第62話 宮廷会議と亜人の宴2

 エウィ王国で執り行われている宮廷会議。

 半年に一度開催されるそれは、王国の全領土から子爵家以上の貴族が集まる。

 まず最初に国王であるエインリッヒ九世の宣言を皮切りに、ローイン伯爵の昇爵が発表された。第八王子のブルマンを養子に迎えて、公爵家に格上げされる。

 それと同時に、娘のレイナスは廃嫡された。

 以降は、各地の領土問題などが挙げられていく。


「次はじいから議題があるようだ」


 何度も休憩を挟んだ会議も、議題は宮廷魔術師グリムの番になった。

 エインリッヒ九世の隣で、長い白髭しろひげを扱きながら口を開く。


「ワシの議題は魔の森についてじゃ」

「その森は魔物を討伐している最中ですな。何か問題でも?」


 早速声を上げたのは、白髪で齢六十を越えるデルヴィ伯爵だった。

 魔の森の利権を狙って、ローイン公爵と争っている人物だ。娘のレイナスを救出するために軍を使うなどもっての外だと、強硬に反対していた。

 まるで蛇のような目を細めて、グリムの話に割って入る。


「どちらかと言えば解決が見えた、という話じゃな」

「何と! 実に興味深い話ですなあ」

「簡単に言うと、森の魔物を我らが領地に移動させるのじゃ」

「グリム殿はお歳を召されたか? 魔物に命令するなど不可能ですぞ!」

「「はははっ!」」


(このような提案など馬鹿にされて当然じゃが、かの者の話は魅力的じゃ。罪を不問にしてでも、庇護ひごして正解じゃったのう。しかし……)


