第75話 勇者候補と魔剣士1

 レイナスがしょんぼりとしている。

 彼女には、勇者候補チームの対応を頼んでおいた。しかしながらそれは、普通に来訪した相手に対しての話だ。

 今回は勝手に上がり込んで、しかも食事の最中に飛び込んできた。

 こちらが迎え入れたわけではなく、彼女のせいではない。


「いきなり侵入してくるとは思わなかったわ」

「レイナスは何も悪くないさ」

「ですが、フォルト様の頼みでしたのに……」

「そう思ってくれたことの褒美だ。あーん」

「あーん! もぐもぐ。食べさせていただくのも良いですわね!」


 食堂の入口は大変そうだが、こちらは自分たちの世界にいた。

 フォルトはレイナスの口に焼肉を入れてから、ソフィアと向き合う。


「さてと。この騒ぎは何でしょう?」

「え? えっと……」


(間を空けすぎてしまったか? いや、レイナスを慰めるほうが先だ。屋敷に侵入した奴らなど後回しでいいのだ)


 そして、ソフィアから詳しい話を聞いた。

 どうやら焼肉の匂いに釣られて、大男が猛ダッシュしたそうだ。後は言うまでもなく屋敷に侵入して、この有様というわけだ。豪快を通り越してあきれてしまう。

 常識的に考えれば不法侵入である。


「食料は持参してるんですよね?」

「えぇ……。すみません!」

「確かに旨そうな匂いですからね」

「すみません!」


(うーん。隣の家から焼肉の匂いがしたからって、勝手に上がり込むか? こっちも悪いのか? だが、そこまで気を遣うのもなあ)


