(カーミラなら、うまく聞き出すだろう。確かグリムの爺さんは、俺のことは知られているとか言ってたような……。まさか面倒事なのか?)
早速カーミラは出かけていった。
ドライアドも消えたので、侵入者から情報を聞き出したら、そのまま追い出してくれるだろう。
「フォルトさん、どうすんの?」
「カーミラの情報次第だな。グリム家が裏切ったとは思えないし」
「ソフィアさんは信用できるっしょ」
「そうだな。エッッッッグいパンツも履いてたし」
「あれ、渡したんだ……」
「帰りに、セットのブラもな」
アーシャがデザインしたので、どんなものかを知っている。日本にいた頃の友達が着ていた下着を思い出して描いたそうだ。
すばらしい交友関係である。
「アーシャって、音楽は得意?」
「作詞とか作曲って話?」
「うん」
「無理っ! 知ってる音楽を鼻歌で奏でる程度だよ」
「そっか」
「なんで?」
「ルーチェに面白いものを作らせてるんだ」
「なになに?」
「内緒」
なぜ、魔法使いが不老不死を願うのか。
それは、魔法の研究を続けたいという欲求だ。例に漏れず、ルーチェも研究が大好きである。
彼女の研究は魔道具なので、今は依頼した品を作っているだろう。
「よし! その自慢の爪を、みんなに見せに行くか」
「うん!」
アーシャは深く聞いてこない。
満面の笑みを浮べて、フォルトの腕に絡みついてきた。体を擦りつけるあたりは、カーミラと同じである。女性の心地良い柔らかさと甘い香りに撃沈しそうだ。
そして、みんながいるであろうテラスへ向かうのであった。
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