第65話 限界突破2
フォルトはカーミラと一緒に、テラスで自分専用の椅子に座っている。
そして視線の先には、魔族の姉妹が持ち込んだ女性の石像が置かれていた。ローブを着て頭部をフードで隠し、誰かに助けを求めるような表情をしている。
見方によっては、恐怖に
実にリアルだ。
「マリには特技があったのだな」
「何のことかしら?」
「石像を作る特技」
「違うわよ!」
「えっとねえ――――」
ルリシオンから詳しく聞いたところ、石像の女性は知り合いの魔族だそうだ。ダマス荒野の石化三兄弟にやられたのだろうという話だった。
石化三兄弟とは、バジリスク・コカトリス・ゴルゴンという魔獣である。ソフィアの琴線に触れたので、そのまま石化三兄弟と呼称している。
「ついでに帝国兵らしき人間の石像を壊したのよねえ」
「いいと思うよ」
「それだけ? 人間は追い返せとか言っていたわよねえ?」
「二人の知り合いだろ?」
「そうね」
「石化したアホな人間より、お前たちのほうが大切だからな」
「
「貴方、ご褒美が欲しいのかしら?」
「欲しいところだが、知り合いなら石化を解除しないとなあ」
そうは言ってみたものの、残念ながらフォルトには石化を解除する手段が無い。状態異常回復は、信仰系魔法に属するからだ。
「神々の敵対者」の称号は
「旦那様、その程度であれば私が……」
「ん? ドライアドか」
フォルトが石化の解除方法を悩んでいると、周囲の草木から破廉恥な格好をした女性が姿を現した。
火属性に特化しているルリシオンからは、一歩距離を置いている。
「できるなら頼もうかな」
「お任せを……。ふーっ」
フォルトに一礼したドライアドが、女性の石像に向かって息を吹きかける。
その息は薄い緑色をしており、石像を包みこんだ。すると足の先から頭部に向かって、徐々に石化が解除されていく。
ドライアドが持つ特殊能力の一つで、簡単な状態異常なら回復できる。
「すばらしいな!」
「お褒めいただきありがとうございます。では、本来の仕事に戻ります」
「うん。ありがとう」
フォルトが石像に視線を移すと、完全に石化が解除されそうだ。すでに首を通り越し、口元まで解除されていた。
そこで『
この女性は、赤の他人なのだ。
「……て。誰か助けて! ……え?」
そして、完全に石化が解除される。
石像だった女性は、助けを求めて声をあげた。とはいえ視界に映し出された風景が違っているからか、途中で
止まっていた時間が動きだすと、こんな感じかもしれない。
その光景を面白そうに眺めていたルリシオンが、女性に声を掛けた。
「シェラ、久しぶりねえ」
「ふふっ、必死ね。イジメたくなるわ」
「マ、マリ様にルリ様? なぜ……」
「助かったことを喜びなさい」
「私たちが通りかかって良かったわねえ」
石像だった女性は、シェラという名前のようだ。
ここにフォルトの出番は無いので、説明は姉妹に任せる。ルリシオンが作るオヤツのレパートリーが増えており、椅子に座りながらパリパリと食べておく。
フライドポテトに続いて、ポテトチップスまで作るとは恐れ入る。
「なっ何と言ったら良いか……」
「今までよく無事だったわねえ」
「私は『
「そうだったかしら? なら人間の町に入っても平気ね」
「はい。ところで、こちらの男性は?」
「貴方、喜びなさい。シェラは魔族の司祭よ!」
フォルトは上から目線のマリアンデールから、シェラを紹介された。
彼女は魔族の司祭で、聖母と呼ばれている女性との話だ。
これは称号ではなく通称であり、今までの行動から付いたあだ名である。魔族の国ジグロードが滅びたときに、散りぢりになって逃げ出した一人だった。
勇魔戦争では各地の魔族を慰問して、通称で呼ばれるようになったらしい。
「なっ何だってえ!」
「御主人様?」
「いや。何でもない」
お約束のような驚きの声をあげたフォルトに、カーミラがツッコミを入れる。同時にビクっと体を震わせたシェラは、ジリジリと後ろに下がった。
どうやら人間に見えているようで、とても警戒している。実際は違うのだが、見た目は人間と変わらない。
とりあえず、自己紹介だけはしておく。
「俺はフォルトだ」
「人間ですか? シェラ、です」
フォルトは引き籠りのおっさんなので、これ以上の自己紹介はやれなかった。
そこでルリシオンに視線を送ると、
「はぁ……。シェラ、驚きなさあい。フォルトは魔人よお」
「えっ!」
「私たちは一緒に暮らしているのよお」
「ええっ!」
残念ながらフォルトには、魔人の立ち位置が分かっていない。だからこそ、シェラが驚いている理由は分からない。
それでも彼女は、ルリシオンの話で足を止めた。
