第68話 帝国の影1
レイナスが珍しい剣を拾ってきた。
聖剣ロゼ。俗にいうインテリジェンスソードである。知性があって言葉を話すらしい。フォルトはこの剣を、寝室のベッドに座りながら眺めていた。
「ふーん。これがねえ」
聖剣自体はミスリルの長剣である。
柄の部分は装飾されており、それなりにカッコいい。収集家ではないフォルトでさえ、なかなかの一品に見える。しかしながら、芸術など分からない。
「なんか
「………………」
(聞こえないけど、カタカタと揺れてるな。もしかして、バイブレーション機能でも付いてるのか? 動く剣ってだけでも珍しいと思うが……)
フォルトは聖剣ロゼを、肩やら首やらへ置いてみる。
電動マッサージ機のように激しく動いていないので、残念ながらコリが取れるほどでもなかった。あまり気持ち良いとは言えない。
「私しか駄目みたいですわ」
「へえ」
「フォルト様を怖がっているようですわよ」
「え?」
「ロゼ
「分かるんだ……」
どうやら、フォルトには聞こえないようだ。どういった仕組みなのかは分からないが、そういったものらしい。
ならば用はないので、聖剣ロゼをレイナスへ渡す。
「じゃあ、はい」
「え? フォルト様に差し上げようと……」
「俺では使えないようだしな。レイナスなら使えるのだろ?」
「で、ですが」
「レイナスの武器も、どうしようかと思ってたしな。ちょうどいい」
「そうですか?」
「不満なら、俺からのプレゼントだ」
「フォルト様からのプレゼントなら、いただきますわ!」
レイナスが見つけた剣なので、これで良い。
それにしても、主人からの贈り物という名目が
「一生の宝物にしますわね。ピタ」
「お、おう……」
レイナスがフォルトの腕へ絡みついてくる。
双竜山から連れ帰り、さらに密着度が増していた。何があったかは分からないが、気持ちが良いので止めない。
「限界突破をして、何か変わったのか?」
「称号が変わったようですわ」
「ほう。カードを見せてみろ」
「はい」
(称号が「魔剣士」から「氷結の魔剣士」へ変わってるな。スキルも増えてる。これは面白いな。『
ゲームでのレベルアップは、スキルや魔法が増えることも楽しみの一つだった。
こちらの世界でも似たような事象が起きているので、フォルトにとっては面白さを感じた。これにはゲーム脳が刺激される。
「次の限界突破は?」
「四十と聞いてますわ」
レベルの限界突破は、三十を越えた後は十刻みのようだった。レベル四十が英雄級と呼ばれる領域だ。ちなみにレベル五十からが、勇者級と呼ばれている。
「森の近辺だと、レベル三十五くらいが限界かな?」
「ダマス荒野ならそれくらいかしら」
ダマス荒野を渡るには、レベル三十五は必要である。
ならば、石化三兄弟の推奨討伐レベルも同じぐらいだろう。現在のレイナスより高いが、石化無効化のネックレスを装備している。
よって、魔物の強さを低く設定しても良い。
「そっか。ゆっくりでいいぞ」
「ロゼの扱いも慣れておきますわ」
「使う資格があると言っても、仮免許みたいなものだろ?」
「そう言ってますわね。ちょっとロゼ、うるさいですわよ!」
「やっぱりうるさいんだ……」
(自己主張の強い聖剣みたいだな。そんなにうるさい武器は要らない。手に入れても誰かにあげるか捨てるかしよう)
フォルトは騒がしいのが嫌いだ。日本に居た頃でも、自宅へ引き籠ってからは人との交流は皆無。部屋の中で静かに過ごしていた。
テレビの音を小さくして、夜中でも起きていると知られるのを避けていた。
「後で操作してほしいですわ」
「操作?」
「ロゼは成長型知能という能力があるようですわ」
成長型知能。
日本ではAIと呼ばれるものだ。フォルトの操作を記憶・分析して、最適の行動をレイナスと連動できるらしい。それをまた分析して、次へ
「なんか凄いな。さすがは聖剣といったところか」
「フォルト様の操作なら、強敵に勝てますわ」
「そういった話なら、後でルリを相手に遊んでみるか」
「では、日課の訓練をしてきますわね」
レイナスが寝室から出ていった。
根が真面目なので訓練をサボったことがない。さすがは元生徒会長である。魔法学園の制服の似合う美少女キャラとして、フォルトの望むような成長をしている。
「旦那様」
そしてレイナスと入れ違うように、ドライアドが現れる。いつもどおりの破廉恥な格好だ。一度だけ膝枕をさせてもらったが、人間の女性と変わらなかった。
「どうした?」
「森へ侵入者です」
「グリムの
「森の北側。ダマス荒野からです」
「またか。追い返しといて」
「畏まりました」
(最近多いな。北からなら、帝国の人間か? 鬱陶しいな。森はグリムの爺さんの領土だし、これって越境じゃないのかな?)
