第六章 聖女剥奪 ※改稿済み

第72話 勇者候補チーム来訪1

 春夏秋冬というように、日本は四季折々の国だった。

 春は満開の桜。夏は真っ青な空と海。秋は紅葉に染まる山林。冬は一面の雪景色。しかしながらそれは、かなり以前の話である。

 こちらの世界にフォルトが召喚されたときは、地球温暖化によって、日本の四季が狂い始めていた。


「フォルトさん!」

「何だアーシャ?」


 屋敷に引き籠っているフォルトは、カーミラと一緒に食堂でくつろいでいた。

 そこに、アーシャが近づいてきた。どうやらレイナスとの訓練が終わったようで、首筋から流れる汗がエロティシズムを誘う。


「海に行きたい!」

「却下」

「やっぱり?」

「俺は夏でも家の中」

「ですよねぇ」


 アーシャの気持ちは分かるし、ギャルと海は切り離せない。

 こちらの世界に四季は無いが、気温の高い状態が数週間ほど続くときがある。異世界人はそれを、夏と呼んでいるらしい。

 そして今は、真夏のような暑さだった。


「湖じゃ駄目なのか?」

「いいんだけどぉ。やっぱり気分的にさあ」

「でも、水着なんて無いだろ」

「確かにね。もらった布は防水加工がされてないしぃ」

「魔法付与でやれそうだけどな」

「柄がねぇ。ただの白い布だしぃ」

「染める技術が無いのか?」

「そういった職人はいるらしいけどね。ここにはいないっしょ」

「そりゃそうだ」


 ただの白い水着なら、フォルトに興味は無い。やはり個性的な水着で、女性を彩っていないと駄目だ。

 それならヌーディストビーチのほうがマシだろうと告げる。


「エロオヤジ」

「だが、俺は着衣派だ!」

「威張るな!」

「御主人様のいた世界だと、人間は海で遊ぶんですかぁ?」

「うむ。俺は行きもしなかったけどな」


(夏は家の中でクーラーを全開にして、ゲームか小説を読む。後は辛い飯を食って、汗だくになった状態で水風呂だ。これがまた何とも気持ちがいい)


