第59話 魔剣と聖剣2

 宮廷魔術師グリムは、エウィ王国国王の側近である。

 アフラン・ボアルテ・フォン・エインリッヒ(エインリッヒ九世)から、じいと呼ばれる人物だ。王国三百年の歴史の中で、二百年は仕えていた。

 「延体の法」という儀式を成功させた一人であり、老化を遅らせて寿命を延ばしている。だからこそ、物凄く忙しい人物だった。

 領地としてグリム領を賜っているが、王宮を行ったり来たりしている。ソフィアやその両親を名代に使っても、彼の忙しさは桁外れだった。


「と言ったわけじゃのう」

「それで?」

「本題なぞ無い。世間話をしに訪れただけじゃ」

「はい?」

「要は息抜きじゃの。ほっほっほっ」

「フォルト様、御爺様がすみません」


(こっこの爺さん……。食えないと思ってたが、本当に食えないな。まさか自分の息抜きのために、俺を利用したのか?)


 屋敷で面会したときと違って、面前のグリムは好々爺こうこうやであった。

 準備して出しておいたオヤツと茶を、交互に楽しんでいる。ソフィアが恥ずかしそうにしているあたり、とても演技には見えない。

 彼の言っている話は本当かもしれない。


「ここは良い場所じゃのう」

「そうですね」

「整備するとしても、人足や金銭が必要じゃからのう」

「だから俺にやらせたと?」

「ほっほっほっ。想像に任せるのじゃ」

「ぐっ!」


 魔族の姉妹の討伐が困難という話は、うそ偽りのない事実だろう。

 十年前の勇魔戦争では、〈狂乱の女王〉や〈爆炎の薔薇ばら姫〉として恐れられた二人である。だからこそ、フォルトと一緒に囲うという方法を採った。

 グリムからの話は、それを利用された形である。しかしながら、その件に関しては怒りが湧いてこない。

 双竜山の森を融通してもらっただけで十分だった。召喚した魔物が働いただけで、大した苦労など無いのだ。

 それに、約束は守られている。


「あまり頻繁に来られても困りますけどね」

「ワシも忙しい身じゃ。早々と来れまいてのう」

「何も無いですけどね」

「森は落ち着く。荒波の休息には持ってこいじゃ」

「他の人間が来なければいいですよ」

「護衛の兵士は森の外で待機させておる」

「そうですか」

「土産があるでの。ワシらが帰ったら取ってくると良い」

「土産?」

「食材じゃの。毒野菜と呼ばれるものじゃ」

「ほう」


 こちらの世界では、地中から採れる野菜は不浄とされている。名称は違うが、大根や人参なども毒野菜に分類された。

 それらは神官が浄化すれば食べられるとされているが、寄付金が発生するので生産量は少ない。わざわざ不浄な野菜を栽培する者はいないのだ。

 他に食べられる野菜はあるのだから……。


「お主らは毒野菜のソラチャを食しておるとか?」

「ソラチャ?」

「これじゃ」


 グリムは持参した荷物の中から、茶色い野菜を取り出した。

 魔の森でも発見したジャガイモだが、こちらの世界ではソラチャと呼ばれる。おそらくは、土産の中身なのだろう。

 名称などはどうでも良いので、フォルトの主観でジャガイモと呼称する。


「お出ししてるフライドポテトは、それを材料にしていますね」

「ほっほっ。なかなかの美味じゃ」

「ですか?」

「うむ。お主なら毒野菜の使い道もあるじゃろ」

「毒野菜ねぇ」

「何じゃな?」

「い、いえ。何でもありません」

「要らなければ廃棄して構わぬぞ」

「そりゃどうも」


(ジャガイモの毒にあたったか? 対処さえすれば食えるけどな。異世界人がいるのに知らないのか? まぁ俺たちが食べるさ)


