第71話 (幕間)勇者候補チーム その後1

 魔の森に棲息せいそくする魔物退治に派遣されたシュンたち勇者候補一行は、野営の準備を始めていた。太陽も傾き、そろそろ夜も近い。

 一行には詳しく知らされていないが、ゴブリンやオーク、オーガが森から出ていった。よって、わざわざ駐屯地へ戻る必要がなくなっていた。


「この森で一番強いのは、ビッグベアってとこか?」

「そうなるかな。要は熊だね」

「凶暴だから、相手をするのは大変だよ?」

「熊って怖いよね。襲われたとか死んだとか、よくテレビで……」

「日本とは違うさ。僕たちでもなんとかなると思うよ」


 魔の森へ来る直前に、ノックスが合流した。

 魔法学園を卒業して、称号が「初級魔法使い」から「中級魔法使い」へ変わっている。中級と言っても中級魔法を使えるわけではない。多少は使えるようになっているが、ほとんどは初級レベルである。

 レベルは十七まで上がっていた。


「それにしても、アーシャは残念だったね」

「おっさんについてっちまったからな」

「あんなに嫌ってたのにさ。どうして?」

「それは……。なんか、可哀想とか言ってたぜ」


 シュンがアーシャと恋人同士だったことは、ノックスに知られていない。

 感づかれる前に、魔法学園へ追い出したからだ。もしも本当のことを話すと、みんなから人でなしなどと言われかねない。

 そんな雑談をしていると、ギッシュが問いかけてきた。


「あん? おっさんって誰だよ」

「ああ、一緒に召喚された奴」

「いかにも脱落者って感じのさ。おっさんだよ」

「ああん? 目上はもっと敬えや、コラッ!」

「ご、ごめんね。ギッシュ君」

「君だあ? テメエ、俺をめてんのか!」


 ギッシュは時代遅れで硬派のツッパリだ。しかしながら、一番の年下だった。自分のことを棚に上げて、目上を敬えとは恐れ入る。

 それでも頼りになる男だった。タンク(盾役)として、チームで一番最初に魔物と相対する。もちろん今まで、一回も後方へ漏らしたことはない。

 相手によっては、一人でたたき潰す。


「まぁまぁ。仲間うちで争うのはよくないよ」

「そっ、そうですよ。仲良く……。ね?」

「けっ! オメエらに免じて許してやんよ」

「あ、ありがとう」


 ノックスはインテリ派だが、ギッシュには舌を巻いている。

 言葉ですら暴力である。まさに天敵であった。理論武装をしようものなら、きっと本当の暴力で粉砕してくるだろう。

 日本とは違うので、それを取り締まる者は居ない。


「それよりも、そろそろ限界突破を考えないとな」

「俺はもうすぐだぜ」

「速いな!」

「オメエらとは気合が違げえからな」

「そうかよ」


 ギッシュが自慢のトサカリーゼントを整えながら、口角を上げてドヤ顔を決めている。暴走族の総長を務めていただけあって、最前線で暴れまくっていた。

 他の仲間と比べれば、魔物の討伐数が違う。


「そんで、おっさんのレベルはいくつだ?」

「召喚当時は三だな」

「はあ? レベル三だあ」

「年齢的に上がる要素が無いから、弱いと思ってんだがよ」

「ったりめえだろ! なんだよ、そのクソは。捨てて正解だぜ」


 目上を敬えはどこへやら。

 まったくもって唯我独尊である。しかしながら、あきれ顔でもしようものなら暴れだしそうだ。こういうときは、平静を装うにかぎる。


「おう! 野営の準備はできたぜ」

「こっちもだ」

「いやあ。悪いね、シュン。女性用を作ってもらってさ」

「あ、ありがとう……」

「気にすんな。キャンプとかは、よく行ったからな」

「へえ。やっぱり遊んでるねえ」


 アルディスはシュンの肩を、バンバンと叩きながら笑っている。さすがは元オリンピック代表候補だけあって、よろいを着てないと痛いかもしれない。

 そしてエレーヌは、申しわけなさそうに礼を言っていた。


「よし! 見張りと見回りを決めるぜ」

「誰が見回りに行くんだ?」

「最初は俺が行くよ」

「おう。なら俺は先に休むぜ」


 ギッシュは男性用の天幕へ入っていった。

 それを見たシュンは、目線を女性陣へ向ける。もちろん、ノックスと組むわけがない。内心では、何が悲しくて男と組まなきゃいけないと思っていた。

 そして、どちらを連れ出すかを決めた。


「アルディス、一緒に頼む」

「もぅ、しょうがないなあ。じゃあエレーヌは、先に休んでてね」

「うん」

「僕は外で見張りをしておくよ」


 魔物の領域では、見張りと周囲の警戒をするのが基本である。

 その間に休める者は休む。それを交代で行うのだ。人間は緊張状態を、長時間維持できない。これはシュンにとって、願ったりかなったりだった。


(へっ! 余裕だな。ノックスは萎縮してるし、ギッシュは自己中だ。さて、どうやってアルディスを落とすかだな)


