第61話 宮廷会議と亜人の宴1

 屋敷の前に設置したテラスでは、いつもの光景が広がっていた。

 フォルトが椅子に座りながら、のんびりとしている。姿勢も悪く、腰を前にずらして足を伸ばしている。

 背もたれには、首と肩で寄りかかっていた。


「ニャンシー」


 まさにダラけきっているフォルトは、眷属けんぞくのニャンシーを呼んだ。

 いつものように不可視で魔法的な糸を使って、彼女に信号を送る。思念伝達と呼ぶには弱く、虫の知らせよりは強い。

 カーミラと最初に出会ったときは、赤い糸と言われて赤面したものだ。


「主よ。どうかしたかの」


 暫く待っていると、ニャンシーがフォルトの影から現れた。

 移動方法として、魔界を通って距離を縮めている。とはいえ長距離を走ったにもかかわらず、息一つ切らしていない。

 それは、魔界の魔物であるケットシーだからだろう。

 普段の愛くるしい顔で、微笑みを浮かべていた。


「もう旅に出なくていいぞ」

わらわに不都合でもあったかの?」

「いや。闇雲に探しても駄目だと思ってな」

「確かにのう。新天地は見つからず、魔族の司祭もおらぬ」

「それにさ。休息も必要だろ?」

「それに関しては問題無いのじゃがな」

「ほう」

「適度に休息を入れておる。じゃが、主の労いには感謝しようぞ」

大袈裟おおげさな……」


 ニャンシーは隠密能力が高いので、身の危険は心配していない。しかしながら、彼女を働かせ過ぎていると感じていた。

 日本で働けていた頃のフォルトは、俗にいうブラック企業に勤めている。

 そのせいで体を壊して、精神的に病んでしまったのだ。自宅に引き籠った原因の一つであり、同じ経験をさせられない。

 また世界は広く、何のあても無く探すのは無理だろう。


「きゃー! ニャンシーちゃん!」

「今しがた戻ったのじゃ。おおうっ! そこじゃ。ゴロゴロ」


 屋敷から出てきたカーミラが、ニャンシーに気付いて走り寄ってくる。

 そしてモフモフをしながら、抱え上げて隣に座ってきた。

 現在フォルトが座っている椅子は、日本ではラブシートと呼ばれている。身内と一緒に座るため、ブラウニーに作らせた専用の椅子である。

 横幅を狭くして密着度重視だ。


「当面はアーシャの魔法の先生を頼む」

「レイナスと違って覚えは悪いのう」

「そっそうか。まぁコメントは控えよう。風属性魔法を伸ばしてやれ」

「任せるのじゃ!」

「御主人様、アーシャのキャラ設定を決めたのですかぁ?」

「そうだ。やはり称号の「舞姫」を基本とするべきだな」

「どうするのですかぁ?」

「踊り子だ」

「戦士や剣士とかじゃないのですねぇ」

「まあな。そういった職業があるわけじゃないしな」


 戦士や剣士などは取り決められた職業ではなく、広義の意味での総称である。概念はあるが、それに縛られる必要は無い。

 舞踏剣士でも良いが、踊り子のほうが琴線に触れたのだ。


「戦術的には中衛ってところかな」

「中衛ですかぁ?」

「バフやデバフを多めに覚えさせて、前衛のサポートだ!」

「面白いですねぇ」

「シュンはチームを作ったと聞いた。俺もチームを作る!」

「そうきましたかぁ」


(チーム戦も面白いな。でも操作はやれないから、自動狩りの延長か。まぁ俺は方針を考えて、そのとおりに成長させてやればいいのだ!)


