第76話 勇者候補と魔剣士2
双竜山を登っている勇者候補チーム一行は、ソフィアと他の一人を加えた計七名で進んでいた。
その一人とは、聖剣ロゼを携えたレイナスである。彼らより先に限界突破を果たして、双竜山にも詳しい。有り体に言えば道案内である。
案内程度ならバグベアでも良かったが、さすがに一行が嫌がった。
「よお、姉ちゃん。まだかよ」
「はぁ……」
そして、案内に立っているレイナスが、ギッシュに話しかけられた。
この男性は、焼き肉騒動の主犯だった。いくら廃嫡されたとはいえ、元伯爵家令嬢に対して、礼儀がなっていない。
彼女が眉をひそめると、シュンが間に入ってきた。
「ギッシュ……。姉ちゃんじゃねえ。レイナスちゃんだ」
「ああん? どっちでもいいだろうが」
「ちゃん付けで呼ばれる筋合いはないと、言ったと思いますが?」
「そっ、そうだったな。じゃあ、レイナス」
レイナスが、さらに眉をひそめた。
シュンに呼び捨てにされる
(まったく、
「どうした? 顔が赤いぞ」
フォルトに抱き締められた先の妄想に入ろうとしたレイナスは、シュンに邪魔されてしまう。
まったくもって、不快な男性である。
「なんでもありませんわ」
「そう言えば、どうやってワイバーンを倒したんだ?」
「魔法で
「へえ、魔法も使えるのか。凄いな!」
「これでも私は、魔法学園に在籍していましたわ」
「ああ、ノックスも言ってたな。学園の生徒会長だったとか?」
「懐かしいですわね」
「なあ、おっさんの何がいいんだ?」
「え?」
改めて聞かれても困ってしまう。
レイナスにとってフォルトは、すべてが良いのだ。聖剣ロゼを発見した場所で、完全に悟っている。永遠の主人ということを……。
そして、シュン対し、可哀想な子を見る目をした。貴族の視点から見ればよく分かる。あわよくば彼女を奪って、自分のモノにしたいのだ。
あとは道具のように犯して、愉悦に浸りたいだけである。そんな目で見る貴族の子息は数えきれないほどいた。
事実、舞踏会のたびに、そんな目で見られていた。
(フォルト様のほうが、欲望に忠実だわ。私を抱きたくなったら、なんの遠慮もなしに襲ってくるわね。女として幸せだわ)
フォルトはあれこれと余計なことを考えず、強引に
シュンや貴族の子息の欲望とは、質と量が違う。それを可能にする力と、深い愛情がある。それに絡めとられて、もう離れることなど考えられない。
そんなことを考え始めたところで、またもや妄想に入りそうになった。しかしながら、彼らの案内は、愛しい主人に頼まれたものだ。
褒めてもらうためには、最後まで遂行しなければならない。
「すべてですわ。そうは思われませんか? ねえ」
レイナスは同意を求めるように、一緒に来ている女性陣を見た。ソフィア、アルディス、エレーヌである。
その内の二人は、難しい顔をした。
「おじさんは、ちょっと……」
「さすがに……。ね」
「………………」
「だよな!」
「うん、うん」
すかさずシュンが
どこかの合コンのような光景だが、彼らは何も分かっていない。
「(えー。私が人間なら、あの魔人にすべてをあげちゃうなあ)」
「(ロゼは分かってるわね)」
聖剣ロゼが語りかけてきたので、レイナスは思考だけで答えた。使用者と思念の伝達ができるのが、聖剣の特徴である。
やはり、考え方が違う。それが変わるのは、まだ先かもしれない。彼らは変化を促す経験をしていない。
アーシャのような経験を……。
「ふふっ。いずれ、フォルト様の良さが分かりますわ」
「そっ、そうか? 趣味は人それぞれって言うけどな」
「趣味ではありませんわ」
これは、生物としての本能である。
人間は知恵があり、多様性に富んでいる。しかしながら紛う事なき生物なのだ。少子化問題や女性活躍などで、ぬるい議論をしてる世界ではない。
単純に種族繁栄を考えている亜人種のほうが優れている。
(ですが、フォルト様の子を産めないのは残念ですわ)
