第66話 限界突破3

 フォルトたちは、食堂で朝食を取っている。

 日本にいた頃は一人で食べていたが、美少女たちと食卓を囲むのは楽しい。おっさんには勿体もったいなさすぎるが、現在は『変化へんげ』を使って青年の姿に変わっている。

 そして、食事も終わる頃……。


「ではフォルト様、行ってきますわ。ちゅ」


 レイナスがフォルトの隣に近づいて、長い金髪をき上げる。続けて顔を近づけ、ほほに口付けした。

 これはお出かけの挨拶であり、今から重要な件を片付けに出かけるのだ。

 それというのも彼女は、魔族の司祭シェラから限界突破の神託を受けていた。内容はワイバーンの討伐で、限界突破の作業をやるとの話だった。

 そこで、ワイバーンが棲息せいそくする双竜山に一人で向かうのだ。


「帰ったら、みんなでお祝いだぞ」

「はいっ! 楽しみにしておりますわ!」

「レイナスちゃんなら余裕だよぉ」

「レイナス先輩、頑張ってね!」

わらわが教えた魔法があれば、簡単に倒せるのじゃ」


 カーミラやアーシャ、ニャンシーがレイナスを送り出す。

 マリアンデールとルリシオンやシェラは心配していないようだ。食堂から出ずに笑顔で、軽く手を振っている。

 ワイバーンの巣は山頂にあるが、屋敷からの距離は近い。山中に脅威となる魔物はおらず、元々住んでいた亜人たちも襲ってこない。

 魔の森と同様に降伏しているからだ。

 支配するつもりは無いのだが、獲物を分けてあげれば命令を聞いたりする。どちらかと言うと、餌付けに近いか。

 そしてフォルトが待っていると、食堂に三人が戻ってきた。


「さて、お祝いは何にしようか?」

「テラスでバーベキューにしようよ!」

「たまにはいいかもな」

「レイナス先輩って、意外とレバーが好きなのよ」

「でへ。確かにスタミナはあるな」

「エロオヤジ……」

「何か言ったか?」

「いーえ! 何でもありませんよーだ」


 フォルトは夜の情事を思い出して、顔の筋肉を緩めた。アーシャの言いたいことは違うのだが、そっち方面になるのは致し方ない。

 ともあれニャンシーと目が合ったので、とあることを尋ねた。


「そっそうだニャンシー、アーシャの魔法はどうだ?」

「うむ。言われたとおりに補助系で固めたのじゃ」


 アーシャもレベル二十三まで上がって、それなりに強くなってきた。

 前々から育成の方向性を決めており、それに合わせた魔法を習得させている。


「あたしが踊り子とかさ。フォルトさんはよく分かってんじゃん!」

「御主人様の目的は、アーシャが考えてるものとは違うと思いますよぉ?」

「んんっ!」

「分かってるわよ。あたしの脚線美でしょ?」

「そうだ!」

「威張るな!」


 すべては、フォルトの趣味である。

 チラリズムを追求した結果が踊り子ということだ。アーシャの称号「舞姫」も、多少は考慮している。

 本当に、多少だが……。


「一応はフォルトさんが期待したとおりのスキルを覚えたわ!」

「ほう。カードを見せてみろ」


 スキルに興味を持ったフォルトは、アーシャからカードを受け取る。

 それからスキル欄を開いてみると、『奉納の舞ほうのうのまい』という表記があった。今までの彼女は『風属性魔法かぜぞくせいまほう』しか持っていなかったので、久しぶりの獲得のようだ。