 フォルトのゲーム脳が全開だった。

 脳筋として戦士を並べても良いが、長期戦を見据えると不利になる。と考えると、バランス良く構成するのが最も良い。

 レイナスは魔法剣士として成長しており、剣の腕は相当なものだ。ならばアーシャに、彼女を支援させれば良いだろう。


「主の考えることは分からぬのう」

「ははっ。ただの遊びさ」


 ニャンシーは首を傾げているが、そこには何の意味もない。

 レイナスを拉致して育成中のように、アーシャの育成も遊びなのだ。


「でもでも、今は二人ですよぉ?」

「今は、な。あと三人増やせば、シュンのチームと同じだ」

「五人でしたっけ?」

「うむ。レイナスとアーシャは確定だな」

「御主人様は人間嫌いなので、人材を集めるのは無理でーす!」

「まあな。絵に描いた餅で終わりそうな気もする」

「行き当たりばったりですねぇ」

「あっはっはっ! それもまた楽しいじゃないか」


 まさに遊びなので、実を結ばなくても構わない。

 こういったことを考えるのが遊びなのだ。飽きたらやめれば良いが、今は楽しいので続けるだけだった。


「ところで御主人様、解体の件は考えたんですかぁ?」

「ふふん! もののついでに考えた」

「珍しいですねぇ。てっきり忘れたと思っていましたぁ!」

ひらめきってさ。連続するときがあるだろ? まさにそれだ!」

「さすがは御主人様です! ちゅ!」

「でへ」


 カーミラがほほに口付けしてくる。

 ラブシートなので、柔らかいものまで当たる。相変わらず積極的なので、フォルトは鼻の下を伸ばした。

 それを眺めていたニャンシーが、ジトっとした目になる。


「主よ……」

「んんっ! ニャンシーは、ソフィアさんを呼んできてくれ」

「馬車に呼ばれたときにいた女かの?」

「うむ。城の中か……。グリムのじいさんの屋敷にいると思う」


 フォルトからの命令を受けて、ニャンシーは魔界に戻った。

 アーシャの服を回収に向かったときは、城塞都市ソフィアにある城に行っている。なので、移動は速いだろう。

 グリムの屋敷も場所を教えたので、城にいなければ向かってくれる。多少の時間は必要だろうが、時間はたっぷりとある。

 以降はカーミラとイチャイチャしながら、無為な時間を過ごすのだった。



◇◇◇◇◇



 数日後にソフィアが、フォルトの屋敷に訪れた。

 護衛はいつものように、双竜山の森の外で待機している。


「すみませんね。わざわざ来てもらって……」

「珍しいですね。人と会いたくないのでは?」

「ははっ。手厳しいですね。カーミラは飯を多めに作らせてくれ」

「はあい」


 上機嫌のフォルトは、食堂にソフィアを通した。

 せっかく来てもらったので、食事ぐらいは用意したほうが良い。厨房ちゅうぼうにいるルリシオンとレイナスに伝えれば、すぐに取り掛かってくれるだろう。

 ニャンシーは伝言だけだったので、すぐに戻っていた。以降は魔法の先生として、アーシャの面倒を見ている。


「御主人様! 戻りましたぁ」

「ありがとう。ではカーミラにも教えておこう」

「はあい!」


 満面の笑みのカーミラを、隣に座らせる。

 食堂の椅子は個別なので、残念ながら密着度は無い。だが椅子を移動させて、フォルトの椅子にピッタリとくっつけている。

 その姿に視線を向けたソフィアが、頬を赤らめてうつむいた。


「えっと……」

「ソフィアさん?」

「なっ何でもありません。それで話というのは?」

「黙ってやると怒られそうなので……」

「はい?」

「大家さんへの家賃になるかなと思いましてね」

「話が見えませんが、森の外で何かをやるつもりなのですか?」

「えぇ……。まぁ……」


 ソフィアは怪訝けげんそうな表情をした。

 自堕落生活を続けると宣言した者が動く。であるならば、「何か良からぬことでもやりそうだ」とでも思ったのだろう。

 それに人間の敵である魔族の姉妹が、一緒に暮らしているのだ。もしも暴れでもしたら、庇護ひごしたグリムが拙い立場になる。

 彼女がそう考えていると分かるだけに、フォルトは苦笑いを浮かべた。


「まずは詳しく伺いましょう」

「簡単に言うとですね」


 フォルトの話はこうだ。

 ビッグホーンを討伐したので、解体作業を行いたい。しかしながら体躯たいくが大きすぎて、自分たちだけでは無理があった。

 ならばと魔の森の亜人を使って、作業をやらせるといった内容だ。

 亜人は支配下に置いていないが、対価を渡せば頼みを聞いてくれる。人員さえ確保できれば、解体作業は捗るだろう。

 その許可を、ソフィアからもらうつもりなのだ。


「そのようなことが可能なのですか?」

「平気だと思いますよ。なぁカーミラ」

「大丈夫でーす! 獲物をあげれば喜んでやりますよぉ」


 アーシャはフォルトを頼るために、冒険者を殺害したことがあった。