 フライドポテトの材料になっているジャガイモ。

 名称が違うように、あちらの世界との差異があるようだ。味などは同じなので気にしなくても良いが、栽培地域などは一致していない。

 グリムが毒野菜と言ったように、何も知らないと食中毒を引き起こす。

 芽が出ていたり、皮が緑色だと危険だった。とはいえ、キチンと調理前に確認と対処をすれば食べられる。

 保存方法も重要で、安全に食するには知っているかどうかだ。

 そして、わざわざ教える必要は無い。


「土産の礼として、一つ教えておきましょうか」

「何じゃな?」

「ダマス荒野でしたっけ? そこに人間の石像があったそうです」

「むっ! まさか帝国の者かの?」

「マリとルリがそう言っていましたね。俺は見てないので……」

「ほっほっ。貴重な情報じゃの。助かるわい」

「もし帝国の人間が森に入ったら……。殺しても?」

「うーむ。追い返してもらえると助かるのう」


 エウィ王国は、ソル帝国と事を構えるつもりが無い。

 双竜山の森に侵入した者を殺してしまうと、戦争の火種となってしまう。しかも、帝国が魔族を囲っているとの情報が入っている。

 それについては何の準備もできていないので、戦争は避けたいところだ。といった事情もあり、北からの侵入者を殺害すると困るらしい。


「それって王国の機密情報じゃ?」

「お主は世捨て人のようなものじゃ。問題は無かろう」


 フォルトは引き籠りの人間嫌い。

 それは、グリムも知っている。情報を話すために、双竜山の森から出ないと思っているだろう。事実、そのとおりである。

 そんなことを考えていると、ふと魔剣の件を思い出す。


「話は変わるのですが、魔剣とはどういった剣なのですか?」

「ソフィアよ。教えてやれ」


 グリムは話し疲れたようで、ソフィアに丸投げする。

 そのあたりは気が合いそうだった。フォルトの場合は疲れていなくても、カーミラに丸投げしている。


「詳しいことは、何も解明されていませんが……」


 魔剣とは、強大な力を秘めた剣である。

 魔人が鍛えたとされ、魔人自身が剣になったとの論評もある。他にも、多くの言い伝えがあるようだ。

 そして、様々な効果があるらしい。

 直接的な打撃を与えたり、所有者のレベルを大幅にあげる。または、魔力の増幅装置などと言われている。しかしながら、そのほとんどは憶測であった。

 ソフィアの言ったとおり、何も分かっていないようだ。


「へぇ」

「有名なところでは、勇者アルフレッドの神魔剣です」

「レイナスも言っていたなあ」

「魔王に勝てたのも、この剣のおかげですね」

「ほうほう」

「魔王は神魔剣を封印するために、勇者と戦いました」

「そうなのか?」

「魔王本人が、そう言っていましたよ」

「ソフィアさんは勇者の従者でしたっけ?」

「はい。十年前ですが……」


 魔王が勇者たちに伝えた話だった。

 すべての国に宣戦布告したのは、神魔剣を探すためだったらしい。大変危険な魔剣で、世界を滅ぼすとされていた。

 何も戦争まで起こさなくても良いとは思うが、そうせざるを得ない事情があったようだ。しかしながら、それ以上は話さなかった。


(事情なんて誰にでもあるものだが……。それにしても……)


