第71話 (幕間)勇者候補チーム その後1

 新たにチームを率いることになったシュンは、魔の森に派遣されていた。

 勇者候補のギッシュ・アルディス・エレーヌの三人と、もう一人が仲間である。総勢は五人で、勇者級のレベル五十以上を目指すべく活動を開始した。

 ちなみにゴブリンやオーク・オーガといった魔物は、棲息せいそく域が変わったのか森から居なくなったらしい。理由は不明と聞かされており、フォルトが関わっていたことなど知る由も無い。

 とりあえず魔物が減っているので、野外活動の訓練も指示されている。だからこそ太陽が沈む前に、野営の準備を始めていた。

 その最中に、もう一人の仲間に声を掛ける。


「魔の森で一番強いのは、ビッグベアって魔獣だろ?」

「そう聞いたね。要は熊でしょ」

「日本の熊とは違うだろ。まぁ俺たちなら余裕だぜ」

「そう?」

「ノックスは魔法使いなんだから自信を持てよ」


 魔の森を目指して出発する直前に、魔法学園を卒業したノックスが合流した。

 称号が「初級魔法使い」から、「中級魔法使い」に変化している。だが、中級の魔法を使えるわけではない。習得した魔法のほとんどは、残念ながら初級である。

 レベルは十七まで上がっているが、チームには従者枠での参加だ。


「それにしても、アーシャは残念だったね」

「おっさんに付いてっちまったからな」

「あんなに嫌ってたのにさ。どうして?」

「それは……。可哀想とか言ってたぜ」


 アーシャと恋人同士だったことは、ノックスに知られていない。

 男は邪魔だからと、シュンが魔法学園に追い出したのだ。もしも事実を話すと、仲間の全員から「人でなし」などと言われかねない。

 ともあれ会話の内容に興味をいたのか、ギッシュが質問してきた。


「あん? おっさんって誰だよ」

「僕やシュンと一緒に召喚された人だよ。いかにも脱落者って感じでさ」

「ああん? 目上の人間はもっと敬えや。コラッ!」

「ごっごめんね。ギッシュ君」

「君だあ? テメエ、俺をめてんのか!」


 元暴走族総長のギッシュは、時代遅れで硬派のツッパリだ。しかしながら勇者候補チームでは、一番の年下だった。

 自分を棚に上げて、「目上の人間を敬え」とは恐れ入る。

 それでも、頼りになる男だ。タンク――盾職戦士――として、チームで一番最初に魔物と相対する。もちろん今までの戦闘で、後方に漏らしたことは一回も無い。相手によっては、一人でたたき潰していた。

