第74話 勇者候補チーム来訪3

 ソフィアの案内で森の中から現れた勇者候補チーム一行を、フォルトはカーミラと一緒に屋敷の屋根の上から眺める。

 気付かれているかもしれないが、そんなことはどうでも良い。


「来たな」

「来ましたねぇ」

「おおっ! 何かヤバいのがいるぞ!」

「どれですかぁ?」


 フォルトの目に留まったのは、まるでオーガのような大柄の男性だ。

 見事なまでのトサカリーゼントが特徴的だった。


(昭和時代のツッパリがいるな。ああいった輩は、目を合わせただけで因縁をつけてくるだろう。俺の学生時代では、不良と言えばあんな感じだった)


 昭和時代の後半は、ヤンキー漫画や暴走族漫画が流行っていた。まさに、その時代から現れたような男性だ。

 はっきり言って、フォルトの苦手なタイプである。


「何というか……。シュンが可哀想になるな」

「そうですかぁ?」

「ああいった人間は唯我独尊だ。人の話など聞かないだろう」

「御主人様と同じですよぉ」

「似ているが違う。まぁこっちに来ないことを祈ろう」

「はあい!」


 そして視線をツッパリの後ろに移すと、今度はノックスが見えた。こちらの世界に召喚されたとき以来だが、フォルトからすると特に思うところは無い。

 当時はアーシャと一緒に、シュンの従者になった男である。しかしながら、対応自体は普通だった。

 自身を城から放り出した首謀者ではない。


「御主人様、あの男がレイナスちゃんを探していましたぁ」

「やっぱりそうか。なら、カーミラのことを覚えていそうだな」

「そうですねぇ。カーミラちゃんにメロメロでしたよぉ」

「俺もメロメロだ」

「きゃー! ちゅ」


(カーミラにれない男は少ないだろうな。さすがはリリスだ。でも、渡すわけにはいかない。永遠に俺のものだ!)


 フォルトは勇者候補チーム一行を眺めながら、カーミラを抱き寄せる。

 膝枕も良いが、二人で寄り添って寝そべるのも好きだ。真夏のような暑さだが、熱を遮断する服に万歳である。


「後は……。女が二人か」

「全部で五人ですねぇ」

「あれぐらいはいないと、魔物の討伐も一苦労だろうな」

「でもでも、マリとルリには勝てないですよぉ」

「だろうな。レイナスだと難しい、か?」

「アーシャと二人ならどうですかねぇ」

「もう一人は必要だな。二人だとすぐに、アーシャが沈む」


 目を細めたフォルトは、勇者候補チームの戦力を分析する。彼らと戦闘するかは予測できないが、身内との差を調べておいて損は無い。

 こればかりは、ゲーム好きだから仕方無いのだ。


「フォルトさんはいる?」


 脳内戦闘シミュレーションをしていると、アーシャが屋根に上ってきた。

 怠惰なフォルトの寝室からは、直通で行ける場所が多い。屋根もその一つであり、他には食堂や風呂などに行ける。


「どうした?」

「またカーミラとイチャイチャしてっ!」

「えへへ。独占はしませんよぉ」

「知ってる。それよりも、シュンたちは来たの?」

「丁度森から出てきたところだ」

「げっ!」


 アーシャの目が点になる。

 本来なら元恋人のシュンか、同時に召喚されたノックスに視線が向かうだろう。しかしながらそれを忘れさせて、一点突破してくる人物がいた。


「俺の学生時代だと大量にいたツッパリだ」

「それは分かるけどね」

「やっぱり、インパクトがあるよなあ」

「うん。シュンも大変そうね。どうでもいいけどっ!」


(アーシャも俺と同じ感想を持ったか。こういった同意が得られるのは、同じ日本人だからだな。あのときに助けて正解だった)


 物事を一人で納得するよりも、二人で分かり合えたほうが良い。何となくだが、仲間がいたと思えるからだ。

 共感できる相手がいると、精神的に安心できる。


「あたしは屋敷から出ないわよ?」

「いいぞ。アーシャの日焼けした肌を見せたくない」

「あはっ! いい焼き具合っしょ。そそられる?」

「もちろんだ!」

「エロオヤジめ。それで、おっさんに戻ったままなの?」

「ソフィアさんもいるし……」

「根掘り葉掘りと聞かれるほうが面倒臭いもんね」

「さすがに分かってきたな」


 フォルトは秘密が多いので、余計な詮索をされることは控えていた。今回はソフィアに加えてシュンたちもいるので、若者の姿になるのは無理だ。

 身内には悪いが彼らが帰るまでは、おっさんの姿に戻っておく。


「一緒にいる女たちは……」

「どうした?」

「きっと食ったわ」

「シュンか?」

「そういう奴だからね。間違いないわ!」

「かもなあ」


 すでにアーシャは、シュンを毛嫌いしている。とはいえ恋人だったので、性格や女性の扱い方を熟知していた。恋人だったときも、彼女に隠れて女性兵士を抱いていたことも知っているのだ。

