第60話 魔剣と聖剣3
空に高く浮かぶ二つの人影がある。
その人影は、まるで
一人は、赤毛の髪をツインテールで決めた女性だ。翼の他には、角と尻尾が生えている。片手には、大きな袋を持っていた。
もう一人は、吸血鬼のようなコスプレをした青年だ。上空では風が強いのか、黒いマントをなびかせている。
そして二人は、地面を歩いている大型魔獣に視線を向けた。
「でっか」
「大きいですねぇ」
ビッグホーン。
全長四十メートル以上で、体重は百トン程度。
牛というよりは、バッファローに近いかもしれない。頭から生えている二本の角は長くて鋭い。挟んでから投げ飛ばす形ではなく、突き刺す形状をしてる。
あの大きさで、何を突き刺すのかは分からないが……。
「とりあえずは倒してみるか」
「はあい! 御主人様がやりますかぁ?」
「試しにやってみようかな。あの大きさの魔獣は初めてだし……」
ビッグホーンを眺めている二つの人影は、フォルトとカーミラである。
グリムとソフィアが帰ったので、
普段から食しているは、ペリュトンやボアである。どちらも旨いのだが、肉の種類としては鶏肉と
肉の王様である牛肉を食べずにはいられない。
ならばと魔獣を倒すと決めたところで、魔力を高めて戦闘態勢に入る。
【ペネトレイト・レジスト・マジック/魔法抵抗貫通化】
最初の魔法では、何も起きない。体が一瞬だけ点灯しただけだった。
この魔法は強化魔法であって、敵を攻撃する魔法ではない。一回だけだが、次の攻撃魔法に効果を乗せられる。
分類的には支援系魔法の一つで、魔法強化にあたる。回数制限があるので効果は非常に高く、魔法の奥深さを感じた。
体の点灯を確認したフォルトは、口角を上げて不敵な笑みを浮かべる。
「ふふん。死ね!」
【デス/死】
次の魔法を発動すると、地面を歩いていたビッグホーンが突然倒れた。光を発するわけでも、闇に包まれるわけでもない。
ただ、死んだのだ。
死霊系魔法に属する【デス/死】は、魔法の抵抗に失敗した対象に死を与える。一瞬で心臓が止まり、血流が止まり……。
そして、死ぬ。
こういった一撃必殺の魔法は効きづらいが、そのための魔法強化だった。
「さすがは御主人様です!」
「食料にするからさ。奇麗に倒さないとな」
「はいっ! でも、魔法抵抗貫通化を使ったんですねぇ」
「効かないとさ。格好悪いだろ?」
「御主人様は強くて格好いいでーす! ちゅ!」
「でへ」
照れたフォルトは、笑顔のカーミラから
もう何度もされているが、なかなか慣れるものではない。おっさんなので、それだけでデレっとしてしまう。
もちろん、大人の口付けも大好きだ。
「さてと……。近くに下りようか」
「はあい!」
地面に下りた二人は手を
上を見上げると、その大きさに感嘆する。アルゼンチノサウルスのような首長ではないので、その分厚さから良い肉が詰まっていそうだと感じた。
それを確認するように、フォルトは目の前の腹を軽く
「硬いな」
「そうですねぇ。剣だと切れないと思いますよぉ」
「口のほうはどうだ?」
カーミラが急いで、ビッグホーンの口まで向かう。フォルトはゆっくりと追いかけながら、地面に横たわっている死骸を叩いていく。
柔らかい箇所があれば、外皮を割いてみても良さそうだ。
「御主人様! 口が開いてまーす!」
「なら舌を切ってみるか」
ビッグホーンの外皮は物凄く硬いが、中身は柔らかそうだ。
それでも解体道具が無いので、すぐに切れそうな舌を試してみる。
「カーミラちゃんがやりますねぇ」
「よろしく!」
大きな袋に手を入れたカーミラは、中から鉄製のナイフを取り出す。ナイフで平気かと思うが、彼女は闇属性を付与して魔法の武器に変えた。
それでもなかなか刃が通らず、ビッグホーンの
とりあえず表面は汚そうなので、傷を開いて内側の肉を切り出してもらう。
「御主人様、何とか切れましたぁ!」
「ご苦労様。では手のひらサイズで焼いてみよう」
「はあい!」
【イグニッション/発火】
フォルトは火属性魔法で、自身の指先に火をつける。
この魔法は初級も初級で、魔法の練習をするためによく使う。思わずライターを思い出すのは、昔からヘビースモーカーだったからだ。
ともあれ指先に舌の切り身を近づけて、ゆっくりと
まずは二枚ほど焼いて、自分の口とカーミラの口に放り込む。
「こっこれは! まさに牛タンじゃないか!」
「歯ごたえがありますねぇ」
「塩とレモンが欲しいなあ」
「塩は持ってきましたぁ!」
「でかした!」
塩を使ったビッグホーンの牛タンも最高だ。
そうなると、他の部位も楽しみだった。
「えへへ。でも問題がありますよぉ」
「問題?」
「どうやって持ち帰りますかぁ?」
「あ……」