 そして険悪なムードは、アルディスとエレーヌのおかげで緩和される。


「まぁまぁ。仲間内で争うのはよくないよ」

「そっそうですよ。仲良く、ね?」

「けっ! オメエらに免じて許してやんよ」

「あ、ありがとう」


 ノックスはインテリ派だが、ギッシュの言葉に舌を巻いている。

 言葉ですら暴力で、まさに天敵だった。理論武装をしようものなら、きっと本当の意味での暴力を使って粉砕してくるだろう。

 日本とは違うので、それを取り締まる者はいない。


「んで? おっさんのレベルはいくつだ」

「召喚された当時はレベル三だな」

「はあ? レベル三だあ」

「年齢的に上がる要素がねぇぜ。だから拾わなかったんだよ」

「あったりめぇだろ! 何だよそのゴミは? 見捨てて正解だぜ!」


 ギッシュが口走っていた「目上の人間を敬え」はどこへやら……。

 まったくもって唯我独尊である。とはいえあきれ顔でもしようものなら、難癖を付けて暴れだしそうだ。

 こういった場合は、平静を装うにかぎる。


「そろそろ限界突破を考えねぇとな」

「俺はもうすぐだぜ!」

「速いな!」

「オメエらとは気合が違げぇからな」

「そうかよ」


 ギッシュが自慢のトサカリーゼントを整えながら、ドヤ顔を決めている。暴走族の総長を務めていただけあって、最前線で暴れまくっていた。

 他の仲間と比べれば、魔物の討伐数が違う。


「よっしゃ! 野営の準備ができたぜ」

「こっちもだ!」

「いやあ。悪いねシュン。ボクたちの天幕も張ってもらってさ」

「あ、ありがとう」

「気にすんな。キャンプとかで慣れてんぜ」

「やっぱり遊んでるねぇ」


 アルディスの言葉に対して、シュンはホストスマイルを浮かべる。

 こうやって好青年を演じているのも、とある目的のためだった。野営の準備を終えたので、そろそろ実行に移すべきだろう。

 リーダー権を奪ったのは、このときのためである。


「よし! 見張りと見回りの順番を決めるぜ」

「最初は誰と誰が見回りをやんだ?」

「俺が最初に行ってやる。リーダーだからな」

「おう! なら先に休むぜ」


 ギッシュは背を向けて、男性用の天幕に入った。

 それを見たシュンは、視線を女性陣に向ける。


「アルディスが一緒に来てくれ」

「仕方無いなあ。じゃあエレーヌも休んじゃいなよ」

「うん!」

「なら僕が見張りだね」


 魔物の領域では、見張りと周囲の警戒をするのが基本だ。

 それでも人間は長時間、緊張状態を維持できない。勇者候補チームの場合は見回りと休憩が二人で、見張りを一人と決めている。

 後はローテーションで、魔の森の夜を過ごす。


(へっ! 余裕だぜ。ノックスは萎縮してるし、ギッシュは自己中だ。後はどうやってアルディスを口説き落とすか、だな)


 ともあれシュンはアルディスを連れだして、周囲の警戒にあたる。

 狙いどおりだが、まずはキチンと仕事をこなす。口説いている間に魔物が襲ってきたら、目も当てられない。

 町で女性をナンパするのとはわけが違う。


「はぁ……ふぅ……。はぁ……ふぅ……」

「シュン?」

「な、何だ?」

「まだ魔物はいないから落ち着いて、ね?」

「あぁ……。大丈夫だぜ」

「そう?」

「緊張してるだけさ」

「ならいいけど……」


 見回りのときに、魔物と戦う必要は無い。

 敵を早期に発見して、仲間のいる場所に戻れば良い。合流した後は、チームの戦闘態勢を整えてから迎え撃つ。

 そうは言っても、先に発見されると危険だった。

 人数が減っているところを襲われると、それだけで死者を出す可能性がある。だからこそアルディスには、シュンがおびえているように見えたのだろう。


「昼間にあれだけ倒したでしょ?」

「もう近くにはいないか」

「それにさ。ボクが一緒なら撃退できるわよ」

「アルディスは頼りになるな」


(まぁ頑張ったしな。ちょっと連戦しすぎたかと思ったが、これも予定通りだぜ。すでに演技モードさ)


