第77話 勇者候補と魔剣士3

 ギッシュの限界突破が終わった頃。

 フォルトは実験をやるために、屋敷の庭に出ていた。レイナス以外は基本的に暇なので、それを面白そうに見ている。

 そして、召喚魔法を使った。



【サモン・クレイゴーレム/召喚・土巨像】



 フォルトは土巨像を二体召喚して、遠くへ並べる。

 全長は三メートル近くある。ゴーレムは、素材で強度が変わる。今回のクレイゴーレムは土で作られているため、大した耐久力は無い。

 それでも、実験で使うなら十分である。


「ルリ」

「なあに?」

「いつもの爆発する魔法を、片方に撃ち込んで」

「いいわよお」


 フォルトから何の実験か聞いていないルリシオンだが、フォルトに言われたとおり、魔法を発動する。

 初級の火属性魔法の火弾を、着弾と同時に爆発させる中級の魔法だ。



【ポップ・ファイア・ボルト/弾ける火弾】



 ルリシオンが放った火弾は、片方の土巨像に当たって爆発した。

 周囲には轟音ごうおんと共に、土煙が舞い上がった。


「これでいいのお?」

「どうなった?」

「腕を吹っ飛ばしたけどお」


 土巨像に立ち込めた煙が無くなって、フォルトも確認できるようになった。

 ルリシオンの言ったとおり、腕が砕けて、破片が地面へ散乱していた。お手軽ゴーレムなので、こんなものだろう。


「アーシャ、アーシャ」

「なに?」

「踊って」

「踊るの?」

「ほら、スキルの『奉納の舞ほうのうのまい』ってやつ」

「なるぅ。ルリ様に使えばいいの?」

「そそ」

「じゃあ、いくねえ」


 アーシャもフォルトから言われたとおり、華麗に踊りだした。

 どこかで見たことがあるような踊りだ。しかしながら、音楽など無いので、とてもシュールである。


「あら……。これは?」

「アーシャのスキルだ。同じゴーレムに、さっきのお願い」

「いいわよお」



【ポップ・ファイアボルト/弾ける火弾】



 ルリシオンはフォルトに言われるがまま、同じ魔法を発動する。すると、飛び出した火弾が大きくなっていた。

 そして、着弾と同時に爆発する。先程と違うのは、轟音の大きさと周囲に舞った土煙の範囲である。

 土巨象が視認できないほど舞い上がっていた。とはいえ、徐々に見えるようになると、上半身が無くなっているのを確認した。


「あら、凄いわねえ」

「威力はどうだ?」

「五割ほどアップじゃないかしらあ」


 アーシャのスキル『奉納の舞ほうのうのまい』は、味方の魔力を上げる。

 この実験で、ルリシオンの魔法威力を五割程度上げたのが分かった。


「ふーん。最初に覚えたスキルだし、そんなもんか」

「ちょっと! まだ踊るの?」

「うん」

「さっきから、目線が足に集中してるんですけど!」

「気にしないで。次は踊りながら、魔法でルリの魔力を上げてね」

「はいはい」



【マジック・ブースト/魔力増加】



(さて。ゲームでは、上昇効果の高い魔法を適用するものが多かった。こっちの世界では、どうなるのかな? それにしても、アーシャの生足はいいな!)


 フォルトは、こちらの世界で使われる強化魔法の仕様を調べていた。

 今度はルリシオンに、二体目の土巨像へ撃たせた。すると、火弾が着弾と同時に爆発して、土巨像の上半身だけが吹っ飛んでいる。

 これで、同じ効果の魔法は重複しないと分かった。


「アーシャ、もういいぞ」

「はあい。威力は変わらなかったね」

「ロマンは追い求められなかったか」

「なにそれ?」

「重ね掛けして、威力が十倍とかになったら面白くない?」

「怖いわっ!」


 強化魔法が重複しないなら、アーシャの戦い方が変わる。

 今の彼女なら、サポートとして踊って、攻撃魔法を撃つのが主軸になる。さすがに踊りながら、近接戦闘は無理だろう。


「聞いてくれれば教えてあげたわよお?」

「あっはっはっ! 爆発するものが見たかっただけだ」

「でもアーシャのようなスキルで、魔力を上げたのは初めてねえ」

「いい経験になったな」

「そういうことにしておくわあ」


 周囲に集まっている身内もあきれている。

 ルリシオンに聞かなくても、いつも傍にいるカーミラに聞けば済む。それに、アカシックレコードを使えば、その程度のことは分かる。


(まあ、これも遊びだ。最初から知っていたら面白くないしな。アカシックレコードは、どうしようもないときだけ引き出せばいい)