双竜山はソル帝国との国境線となっている。
ダマス荒野は帝国の領土だが、石化三兄弟のせいで渡れない。しかしながら最近になって、双竜山の森へ侵入する人間が増え始めていた。
ドライアドは森の管理者の異名通り、樹木を動かして迷いの森へと変えることが可能である。その能力を使って、侵入者を追い返していた。
「御主人様! そろそろ意識を、こっちに向けてくださーい」
「そうだな。おっ! 気持ちいい」
「御主人様の弱点は分かってますよお」
「さすがはカーミラだ。おお、そこまでやるか」
「なすがままにされててくださーい!」
「柔らかいモノが当たってなかなか………」
「はいっ! 終わりでーす!」
話をしている最中でも、カーミラはずっとフォルトの後ろに居た。
そして、何かを終わらせて密着していた体が離れる。実に気持ち良かった。
「カーミラはマッサージがうまいな」
「えへへ。でも、凝ってなかったですよお?」
「気持ちの問題だからいいのだ」
フォルトは自分がムッツリなのを分かっている。
たまにマッサージさせては、体を密着させて楽しんでいた。これも、引き籠り生活を充実させるために必要なことだ。
「でも面倒ですねえ」
「人間か?」
「私たちの愛の巣に入ってくるなんて生意気です!」
「そうだが……。追い返せと言われてるしなあ」
「守る必要はないんじゃないですかあ?」
「それを抜きにしてもな」
「え?」
フォルトの考えはこうだ。
双竜山の森へ入ってくるソル帝国の人間を殺す。すると何かが存在すると思い、調査する人間を増やす。それらを殺すと、今度はエウィ王国を外交で責め立てる。
そうなると、帝国との
すると、王国と帝国がタッグを組んで攻め込んでくる。
「というわけだ」
「面倒臭いですねえ」
「だろ? 俺もそう思う」
「でもでも。御主人様なら、余裕で滅ぼせますよ?」
「それをやると、旨い飯が食えなくなる」
「人間が作る香辛料とかですかあ?」
「うん。それにさ。せっかく造ってもらってる闘技場で遊べないしな」
「いろいろと考えてるんですねえ」
(国盗りのゲームと同じだ。余裕で滅亡させられるが、わざと残していた。金銭や食料を奪い、在野で見つけたキャラだけを引き抜いた)
フォルトの思考は、ゲームなどの遊びが基準になっている。
魔人の寿命は永遠である。もちろん悪魔であるカーミラも。その永遠を飽きないように過ごすには、ほどほどにするのが一番なのだ。
最悪の一線を超えないかぎりは、適度に相手をするほうが良い。
「ドライアドで対処できなくなったら、また考えるさ」
「さすがは御主人様です!」
「さてと、アーシャの邪魔でもして遊ぶか」
「はあい!」
フォルトはカーミラと一緒に寝室を出ていく。
アーシャはニャンシーから、魔法を教えてもらっている。覚えが悪いので苦労しているようだ。時間などたっぷりとあるので、それをさらに遅らせに向かう。
そして、どうやって邪魔をしようかを考えるのであった。
◇◇◇◇◇
本日のお客様はグリムとソフィアである。
さすがに毎日は来ないが、休養のため数日に一度は来ていた。監視の側面もあるだろうが、大部分は息抜きだ。それが分かっているので、仕方なく相手をする。
そして二人を談話室へ通して、聖剣ロゼについて伝えるのだった。
「じゃが、レイナス嬢を使用者と認めたのじゃろ?」
「グリムの爺さんの領地にあった剣だし、報告だけしておきます」
「それにしても報告するとはのう。お主は律義じゃな」
「え?」
「冒険者などは、拾ったものを自分のものにするぞ」
「依頼であれば別ですが、報告義務はありませんからね」
「へえ」
聖剣ロゼはグリムの領地で見つかったので、報告義務があると思っていた。しかしながら、意味がなかった。
それは当然かもしれない。いくらでも虚偽報告ができる内容である。
「双竜山に聖剣があったのじゃな」
「価値は高いですが、使用者が決まってしまえば誰も手を出せません」
「そうなんですか?」
「呪われるので……」
「へ、へえ」
聖剣の逸話には事欠かないそうだ。
無理やり奪った聖剣を使うと、制御を離れて首を落としにくる。美術品として飾っていたら、炎を噴き出して燃えだす。それでもめげずに所持していると、生命力を吸い取られてミイラになる等々。
まさに呪われているとしか思えない。
(インテリジェンスソードなら分かる気はするな。特殊な能力もあるし、そういった力を勝手に使うなら可能だろう。まあ、レイナスは仮免許だし大丈夫か)
レイナスが呪われたら
それを肯定するかのように、刺さっていた場所から移動していなかった。
「それよりも、ほれ」
グリムが何かが詰まった袋を取り出して、テーブルの上へ置いた。ドスっと音がしたことから、かなりの重さがありそうだ。