 シュンはアルディスを連れだして、周囲の警戒にあたる。

 狙い通りではあるが、まずはキチンと仕事をこなす。口説いてる間に襲われたら目も当てられない。町でナンパするのとはわけが違う。


「はぁ、はぁ」

「………………」

「ふぅ、ふぅ」

「シュン、落ち着いて」

「あ、ああ。大丈夫さ」

「そう?」

「人数が減って緊張してるだけさ」

「なら、いいけど」


 警戒のときに戦う必要はない。

 敵を早期に発見して、すぐに戻れば良い。合流した後は、チームの態勢を整えてから迎え撃つ。しかしながら、先に発見されると危険だ。人数が減っているところへ襲われると、それだけで死者を出す可能性がある。

 そういったこともあり、シュンがおびえているように見えたのだろう。アルディスが落ちつかせてくれる。


「昼間、あれだけ倒したんだからさ」

「そっ、そうか。もう居ないのかな?」

「それに、ボクたちなら大丈夫よ」

「アルディスは頼りになるな」


(言いたいことは分かってるがな。だからこそ、昼間は頑張った。ちょっと連戦しすぎたかと思ったが、これも予定通りだぜ。すでに演技モードさ)


 昼間はビッグベアこそ遭遇しなかったが、それなりに魔物や魔獣を倒した。

 周囲に活発な敵が居ないのは分かっている。それでも見回りをしているのは、倒した魔物の死骸へ群がってくる敵を警戒しているからだった。


「ストップ」

「シュン、どうしたの?」


 どうやら、そういった敵を発見したようだ。

 木陰から顔をのぞかせると、アーマーラットと呼ばれる鎧鼠よろいねずみが死骸を食べていた。この魔獣はすばやく硬い魔物だが、推奨討伐レベルは低い。しかしながら病気を持っているので、下手に戦うと感染させられる。

 この魔獣と戦う場合は、治癒魔法を使える者が必須だ。


「エレーヌが居ないと駄目ね」

「そうだな。引き返そう」


 そしてシュンとアルディスは、来た道を戻る。

 見回りへ向かった先に魔物が居たと分かっただけで、目的は達成したからだ。今は戻って、野営地の警戒を厳重にしたほうが良い。

 そして戻っている途中で、シュンが行動を起こす。


「アルディス」

「何? きゃっ!」

「しっ!」

「な、なんか居たの?」

「いや……」


 シュンは近くに生えている木へ向かって、アルディスを押し込んだ。まさに、壁ドンである。これには驚いたようだった。

 もちろん、狙ってやったことだ。


「す、すまない」

「い、いいけど。どうしたの?」

「ははっ。情けないと思われるだろうが、怖いんだ」

「え?」

「最近、死ぬ夢を見る」


 そして体を寄せたシュンは、アルディスへ顔を近づけた。

 勇者候補チームの中では一番年上だが、「普段は強がっている」といった演技を始める。これが、ボクっ娘を口説く手管の一つだった。


「そ、そうなんだ。ボクが一緒だから平気だよ」

「ああ、頼りにしている」

「えっと……。顔が近いよ」

「それでも、たまに震えるんだ」

「もぅ、弱気だなあ。それじゃあ、リーダーなんて務まらないぞ」

「ごめん。でも、アルディスが傍に居てくれるなら……」

「うん、大丈夫。一緒に居てあげるよ」


 そこまで話したところで、シュンは唇を重ねる。アルディスは体をビクっと震わせたが、流れるような動きに逆らえなかったようだ。

 これは、何度も使っている手段である。


「んっ」

「それを信用させてくれ」

「え、えっと、ボク……」

「俺を安心させてほしい」

「あ……。い、いいよ」


(チョロいぜ。やっぱアルディスのようなボクっ娘は、弱さを見せてやるといいな。要は弟を演じればいい。年上とのギャップもあって、簡単に落ちるぜ)