魔人と人間の間では、生殖行為は可能だが、交配にならない。それは、魔族も同じだった。魔人は個で完結した種族である。
魔人同士でも駄目なのだ。しかしながらレイナスは、それでも良いと考えている。英雄級までレベルを上げれば、体に取り込んでいる堕落の種が芽吹く。
そうなれば、悪魔になるのだから……。
「ところでレイナスさんだっけ?」
「何かしら?」
今度はショートカットの女性が話しかけてきた。
アルディスと呼ばれていた空手家だ。空手のことは、フォルトに聞いた。武器を使わずに、拳と足で戦う戦士だ。
「あの小さな魔族にさ。組み手をお願いしたいなあと思ってね」
「小さいと口にしないことね。死ぬわよ?」
「そっ、そうなんだ……」
「それで、組み手とは?」
アルディスが言うには、どうやら模擬戦のようなものらしい。マリアンデールに、いきなり吹っ飛ばされたのが原因だろう。
しかし……。
「彼女は魔法使いよ?」
「いえ。レイナス様、それは違います」
「え?」
レイナスは、マリアンデールが魔法使いだと思っていた。しかしながら、ソフィアに間違いだと訂正された。
〈狂乱の女王〉は魔法を主軸としているが、その戦い方は別物である。勇魔戦争時には、千人規模の軍隊を、素手で
それに対して、アルディスは
「へ、へえ」
「私は魔王城へ向かっていたので、見ていませんが……」
「よく分からないけど、格闘家ってことよね?」
「そういった話になるのかしら?」
「だからさ。ボクも戦ってみたいわけ!」
「止めといたほうがいいわよ」
「なんで!」
マリアンデールの性格を、レイナスは良く知っている。
アルディスが考えている組み手などやるわけがない。人間が相手なら死なない程度にいたぶるはずだ。
「忠告はしましたわ」
「げっ! マジですか?」
「フォルト様の手前、抑えてるだけですわ」
「魔族は人間の敵です。普通に出会えば殺されますよ」
「や、止めとくわ……」
レイナスとソフィアは、こちらの世界の住人である。
その二人の話を聞いて、アルディスは諦めたようだ。賢明な判断である。魔族の国を滅ぼせたのは、すべての国が一致団結したからだ。
魔族個人の力量は、残念ながら人間より高い。非戦闘員であるシェラにも、彼女は勝てない可能性が高い。人間が魔族に勝つには、数で圧倒するしかないのだ。
それを聞いても、まるで臆さない男性が一人いた。
「おう。やつを
「あ、ははっ……。ギッシュに譲るよ」
「けっ! 魔族がなんだってんだ」
「それは……。まず、ワイバーンを倒してからですわね」
「あん?」
「ほら、着きましたわよ」
ギッシュやアルディスが忠告を無視して、マリアンデールに挑むのは構わない。レイナスにとっては、どうでも良い話った。
そして、彼女がワイバーンと戦った場所へ到着した。あのときに落ちた穴は、すでに無くなっている。
フォルトが危ないからと言って、魔法で塞いでしまったのだ。
「ところで、誰がやるのかしら?」
「俺とギッシュだ」
レイナスの言葉で、シュンとギッシュが進み出る。
フォルトからは、「彼らの戦い方を見ておいで」と言われた。彼女と違って専門職なので、良い勉強になるだろうとも。
とてもそうは思えないが、愛しの主人からの言葉である。世には、反面教師という言葉もあった。
彼らの失敗をしないだけでも、戦闘を見る価値はあるかもしれない。
「じゃあ、俺から行くぜえ」
「死ぬなよ」
「誰にモノを言ってんだ!」
最初は大柄なツッパリ、ギッシュからのようだ。
彼には仲間から、支援の魔法が使われた。ストレングスやシールドといった補助系の魔法である。
レイナスは「それで良いのかしら?」と思うが、戦闘前は構わないらしい。開始されれば手伝えないが、それまでは強化するのが常識だそうだ。
彼女はそれを、小首を傾げながら見ているのだった。
◇◇◇◇◇
「おらあ! かかってこいやあ!」
ギッシュが中指を立てて、遠くで飛んでいるワイバーンを挑発する。
これはスキルではなく、ただの大声だ。そのため、相手は何も感じない。しかしながら、レイナスを発見したときのように、一体が気付いたようだ。