 そのあたりの事情から、チームの女性陣にも手を出していると思っていた。

 フォルトとしても、「さもありなん」といった感想だ。


「思い出しただけでもムカつくわ」

「そうだろうな。さて、ソフィアさんを出迎えるとするか」


 ソフィアが勇者候補チームの面々を止めて、屋敷に歩いてくるのが見える。

 その対応をするために、フォルトは梯子はしごを使って寝室に下りた。面倒だが、とある目的のために足取りは軽い。

 そして一階の玄関で彼女を出迎えると、顔が真っ赤に染まっていた。

 もちろん、理由は分かっている。


「えっと……。フォルト様?」

「その顔は履いていますね」

「っ!」


 ソフィアの顔が赤いのは、「エッッッッグいパンツ」を履いているからだ。

 本当に律義である。確かに条件としてあったが、ほとんど冗談のような内容だ。仮に履いていなくても、フォルトは怒るつもりなど毛頭無かった。

 そして、パンツを渡した張本人が目の前に立っている。だからなのか、足を閉じてモジモジしていた。

 この姿が見たかっただけである。


(まぁパンツは見られないだけどね)


 ソフィア自身は、シスターのような格好だ。

 残念ながら超ロングスカートなので、床に座ってもパンツは見られない。しかも身内ではないので、そんなあからさまな行動はできない。

 アーシャがやっている魔法の特訓対象にしたいが、今の関係を壊したくない。

 身内以外では、まともに話せる人間だった。嫌われるのは一向に構わないが、近づかれなくなっても困るのだ。

 脳内でアイドルコラージュするぐらいが関の山である。


「で、で、では、準備がありますので!」

「気が向いたら見せてね」

「っ!」


 少し苛め過ぎたのか、ソフィアは足早に屋敷を離れていった。

 フォルトは勇者候補チームの相手をしなくても良いので、さっさと寝室に戻る。以降は食事の時間まで、ぐっすりと惰眠を貪るのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトは一階の食堂で、夕飯ができるのを待っていた。

 まるで来客があったことを感じさせない雰囲気だが、勇者候補チームは森の近くに急造した小屋に宿泊させている。

 召喚したブラウニーには感謝しかない。


「明日か……」


 ソフィアから聞いた話だが、出発は明日に決まったそうだ。

 勇者候補チームの面々は、ワイバーン戦の打ち合わせをしている。限界突破対象とは一人で戦うのだが、何もせずに送り出せないだろう。仲間は戦闘前の支援や戦闘後の治療などを担当するはずだ。

 それを忘れていたフォルトは、レイナスに謝った。


「すまんな。俺は何も支援しなかった」

「フォルト様には戦術を教えてもらいましたわよ?」

「いやいや。まぁ余裕だと思っていたし……」

「はい。ワイバーンはそこまで強くありませんわ」

「レイナスにとっては、な。シュンたちがどうかは知らん」


 レイナスは氷属性魔法の氷塊から『魔法剣まほうけん』のコンボを決めて、限界突破対象のワイバーンを倒した。以降は崩れた穴に落ちて、一時は戻れない可能性もあった。しかしながら、その場所で聖剣ロゼを発見した。

 そんな過去を回想していると、料理を運んできたルリシオンが会話に参加した。


「あの男じゃ駄目じゃなあい?」

「そう言えば、シュンとアーシャを痛めつけてたよな」

「あはっ! アーシャを見捨てた最低男だわあ」

「ル、ルリ様……」

「フォルトの身内なのだから安心しなさあい。今度は私が味方よお」

「はっ、はい!」


 ルリシオンの言葉に、アーシャが感激した。

 フォルトの身内という事実と合わせて、これも安心材料の一つになっている。最初に出会ったときは完膚無きまでに敗北して、失意のドン底までたたき落とされた。しかしながら、今は味方なのだ。