 シュンは自分に自信を持っている。容姿が良くホストとしてモテるうえ、演技もうまい。大抵の女性は落とせるし、今までも落としてきた。

 特に恋愛初心者のアルディスなら、これに抗うのは難しいだろう。


「アルディス」

「シュン、それ以上は……。んっ」

「すまない。なんか止まらないんだ」

「ボクね。えっと、初めてだから……」

「そっ、そうか」

「あ、ぅん……。はっ」


 周囲の警戒を済ませているので、周囲に敵は居ない。まだ時間にも余裕がある。野営地へ戻らなくても、変に思われないだろう。

 ここから先は、シュンの時間である。アルディスに抵抗する力は残っていない。処女のようだが、その体を十分に楽しむのだった。



◇◇◇◇◇



「ノックスさん」


 一度は女性用の天幕へ入ったエレーヌが、外へ出てきた。見張りについては一人で平気なのだが、何か用事があるようだ。

 そして、見張りをしているノックスの近くへ座るのだった。


「え、えっと。いつものを、お願いします」

「いいよ。それにしても、熱心だね」

「死にたくないですから」

「僕も死にたくないけどね。でも、あまり気負うのも……」

「ふふっ。緊張は適度にほぐしていますよ」

「なら、いいんだけど」


 エレーヌは暇を見つけては、ノックスと一緒に居る。

 これは恋愛感情ではなく、勉強のためだった。魔法学園へ入学していないので、知識を身につける必要があるのだ。

 今までは、訓練所の指導しか受けていないらしい。


「教えるものって、あまり無いんだよ」

「そうなんですか?」


 一般的に言われている魔法とは、術式魔法のことだ。

 術式を覚えることで、魔法を発動させる。これは、訓練所でも教えてもらえる。しかしながら、応用や専門知識に関しては魔法学園で学ばないと難しい。


「魔法はイメージって言うよね?」

「はい」

「例えば……」



【イグニッション/発火】



 この魔法は、火属性魔法の練習でよく使われる。

 魔法が発動すると、ノックスの指先に炎が発現した。機能としては、マッチやライターに近いだろう。

 それを見たエレーヌは、興味津々な表情をしている。


「まあ、普通の炎だよね」

「はい」

「なら、これなら?」

「あっ!」


 ノックスは、次も同じように魔法を使った。

 すると、その炎は鳥の形へ変わっていた。しかしながら美術の成績が悪いので、とても不細工な鳥である。


「こんな感じだね」

「へえ。面白いわ」

「魔力を多く込めることで、色々とやれることが増えるよ」

「わっ!」


 今度は五本の指を使って、魔法を発現させた。

 なかなか器用なもので、大きさや形の違った炎を作り出す。通常よりも早く、魔法学園を卒業しただけのことはあった。


「今のは火属性魔法だけどね。でも、これが基本だよ」

「なるほどね」

「エレーヌの身体強化魔法も同じさ」

「え?」

「全体を強化するにしても、腕に魔力を多く込めると……」

「脚力よりも、腕力が強化される。ですか?」

「うん。防御魔法も同じだね」

「背中へ魔力を込めると、他よりも強固になる。かしら?」

「正解。よくできました」

「え、えへ」


 ノックスは、正解を導き出したエレーヌの頭をでる。すると、はにかんだ笑顔になった。さすがは、ミスキャンパスに選ばれた女性だ。

 とても輝くような笑顔を向けられて、少し顔を赤らめてしまった。


「物知りですよね」

「魔法学園へ通ったおかげで、知識は増えたよ」

「私も入学すれば良かったなあ」

「入らなかったのには、何か理由でも?」

「他の人と離れるのが怖かったからです」

「気持ちは分かるなあ。僕も最初は躊躇ちゅうちょしたしね」


 こちらの世界へ召喚されたときは四人だった。もちろん一人になるよりは、一緒に居て安心したい。その気持ちはよく分かる。

 それでもノックスは魔法使いとして、実力を付けることを選んだ。シュンに言われたから、その踏ん切りがついただけである。

 そんな話をしていると、見回りへ出た二人が帰ってきたのだった。



◇◇◇◇◇



「戻ったぞ。待たせたか?」

「そんなに待ってないよ」


 シュンはアルディスと一緒に、野営地へと戻った。

 そこではノックスとエレーヌが、仲良く座っていた。それにはイラっとしてしまうが、今夜は欲求を発散させたので気にしない。今後は好きなだけ味わえるのだ。

 そんなことを考え出すと、エレーヌが問いかけてきた。


「み、見回りはどうでしたか?」

「アーマーラットが居たぜ。なあ、アルディス」

「そ、そ、そ、そうだね!」

「あれ、どうかした? 顔が赤いわよ」

「な、な、な、なんでもないわ!」

「病気でも移されたかしら? えい!」



【レッサー・キュア/下級・状態異常回復】



 エレーヌの使った魔法は、簡単な状態異常なら治せる魔法である。重症になるような病気には効果ないが、アーマーラットの病気は治せる。

 その魔法を使われたアルディスは、さらにほほを赤く染めてしまう。この赤さは病気ではない。体を重ねた熱と恥ずかしさのためだ。

 それを見たシュンは、心の中で笑ってしまった。


「効いた?」

「あ……。うん……。多分ね」

「そう。良かったあ」

「次の見回りを頼むぜ」

「じゃあ、僕と……。エレーヌ、いいかい?」

「ギッシュさんは……。無理ね」

「ここまで聞こえるぜ」


 男性用の天幕から、物凄いイビキが聞こえた。

 どうやらギッシュは熟睡モードである。このままでは、魔物を呼び寄せてしまいそうだ。少しは抑えてもらいたいが、こればかりは仕方ない。


「はぁ。じゃあ頼むぜ。俺らは休むからよ」

「行ってくるね」


 本来であればノックスかエレーヌのどちらかが、ギッシュと組んで向かう。しかしながら、起こす勇気を持つ者は居ない。とりあえず周囲は安全だったので、今回は起こす必要はないだろう。

 そう思ったシュンは、アルディスと肩が触れる距離で座った。


「アルディス」

「シュン」


 今は誰も見る者は居ない。

 月明りに照らされて、二人は唇を重ねた。アルディスは先程の余韻が残っているのか、目を閉じて受け入れている。

 そしてシュンは、ノックスとエレーヌが向かった先へ目を向けた。その双眸そうぼうは、獲物を狩るような鋭さであった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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