「魔人様……。ですか?」
シェラがフードを上げると、ルリシオンのような立派な角が生えていた。
もちろん、マリアンデールと比べてはいけない。
ともあれ面体は姉妹とは違って、二十四歳ぐらいに思えた。薄紫の長い髪が大人っぽさに拍車をかけている。
実際は百五十歳だそうだ。
人間から逃げていたようで、現在の服装はみすぼらしい。体型の分からないローブを着ているのが、フォルトには残念だった。
それでも司祭なので、
「暗黒神デュールに感謝を……」
(魔族の宗教は暗黒神かあ。エウィ王国が聖神イシュリルで、魔族が暗黒神デュールね。多分忘れるだろう。きっと、カーミラが覚えておいてくれる)
シェラの信仰する神は暗黒神デュール。
暗黒神なので悪いイメージを持ってしまうが、よくよく考えるとフォルトには興味が無い。よって、記憶に残すことは難しい。
ここは、カーミラメモの期待だ。
「えへへ。ちゃんと覚えておきますよぉ」
「さ、さすがはカーミラだ!」
カーミラがフォルトの首に巻きついて、耳元に唇を近づけた。
いつもそうだった。考えていることは言わなくても分かっていて、また理解もしている。だからこそ、いつまでも一緒にいたい女性だと思えるのだ。
「悪魔!」
「カーミラちゃんだよぉ」
その光景を見たシェラが、大声をあげた。
カーミラが体をずらしたことで、翼と尻尾が見えてしまったようだ。角は出しているので、魔族と思っていたのだろう。
彼女を悪魔と認識して、マリアンデールとルリシオンの盾として前に出た。
魔族の聖母として、他者への献身に
「マリ様、ルリ様! 危険です!」
「平気よお。一緒に暮らしているって言ったでしょお」
「え?」
「カーミラはフォルトのシモベよ。安心していいわ」
「それは……。失礼しましたわね」
姉妹の言葉で納得しているシェラに対して、フォルトは首を傾げる。
悪魔は人間だけでなく魔族にも恐れられて、魔人は竜や悪魔をシモベに持つと伝えられている。だがそう言われても、普通は疑問に思うはずだ。
すべてが正しいと思っているのだろうか。
「信用するのか?」
「もちろんですわ」
「ふーん」
どうやら、マリアンデールとルリシオンのことを信用しているようだ。姉妹に対しては警戒心が皆無なので、おそらくは長い付き合いなのだろう。
身内以外を信用しないフォルトは、苦笑いを浮かべてしまった。
「何か可笑しいでしょうか?」
「いやいや。ところでシェラさん」
「はい」
フォルトは真面目な顔に戻って、シェラに問いかける。
今まではニャンシーを使って、魔族の司祭を探していたのだ。偶然だが目の前に現れてくれので、シェラに聞くことは一つである。
「限界突破の作業はやれる?」
「可能ですわ。マリ様とルリ様の限界突破を担当しましたので……」
「そうなんだ。お願いしてもいいかな?」
「マリ様とルリ様ですか?」
「いや……。人間だ」
「嫌です!」
人間の司祭が魔族の限界突破をやらないように、魔族の司祭も同様だ。
十年前は戦争で殺し合っており、対立は根深い。
(あぁ……。そうだったなあ)
フォルトは今更ながら思い出した。
身内となっている人間は、レイナスとアーシャだけである。魔族もマリアンデールとルリシオンだけだ。
その中だけで生活しているからか、種族の対立など忘れていた。
「えっと……。ただの人間じゃなくて、俺の玩具だけどね」
「玩具?」
フォルトは今までの経緯を、簡単にシェラへ伝えた。
彼女は暗黒神を信仰するといっても、神に仕える司祭なのだ。レイナスを玩具にしていることに対して、顔をしかめられた。
それでも相手は人間なので、不快とまでは思っていないようだ。
「そういった話なら、お引き受けしますわ」
「いいのか? 報酬は無いけど……」
「ふふっ。では、私も
「え?」
(シェラも、か? まぁさっきまで石化してたしな。おっさんでも魔人なら頼りたくなるってことか。確かにビッグホーンを瞬殺できる力を持っているからなあ)
フォルトが魔人と知ったうえで、シェラは庇護を求めている。
それ自体は、マリアンデールとルリシオンも同様だった。魔族の現状だけではなく、面体よりも強さを求められる世界だ。
他者を圧倒する力さえ持っていれば、おっさんでも関係無いのだろう。
「庇護と言っても、俺は自堕落生活の真っ最中だ」
「構いませんわ。最後に逃げ込める場所が欲しいのです」
「なら構わないぞ。俺から何かをすることはないけどな!」
「マリ様とルリ様が、なぜ魔人様の傍にいるかが分かりましたわ」
「そっそうか? なら、よろしく頼む」
「えぇ。こちらこそ……」
シェラが恭しく礼をする。