フォルトは首を傾げて、袋の中身を聞いた。
「なんの袋?」
「デルヴィ伯爵からじゃ。中身は金貨じゃの」
「はい?」
「お主のことは、貴族どもに知られておる」
「え?」
「個人のことは、ワシらと陛下だけじゃがのう」
「ですが、御爺様が異世界人を
「その程度の情報網は持っておる」
ソフィアは魔の森での出来事を、国へ報告している。
双竜山の森へ来るときも、馬車を用立てるために駐屯地へ寄った。そこの兵士たちに金貨でも渡せば、喜んでペラペラと喋るだろう。
貴族は情報の重要さを知っている。その程度のことは可能だ。
「ビッグホーンの素材の礼だそうじゃ」
「要りませんよ」
「分かっておる。これで名前を売っておくつもりじゃ」
「はぁ……」
「しかも白金貨一枚ではなく、金貨が百枚。見え見えじゃ」
「袋にギッシリと詰めた金貨で、感謝の大きさを表したと?」
「自分へ敵対させないため。あわよくば、味方にするつもりじゃろうな」
「ふふっ。ビッグホーンを倒せる強者。敵対など愚の骨頂です」
金銭を渡すだけでも、細かく考えられている。
さすがは伯爵といったところか。日本であれば、一万円札を十枚でまとめた札束を百束渡すのと同義だ。それだと合計金額は同じでも、少々拍子抜けするだろう。しかしながら、こちらの世界は貨幣である。
一枚よりは百枚のほうが視覚的にも効果は高い。しかも、金が使われている。これは人間の金銭欲を刺激するだろう。
「とにかく、使い道が無いので要りません」
「そう思っての。頼まれていた布の枚数を増やしといたわい」
「おっ! さすがはグリムの爺さん」
「ほほっ。この金貨は持って帰るぞ」
「いいよ。でもデルヴィ伯爵かあ」
グリムへは次回来訪するとき、上質の布を持ってくるように頼んでいた。
上質なので値は張るが、この金貨で多く仕入れたようだった。金貨の袋を持ってきたのは、フォルトへデルヴィ伯爵という人物を印象付けるためだろう。
「じゃが、こんな布を何に使うのじゃ?」
「パンツです」
「え?」
(こっちの世界のパンツは色気がない。パンツと言うよりはトランクスだ。そろそろアーシャのパンツもアウト。ブラもスポブラみたいなものだ)
一般的な女性は、肌の露出が少ない。
そして、長期に着れるものが主流である。もちろん、下着も布面積が多い。これはフォルトにとって、由々しき問題だった。
その程度ではそそらないのだ。
「デザインはこれですね」
「きゃ!」
ソフィアが両手で目を隠して下を向く。
アーシャが描いたデザインだが、とても刺激的な下着である。この反応を見たくて持ってきたようなものだ。
「うーむ。お主がワシの若いときに召喚されておればのう」
「グリムの爺さんも、スキモノですね」
「ほっほっほっ。そりゃ若いときはのう」
「ソフィアさんには、これなんかどうですか?」
「し、知りません!」
ソフィアへ提示したのは、いわゆる
「冗談はこれくらいで。一つ、情報を差し上げましょう」
「情報とな?」
「ええ。ソル帝国の人間が、森へ入り始めました」
「前回はダマス荒野じゃったの」
「そうですね」
グリムの話については、マリアンデールとルリシオンが確認していた。ダマス荒野には、人間の石像が立っている。
それらは、石化三兄弟に襲われたのだろう。
「今度は森の中までですか?」
「頻繁に来てますね。今は森から追い返しています」
「そうじゃったか」
「これって越境ですよね?」
「そうじゃな。本格的に話し合わねばなるまいのう」
「双竜山にも登ってるようですよ。オーガの餌ですけどね」
「うーむ」
ドライアドは森への侵入者を追い返すが、山への侵入者は無理である。フォルトとしても知ったことではないので、基本的には放置だった。
それについては責めてこないので、グリムも分かっているようだ。
「追い返すなどどうやって……」
「召喚したドライアドですね。森で迷わせてます」
「またそうやって。強力な精霊を召喚するから、強さがバレるのです」
「あ、ははっ……」
二人の案内はトレントにやらせていたので、ドライアドの件は知らない。
それを知ったソフィアは
まだ信用できないが、それでもマシになっていた。
「飯でも食べてってください」
「うむ。そうしようかの」
「ありがとうございます」
談話室の隣は食堂になっている。頃合いを見計らったわけではないだろうが、そちらから胃袋を刺激する匂いが漂ってきた。
話を切り上げて廊下へ出ると、屋敷の外に居た女性たちが匂いに釣られて、食堂へ入っていくところだった。
その後に続いて、フォルトたちも食堂へ向かうのだった。
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