 デルヴィ伯爵の言葉は一般常識で、グリムは他の貴族たちに嘲笑された。

 そうは言ってもフォルトの存在は、貴族たちに伝えられない。具体的な人物として報告したのは、国王のエインリッヒ九世だけだ。

 告白された罪が問題なのではない。

 確かに人間性は、眉をひそめてしまう。しかしながら罪状だけを考えれば、裏組織の人間ならやっていた。

 だからこそ、不問にしている。

 問題なのは、それを行えたことだ。勇者候補になれず、城から放り出した異世界人では不可能なことをやっている。

 今回ソフィアを介して挙げられた提案も、そのうちの一つだった。ゆえに、人物が特定されることを避けている。

 もちろん魔族の姉妹を囲った件も、国王の命令で緘口令かんこうれいが敷かれていた。


「とある方法で可能なのじゃが、少し問題がある」

「ほう」

「移動できる魔物が限られるのう」

「具体的には?」

「ゴブリンとオーク、オーガだけじゃ」

「多少でも知能がある亜人種ですな?」

「さすがに魔獣や昆虫のような魔物は無理じゃ」

「それでも一番の難物が苦労せずに排除できると?」


 魔の森の魔物は亜人だけではない。

 熊の魔獣であるビッグベア、昆虫型のジャイアントビートルも存在した。大蛇もいれば、おおかみもいる。だが一番苦慮していたのは、知能がある亜人だった。

 武器や防具を装備して、人間のように集団で襲ってくるのだ。冒険者への被害が大きく、軍隊を出すまでになっている。


「排除と言っても、全体の三分の一ほどじゃ」

「すべてではないのか?」

「ワシの領地にある山や森には入りきらないからのう」

「爺の言っている場所は双竜山か?」

「そのとおりです。陛下」


 エインリッヒ九世が興味を持ったようだ。

 グリム領にある双竜山は、ソル帝国との国境になっている山だった。となれば、国王の興味を引くのは当然だろう。


「ダマス荒野とともに、移動が困難な難所となるな」

「はい。帝国への備えになりまする」


 双竜山の北にあるダマス荒野。

 フォルトが、石化三兄弟と命名した魔物たち。コカトリス、バジリスク、ゴルゴンという危険な魔物が棲息せいそくしていた。

 それらが防波堤となって、ソル帝国からの侵入を阻んでいる。

 グリムの話が可能であれば、もしダマス荒野を越えたとしても、双竜山に移動した亜人に襲われるだろう。

 まさに、二重の防波堤となる。


「うむ。続けよ」

「はい」


 エインリッヒ九世から促されたグリムは、デルヴィ伯爵に向き直る。

 他の貴族たちは、静かに会話を聞いていた。

 この二人の会話に口を挟めるのは、国王を除けばローイン公爵だけだ。割って入るにしても、皆が聞きたいことは代弁されている。

 わざわざ話の腰を折る必要は無いようだ。


「残りの三分の二は、魔の森の山に移動させる予定じゃ」

「森の中心にある山ですな。可能ならば……。魅力的ですなあ」

「条件は三つじゃ」

「聞きましょうぞ」

「まず、山への立入は厳禁じゃ。移動させた魔物に襲われるからのう」

「なるほど」


 うなずいたデルヴィ伯爵は、不敵な笑みを浮かべている。

 魔の森の山とは、フォルトが住んでいた家の裏山のことだ。ペリュトンなどの獲物を狩っていたが、緑が少なく岩肌が露出している。

 これといった利権は無く、危険を冒してまで手に入れたい山ではない。森の開拓だけで、数十年は必要なのだ。

 山などは放っておくに限ると判断したか。


「次に山の周囲を、ワシの管轄地にする」

「何と! 利権に目がくらんだか!」


(デルヴィ伯爵には言われたくないのう。子供の頃から見ておるが、ここまで私利私欲にまみれるとは思わなんだ。まったく、親が泣くわい)


 グリムはエウィ王国に二百年以上仕えているので、デルヴィ伯爵を赤ん坊の頃から知っているのだ。

 黒いうわさが絶えない人間に育つとは思ってもいなかった。


「立入禁止しても、愚か者はおるものじゃ」

「そういった話なら致し方ありませんな」

「もちろん開拓が終わった暁には、陛下に返上すると誓いまする」

「ならば、何も言いますまい」

「はぁ……」

「どうかされましたかな?」

「いや」


 グリムは溜息ためいきを吐いた。

 領地にしたところで、現状は魔の森の入口を突破しただけだ。亜人を移動させたとしても、領地経営などやれようはずもない。

 その程度の話は、デルヴィにも分かっているはずだ。とはいえ適当な言い訳をしておかないと、これを材料に攻撃してくる。

 本当に困った人物だった。


「最後は……。森から出す亜人どもを、移動中に攻撃せぬことじゃ」

「途中、陛下の直轄領を通りますなあ」


 デルヴィ伯爵は両手を広げながら、玉座に体を向ける。何の対策もしていないと直轄領の住人に被害が出る、とでも言いたげだった。

 それに対してエインリッヒ九世は、渋い表情をして答えた。


「規制すれば良いではないか」

「さすがは陛下。それならば安全でありましょう」

「「まさに! まさに!」」


 これは、どう見てもおべんちゃらだ。

 まるで芝居のようで、グリムの手柄にさせたくないのが見え見えである。しかしながら、これはエインリッヒ九世に向けたものではない。

 それを理解している貴族が、デルヴィ伯爵に追従する。

 他の貴族は、乾いた笑みを浮かべていた。


「分かりきったことを聞くな」

「申しわけありません」


 デルヴィ伯爵は、エインリッヒ九世にたしなめられた。

 それでも厚顔無恥なのか、気にした様子は無い。グリムは再び溜息を吐きたい衝動に駆られたが、我慢して玉座に体を向けた。


「魔の森に関しては以上ですじゃ。この件で何かありますかのう?」


 フォルトの計画だと三分の一の亜人は、ビッグホーンが棲息する場所に向かう。続けて、解体作業をやらせるそうだ。

 終わった後は、双竜山に配置される手筈てはずだった。

 当然のように移動中の監視といった、様々な条件を付けてある。


「爺の庇護した異世界人が関係しておるな?」

「陛下。それは……」

「良いではないか。貴族は知っておるだろう」

「左様ですかな?」


(うーむ。子爵以下は知らぬだろうが、伯爵であれば知っておるか。レイナス嬢の件があったからの。じゃが、ソフィアが集めた情報は……)