 そのときはソフィアたちから捕縛されないように、彼女の逃走経路に亜人の群れを配置している。対価は、倉庫に保存してあった食料だった。

 実際は自分たちよりも強者と認識しており、断れないだけだったが……。


「さて……。それを踏まえての提案があります」

「何でしょうか?」

「双竜山の森に、魔の森の亜人を入れたいのですよ」

「だっ駄目です! 許可はしません!」


 驚いたソフィアから、当然のように即答された。

 フォルトは亜人と言っているが、人間からすれば魔物である。領内に入れるなどもっての外で、グリムの立場が悪くなるどころか領民に見限られてしまう。

 双竜山の森に、魔の森の魔物を移動させられない。

 彼女であれば、当然の回答だろうが……。


「話は終わってません。王国にとっても良い話だと思いますけど?」

「無理です! 良い話なわけがありません!」

「まぁまぁ。話は最後まで聞いてください」

「………………。分かりました」

「では――――」


 長い時間を使って説明したところ、ソフィアには驚愕きょうがくの内容だったか。

 もちろんフォルトは、エウィ王国のために動くつもりは毛頭無い。単純な閃きからのメリットを伝えただけだ。

 ともあれ彼女は、概ね納得してくれた。


「話は理解しましたが、私の一存では決められません」

「持ち帰ってもらって結構ですよ」

「ですが、フォルト様に何の得が?」

「ん? 俺は旨い肉を食べたい。それに遊びたいだけです」

「自堕落生活を満喫するためですか?」

「そうですよ。実際に俺は動きませんしね」

「フォルト様の計画では、多くの人が動くのですけど?」

「ははっ。頑張ってください!」

「はぁ……」


 ソフィアの奇麗な顔を見ると、どうやらあきれている。

 それについては何も言えないが、フォルトの話は終わりである。空腹を刺激する匂いが漂ってきて、暴食が悲鳴をあげた。


「では難しい話は終わりにして、一緒に飯を食べよう」

「はあい! レイナスちゃん、もう運んでもいいですよぉ」

「ニャンシーとアーシャは……」

「カーミラちゃんが呼んできまーす!」

「よろしく!」


 もう動くつもりは無いフォルトは、カーミラにすべてを託している。相変わらずの駄目男だが、彼女の広い心に感謝しかない。

 以降は全員が集まってから、ソフィアを加えて食事を開始した。


「今日はねえ。ボアバラ肉の串タレ焼きよお」


 料理を作ったルリシオンが、久々の決めポーズを見せた。自信があるのか腰に手を置いて、片手を伸ばしながら前を指している。

 きっと、フォルトが教えたタレを自慢したいのだろう。塩とレモンを主軸にしたタレで、串焼き肉には最適だと思われた。


「焼いた肉にタレを塗るだけだがな」

「タレは重要よお。私なりにアレンジをしてみたわあ」

「ほほう。もぐもぐ。ん? 大葉でも入れたのか」

「大葉とは? これはソヨウという薬草ですね」


 フォルトの言葉に対して、ソフィアが補足する。

 名称の違いは言わずもがな。日本では青紫蘇あおじそとも呼ばれる葉が、双竜山の森に群生していたようだ。

 ちなみに野菜や果物関係は、召喚したトレントが発見してくる。


美味おいしいですね」

「ルリちゃんの料理の味が分かるなんて、見込みがある人間ね」

「あ、ありがとうございます」

「緊張しなくていいわよお。フォルトの客人なら殺さないわあ」

「………………」


 マリアンデールとルリシオンは、人間を蹂躙じゅうりんするのが大好きだ。とはいえフォルトに庇護してもらった以上、面目は潰さないようにしていた。

 こういったところは律儀である。


「ルリ、物騒なことを言うな」

「魔族と人間なんて、こんなものよお」

「ふーん」

「ちょっと貴方! 興味が薄いわね」

「ははっ」


 フォルトにとって魔族と人間の関係は、どうでも良いのだ。

 自分と身内だけが平穏無事であれば、それで満足である。他で殺し合いをしていようとも、まったく興味が沸かない。

 それからも他愛もない会話を続けて、料理を一通り平らげた。


「ソフィアさん、良い返事を期待していますよ」

「えぇ……。それでは御馳走ごちそうさまでした」


 食事を終えたソフィアは、ドライアドの案内で帰路についた。

 おそらくはその足で、グリムの居場所に向かうと思われる。結果はどうなるか分からないが、他の案も考えておくべきか。

 所詮は、素人のおっさんが考えた話である。

 今は納得したかもしれないが、穴はいくらでもあるだろう。


「さてと。カーミラ、風呂に入るか!」

「はあい!」


 フォルトは考え事を後回しにして、カーミラを連れて風呂場に向かう。

 もしも駄目だったら、そのときに考えれば良いだろう。ビッグホーンは凍らせてあるので、当分の間は溶けないはずだ。

 そんなことを思いながら、彼女に服を脱がしてもらうのだった。



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