 昔からフォルトは、何かにつけて自分が悪いと思う傾向がある。とはいえ今回は、誰に聞いても大男のほうが悪い。

 他人の家に乗り込むツッパリは、漫画やアニメでしか見たことがないのだ。


「もういいですよ。じゃあ食べていってください」

「よろしいのですか?」

「正直に言えば嫌ですけどね。同郷のよしみってやつです」

「ありがとうございます」

「はぁ……」


 フォルトが溜息ためいきを吐くと、マリアンデールが戻ってきた。

 それにしても彼女の体力は奪ったはずだが、もう回復しているようだ。きっと、焼肉パワーというやつだろう。

 多分……。


「何をニヤけてるのかしら?」

「ルリ、マリにご褒美をあげて」

「はい、お姉ちゃん。あーん」

「あーん。もう! ルリちゃん、可愛い!」


 妹成分を補充しているマリアンデールを尻目に、フォルトは食堂の中にゾロゾロと入ってくる者たちを見る。

 シュンを先頭に、同郷のノックスと所見の女性が二人。ツッパリも起き上がってきたが、ソフィアに対しては神妙にしている。

 彼女には、頭が上がらないようだ。


「おっさんよぉ。荒っぽい歓迎だな」

「仕方が無いだろ? 無断で侵入したんだ」

「そうだけどよ。アルディスまで吹っ飛ばすことはねぇぜ」

「でも、マリが攻撃を受けたぞ」


 シュンの抗議などフォルトは聞く耳を持たない。

 逆に手加減してもらえて感謝しろと言いたい。まったくの赤の他人なら、全員が死んでいたはずだ。

 マリアンデールに軽くあしらわれているのだから……。


「おっさん、久しぶり」

「あぁノックスか。一年半ぐらい? 二年?」

「そんなもんかな」


 こちらの世界に召喚されてからの日数など数えていない。

 フォルトの生活リズムは最悪なのだ。時には丸二日も寝てる場合もあり、夜中に起き出すこともあった。

 そもそもが怠惰なので、何となくとしか覚えていない。


「それよりもさ。説明してほしいことがあるんだけど!」

「何をだ?」

「どうしてカーミラちゃんがいるの?」


 ソフィアが魔の森に来訪したときは、ノックスが同行していない。

 そして誰も伝えていなかったのか、フォルトとカーミラが一緒に暮らしていることを知らないようだ。

 どう伝えれば良いか迷ったが、疑問には彼女が答えた。


「御主人様の愛人さんでーす!」

「あ、愛人……」


 ノックスが床に崩れ落ちた。

 当時のカーミラからは、彼に一目惚ひとめぼれされたと聞いている。以降は会ってすらいなかったが、まだ恋慕していたのかとフォルトは思った。

 ともあれこれが決定打となり、淡い恋心は砕けただろう。


「そっそういうことだ」


 この言葉を最後に、フォルトはノックスに対して思うところはない。「人の女に手を出すな!」と言いたいところだが、面識があるだけで告白していないのだ。

 何にせよ最愛のカーミラは、絶対に手放さないと決めている。

 そんなことを考えていると、魔族の姉妹がいるほうから大声が聞こえた。ならばと視線を送ると、元凶はツッパリだ。

 ギッシュと呼ばれていた大男である。


「テメエ、表に出ろや! コラッ!」

「この人間は何を言っているのかしら?」

「駄目です! ギッシュ様!」

「いくら聖女さんの頼みでも聞けねぇなあ。外で続きをやるんだよ!」

「もしかして死にたいのかしら?」

「ああん? 上等だぜ。やってみろや!」


 白熱してるように見えて、マリアンデールは相手にしていない。手加減されて命拾いしたのが、ギッシュには分かっていないのだろうか。

 彼女の隣では、ルリシオンが笑っている。人間が虚勢を張っているように見えて楽しいのだろう。しかしながら、あれ以上になると怒り出すかもしれない。

 もう馬鹿らしい騒ぎは御免なので、フォルトはシュンに顔を向けた。


「おいシュン」

「どうしたよ?」

「マリはああ見えても魔族だ。喧嘩けんかを止めないと死ぬぞ」

「何だと! ギッシュ!」


(ルリから酷い目に遭わされて、魔族の強さを理解したようだなあ)


 シュンは血相を変えて、フォルトから離れていった。

 ルリシオンに対して手も足も出ず、生殺与奪を握られた。限界突破をするまでに成長したようだが、まだまだ足元にも及ばない。

 その姉であるマリアンデールの力は、先ほど見たばかりだ。


「ギッシュ! 止めろ!」

「ホストは引っ込んでろ!」

「そうはいかねぇ。こいつは魔族だ!」

「魔族だあ?」

「お前じゃ絶対に勝てねぇよ。諦めろ!」

「やってみねえと分からねぇぞ!」

「分かるんだよ!」


 さすがはツッパリだ。

 おそらくあれは、面目を気にしてる。子供みたいなマリアンデールに負けたのが許せないのだろう。とはいえそれを口にしたら、どうなるか分からない。

 子供扱いした瞬間に、彼女の逆鱗げきりんに触れる。


「人間の茶番劇なんて見たくないわ」

「ああん?」

「そうねぇ。やってあげてもいいわよ?」

「じゃあ表に出ろや!」

「でも貴方が、レベル五十以上に成長してからね」

「テメエ……」

「これから最初の限界突破をする奴じゃ、私の相手にならないわ」

「ふざけんな! 俺は無敵の看板を背負ってんだぞ!」


(やっぱりメンツか。でも、実力差があり過ぎるな。俺がレイナスを操作しても、マリには勝てない。ルリに勝てたのは手加減されたからだ)