「これは?」

「踊ってる間は味方の魔力が上がるわよ」

「へぇ」


 『奉納の舞ほうのうのまい』の効果は、使用者が認識した味方の魔力を上昇させる。

 魔法でも魔力を上昇させられるが、複数対象だと集団化の魔法が必要だ。そう考えると、なかなか破格のスキルである。しかも、魔力を使わずに踊るだけで良い。

 そしてフォルトは、アーシャにカードを返す。


「踊りを止めると効果が失われるのよね」

「なるほど。確かに踊り子みたいだ」

「ゆえに踊り続けねばならぬのう」

「ふむふむ。踊ってる間は無防備ってことか」

「踊りながら逃げれば良いのじゃ」

「それだと体力が持たないっしょ」


 この話を聞いたフォルトは、得意のゲーム脳で戦闘をシミュレートした。

 アーシャが踊ってる間は、仲間全員の魔力が上がる。とはいえ、無防備になってしまう。最初から使うならば、彼女を護衛する者が必要だろう。

 そうなると、踊らずに攻撃参加したほうがDPSは高い。

 DPSとは、Damage Per Secondの略だ。直訳すると、秒間火力のことである。長期戦になれば有利になるが、短期戦だと踊らないほうが良い。

 だが、これについては……。


「面白いな」

「そう?」

「だからこその補助魔法だ」

「え?」

「踊りながらでも、魔法は使えるだろ?」

「まぁ口が踊るわけじゃないしね」

「最初にDPSが下がっても、ガンガンと前衛を強化しまくればいいよ」

「なるほどね」

「それにゲームと違ってさ。負ければ本当に死ぬからな」


 ここが異世界だとしても、現実であってゲームではない。

 レイナスやアーシャをゲームキャラクターとして扱っているが、同時に自分のものなのだ。ロスト、すなわち死亡させたくない。

 フォルトは人間としての二人に興味無いが、女性としては興味がある。微妙な差ではあるが、二人を見る目が変わってきていた。


(このことをカーミラに話したが、あっけらかんとしていたな。人間を見限れと言っていたわりに、彼女たちの扱いが変わっても何も言わない)


