第70話 帝国の影3

 先日のフォルトは、双竜山に侵入した人間を殺害した。アーシャに代行させたが、もちろん理由があってのことだ。

 そして、ビッグホーンの解体で召喚したデモンズリッチ。当時は合計で八体も召喚したが、内一体を送還せずに残しておいた。

 この二つの目的は、召喚中に減っていく魔力――コスト――を削減するためだ。死体をデモンズリッチに受肉させれば、それが叶う。

 面倒な儀式など必要無い。召喚していた魔物を地面に寝かせた死体に近づけて、召喚主が命令するだけで良いらしい。

 そこで早速カーミラとテラスに出て、デモンズリッチを呼び付ける。


「デモンズリッチよ。俺のところまで来い!」

「カタカタ」


 フォルトの目の前に、ボロボロのローブを着込んだ骨と皮だけの骸骨が現れる。スケルトンと違うのは、多少の肉が張り付いているところか。

 ちなみに視界に入れたくなかったので、森の中を徘徊はいかいさせていた。


「肉体をやるから受肉しろ」

「カタカタ」


 呼び付けた不死の悪魔は、ゆっくりと死体の上に浮かんだ。次に憑依ひょういするかのごとく、死体の中に消えていく。

 これで、受肉が終わったようだ。

 そして死体は立ち上がり、椅子に座った主人に対して深々と頭を下げた。


「主様、肉体をありがとうございます」

「お前を俺の眷属けんぞくにする」

「私を、ですか?」

「うん」


 受肉したデモンズリッチは、流暢りゅうちょうに言葉を発していた。

 ボーイッシュな髪型のとおり、ハスキーさのある低い声だ。服装は死んだときのままなので、黒色の全身服と迷彩マントを羽織っている。


「それは願ってもないことです」


 殺害したときは興味無かったが、改めてみると顔立ちが整っている女性だ。

 死体とはいえ、死後の硬直もなく柔らかい。しかも、肉体は腐らないらしい。だがアンデッドなので、血の気が無くヒンヤリと冷たい。

 夏場の抱き枕には良いかもしれない。


「名前を付ければいいんだっけ?」

「はい」

「では、今日からお前はルーチェだ!」

「畏まりました。ルーチェを名乗らせていただきます。ちゅ」

「これもするんだっけ?」

「え、あ……。はい」


 ニャンシーと同様に、ルーチェもほほに口付けしてきた。

 もしも男性の死体を受肉したらと考えると、冷や汗が出てしまう。


(デモンズリッチだったときは、カタカタと音がしてたが……)