 魔剣とはいえ、たかが剣で世界が滅ぶなど眉唾ものだ。

 しかもそのように危険な魔剣を、勇者がブンブンと振り回していた。となると、勇者が世界を滅ぼした可能性すらある。

 そちらを容認するあたり、人間は勝手なものだと思ってしまう。

 また魔王が事情を話したところで、人間が許すはずはないだろう。魔王の肩を持つつもりは無いが、このあたりは確信をもって言える。


「ふーん」

「魔王のレベルは二百前後です」

「二百もあったのか!」

「神魔剣がなければ、レベル五十の勇者が勝てるはずはありません」

「まぁそうだろうね」

「ですが、勇者が魔王を倒したのは情報操作です」

「え?」

「実際は魔王が神魔剣を封印するために、自ら冥界に落ちたのですよ」

「それも俺に話すのか」

「ふふっ。知ったところで価値がありません」

「なるほど」


 よくある手法だった。

 ソフィアが言った情報操作は、いわゆるプロパガンダである。魔王が死んだことには変わりないので、人間の勝利として、勇者が討伐したと宣伝したのだ。

 魔族から戦争を仕かけられた人間としても、「そうあって欲しい」と望んでいるものだ。すぐに信じて、事実として受け止められた。

 それが、十年前の出来事である。

 今更「違います」と言っても、信じる者は誰もいない。逆に異端として見られ、排除されてしまうだろう。


「現存しているのは、魔剣ゾルディックと魔剣シュトルムですね」

「へぇ。あるんだ」

「魔剣ゾルディックは、砂漠の王セーガルが所持しています」

「もう一振りは?」

「魔剣シュトルムは、魔人グリードが所持してるとか……」

「魔人、ですか」

「魔導国家ゼノリスを滅ぼした憤怒の魔人です」

「どこにいるのかな?」

「ゼノリスを滅ぼした後の足取りは誰も知りませんね」

「ふーん」


 ここで、魔人の話が出てきた。

 自分も魔人なので興味はあったが、詳しく聞くとやぶ蛇になるだろう。話の流れで出た内容を覚えておけば良い。


「グリムの爺さんも持ってるのでは?」

「ワシは所持しておらん。試しただけと言ったじゃろ」

「はぁ……。そうですか」


(やっぱり持っていなかったか。そう思っていたよ!)


 予想どおりだった。

 それでも無い袖を振ってフォルトを試すあたり、グリムも役者である。本当に食えない爺さんだった。

 ソフィアの頭が良いのは、もしかしたら遺伝かもしれない。


「魔剣の話が出たので、聖剣についてもお話しておきましょうか」

「聖剣? お願いします!」

「ふふっ。聖剣はですね」


 聖剣とは、魔剣を模倣した剣である。

 名工と呼ばれる鍛冶かじ職人が、一生に一度作れるかどうかだった。まさに、改心の一振りとなるだろう。

 そして、材料に特殊なものを使う。

 意志を持った何かだが、それは精霊であったり人間でも良い。過去には自分の家族を材料に使って、聖剣を打った名工もいたようだ。

 何とも恐ろしい話である。


「人間を材料にねぇ」

「どうも人間だと難しいようです。失敗したと伝えられていますよ」

「ふーん」

「基本は精霊を使うという話ですね」

「だろうね」

「聖剣は意思を持っていて、所有者を認めれば力を発揮できます」

「そういう系かあ」


(よくある設定だなあ。しゃべる聖剣とか、マジでウザそう。すぐに捨てるべきだな。まぁどうせ森から出ないし、俺が入手する機会は無いか)