 確かにレイナスの件があるので、貴族たちには知られている。ローイン公爵の娘を取り戻すために、魔の森に大規模攻勢をかける話も出ていた。

 それでも、どういった人物かは知られていないはずだ。

 グリムの気掛かりは、フォルトを政争の道具にされること。

 魔族の姉妹共ども、ソフィアを介して庇護するところまでこぎ着けた。良好な関係も築き始めたのだ。しかしながら、物理的な力や能力などは不明だった。

 このように何も分かっていない状態で、表に出したくない。


「安心しろ。爺が庇護しているかぎりは手出しをさせん」

「ありがたき幸せ」

「だが、それだけでは済むまい? 他にもあろう」

「はい。亜人に関連して、ビッグホーンの素材が丸々手に入りますな」

「「おお!」」


 この話には、すべての貴族が声を上げる。

 ビッグホーンの素材のうち、外皮や骨は頑丈な武器や防具に加工できる。角や爪、それと牙などは魔法薬や魔道具の材料となる。

 あの大きさだ。竜と呼ばれるドラゴンには敵わないが、市場価値に換算しても、相当な金銭が動くことになるだろう。


「残念ながら、陛下に献上されるわけではありません」

「ほう。その異世界人は、生意気にも売りつける気か?」

「陛下……」

「はははっ! 分かっておる。それで?」


 フォルトの特殊性を知っているエインリッヒ九世は、冗談めかして笑っている。本来であれば、強権を以って取り上げることも可能なのだ。

 それをしないのは、グリムの進言を重視しているからだった。


「近いですな。それでも利益は出ますのう」

「近い、とは?」

「闘技場の建設。素材は出資する貴族に分けまする」

「闘技場だと? 帝国にあるが……」

「娯楽が少ないですからな。帝国でも相当な収益と聞き及んでおります」

「面白い! その話、詳しく聞かせろ!」


(まったく。かの者は何ということを考えるのやら。闘技場の利権に興味は無く、家賃としてワシにませてくれるとはのう)


 フォルトにとって、ビッグホーンの素材など要らないのだ。食べるための肉や内臓が回収できれば満足だった。

 それに関しては、市場での価値が無い。ほとんどの人間は食したことがないので、旨いどうかすら分からない。

 闘技場は言うまでもなく、レイナスを出場させて遊ぶためである。

 ソル帝国になど行っていられないので、近場にあればそちらを使うのだ。


「そうですな。陛下やワシ、公爵と伯爵は出資されますな」

「うむ」

「もちろんだ」

「当然だな」

「「然り然り!」」


 エインリッヒは九世は頷いた。

 それに合わせて、ローイン公爵とデルヴィ伯爵も声を上げる。他の伯爵も、当然出資するだろう。

 エウィ王国の実力者が出資するのだ。乗らない貴族などいない。


「分配比率などは、財務尚書に任せる」

「はっ!」


 財務尚書と呼ばれた男性が、勢いよく返事をする。

 日本でいうところの財務大臣だ。王家直属の人間なので、貴族に忖度そんたくしない。他にも同様の役職として、外務尚書や内務尚書などが会議に参加している。

 ちなみに不正が発覚した場合は、本当の意味での首が飛ぶ重要な役職だ。


「他の方々は?」

「入札で良い」

「「おお!」」


 会議に参加している子爵家も手を上げたいだろうが、それをやると干される。

 その程度は分かっているようで、入札でも満足気な笑顔を浮かべていた。


「後は解体用の機材を貸し出して欲しいとの話ですな」

「その程度であれば貸し出そう」


 これでグリムの議題は終わり、ホッとした表情で会議場を見渡す。

 長い宮廷会議の中で、一番ざわついた瞬間だった。闘技場の建設に出資するだけでビッグホーンの素材がもらえて、闘技場の利権も手に入る。

 魔の森の懸案にも解決が見えた。

 こちらは利権の奪い合いが始まるだろうが、参加するつもりはない。家賃としてもらう闘技場の利権だけで十分だ。

 そんなことを考えていると、エインリッヒ九世が小声で話しかけてきた。


「爺よ。その異世界人に褒美をやらねばならぬな」

「かの者は静かに暮らすことを望んでおります」

「欲が無いな。気に入った」

「左様ですか?」

「しかし、命令を聞かぬのであろう?」

「国民ではないと豪語しておりますな」

「ふむ。特例ではあるが、他国に流出せねば良い。任せるぞ」

「畏まりました」


(かの者に踊らされている感じは否めぬな。じゃが、最大の懸案が片付いたのう。兵を損せずに魔の森を手中に収める、か)