これほどまでに大きな牛は運べない。
切り分けようにも外皮が硬いので、作業をするには時間が必要だ。もちろんフォルトの怠惰が、それを許すはずはなかった。
「こんなのは運べないな」
「持ち帰っても、森には置く場所がありませんねぇ」
「うーん」
(動かすことはできそうか? 数体のゴーレムで引っ張れば……。でもなあ。切り分けかあ。さすがにレイナスじゃ無理だな)
ボアやペリュトンの解体なら、レイナスでも簡単にやれる。
首を切り落として血抜きし、それから皮を
さすがに解体業者ではないので、かなり雑ではあるが……。
そんなことを考えながら、カーミラに土産用の牛タンを準備させた。
「まずは舌だけでいいよ」
「はあい!」
土産用であれば、それだけで十分である。
本格的な解体は、双竜山の森に帰ってから考えれば良いだろう。だがこの場に残しておくと、他の魔獣に食べられてしまうか腐ってしまう。
そう思ったフォルトは、空に飛び立ってカーミラを待つ。
「御主人様! 袋に詰め込みましたよぉ」
「よしよし。ならば死骸は凍らせておこう」
カーミラが腕にしがみ付いたのを確認したフォルトは、眼下で倒れているビッグホーンを見る。傷も無く討伐したので、まだまだ新鮮な状態だ。
その鮮度を保つ必要がある。
【アブソリュート・ゼロ/絶対零度】
フォルトの魔法が発動すると、ビッグホーンを中心に強烈な冷気が渦を巻く。周囲は一気に気温が下がって、一面は真っ白になった。
もちろん中心となった魔獣は、絶対零度の冷気で氷漬けである。
「さすがは御主人様です!」
「ははっ。これなら溶けないだろう?」
フォルトは気軽に使っているが、この魔法は上級の氷属性魔法だ。
使い手は極少数で、魔法に込められた魔力が桁違いだった。ビッグホーンを丸々凍らせるなど、普通なら不可能である。
これならば、他の魔獣も寄ってこないだろう。もし近寄っても、分厚い氷を突破できないはずだ。下手に触ると凍傷になって、その部分から壊死してしまう。
さすがは、レベル五百の魔人であった。
「後は解体方法ですねぇ」
「そうだな。暫くは溶けないだろうし、ゆっくりと考えよう」
「はあい!」
フォルトはカーミラを伴いながら、双竜山の森に向かって飛んだ。
それにしても、ビッグホーンを解体するのは容易なことではない。飛んでいる間も考えるが何かを思いつく前に、双子に見える山が見えてきたのだった。
◇◇◇◇◇
双竜山の森に戻ったフォルトは、いつもの惰眠を貪っていた。
やっと使い始めた屋敷の寝室は広い。必然的にベッドも広いので、四人の身内が大の字で寝ても余裕があった。
凍らせたビッグホーンは、まだ溶けないだろう。今のうちに、解体方法を考えないといけない。頭の中が真っ白になった賢者モードのうちに……。
それでも思いつくのは、とてもくだらない内容だった。
「魔剣か聖剣が欲しいな」
「何に使うんですかぁ?」
「解体だ」
「え?」
「切れ味が良さそうだろ?」
隣で寝ているカーミラが、目を点にしてキョトンとする。
つい先日、ソフィアから魔剣や聖剣の話を聞いた。それで思いついたのだが、同じく隣で寝ていたレイナスが疑問を呈する。
「フォルト様、そんなことに使うのですか?」
「何か問題でも?」
「いえ。魔剣や聖剣は最上級の武器ですわよ?」
本当にくだらない思いつきだった。
レイナスの武器としても欲しいと思う。魔剣か聖剣を渡せば、今よりもに強くなるだろう。しかしながら、目下の懸案はビッグホーンの肉である。
「他の部位も食べたい!」
「そうだろ?」
「お土産の牛タンは最高っしょ!」
フォルトの腰に乗っているアーシャが、ズイッと顔を近づけてきた。どうやら土産の牛タンが、お気に召したようだ。
もちろん、他の身内たちにも好評だった。
そして彼女は目をキラキラさせながら、続きを話し出した。
「サーロインやバラがいいなあ。後はミスジが食べたい!」
「もしかして、アーシャは部位を知っているのか?」
「うん! どこにあるかも分かるもん」
何とアーシャには、牛の十五部位と内臓十二部位が分かるようだ。
これにはフォルトも、驚きの声をあげてしまう。とてもではないが、ギャルの知識とは思えなかった。
「マジか!」
「マジマジ。どう? 見直したっしょ!」
ギャルの知識を侮ることなかれ。
アーシャは学校を中退したときからずっと遊んでいたので、このような雑学は豊富なのだ。使い道は、友達と焼肉屋で集まるときだけだったが……。
ある意味では、残念なギャルである。
その点に関しては、フォルトもどっこいどっこいかもしれない。料理のレシピだけを集めて、結局は作らなかった。
「見直した! 後で絵に起こせる?」
「描けるよ。じゃあ、もう一回いい?」
「いいぞ。二人もな」