大柄な人間で、旨そうに見えたのだろう。
「ギッシュさん、頑張って!」
「強化魔法の時間切れに気を付けて!」
「ギッシュ! 正面から受けるな!」
離れた場所から、勇者候補チームの声援が飛ぶ。
シュンはチームのリーダーらしく、ギッシュへ指示を飛ばす。とはいえ、彼は後ろを向いて、それを拒絶した。
「テメエの指図は受けねえよ!」
「ギャアアッ!」
獲物が後ろを向いてチャンスと見たのか、ワイバーンが一気に迫ってくる。あの魔獣は、人間から見れば大きい。両足で肩を
レイナスのときも同様だった。相手を掴んで空へ持っていき、地面へ落とすのだ。もちろん彼女は避けたが、それで大半の獲物は、大ダメージを受ける。高さによっては、そのまま死ぬこともある。
ギッシュも、その行動パターンを聞いたはずだ。
「どっからでも掛かってこいやあ!」
「え?」
ギッシュは何を思ったかのか。
グレートソードを肩に担いで、その場に座った。その名も「ヤンキー座り」。またの名を「うんこ座り」と言う。
彼は下から見上げるように、ワイバーンを
だが、相手は空を飛ぶ魔獣である。
「ギャアアッ!」
「突っ込んでくるよ!」
「何やってんだ! さっさと立て!」
ワイバーンが急速に近づいて、両足でギッシュの肩を掴もうとした。
このままだと、魔獣の思う
そして、なんと背中に飛び乗ってしまった。魔獣からすれば、目の前の獲物が、突然消えたように見えただろう。
そのまま滑空して、空へ舞い上がっていった。
「シバき倒してやるぜ! オラオラオラ!」
ギッシュは、グレートソードを無茶苦茶に振り回している。狙いは翼だと思われるが、首でも尻尾でも、お構いなしに殴りつけていた。
それを見たソフィアが警告を発した。
「あの高さから落ちたら死んでしまいます!」
「ギッシュ! 死ぬ気か!」
「見てられないわ!」
「………………」
ワイバーンは、かなりの上空まで飛んでいる。日本にある高層ビルや東京タワーより高いかもしれない。
それでもギッシュは止まらない。
「ギャアアッ!」
「オラオラ! 落ちんかい!」
「ギャア!」
反転でもされて地面へ落とされれば、ギッシュは死ぬだろう。
だが、運が良いのかもしれない。振り回しているグレートソードが、ワイバーンの後頭部へ直撃したようだ。
それで気絶したわけではないが、頭がクラクラになったのだろう。ゆっくりと地面に降りてきた。その状態でも、彼は武器を振り回している。
そして、落ちても危険の無い高さまできたところで、背中から飛び降りた。魔獣もゆっくりと地面に足を着いて、首を左右へ振っている。
「ワンパンで沈めてやんぜえ!」
ここでもギッシュは、誰が考えてもあり得ない行動をとる。
グレートソードではなく、拳でワイバーンの顔面を殴りつけたのだ。その威力は強烈で、魔獣の首が横へ振れる。
そして、そのまま倒れてしまった。彼はそれを
「トドメじゃあ!」
「ギャ!」
これで完全に、ワイバーンの息の根は止まった。ギッシュの勝利である。
それにしても、なんという危険な戦い方をするのか。その戦いを見ていたレイナスは呆気に取られた。
「(なにあいつ。馬鹿なの?)」
「(私もそう思うわ)」
レイナスは聖剣ロゼの言葉に同意する。
結果はギッシュの勝利だが、どう考えても死んでいただろう。運が良かったとしか思えない。
彼はグレートソードを肩に担ぎ、腰に片手を置いて振り向いた。その行動を見た彼女は、思わずハッとした。
まさに、フォルトから教えてもらったポーズである。
(なるほど、こういう場面で使うのね。ロゼ――――)
フォルトは、これを見ておけと言ったのだろう。
ならば、聖剣ロゼとも共有しなければならない。レイナスは、成長型知能へ組み込むように伝える。
そして、今後は自動で使うようにしたのだった。
――――――――――
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