 宮廷会議の後は、概ねフォルトの提案通りに事が運ぶこととなった。

 数日後には魔の森の亜人はいなくなり、グリム領に向かって列ができた。町や村は大きく迂回うかいして、目的地に向かっている。

 それを見届けたグリムは、解体作業が終わる頃まで仕事に戻るのだった。



◇◇◇◇◇



 ビッグホーンの棲息地に訪れたフォルトは、解体作業を眺めている。

 そしてカーミラが近づくのを待って、大きく口を開けた。


「御主人様! 焼きたてのロースですよぉ」

「あーん。もぐもぐ」


 そう。カーミラから肉を食べさせてもらうためだ。

 現在は身内と一緒に、ビッグホーンが凍らされていた地点にいる。他には魔の森に棲息していたオーガと、一部のゴブリンやオークがいた。

 アーシャが牛の部位を絵に起しており、それを見ながら切り出す作業だ。

 機材は貴族たちから取り寄せたものを、グリムが届けてくれた。


「さすがにオーガでも、あの大きさは時間がかかるな」

「五十メートルはありますからねぇ」

「でも作業が雑でも問題無いな」


 亜人の切り出し作業など雑で当たり前だ。

 こちらの世界には精肉工場など存在しないので、人間でも雑だった。大きく切り分けた肉塊を保存するぐらいなのだ。

 それでもフォルトたちにはレイナスがいるので、冷凍保存までやれる。といったことを考えていると、今度はアーシャが近づいてきた。


「フォルトさん! デモンズリッチの数が足りないんですけど!」

「そうか。何体ぐらい必要なの?」

「あと二体は欲しいかも!」

「ほいほい」



【サモン・デモンズリッチ/召喚・不死の悪魔】



 アーシャからの催促で、フォルトは二体のデモンズリッチを召喚した。

 これで召喚した数は、合計で八体になる。デモンズリッチたちが亜人種を統率し、ときには魔法を使って解体作業を進めるのだ。


(デモンズリッチは便利だなあ)


 デモンズリッチとは永遠の命を求めた魔法使いや司祭が、悪魔と契約を結んでアンデッド化した魔物である。

 その深い知識と高い知能によって、アンデッドの中でも上位の存在だ。言語を理解するので、気分次第では交渉相手にもなる。

 基本的には魔界で暮らしているが、物質界で活動する者もいた。


「うぅ。キモいわ」

「そう言うな。強くて頭が良くて、指揮官には持ってこいだぞ」


 その面体は、アーシャが言ったように気持ち悪い。

 骨だけならまだしも、肉や皮が所々に付いているのでリアルすぎる。理科室にあるような骸骨の模型とはわけが違う。


「脳みそがあるようには見えないんですけど!」

「ははっ。アーシャにはカルビだ」

「デモンズリッチがいると食べられないわよ!」

「そっそうか……。よし、レイナスから指示を仰げ!」

「カタカタ。分カリマシタ」


 確かにアンデッドが近くにいると、焼き肉を食べるのは難しい。

 言われてから気付いたフォルトは、デモンズリッチを遠ざける。続けてアーシャの口の中に、焼き肉を放り込んだ。


「ほら、あーん」

「あーん。もぐもぐ。うんまーい!」


 アーシャは幸せそうな表情をしている。

 土産の牛タンを食べたときも、これと似たような表情をしていた。焼き肉が嫌いな身内はいないので、今から提案する内容には喜ぶだろう。


「一段落したらバーベキューをやるぞ!」

「やった! 超頑張っちゃうよ! ちゅ!」

「カルビ風味」

「一言多い!」


 フォルトに口付けしたアーシャが、ホクホク顔で作業に戻った。

 他の身内もデモンズリッチを使って、解体作業の手伝いをしている。たまに戻ってくるので、同じように焼き肉を口に放り込んでいた。


「あと二日か。いや……。三日かな?」

「そんなところですねぇ」

「他の魔物はどうだ?」

「追い払ったので、まだ平気ですよぉ」

「さすがはカーミラだな」


 この場所はビッグホーン以外にも、中型や大型の魔物や魔獣が棲息している。解体作業中に襲われると面倒なので、カーミラが適度に追い払っていた。

 討伐しても良いのだが、その死体にも群がってくるからだ。


(それにしても……)


 解体作業中の亜人たちは、適度に休憩を入れながらキビキビと働いていた。

 それを見ているフォルトは、とてもやるせなくなってきた。亜人を連れてくることはやっても、交渉はレイナスに任せている。

 自分は働かずに寝そべっているだけなので、後ろめたさがあるのだ。

 これも引き籠りの弊害だが、徐々に慣れていくしかないだろう。今は何とか気にしないようにしながら、カーミラとイチャイチャしておくのだった。



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