「御主人様、眷属にするなら受肉は必要無いでーす!」

「そうなの?」

「ニャンシーちゃんを見れば分かると思いますよぉ」

「あ……」


 隣に座っているカーミラが、フォルトに笑顔を向けて指摘してくれた。

 受肉とは魔界の魔物を、世界に定着させる方法だ。しかしながら眷属にすれば、魔力の器と直接つながって定着する。

 そういった仕組みなので、受肉まではやり過ぎだった。


「ま、まぁ奇麗な女性のほうがいいだろ?」

「御主人様らしいですねぇ」

「フォルトさん! 何してんの?」


 そんなことを話していると、アーシャが近づいてきた。

 フォルトにやらされたとはいえ、彼女が殺害した女性である。しかも死体の使い道を伝えておらず、ルーチェが動きだして興味をいたのだろう。

 悲痛な表情とは程遠く、レイナスと同様に堕ちていた。


「言ってなかったか? デモンズリッチに受肉させた」

「デモンズリッチ? 確かに骨と皮よりはいいよね!」

「もしかしてアーシャは、幽霊とか苦手なのか?」

「うっ……。スケルトンなら我慢できるけど、幽霊は勘弁して!」

「幽霊とは、これのことですか?」


 首を傾げたルーチェが、自身の体にレイスをまとわせた。

 レイスとは、俗にう死霊である。

 宙に浮かんだ人間の顔を、青白い光が包んでいた。表情は恐怖にゆがんでいるので、後ろから現れると心臓が跳ね上がるだろう。

 戦闘時には恐怖をき散らして、敵を恐慌状態にする精神体のアンデッドだ。物理攻撃は意味が無く、魔法か魔法の武器でしか倒せない。

 今は制御されているので、恐怖を撒き散らしていないが……。


「きゃあ!」


 それを見たアーシャが、悲鳴を上げて抱き着いてきた。

 彼女が言ったとおり、幽霊は苦手らしい。二つの柔らかいものが押し付けられて、フォルトはニヤけてしまう。


「でへ。ルーチェを眷属にして正解だな」

「お役に立てて光栄です」

「なに馬鹿なこと言ってんのよ!」

「あっはっはっ!」


 目に涙を浮かべたアーシャが、フォルトに抗議してくる。

 これは、とても新鮮だった。怖がらせるためだけだったとしても、ルーチェを眷属にした甲斐かいがあったというものだ。

 そんなことを考えていると、今度はニャンシーが近づいてきた。


「主よ、眷属を増やしたのじゃな」

「ニャンシーの後輩だぞ」


 どうやらニャンシーは、死体の使い道を察していたようだ。

 最初に眷属としたので当然か。彼女はケットシーであり、デモンズリッチと同様に魔界の魔物である。

 ただし強さに関しては、天と地ほどの差があった。

 もちろん地は、彼女のほうである。


「うむ! わらわがニャンシーじゃ!」

「はい。ルーチェです」


 眷属に上下関係など無いのだが、ニャンシーは先輩風を吹かせている。

 腰に手を当てながら、得意気な表情が可愛らしい。猫を擬人化した姿なので、思わずフォルトは和んでしまう。


「それでは主様、ご命令を……」

「魔の森の山に移動させた亜人たちの管理を任せる」

「お安い御用です」

「人間を襲わないようにね」

「畏まりました」


 グリム家が約束を守っているので、フォルトも同様だった。

 山に移動させた亜人に、人間を襲わせないと約束したのだ。と言ってもゴブリンやオーク・オーガなどは知能が低いので、すでに忘れているかもしれない。

 そこでルーチェを、管理者にしておくのだ。


「そうそう。俺たちが住んでいた家を使っていいよ」

「ありがとうございます」

「後は適当によろしく!」

「はい。命令を賜りました」


(最初に建てた家を捨てるのは勿体もったい無いと思っていた。これで有効活用できるな。デモンズリッチは魔法研究が大好きだから、余った時間はいくらでも潰せるか)