マリアンデールやルリシオンと違って、とても礼儀正しい。魔族版のソフィアといった感じがする。
これをもって、双竜山の森の住人が増えたのだった。
◇◇◇◇◇
限界突破を目指すレイナスは、一人でダマス荒野に来ていた。魔族の司祭シェラが同居することになって、限界突破が可能になったからだ。
そして現在、レイナスのレベルは二十九である。
限界突破が可能なレベル三十まで、後一歩のところまできていた。しかしながら双竜山の亜人では、自動狩りがやれなくなっている。
そのために、ダマス荒野で上げようというわけだ。
「フォルト様のために頑張らないといけませんわね」
ダマス荒野に
レベル三十五はないと、足を踏み入れるのは危険とされている。フォルトが石化三兄弟と命名したバジリスク・コカトリス・ゴルゴンが脅威なのだ。
石化を受けてしまえば終わりである。もしも助けが来なければ、永遠に石像となってしまうだろう。
もちろん救助がなければ、完全に風化して死に至る。
(さっさとレベルを上げる必要がありますわね。フォルト様の興味が私から離れるのは、絶対に耐えられませんから……)
「キシャー!」
そんなことを考えていると、遠くから魔獣の鳴き声が聞こえた。
始めて聞く声だが、レイナスはバジリスクと判断する。ダマス荒野に来る前に予習しておいたのだ。
マリアンデールとルリシオンに感謝である。
「石化の方法は、口から吐くブレスでしたわね」
声のする方角を見ると、大きな
そしてレイナスに対し、威嚇をしているようだ。ブレスの効果範囲までは少し遠いが、それでも近づけば襲ってくるだろう。
背を向けて逃げても同様で、バジリスクからは餌としか見られていない。
「時間をかけている暇はありませんわ」
【ヘイスト/加速】
いつものように魔法を使って、レイナスはすばやさを上げる。
初手で加速の魔法を使う理由は、相手に先手を取らせないためだ。戦いにおいて後手後手になるようでは、その先に待っているのは死である。
「キシャー!」
レイナスが魔法を使ったことで、戦闘行為と認識したようだ。バジリスクが地面を
それに合わせて、彼女も飛び出す。
「はあああああっ!」
バジリスクは口を開けて、ブレスを吐く態勢に入った。
どうやら、攻撃範囲に入ったようだ。このままでは、石化のブレスを浴びることになるだろう。
それでもレイナスは気にせず、正面から突っ込んだ。
「シャー!」
レイナスが距離を詰めるよりも、バジリスクのほうが速かった。
口から吐かれた白いブレスを、まともに受けてしまう。
「ふふっ。『
「キシャー! キ、キシャ……」
ブレスを吐いた直後は無防備になる。だからこそレイナスは、その瞬間を狙って間合いに入ったのだ。
スキルの効果で魔法の武器となった剣は、硬い
もちろんその剣は、バジリスクの頭部を真っ二つにした。
「ふぅ。これなら、意外と早く上がるかもしれませんわね」
ブレスを受けても石化しないのには理由がある。
体内の魔力を上げて抵抗したわけではなく、魔法を使って防いだわけではない。これは、別の要因によるものだった。
目を閉じたレイナスは、首から下げているネックレスを握り締める。
(お父様。いえ、公爵様からの
このネックレスは、レイナスが所持していた「精神攻撃無効化の指輪」と同様に、ローイン公爵家秘蔵の宝である。
グリムからフォルトに渡されて、彼女が受け取っていた。
「石化しなければ、ただの大きな蜥蜴ですわ」
ダマス荒野に足を踏み入れるならば、石化対策は基本中の基本である。
当然のように分かってはいるが、魔法の装備品は高額なのだ。ゆえに人間は、ダマス荒野を渡れない。
それでも、バジリスクのブレスなら避けることは可能性。だがゴルゴンは視線で相手を石化させるので、目を合わせた時点で終わってしまう。
コカトリスは石化の毒を持っており、攻撃が当たれば石化してしまう。
そしてレイナスは、「石化無効化のネックレス」を装備していた。
(このペースなら、今日中にレベルが上がりそうだわ。上がったら、すぐに戻ってフォルト様に……。きゃ!)
脳内をピンク色で染めたレイナスは、ゆっくりと歩き出して獲物を探す。
このダマス荒野で、彼女の敵に成り得る魔物や魔獣はいない。
「ギョーッ!」
「見つけたわ」
石化に頼った攻撃をしてくるのなら、石化三兄弟はオーガ以下の魔物に成り下がるだろう。しかも知能が無いぶん、簡単に倒せてしまう。
ならばとレイナスは、遠くから聞こえた声の場所に向かうのだった。
――――――――――
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