 フォルトはゲーム好きで、オタクも入っている。

 引き籠りの弊害として、他に趣味が無かった。だからこそ魔剣や聖剣の話を、すんなりと受け入れている。


「とても興味深かったです。ありがとう」

「どういたしまして」

「話は変わるがのう。お主は大きい屋敷に住まぬのか?」

「あ……。移動が面倒なもので……。その……」

「フォルト様……」


 グリムが痛いところを突いてくる。

 ソフィアからの視線も非常に痛い。身内であれば笑って済ませられるが、赤の他人から突っ込まれると恥ずかしい。


「ダラけきっておるのう。どれ、ワシが手伝ってやろうかの」

「はい?」

「屋敷の中を案内せい。褒美に良いものをやる」

「良いもの?」

「おそらくじゃが、お主が喜ぶものじゃ」

「はぁ……。面倒だけど、大家さんの頼みは断れませんね」


 ここまで言われては、怠惰なフォルトでも動くしかないか。もちろん、いずれは移動するつもりだったのだ。

 そのいずれが、今になっただけである。


「ほっほっほっ。嬢ちゃんも一緒にな」

「はあい! 御主人様、行きましょう!」


 暇だったのだろう。

 今まで黙っていたカーミラが、両手を挙げてうれしそうに立ち上がる。続けて、フォルトの腕を引っ張る。腰が重いので、彼女の介助に感謝だ。

 そしてボロ小屋から出た四人は、隣に建つ屋敷の中に入った。


「へぇ。いい屋敷だなあ」

「あの……。フォルト様のお屋敷ですよね?」

「ははっ。お恥ずかしい」


 ソフィアからのツッコミで、またもやフォルトは赤面してしまう。

 屋敷に入ると、数体のブラウニーが歩いていた。家の精霊として、管理はお手のものだ。いくら無人であっても、ほこりなどはすぐにまってしまう。

 本領を発揮しているようで、ピカピカと奇麗に掃除されていた。

 案内と言われても、屋敷が完成してから中に入ったことがない。カーミラも同様なので、案内がてら自分も案内されてみる。


「ココガ食堂デス」

「ほう。広いな」

「フォルト様、天井にある扉みたいなのは何ですか?」

「確か……。俺の部屋につながってるはずです」

「はい?」

「腹が減ったら飛び降りる。食ったら戻る。便利でしょ?」

「………………」


 食堂もそうだが、風呂場も直通で行けるように作らせた。

 もちろん、フォルトの部屋から屋根にも出られる。梯子はしごも付いているので、飛べない身内も使える便利さだった。

 これにも呆れたグリムが口を開く。


「筋金入りじゃのう」

「褒めたところで何も出ませんよ?」

「褒めておらぬわい! とにかくお主は、屋敷に移動できたな」

「ですね」

「もうさっきの小屋に戻らんでも良かろう?」

「そうですね」

「では、褒美をやろう」


 グリムからの褒美。

 それは、グリム領の一部を使用する権利である。とはいえその領地は、人間が暮らせるような場所ではなかった。

 非常に危険な領域で、大型の魔物や魔獣が棲息せいそくしているらしい。


「そんな領地を使わせて、俺にどうしろと?」

「ビッグホーンがおる」

「ビッグホーン?」

「簡単に言うと、巨大な牛じゃ」

「なっ何だってえ!」

「御主人様?」

「いや。何でもない」


 ビッグホーンとは、平野部を縄張りとする大型の魔獣だ。

 体長は四十メートル以上、体重は百トン近くある。恐竜に例えると、世界最大のアルゼンチノサウルスに匹敵するだろう。

 人間など踏み潰されてしまう。


「領地の場所は、双竜山の西側じゃ」

「近いですね」

「うむ。領地と定めておるが、我らに使い道は無くてのう」

「そんな巨大な魔獣なんて倒せないでしょ?」

「でもないぞ。過去の勇者たちは討伐しておった」

「ええ!」


 魔法やスキルが存在する世界だ。

 人間でも勇者級ともなれば、大型の魔獣も倒せるらしい。であれば、レベル五百のフォルトなら討伐できるだろう。

 そう思っていると、グリムが同じようなことを言い出した。


「お主なら倒せるじゃろ」

「いやいや。レベル三ですよ?」

「詳しくは聞かぬがのう。強いと思うておる。諦めよ」

「はぁ……。分かりました」

「ふふっ。フォルト様も御爺様には形無しですね」

「まったくです」


 魔の森に訪れたソフィアは、グリムに報告をしているのだ。同時にフォルトについての考えも共有している。

 それから導き出した答えなのだろう。

 いくらフォルトがとぼけても駄目らしい。しかしながら実際の強さは見せていないので、今後も白を切るつもりだった。

 それにしても、懸案だった食料問題が解決しそうだ。こちらの世界に召喚されてからは、初めての牛肉である。

 そこまで大きな牛であれば、一頭で一年は持つかもしれない。

 これには暴食がうずいてしまうが……。


「ビッグホーンって……。旨いの?」

「知らぬ。誰も食したことはないのう」

「勇者たちは?」

「肉は消し炭じゃな。他の魔物や魔獣に襲われてしまうからのう」

「なるほど」


 ちなみに、ビッグホーンの素材は高値で取引される。勇者は腕試しと言っていたらしく、討伐のついでに素材の回収を依頼したようだ。

 ちゃかりしているが、肉についてはグリムが言ったとおりだ。回収中に襲われたら危険を通り越して死んでしまうので、さっさと燃やし尽くしたらしい。

 過去の討伐者も事情は同じ。だからこそ、誰も食したことが無い。

 フォルトとしては、実際に見てみないと何とも言えないところだ。ならばと来訪者たちが帰ったら、早速行ってみようと考えるのだった。



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