 レイナスには悪いが姉妹に本気を出されれば、どう操作しても勝てない。

 レベル差で対処されると、トリッキーな軽い攻撃など効かないのだ。


「無敵とか笑わせないでくれる?」

「何だと!」

「私たちは、魔族の名家ローゼンクロイツの令嬢姉妹よ」

「それが何だってんだ!」

「力がすべての魔族で最上位の貴族家なの」

「だからどうしたって言ってんだ!」

「まだ分からない? 魔王がいない今、無敵は私たちって言ってんのよ!」

「ぐっ!」


 家名を出したマリアンデールが、ギッシュを威圧する。

 これには、さすがのツッパリも気圧されたか。勇者候補の面々では、その重圧に抗える者は誰もいないだろう。


「魔族の中で、だけどね」


 マリアンデールは小さくつぶやいて、フォルトをチラリと見た。

 伝えたいことは分かるが、あれ以上は口を滑らせないでもらいたい。


「ぐぬぬ」

「だから、レベル五十以上の勇者級になってからきなさい」

「だ、だが……」

「面目にこだわるなら、貴方の勝ちでいいわよ」

めんじゃねえ!」

「でも次に戦ったときは、貴方の時間を止めてあげるわ」


 マリアンデールの言った「時間を止める」とは、命の時間が終わらせること。

 彼女の目が鋭くなる。まるで、人間の血肉を欲するおおかみのようだ。「次」ということは、今から戦っても同様の結末が待っている。


「ちっ。分かったよ! 勝負は預けといてやんよ!」

「はいはい。早くしないと忘れちゃうわよ」

「くそっ!」


 冷静になって考えれば、ギッシュにも分かっているだろう。しかしながら、フォルトは意地悪だなと思った。

 マリアンデールは人間と交わした勝負の約束など、絶対に忘れる。


「ルリ、肉を出してやれ」

「いいわよお。レイナスちゃん、手伝ってえ」

「はいっ!」


 一件落着したところで、ルリシオンにビッグホーンの肉を提供させた。フォルトの屋敷の食堂は広く、勇者候補チームだけでテーブルを囲める。

 そして食事が始まると、シュンが疑問を呈してきた。


「おっさん、これは何の肉だ?」

「あぁ……。何だっけ?」

「グレイトキャメルでーす!」

「え?」


 肉の味が気に入ったのか、シュンが聞いてくる。

 フォルトはビッグホーンの肉と教えたくなかったが、カーミラは聞いたこともない魔物の名前を口にした。


「何それ?」

「(魔界にいる)大きなラクダでーす!」

「おっさんは知らずに食ってたのかよ?」

「あっはっはっ!」


 カーミラの冗談ともいえる話で、フォルトは吹き出してしまう。

 魔界は現時点で行くことはできないし、魔物の強さも全体的に高い。グレイトキャメルは、中型の魔獣として凶暴らしく、ビッグホーンの肉より希少である。

 シュンたちでは、手に入れたくても無理な話だ。

 ちなみにあちらの世界のラクダは、欧米や中東諸国で常食として食されている動物である。脂身や赤身は牛肉とソックリだ。味は……。お試しあれ。コブは脂なので、他の部位と一緒に食べると丁度良い。

 ともあれそれだけを聞きたかったようで、さっさと自分たちの席に戻った。すると今度は、ツッパリのギッシュが近寄ってくる。

 勘弁してもらいたい。


「オメエがホストの言ってたおっさんか?」

「あ、はい。そうです」

「レベル三で放り出されたんだろ? よく生きてたな」


(ツッパリが話しかけてきやがった。学生時代の俺は、こういう人種とは離れて過ごしていたんだよ。だって怖いし……)


 はっきり言って放っておいてほしい。

 中学・高校時代のフォルトは、あまり目立たない普通の学生だった。不良に目を付けられることもなく、完全に距離を取っていたのだ。


「悪かったな。俺は焼肉に目がねぇんだ」

「そっそうなんだ」

「知ってっか? 携帯食ってクソまずいんだぜ」

「いえ。知りません」

「肉が大量にあるようだからよお。これからも頼むわ!」


 下手に出ているフォルトは、弱い者イジメをされている感じがした。

 もしくは、パシリのように見られているのだろうか。ギッシュと席が近ければ、肩をたたいてきそうだ。

 この行動に対して、ソフィアが立ちあがった。


「ギッシュ様!」

「あ、はい」

「フォルト様は御爺様おじいさまの客人なのですよ!」

「すんません」

「それを――――」


 ソフィアの説教が始まった。

 こうして見ると、「エッッッッグいパンツ」を履いてるとは思えない。見たい衝動に駆られるが、ここは我慢だ。

 そして、彼女よりも控えめな「エッッグいパンツ」を履いているアーシャを思い出した。彼女はシュンと会いたくないので、先程のどさくさで逃げている。

 ニャンシーと人間嫌いのシェラを連れて、食堂から離れていた。


(もういいや。どうせ肉は大量にあるしな。こいつらには差し入れしてやるか。肉で餌付けしとけば、俺に寄ってこないだろう)


 色々と諦めたフォルトは、勇者候補チームの面々を視界から外す。若者にはついていけないと、おっさん臭いことまで考えてしまう。

 そして「グレイトキャメルはどんな味かなぁ」と思いながら、残りの焼肉を食べ始めるのだった。



――――――――――

Copyright©2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る