「「はーい!」」
アーシャのおねだりで、情事の続きが始まる。
ともあれ部位が分かっても、ビッグホーンを解体できなければ意味が無い。行為中には他のことを考えないが、休憩時には思考を巡らせる。
そして三人の相手が終わる頃、寝室の中に腹を刺激する匂いが漂ってきた。
「おっと下からいい匂いが……。ルリの料理ができたかな」
「御主人様、食堂に行きますかぁ?」
「うむ」
「あら。もうそのような時間ですか」
「あっあたしは後から行くわ」
「そうか? では二人とも行くぞ!」
アーシャは完全にバテていた。
少しばかり張り切り過ぎたかもしれないが、暫く横になっていれば平気だろう。と思ったフォルトは、床に設置された扉を使って一階に飛び降りる。
その後ろを、カーミラとレイナスが追いかけてきた。
ちなみに寝室には二つの扉が設置されており、その先は食堂と風呂場だ。ソフィアにも説明したが、遠回りせずに目的の場所に移動できる。
そして食堂では、ルリシオンの作った料理をブラウニーが運んでいた。相変わらず申しわけない気持ちになるが、早速テーブルに着く。
「フォルトぉ、お土産の肉が切れたわあ」
その隣には、いつものようにマリアンデールがいた。相変わらず、妹成分を補給していたのだろう。
その相手をしながら料理を作れるのは、本当に大したものだ。
「そうか。でもなあ。何度も取りに行くのは嫌だ」
「その点は期待してないわよお」
「ルリちゃんの言ったとおりだわ。討伐に向かったのは奇跡的よ!」
「あっはっはっ! 旨い食事のためなら何とか動くぞ」
(召喚した魔物でやれないかな? 何をどれだけ召喚すればいいのやら……。後でじっくりと考えるかなあ。一回で済ませられれば……)
遊びと食事のためなら、フォルトは森を出ることが可能だ。
もしも怠惰だけしか持っていなければ、きっと駄目だっただろう。七つ大罪をすべて持ってることに感謝である。
「ビッグホーンの肉があれほどとはねえ」
「マリとルリは食べたことがないのか?」
「あるわけがないでしょ! 貴方は馬鹿なの?」
「いや。魔族なら倒せるかなと思ってなあ」
「やれなくはないけど、なぜ食べようと思ったのか謎だわ」
「え?」
「普通に牛がいるのよ? わざわざ危険を冒して食べないわよ!」
「なるほど」
どうやら、家畜としての牛が存在するようだ。
残念ながらフォルトは、森で生活していた部分の常識しかない。いるならいると言ってほしかったが、ボアやペリュトンの肉で満足していた。
これも、引き籠りの弊害である。
「素材のほうが価値は高いわあ。集めてる間に腐るわねえ」
「凍らせれば……」
「そんな手間をかけるなら、さっさと素材を回収するわよ!」
「他の魔物にも襲われちゃうわあ」
この話は、グリムの話と被る。
ビッグホーンの棲息域は、中型や大型の魔物や魔獣ばかりなのだ。肉を食べるどころか、素材を回収している時間も少ない。
あの大きさの魔獣なので、至極当然の話だった。
「大変なんだなあ」
「御主人様には関係無かったですねぇ」
「ははっ。魔法で一発だったしな」
「はぁ……。さすがは魔人だわ」
マリアンデールが
いくら姉妹でも、ビッグホーンは簡単に倒せる相手ではない。負けることはないと思われるが、討伐には多くの時間を擁するだろう。
彼女の重力系魔法だと、相手が大きすぎて効果は薄いらしい。ルリシオンの火属性魔法でも、一撃では沈められない。
襲われれば別だが、わざわざ戦う相手ではないのだ。
「そう言えばマリとルリ、魔剣か聖剣を知らない?」
「どこにあるかって話かしらあ?」
「うん」
「残念ながら私は知らないわねえ。お姉ちゃんは?」
「知るわけがないわね。別に興味は無かったわ」
「いい包丁になりそうなんだがなあ」
「ぶっ! 貴方、包丁の替わりにする気かしら?」
「そうだけど?」
「
「まったくねえ」
「そうか? 他の方法を考えるかあ」
またもやフォルトは、寝室で思いついたくらだらない話をした。
同じ話を繰り返すのも、中身がおっさんだからこそである。いくら外見を青年の姿に変えていても、中身まで変わるものではない。
姉妹にまで呆れられたのなら、魔剣や聖剣の話は棚に上げておく。
無いものは無いので、建設的な話にならない。
(日本ではどうやって解体してたかな? さすがに大きすぎるが……)
とりあえずフォルトは、牛の解体方法を思い出す。
それから身内と食事をしながら、こちらの世界の解体方法を聞いた。内容を理解した後は、今までの出来事から使えそうな方法を考える。
そして、とあることを
――――――――――
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