 運動不足や不健康など何のその。

 引き籠りには、引き籠りなりの楽しみを満喫していた。


「海は魔物の領域ですよぉ」

「そうなのか?」

「浜辺にはサハギンがいますし、海中だとクラーケンが襲ってきまーす!」

「ほほう」

「げっ! やっぱ湖でいいや」


 そう。ここは異世界なのだ。陸地もそうだが、海にも魔物が棲息せいそくする。

 人間が生活できない領域ということで、魔物の討伐も行っていない。漁業の盛んな国もあるらしいが、弱い魔物だけが棲息する場所に限っていた。


「湖の周囲は整備が終わっているし、散歩がてら日光浴でもするか」

「はあい!」

「水着は無いからさ。下着でいいっしょ?」

「それで頼む」

「少しは照れなさいよ!」


 マリアンデールと同様に、アーシャの突っ込みも鋭くなってきた。

 意外と良いコンビかもしれないとフォルトが考えていると、レイナスを先頭に他の身内が集まってきた。

 そろそろ、食事の時間だと思われる。


「レイナス、レイナス」

「フォルト様、戻りましたわ。ちゅ」


 レイナスからほほに口付けをされて、フォルトの顔がだらしなく緩む。

 最早挨拶の一貫になっており、実に喜ばしい。


「かき氷をよろしく!」

「氷を細かく刻んで果実の汁をかける、でしたわね?」

「そうそう。アーシャを連れていって、風属性魔法で刻むといいよ」

「へへっ! あたしに任せて!」


 レイナスはアーシャと一緒に、食堂の奥にある調理場に向かった。

 彼女の称号は、「氷結の魔剣士」と「氷の魔女」。氷属性魔法であれば、水を凍らせなくても氷塊を出せる。

 ともあれ二人を送り出したフォルトの近くに、ニャンシーが寄ってきた。


「魔法技術を高める練習になるのう」

「スカートめくりよりは高度だろ?」

「主……。まあよい。それよりもカーミラの膝を借りるのじゃ」

「はあい! ニャンシーちゃん、こっちですよぉ。モフモフ!」

「ゴロゴロ」


 アーシャに課した風属性魔法の特訓その一は、スカートめくり。

 これは、屋敷から出てきた身内スカートを舞い上げる高度な特訓だった。難易度的には、カーミラとレイナスが低い。

 そして、マリアンデールとルリシオンは高い。ゴシックのロングスカートなので、なかなか舞い上がらないのだ。

 ちなみに後者の二人にやると、こっぴどく怒られるという結末が待っていた。それを乗り越えたときにこそ、彼女の成長があるのだ。

 多分……。


「シェラさんも、こっちにどうぞ」

「はい」

「それ……。似合っていますね」

「あ、ありがとうございます」


 フォルトは女性のアバターを楽しんでいるのだが、褒められたシェラは困惑している。とはいえ渡したものは、嫌な顔もせずに身に着けていた。

 彼女には、ネックレスをプレゼントしたのだ。どう見ても木材で作った聴診器なのだが、こちらの世界には存在しない。

 手芸が得意なレイナスに作らせたものだ。


「森での生活には慣れましたか?」

「はい。ですが、別世界という感じがしますわ」

「そうですか?」

「どの種族でも、今を生きるために必死なのですが……」


 シェラの言葉に対して、フォルトは苦笑いを浮かべてしまう。

 彼女から言われたように魔族や亜人でも、魔物や魔獣との生存競争の中で生きている。だがその中にあって、双竜山の森だけは違う。

 それらに襲われず、逆にビッグホーンすら討伐して食料としていた。知能の低い亜人に至っては、餌を対価に利用している。

 ただし、人間から魔人になったから可能なのだ。


「どうかされましたか?」

「運命って分からないものだな、と思いましてね」

「そうですわね。私も助かりましたわ」

「カーミラ」

「はあい!」

「俺が人間に戻ったらどうする?」

「殺しまーす!」

「だろうな」

「えへへ。怒らないんですかぁ?」

「弱肉強食だろ?」


(人間に戻ってカーミラに殺されるなら、それは本望だなあ。せめて痛くない方法でお願いしたいものだ)


 魔人の力は、偶然に手に入れたものだ。であれば、偶然に失われる可能性は否定できない。しかしながらフォルトは、それもまた一興と考えていた。

 決意といった立派なものではないが、好きに生きていくと決めた。偶然に失われないことを祈って、今を満喫すれば良いのだ。

 そんなことを考えていると、シェラが問いかけてきた。


「ところで魔人様、帝国の人間が来なくなったようですわね」

「レイナスの自動狩りを止めさせた」

「なぜですか?」

「森まで来るのは、ダマス荒野を通れるようになったからだ」

「ですわね」

「だから石化三兄弟を討伐しなければいいかなと、ね」

「マリ様とルリ様も?」

「そそっ。コカトリスの卵でも孵化ふかしたんだろう」

「なら、石化対策が無いと来れませんわね」


 別にフォルトは、ソル帝国の人間を双竜山に誘い込んで殺害したいわけではない。基本的に、誰も来てもらいたくないだけなのだ。

 相手をするのも面倒なのだから……。


「フォルトぉ、料理ができたわよお」

「かき氷もできましたわ」

「ふふん。どうよ、この氷! 超薄いっしょ?」

「ルリちゃんの料理は今日も最高ね」

「特技のつまみ食いか?」

「最初にルリちゃんの料理を食べていいのはね。姉である私よ!」


 マリアンデールに妹離れなど、到底不可能である。

 今も運ばれてくる料理に、手を伸ばしていた。


「んーっ! おいしい!」


 本日のメインディッシュは、ビッグホーンのたたき。

 作り方は簡単だ。

 最初はもも肉ブロックに、塩と胡椒こしょう馴染なじませる。次に火属性魔法を使って、軽くあぶる。最後はレイナスが薄切りにして、サラダに乗せれば完成だ。

 聖剣ロゼが文句を言うらしいが、まるで気にしていない。


「暑い日はサッパリしたものがいいわよねえ」

「さすがはルリ」

「ねぇねぇ。あたしのかき氷は?」

「薄く切れてて、よくできてるな」

「これでも上達したんだからっ!」


 勉強が苦手なアーシャでも、一度覚えると器用に使う。雑学が豊富なので、応用力が高いとニャンシーから聞いていた。

 それに対して、フォルトは大器晩成という言葉を思い出す。


「フォルトの食事はねえ。これよお!」

「おっ! 旨そうだな」

「焼くのが大変なのよお」


 フォルトの前には、オーガの太ももぐらいはありそうな太い肉が置かれた。

 七つの大罪の一つ暴食を持っており、食事の量が物凄く多いのだ。いつもどおりに主食が肉で、おかずとしてルリシオンの料理を食べる。


(俺の分は肉の塊だけど手間がかかっている。内側と外側を同時に焼くのは難しいよなあ。この分厚さだと、表面を焼いただけだと内側は生だし……)