 昼間はビッグベアこそ遭遇しなかったが、それなりに魔物や魔獣を討伐した。

 周囲に活発な敵はいないと、シュンだって分かっている。だが見回りをしているのは、討伐した魔物の死骸に群がってくるような存在を警戒しているからだ。


「ストップ」

「シュン、どうしたの?」


 声を落としたシュンは、木陰から顔をのぞかせる。と同時に遠くではあったが、アーマーラットと呼ばれる鎧鼠よろいねずみを発見した。

 成人男性の腰ぐらいまである大きな鼠で、すばやいうえに硬いのが特徴だ。推奨討伐レベルは低いが病気を保持しているので、下手に戦うと感染させられてしまう。

 この魔獣を討伐する場合は、信仰系魔法を使える者が必須だ。


「エレーヌがいないと駄目だな。引き返そう」

「そうね」


 シュンの提案に、アルディスが同意した。

 野営地の近くに敵がいたと分かっただけで、目的は達成したのだ。休憩中の仲間を起こして、警戒を厳重にしたほうが良い。

 そして来た道を引き返している途中で、とある行動を起こす。


「アルディス」

「きゃっ!」


 俗にう壁ドンである。

 シュンは近くに生えている樹木に向かって、アルディスを押し込んだ。もちろん狙ってやったことで、ここからが勝負である。


「静かに!」

「ま、また何かいたの?」

「いや、情けないと思われるだろうが……。怖いんだ」

「え?」

「最近、自分が死ぬ夢を見る」


 そして体を寄せたシュンは、アルディスに顔を近づける。勇者候補チームの中では一番年上だが、「普段は強がっている」という演技を始めた。

 これが、ボクっ娘を口説く手管の一つだ。


「そっそうなんだ。ボクが一緒だから平気だよ?」

「あぁ頼りにしている」

「えっと……。顔が近い、よ」

「それでも、たまに体が震えるんだ」

「もぅ弱気だなあ。それじゃあリーダーなんて務まらないぞ」

「ごめん。でも、アルディスが傍にいてくれるなら……」

「うん、大丈夫。一緒にいてあげるよ」


 ここまで話したシュンは、アルディスと唇を重ねる。日本では人気ホストとして、今まで何度も使っている方法だ。

 彼女は体をビクっと硬直させながらも、その行為を受け入れた。


「んっ」

「それを信用させてくれ」

「えっと……。ボクは……」

「俺を安心させてほしい」

「あ……。い、いいよ」


(チョロいな。やっぱアルディスのようなボクっ娘には、弟を演じてやればいい。年上とのギャップもあるし、トドメといこうかねぇ)