 ルーチェに関しては、亜人の管理さえしてくれれば良い。拠点を与えておけば、知能が高いので問題無くやってくれるだろう。

 そこまで考えたフォルトは、とあることを思いついた。


「あっ! ニャンシーに聞きたい」

「何じゃ?」

「魔の森の家まで、魔界から送れる?」

「うむ。印は付けてあるのじゃ」

「ならルーチェを案内してやれ」

「了解じゃ」

「よろしくお願いします」


 ニャンシーはルーチェ連れて、魔界から目的地に向かった。

 ちなみにドライアドも眷属にしたかったが、残念ながら精霊は別物らしい。自然を司っているので、特定人物の眷属にはなれないとの話だ。


「あ、あの……。魔人様?」


 二人が出発したのを見計らって、シェラが声をかけてきた。

 彼女に関しては、マリアンデールやルリシオンに任せている。姉妹に丸投げだったが、彼女から一つだけ相談を受けていた。


「どうかしましたかシェラさん?」

「慰問の件なのですが……」

「諦めてくれました?」

「はい。魔人様の言ったとおりだと思います」

「闇雲に探しても駄目ってことですね」


 シェラからの相談とは、魔族の捜索についてだった。

 勇魔戦争以降の魔族は、散りぢりに逃げている状況。だからこそ暗黒神デュールの司祭として、彼らを慰問するとの話だった。

 その相談を受けたフォルトは、「やめたほうが良い」と伝えている。

 新天地を探していたときに理解したが、どうしても無理があるのだ。現在の魔族は広い大陸で、かくれんぼをしている相手。

 たまたまルリシオンと出会えたが、一人で探すなど不可能に近い。


「しかしシェラさん、その服は似合いますね!」

「あ、ありがとうございます」

「フォルトさんの趣味が分かるわ」

「さすがはアーシャ。いいデザインだ!」

「あんたが描かせたんでしょ!」

「あっはっはっ!」


 いきなり話題を変えられて、シェラは頬を赤く染める。

 そもそも着替えを持っておらず、今まではボロボロのローブを羽織っていた。その下も地味な服だったので、新しい服をプレゼントしたのだ。

 その新たな服を着ると、いわゆる女医さんとなる。

 清楚せいそなイメージがあるだけに、彼女だと白衣がよく似合う。しかしながら、白衣の下はボディコンワンピだった。

 このあたりに趣味を持ってくるのが、フォルトというおっさんだ。製作に協力してもらったレイナスとアーシャに感謝である。


「魔人様、私は何をやれば良いですか?」

「特に無いです」

「え?」

「面倒なことは、召喚した魔物がやってくれるからなあ」

「そのようですけど……」

「抜群のプロポーションを維持するぐらい?」


(ぶかぶかのローブで分からなかったが、シェラさんはスタイルがいい。ボディコンワンピが目の保養になる。白衣も最高! 女性のアバターを弄るのはいいなあ)


 まさに、ゲーム脳。

 口角を上げたフォルトは、シェラをゲストキャラクターとして見ている。

 上質の布も届いたことなので、アーシャのデザイン画とレイナスの手芸を頼りに、自分の趣味を踏襲している。


「平和ですね」

「ははっ。今の生活を邪魔されなければ、ね」

「この前の人間ですか?」

「問題がありましたか?」

「いえ……」

「シェラさんは司祭ですし、俺と考えは合わないでしょうね」

「………………」


 暗黒神デュールの司るものは、闇と自由。聖神イシュリルは、光と秩序。

 真逆に聞こえるが、それは違うらしい。秩序の中に自由があるように、自由の中にも秩序がある。左右対称ではなく、左右一体の教えだ。とはいえフォルトの考える自由は、無秩序の自由だった。


「俺は人間も神も信じません。魔族はよく分かっていません」

「そうですか」

「面倒なので、個人を見ることにしました」

「個人、ですか?」

「そう。自分の身内だけを、ね」

「っ!」


 フォルトは身内以外を信じない。身内以外をどう扱おうが気にも留めない。

 ルーチェに受肉させた女性は、その考えに従っただけである。家畜や獣と同様で殺害しても、自身の心は痛まない。

 そこまで気付いたシェラがおびえたように見えた。


(後は身内に連なる人とか? ランクは下げるだろうが、身内を悲しませたくないしなあ。まぁ自分勝手もいいところだ)


「私も身内に入るのかしら?」

「俺の庇護下に入ったのだから似たようなものですよ」

「そうですか」


 自分や身内。

 もしくはそれに近しい者を信じることで、精神的な安心を買っているのだ。

 そもそもフォルトは、高尚な人物から程遠い。人間を見限っていても、人間の醜さを持っていると理解していた。

 そういったところが、自虐へと繋っている。


「ちょっとぉ。難しい話は分からないんですけど!」

「アーシャの頭の中は空っぽでーす!」

「うっさい!」

「えへへ」


 シェラとの会話は、残念ながらアーシャだと難しいようだ。

 それにしても、カーミラとの掛け合いが面白い。フォルトにとっては、精神的な癒しになっている。身内に加えて良かったと思えるほどに……。

 そんなことを考えていると、屋敷から小腹を刺激する匂いが漂ってきた。


「じゃあ飯でも食いに行くか!」

「はあい!」

「お腹空いたぁ」

「シェラさんも一緒にどう?」

「はい。お供致しますわ」


 これが、魔人フォルトの理想。

 他愛のない毎日が続くなら、シェラの言ったとおりに平和である。今の自堕落生活が、いつまでも続いてほしい。

 ただ、それだけのことだ。

 ともあれ、その理想を壊す者たちが近づいてくるのだった。



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