 この料理は肉の真ん中に穴を通して、鉄の棒を差し込んでから熱するらしい。

 ルリシオンはスキルの『炎纏えんてん』を駆使して、内側からも焼いている。


「もぐもぐ。食べ終わったら、みんなで湖に行こうか」

「何をするのかしら?」

「水浴び」

「全員を相手に? 貴方の体力は無尽蔵だけど……」

「何て言えばいいのか。要は水に入って、外で涼む感じだ」

「っ!」

「あはっ! これは普段のフォルトが悪いわねえ」


 こちらの世界では暑いからといって、外で水に浸かる習慣が無い。

 基本的に水は貴重なので、プールなどといった施設は存在しない。冒険者などが風呂代わりに、川で体を拭くぐらいだ。

 そしてマリアンデールは何かを勘違いして、顔を真っ赤にしている。

 確かにフォルトが風呂代わりに使う場合は、身内と情事をするためだ。勘違いをされても仕方ないが、今日の目的は違う。

 そんな姉を見てたルリシオンが、クスクスと笑っているのだった。



◇◇◇◇◇



 絶景である。

 満点に晴れた真っ青な空、太陽の光を反射する透き通った湖。

 そしてフォルトの面前には、肌も露わな美少女が五人も立っている。隣にも、二人の女性が控えていた。


「やっぱりこれ。超恥ずかしいんですけど!」

「ドライアドと大差が無いと思いますよぉ?」

「フォルト様のためなら平気ですわ!」

「貴方、遠慮ってものを知りなさい!」

「ローゼンクロイツ家の令嬢としてはねえ。どうかと思うわあ」


 水着など持ち合わせていないので、美少女たちは下着姿で立っていた。

 同じようなものと考える者はいるだろう。しかしながら、やはり違うのだ。もちろん男性は自分だけなので、何の問題も無い。他に男性がいるようなら、こんなことは絶対にさせない。

 不埒ふらちな目で身内を見られるわけにはいかないのだ。


「眼福だ」


 美少女たちは、それぞれで下着の形状が違う。

 これを作ったのも、やはり手芸が得意なレイナスだ。

 そして一番エグいのは、ギャルのアーシャである。マリアンデールは背伸びをしている感じが、実に微笑ましい。

 残りの女性は、個性どおりといったところだ。


「そっそうだわ! 水に入っちゃえばいいのよ!」


 早速アーシャが湖に飛び込んで、顔だけを出して恥ずかしさを隠している。水も滴るギャルとは、よく言ったものだ。

 それに皮切りに、カーミラとレイナスも飛び込む。

 二人は恥ずかしさというよりも、単純に涼んでみたいようだ。湖の水はひんやりとしているので、どちらも気持ちの良さそうな表情を浮かべている。

 マリアンデールとルリシオンも続くが、彼女たちのように飛び込むことはしない。名家としての慎みというものか、優雅に足からスッと入っている。


「あ、あの魔人様? さすがに私は……」

「ははっ。シェラさんに脱げとは言いませんよ」

「助かりますわ」

「水辺にいるだけで涼しいものです」

「そうですね」

「ニャンシーも行ってくれば?」

「うむ。わらわは入らぬがの」

「猫だしな」

「猫、言うな!」


(それにしても、プールなど何十年ぶりだろう。湖だが……。学校の授業で入った記憶しかないぞ? まぁシェラさんの下着姿も見てみたいが、強くは言えないな)


 シェラは庇護ひごした客人であり、フォルトの身内ではない。

 マリアンデールとルリシオンの知人でもある。下手にセクハラでもしたら、姉妹に怒られてしまうだろう。

 そんなことを考えていると、ブラウニーが近づいてきた。


「完成シマシタ」

「ありがとう」


 フォルトが頼んでおいた椅子と日差し避けを持ってきたようだ。

 この程度なら、ブラウニーは簡単に作ってしまう。本来ならドワーフが得意な分野だが、職人気質のために時間が掛かる。

 意匠を凝らないぶん速いのだ。


「ちょっと! フォルトさんは入らないの?」

「俺は撮影専門だ。この目に焼きつけておく」

「エロオヤジ」


 アーシャの誘いに乗って、湖の中でイチャイチャするのも良いだろう。だがおっさんのフォルトとしては、妄想力を高めることに注力する。

 美少女たちは下着で水に浸かっているので、何と透けているのだ。ならばいつでも思い出せるように、目に焼き付けるのは当然だった。

 ともあれ美少女たちを激写していると、近くにドライアドが姿を現す。


「旦那様、お客様です」

「グリムのじいさんか?」

「一人ではありません」

「ソフィアさんも来たのか。じゃあ、ここに案内してくれ」

「畏まりました」


 ドライアドも破廉恥な格好をしているので、それも目に焼き付ける。

 どうやら、グリムとソフィアが訪ねてきたようだ。屋敷で対応するのが礼儀だが、この場から離れられない。

 今のフォルトはカメラマンで、美少女たちを絶賛撮影中だからだ。

 そして客人が到着するまでの間は、ずっと顔の筋肉を緩めるのだった。



――――――――――

Copyright©2021-特攻君

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