 フォルトは、こういったものについて、調査や実験するのが好きなほうだ。

 日本だと、ゲームの仕様になる。しかしながら、こちらの世界では、本当に魔法が使える。やはり、年甲斐としがいもなくワクワクするものだ。

 それでも怠惰なので、たまにしかやらないが……。


「しかし、収穫はあったぞ」

「え?」

「アーシャが、とってもシュールって事だ」

「ちょっと! 考えないようにしてたんだから言わないでよ!」


 本人も気にしていたらしい。

 これは、バックミュージックが欲しいところだ。普通に考えれば、戦闘中に音楽など、近くの魔物を呼び寄せるだけだろう。

 それでもフォルトは、あまり気にしていないのであった。



◇◇◇◇◇



 限界突破作業中の勇者候補チーム一行は、シュンのワイバーン討伐も終わって、帰路につくところだった。

 ギッシュの戦い方が派手すぎて、シュンの戦闘は地味であった。とはいえ、これが本来の戦い方というものだ。


「ふう。疲れたぜ」

「終始安定してたね!」


 シュンが戻ってくるのを、アルディスが迎える。彼の戦い方は、ワイバーンと交差しながら戦う戦術だった。

 空から襲ってくる魔獣を、すれ違いざまに斬っていた。それを、繰り返しただけである。翼を狙って斬りつけ、地面に降りたところを一気にたたく。

 この魔獣は地面に落としてしまえば、大した敵ではないのだ。しかしながら、時間がかかる。

 逃げる可能性もあったが、なんとか倒していた。


「(見るべきものはなかったわ。使ってたスキルも普通だったわね)」

「(普通ね普通。ザ・普通)」


 レイナスと聖剣ロゼの感想は、そんなものであった。

 ギッシュの戦い方が、反面教師になっただけだ。


「では帰りましょうか」

「ああ」


 ソフィアの宣言で、一行は山を下る。

 シュンとギッシュが倒したワイバーンの素材は、牙や爪、うろこに価値がある。しかしながら、今は持って帰れない。

 これらを持ち帰るには、魔獣を解体する作業班が必要だった。連れてきているが、森の外に待機させているので、帰るときに指示すれば良い。


「レイナス様、あと一泊だけします」

「ええ」


 今から山を下りれば、夜までには、フォルトの屋敷へ着くだろう。そうすれば、愛しの主人に会える。本来なら走って戻りたいが、勇者候補チームが遅い。

 置いていくのは非礼というものだ。廃嫡されたとはいえ、伯爵令嬢だった女性である。礼儀を忘れてはならない。


「か、帰りに、魔物とか出ないですか?」

「来るときは平気だったぜ」

「大丈夫ですわ。魔物がいないルートですのよ」


 エレーヌが、周囲をキョロキョロしながら聞いてくる。とはいえ、レイナスは、魔物がいる登山ルートは避けている。

 それに大蜘蛛ぐもや大蛇などの魔物は、亜人種たちの食料である。すでに狩られているので、ルート上には存在しない。

 そういった説明をしていると、シュンが声をかけてきた。


「なあレイナス。風呂とかは借りられねえか?」

「あ、それ。ボクも思った!」

「おっさんの家にはあるよね? レイナス先輩、借りられないかな?」


 ノックスから先輩と言われて、レイナスはキョトンとした。

 確かに魔法学園では先輩だが、彼のほうが年上である。アーシャに言われるのは慣れたが、さすがに戸惑ってしまう。


「えっと……。先輩はやめてもらえるかしら?」

「え? いいけど」

「学園を思い出してしまいますわ」

「そう言えば、学園に戻って卒業しないんですか?」

「ええ。今は退学になってるはずだわ」


 レイナスは、いまさら魔法学園に戻る気はない。

 魔法の先生には、ニャンシーがいる。それにローイン家からは廃嫡されたので、学費が納められていないだろう。


「それで、風呂は?」

「あ、ごめんなさい。戻ったら、フォルト様に聞いてみますわ」

「助かるぜ」


(と言われましてもね。お風呂は、私たちの愛の巣だわ。寝室となんら変わらないのだけど……。きゃ!)