 圧倒的だった魔族の力が、彼女に向くことはない。


「今日は焼き肉か。あれ? この鉄板はどうした?」

「帝国の人間が着てたよろいの一部ね」

「え?」

「双竜山に捨てられていたのよお」

「ふふっ。私が潰して鉄板にしたわ」

「あぁマリの重力系魔法か」

「どうせオーガの餌になった人間の装備よお」

「そうだな」


 焼き肉用の鉄板は、マリアンデールが用意したものだった。

 どうやら、双竜山に登ったソル帝国の人間がいたようだ。フォルトはビッグホーンの肉を分け与える条件で、亜人たちに警備させている。

 その成果だろう。

 またテーブル上の鉄板には、脚立が取り付けてあった。ブラウニーが調整したものだが、見てくれは良くない。何となく籠手だったと分かる代物だ。

 とりあえず鉄板の下に木材の余りを入れて、火属性魔法で点火すれば完成だ。


「ジャンジャン焼こう!」

「はあい!」


 肉を焼くことに、フォルトの怠惰は働かない。

 他人は知らないが、自身はそうである。好きなように焼いて、好きなときに食べるのが飽きない理由だろう。

 もちろん毎日だと飽きるので程ほどに、だ。


「――肉だと!」


 フォルトたちがジュウジュウと肉を焼いていると、微かに男性の声が聞こえた。とはいえ音がうるさいので、誰もが気のせいかと無視している。

 そして焼けた肉をガツガツ食べていると、食堂の入口に一人の男性が現れた。続けて後ろからも、男女の騒がしい声が耳に入ってくる。

 ちなみに食堂の入口に扉は無いので、すぐ通路に出られる仕様だった。だからなのか、男性は仁王立ちで中を見渡している。


「な、何だ?」



【グラビティ・プレス/重力圧】



 フォルトは何事かと、食堂の入口に視線を向ける。と同時にマリアンデールの魔法によって、男性の頭上に黒い球体が浮いた。

 彼女が得意とする重力系魔法の一つで、対象を圧し潰す効果を持つ。

 その効果により男性の体が崩れ落ちて、屈辱的な四つんいになった。床の下にも同じものを発生させたらしく、とても器用である。

 頭上だけなら、床が抜けていただろう。


「がっ! がああぁぁっ!」

「あれは……。ツッパリ?」


 食堂に現れたのは、勇者候補チームの来訪時に目に留まった大柄な男性だ。

 突然のことでフォルトは面を食らったが、いち早く対応してくれたマリアンデールが椅子から立ちあがる。

 そして、不敵な笑みを浮べながら近づいていった。


「ふふっ。屋敷に近づいちゃ駄目って言われなかったかしら?」

「ぐっ、ぐうぅぅっ!」

「何とか言いなさい!」

「ぐあっ!」


 マリアンデールの蹴りが男性の顎に命中して、後方に吹き飛ばした。魔族と人間では身体能力に差があったとしても、彼女の体型からは想像できない。

 それでも、手加減したようだった。もしも全力なら、廊下の壁をぶち抜いていただろう。屋敷を壊すのは勘弁してもらいたい。

 壊れた箇所を直すのはブラウニーだが……。


「弱いわね。ゾクゾクしちゃうわ」

「テ、テメエ……」

「ふうん。言葉は知っているようね。でも、足にきてるのかしら?」

「くっ!」


 倒れた男性をマリアンデールが見下ろしていると、後を追ってきた者たちが到着したようだ。誰が来たかは声から察せられるが、まだ廊下を走っているので、フォルトからは確認できない。

 そして、女性の怒号が聞こえてきた。


「ギッシュから離れろおおおおっ!」

「待て! アルディス!」



【マス・タイム・ストップ/集団・時間停止】



 そして、マリアンデールの時空系魔法が発動する。

 この時間停止の魔法は、世界を止めているわけではない。効果範囲に存在する対象の空間を止めているのだ。とはいえ、空間の広さなど一人分しかない。集団化することで対象を増やして、勇者候補チーム全員の時間を止めた。

 これは少し拙いと、フォルトが口を開く。


「あ、マリ?」

「これだけ待ちなさい。殺さないから安心していいわ」

「そうか」


 マリアンデールに襲い掛かってきたのは、ショートカットの女性だった。武器は所持しておらず、蹴りの姿勢で止まっている。

 口角を上げた小さな魔族は、その人物と同じように蹴りの態勢に入った。

 そして、足が当たる直前に時間が動きだす。


「がはっ!」


(見事なもんだ。時空系魔法を完全に熟知してるなあ。俺も使えるけど、解除時間を数えるなんて無理! でも格好良いぞ!)


 フォルトは感嘆しているが、女性には何が起こったか分からないだろう。

 マリアンデールに蹴りを入れようとたら、いきなり後方に吹っ飛ばされたのだ。


「ふふっ。大人しくしてなさい」

「いいなあ。お姉ちゃん、私も遊びたいわあ」

「アルディス!」

「もっ申しわけありません!」


 状況を眺めていたルリシオンが、サディスティックな表情でつぶやく。

 以降は遅れて到着した者たちが、アルディスと呼ばれた女性に駆け寄っている。口から血を流す程度で済んでおり、命に別状は無いようだ。

 そしてソフィアが、食堂に入って謝罪するのだった。



――――――――――

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