「御主人様は好きにすればいいんですよぉ」

「そっそうか……」


 心の中を読んだかのように、カーミラが耳元でささやく。

 出会った当初からそうだった。すぐ疑問に答えて、しかも気に入るような答えを返してくれる。更には気に入るようなことをやりながらだ。

 柔らかい二つのものを腕に押し当てられ、その感触を肘で味わってしまう。


「マリ様? いつもあの調子なのですか?」

「そうよ。破廉恥だけど面白いでしょ」

「イメージが……」

「あはっ! でも力は魔人だわあ」

「ルリちゃんの言ったとおりよ。後ろ盾として最上級だわ」


 マリアンデールとルリシオンは身内になった。しかしながら、フォルトが守る必要があるのかと思うほど強い。

 それに自身は怠惰であり、彼女たちの期待に応えられるかは謎だ。

 気持ちだけは守ろうと思ってはいるが……。


「ん? 二人もこっちに来い!」

「貴方、私たちに命令するつもりかしら?」

「ははっ。マリ流に言えば、マリルリ成分の補充だ」

「ふっふん! なら仕方ないわね」


 フォルトは膝の上に、マリアンデールとルリシオンを座らせる。

 次に背中から手を回して密着させた。足に感じる二つの桃と、髪の毛から漂う女の子の匂いで撃沈しそうになる。


「シェラさんも一緒に食事の続きをしよう」

「えぇ。ありがとうございます」


 シェラは庇護ひごした魔族である。

 出会った当初の姉妹と同様に、フォルトは一線を引いている。もちろん自身や身内に対して、罪を犯していない者を襲うことはない。


「そう言えば、なぜ帝国から逃げていたのですか?」

「簡単に言いますと、人間を信用できないからですわ」

「ふーん。俺と同じですね!」

「そうなのですか?」

「魔人になる前の俺は人間だったのですよ」


 自分の人間嫌いを詳しく話すと長くなるので、内容を端折りながら伝えた。

 同じ人間嫌いでも、フォルトのそれは性質が違う。人間として生きていたので、本性と言うべき醜さが嫌いなのだ。

 シェラは魔族として、人間と敵対している関係で嫌いだった。


「それはまた、何と申しましょうか」

「気にしないでいいですよ」


 同情を誘うために話したわけではない。

 それは、今が楽しいからだ。引き籠りの状況は変わらないが、生活に困らないうえに美少女たちにも囲まれている。


「ちょっと貴方、どこを触ってんのよ!」

「太ももだけど?」

「シレっと言ってんじゃないわよ!」

「あっはっはっ!」

「スカートの上からじゃ感触が分からないわよねえ?」

「それでもいいのだ」


 セクハラ親父全開だが、こればかりは仕方がない。止める者が誰一人としておらず、全員が喜んでしまっている。

 まるで抑えようとしないフォルトは、シェラから聞いていた件を思い出す。


「シェラさんは慰問の旅に出ると言っていましたね」

「えっと……。帝国の件は?」

「興味が無くなった」

「さすがは御主人様です!」

「シェラ、諦めなさい。こういう魔人なのだから……」


 シェラはソル帝国から追われていた件を、深く話そうとしたようだ。にもかかわらずフォルトは、興味の無い話をすぐに切り上げてしまう。

 その言動に彼女は、呆気あっけにとられている。


「エウィ王国領に魔族がいるかは分かりませんが……」

「ルリ、どうなの?」

「知らないわあ。こっち側に逃げてきただけだしねえ」

「マリは……。知るわけがないか」

「どういう意味よっ!」


 フォルトの中で姉妹の立ち位置は、ある程度決まっていた。

 しっかり者のルリシオンと、残念なマリアンデールといった具合だ。


「アーシャの限界突破までには戻ってほしいな」

「それはもう。魔族狩りに発見されなければ、ですが……」


 人間の魔族狩りは、各国で決められた協定である。

 討伐した者には多額の報奨金が出る関係で、金銭目的の参加が多い。しかも魔族は人間より強いため、連続して大人数で襲ってくる。

 姉妹も言っていたが、すべての相手をしていられない。

 逃げるが勝ちの状態だが、シェラの戦闘力は低かった。よって魔族狩りから逃亡するのにも、大変な苦労をしたらしい。


「まあさ。ゆっくりしていきなよ」

「えぇ……」


 フォルトの言動は軽いが、シェラは提案に乗るようだ。

 やはり魔族狩りからの逃亡は、精神的に辛いらしい。ソル帝国の兵士に追われていたので、体力的にも厳しいと自覚している。

 それならばと、彼女にもう一つだけ提案するのだった。



◇◇◇◇◇



 レイナスは双竜山を登っていく。何度も訪れているが、登山には厳しい山だ。

 つい最近までは、自動狩りをしていた。しかしながらその相手バグベアは、目の前で先導役をしている。

 何とも変な気分だった。


「ギャッギャ! コノ道、近道」

「そう」

「ギャ! 肉感謝!」


(ふふっ。オーガだけではなく、元々住んでた亜人にまで肉を渡すなんてね。おかげで頼み事を聞いてもらえて助かるわ)


 フォルトは山の亜人から、山の王となるように言われた。だが魔の森のときと同様に、彼らの願いを聞き入れていない。

 レイナスは笑みを浮かべて、「当然ね」とつぶやいた。


「ギャッギャ! 案内、ココマデ」

「着いたのかしら?」

「コノ先、ワイバーン」

「ありがとう」

「下、崩レル」

「そう。気をつけるわ」


(何度も思うけど、魔物と見られている亜人に礼を言うなんてね。フォルト様と出会うまでは考えられなかったわ。でも話してみると味があるわね)


 魔の森から連れてきた亜人もそうだが、双竜山の彼らも、人間からは魔物として分類されているのだ。

 その境界線は、人間を襲って食べるかどうかだった。


「さて、行きますか」


 レイナスは剣を抜いて、空を飛んでいるワイバーンに視線を向ける。

 そして、自身の姿を発見させるために歩き出す。しかしながら、地面を踏みしめると崩れそうもない。

 これには首を傾げるが、うそを言ったわけではないだろう。


(これくらいなら踏ん張れるわね。どうやって倒しましょうか)