 身内は全員、フォルトと一緒に風呂へ入っている。

 寝室へ戻る前に始めるときもあるので、それを思い出したレイナスは、ほほを赤らめてしまった。


「どうした? また、顔が赤いぜ」

「い、いえ。なんでもありませんわ」

「も、もしかしてですが。おじさんと一緒に入ってますか?」

「もちろんですわ」

「「ええっ!」」

「え?」


 シュンは苦々しい表情をしたが、女性陣の二人とノックスは驚いている。ギッシュは興味がないようだ。ソフィアは、頬を赤らめている。

 フォルトの周囲では当たり前になっている行為だった。しかしながら、年頃の淑女には、あるまじき行為である。

 平民はもちろん、貴族であっても、男女が混浴などあり得ない。一部の下衆な貴族を除いてだが……。


「どんな生活をしてるのよ!」

「は、犯罪だわ。犯罪……」

「でも、こっちの世界に警察はいないし」

「お、王国が取り締まってるんじゃ?」

「聖女様! 捕まえないんですか?」

「あ……。フォルト様は、御爺様おじいさま庇護下ひごかに入ってます」


 勇者候補チームから見たフォルトは、どう考えても犯罪者だった。周囲の女性は、年齢が若い。レイナスとアーシャに至っては十八歳である。

 面体だけで判断すれば、魔族の姉妹もアウトだろう。実際の年齢は違うが、マリアンデールは中学生ぐらいに見えるし、ルリシオンも高校生に見える。


「いいじゃねえか。おっさんはおっさん。俺らは俺らだ」

「そっ、そうよね。シュンの言ったとおりだわ」

「ちっ。なにシャバいこと言ってんだ!」

「ギッシュ君には、ちょっと早かったかな?」

「空手家、殺すぞ!」

「そこまでにしとけ!」


 どうにも喧嘩けんかっ早いのが、ギッシュの欠点のようだ。

 これもまた、勇者候補チームの特徴だろう。シュンがリーダーとして、うまくまとめているようだ。

 レイナスは、フォルトからチームを作るかもと言われていたので、それとなく分析していた。しかしながら、収穫らしい収穫は無かった。

 そんなことを考えていると、彼が話題を変えた。


「おっさんのことよりも、レイナスの剣は凄いな」

「え?」

「来るときから気になってたが、素材はミスリルだろ?」

「そうですわね」

「切れ味が良さそうだな。俺もそういう剣が欲しいぜ」


(聖剣だとは言えないわ。ソフィア様も黙ってるわね)


 聖剣は魔剣と同様に、こちらの世界では、最上級の武器である。そんな剣を持っているのが知られると、痛い腹を探られてしまう。

 使っていれば知られるだろうが、双竜山の森に引き籠っているのだ。早々に知られることはない。

 そして、わざわざレイナスから伝える必要はない。


「シュンは勇者候補だし、王国から支給されてもよさそうだね?」

「ホストだけじゃねえぞ!」

「あ……。僕以外は全員か」


 勇者候補チームの中で、ノックスだけは従者枠である。とはいえ、従者枠であっても仲間という位置づけだ。しかも、エレーヌが脱落しそうだった。

 そうなれば、彼と同じ従者枠となる。


「とにかく、フォルト様に聞いてみますわ」


 いろいろと脱線したが、彼らの希望は、食事と風呂だ。

 食事に関しては、焼き肉騒動の主犯対策に、勇者候補チームへ肉を与えるようにと言われている。後は風呂だが、これに関しては分からない。

 フォルトの性格からして、提供ぐらいはするかもしれない。しかしながら、レイナスにとっては、後回しの案件だった。帰ったら、一緒に入るのだから。

 そんな破廉恥なことを考えながら、一行を連れて、下山を急ぐのだった。



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