 イケメンのシュンは、自分に自信を持っている。

 演技も上手で、大抵の女性は口説き落とせた。特に恋愛初心者のアルディスなら、これに抗うのは難しいだろう。

 そして、とある目的は達成される。


「アルディス」

「シュン、それ以上は……。んっ!」

「すまない。何か止まらねぇんだ」

「ボク、ね。初めてだから……」

「そうか」

「ぁっ! ぅん、はっ!」


 周囲の警戒は済ませてあるので、二人を襲う魔物はいない。まだ時間にも余裕があり、野営地に戻らなくても変に思われないだろう。

 ここから先は、シュンの時間である。

 男として受け入れてしまったアルディスには、抵抗する力が残っていない。処女のようだが、彼女のスポーティな肉体は魅力的だ。

 それでも装備は外せず、服も部分的にしか脱がせない。彼女のすべてを堪能できないが、ここで止めるといった選択肢は無いので、器用にやるしかないだろう。

 以降は声を落としながら、じっくりと欲望を満たすのだった。



◇◇◇◇◇



 シュンとアルディスが野営地を離れて、暫く経った頃。

 天幕の外にいるノックスは、適当な岩に座りながら中空を見上げている。すると休憩に入っていたエレーヌが、女性用の天幕から出てきた。

 見張りについては一人で平気なのだが、何か用事があるようだ。

 そして彼女は、正面にある岩に腰を下ろした。


「ノックスさん! いつものをお願いします」

「いいよ。それにしても熱心だね」

「死にたくないですから……」

「僕も同じだけどね。でも、あまり気負うのも良くないよ」

「ふふっ。緊張は適度にほぐしています」

「それならいいんだけどさ」


 エレーヌは暇を見つけては、ノックスと一緒にいる。

 これは恋愛感情ではなく、魔法の勉強をするためだ。魔法学園に入学していない彼女は、そこで教わる知識を習いたいと言っていた。

 今までは、訓練所の指導しか受けていないらしい。


「あまり教えられることは無いんだけどね」

「そうなんですか?」


 一般的に言われている魔法とは、術式魔法のことだ。

 術式と呼ばれる紋様を覚えることで、様々な魔法を発動させる。訓練所でも教えてもらえるが、応用や専門知識に関しては魔法学園で学ばないと難しい。

 そうは言っても、エレーヌは魔法が使えている。基礎を教える必要が無いので、知識の抜け落ちや多少の応用を教えるぐらいだった。


「魔法はイメージって言うよね?」

「はい」

「例えば……」



【イグニッション/発火】



 ノックスが発動した魔法は、火属性魔法の練習でよく使われる。

 この魔法の効果によって、指先に炎が発現した。マッチやライターの炎を思い浮かべると、丁度良いだろう。

 それを見たエレーヌは、興味津々な表情をしている。


「まぁ普通の炎だよね?」

「はい」

「これならどう?」

「あっ!」


 ノックスは指先の炎を消して、次も同様の魔法を発動させる。だが若干違うのは、その炎が鳥のような形に変わっていることだ。

 ともあれ美術の成績が悪いので、とても不細工な鳥だった。


「こんな感じだね」

「へぇ面白いわ」

「魔力を多く込めることで、色々とやれることが増えるよ」

「わっ!」


 今度は五本の指を使って、またもや発火の魔法を発動させた。

 器用なもので、大きさや形の違った炎を作り出す。普通の学生よりも早く、魔法学園を卒業しただけのことはある。


「今のは火属性魔法だけどね。でも、これが基本だよ」

「なるほどね」

「エレーヌの身体強化魔法も同じさ」

「え?」

「全身を強化するにしても、腕に魔力を多く込めるとどうなるかな?」

「脚力よりも腕力が強化される、ですか?」

「うん。防御魔法も同じだね」

「背中に魔力を込めると、他の部位よりも強固になるのかしら?」

「正解。よくできました」

「えへ」


 立ち上がったノックスは、正解を導き出したエレーヌの頭をでる。

 はにかんだ笑顔が魅力的で、さすがはミスキャンパスに選ばれた女性だ。


「ノックスさんは物知りですよね」

「魔法学園に通ったおかげで、色々と知識は増えたよ」

「私も入学すれば良かったなあ」

「入らなかったのには、何か理由でも?」

「他の人と離れるのが怖かったからです」

「気持ちは分かるなあ。僕も最初は躊躇ちゅうちょしたしね」


 こちらの世界に召喚されたノックスは、シュンやアーシャと一年間は過ごした。

 一緒に召喚されたフォルトと同様に、城から退去させられていたらと考えると背筋が寒くなる。だからこそ、エレーヌの気持ちは理解できた。

 また魔法使いとして、相応の実力を身に付けたいと考えていた。シュンに言われたから、踏ん切りがついたのだ。

 そんな話をしていると、見回りに出た二人が帰ってきたのだった。



◇◇◇◇◇



 シュンはアルディスと一緒に、他の仲間のいる野営地に戻った。

 そこではノックスが、エレーヌと仲良く語らっている。いつもならイラっとしてしまうが、今夜は目的を達成したので気にしない。

 今後は隣を歩く女性を、好きなだけ味わえるのだ。


「戻ったぞ。待たせたか?」

「そんなに待ってないよ」

「見回りはどうでしたか?」

「アーマーラットがいたぜ。なぁアルディス」

「そ、そ、そ、そうだね!」


 アルディスの態度に対して、シュンは苦笑いを浮かべた。

 恋愛初心者の彼女は、先ほどの行為で芽生えた感情を制御できていない。とはいえそういったことに慣れているのは、もしかしたら自分だけかもしれない。

 ノックスやエレーヌを見ると、不思議そうな顔で首を傾げている。


「どうかしたの? 顔が赤いわよ」

「なななな何でもないわ!」

「鼠に病気でもうつされたのかしら? えい!」



【レッサー・キュア/下級・状態異常回復】



 エレーヌが発動させた魔法は、簡単な状態異常なら治療できる信仰系魔法だ。重症になるような病気に効果は無いが、鎧鼠の病気なら即座に治療できる。

 それを受けたアルディスの顔が、真っ赤に染まっている。病気ではなく、シュンと体を重ねた上気が原因なのだ。

 彼女たちのやり取りを聞いたシュンは、心の中で笑ってしまった。


「効いた?」

「あ、うん。多分、ね」

「そう? 良かったぁ」

「じゃあ次の見回りを頼むぜ」

「なら僕と……。エレーヌでいいかい?」

「ギッシュさんは……。無理ね」

「ここまで聞こえるぜ」


 男性用の天幕から、物凄いいびきが聞こえた。

 どうやら、ギッシュは熟睡モードである。


「はぁ……。まぁいいや。俺らは休憩するからよ」

「分かったわ。ノックスさん、行きましょう」

「うん」


 ノックスとエレーヌは、闇夜の森に消えていった。

 本来であれば二人のどちらかが、ギッシュと組むことになっている。だが、ツッパリの眠りを妨げるほどの勇気を持つ者はいない。

 とりあえず周囲は安全だったので、今回は順番を変更しても良いだろう。と思ったシュンは、アルディスと肩が触れる距離に座った。

 そして、彼女の肩を抱き寄せる。


「アルディス」

「シュン」


 現在は誰も近くにいないので、月明りに照らされた二人は唇を重ねる。

 アルディスは先程の余韻が残っているのか、目を閉じて受け入れていた。しかしながらシュンは、ノックスとエレーヌが向かった先に視線を向ける。

 その双眸そうぼうは、獲物を狩るような鋭さだった。



――――――――――

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