 ワイバーンは飛行する魔物であり、逆にレイナスは飛べない。

 それでも戦い方は、フォルトから聞いている。


「ギャアアアッ!」


 どうやらワイバーンが、レイナスに気付いたようだ。山頂近くで群れを形成していたが、そのうちの一体が向かってきている。

 そこで早速、戦闘態勢に入った。



【ヘイスト/加速】



 最初の手順は決まっている。

 知性のある人間が相手なら変わってくるだろうが、知性の無い魔物や魔獣が相手なら手順を変えなくても良い。



【ストレングス/筋力増加】



 接敵するまでの時間を自己の強化に使うのは、当然の選択だ。

 それでも、二種類の強化が限界だろう。ワイバーンの降下飛行は速く、レイナスに向かってグングンと迫ってくる。


「まずは背後を取るわ!」


 気合を入れたレイナスは、ワイバーンを正面から迎え撃つ。

 この魔獣は飛行速度を上げながら、足から降下してきた。だが彼女はかわすでもなく、ただ駆け抜けることを考えて実行に移す。


「ギャオッ?」


 これは、フォルトから聞いた戦術だった。

 ワイバーンが低空飛行で襲ってくるなら、おそらくはみついてくる。

 そして上空から降下してくるなら、足で捕らえようとするだろう。だからこそ降下してくる場合は、一気に背後を取るのが望ましいとの話だった。

 もちろん加速の魔法を使う前提だが、それを実行しただけに過ぎない。


(怖いのは尻尾ね。それを避けるわ!)


 フォルトの目論見通り、レイナスを捕まえようとした足は空をつかんだ。目標を見失ったワイバーンは、尻尾を使って地面をぎ払ってくる。

 それでも加速の魔法のおかげで、悠々とやり過ごした。


「さすがはフォルト様ですわ」


 この攻撃も想定通りだ。

 尻尾攻撃を避けたレイナスは、ワイバーンの後方に向かう。駆け抜けた後は振り返って、得意の氷属性魔法を発動させる。

 完全に背後を取った。



【アイス・ブロック/氷塊】



 レイナスの魔法が発動すると、上空に大きな氷の塊が現れた。対ルリシオン戦で使った氷塊よりも大きい。

 自身の成長と共に、魔力も上がってるようだ。

 狙いはワイバーンの片翼で、氷塊を勢いよく落下させた。


「ギャアアアッ!」


 氷塊は、ワイバーンの片翼を圧し潰すように落ちた。

 地面が揺れるほどの衝撃である。首から上も勢いよく落ちて、地面に顎をぶつけている。しかもバウントして、首が反り返った。

 その光景を見たレイナスは、剣に魔力を注ぎ込む。


「『魔法剣まほうけん』! やああああっ!」


 そして間髪を入れずに、ワイバーンの上空までジャンプした。

 レイナスは首を切断するつもりであり、タイミングは合っている。だがこの攻撃については、フォルトから聞いた戦術ではなかった。

 愛しの主人からは、距離を取って魔法を撃ち込めと言われている。

 この好機に、思わず焦りが出てしまったようだ。


(あ……。しまった!)


 この焦りは、自動狩りの弊害かもしれない。時間をかけずにバッサバッサと倒すのが、自動狩りの基本である。

 無意識に体が反応してしまったのだ。


「ギャッ!」


 それでもこの行動は、正解の一つである。

 レイナスの狙い通りに、断末魔の悲鳴を上げる暇も無く、ワイバーンの首は切断された。筋力増加の魔法とスキルで増した切れ味のおかげだ。

 ともあれその瞬間に、バグベアから聞いた言葉を思い出した。


「え? きゃあああああぁぁぁぁぁっ!」


 時すでに遅く地面が崩れて、ぽっかりと穴が空いた。

 どうやら崩れたのは、地盤が弱いだけでないようだ。何と地面の下に、落とし穴のような空洞が存在したらしい。

 体勢を崩したレイナスは、ワイバーンもろとも落下した。

 穴は深いようで、このまま落ちれば無事では済まないだろう。すぐに行動を起こして、一緒に落下しているワイバーンを掴んだ。

 そして体の上に移動を試みたところで、大きな衝撃に襲われるのだった。



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