第59話 魔剣と聖剣2
宮廷魔術師グリムは、エウィ王国国王の側近である。
アフラン・ボアルテ・フォン・エインリッヒ(エインリッヒ九世)から、
「延体の法」という儀式を成功させた一人であり、老化を遅らせて寿命を延ばしている。だからこそ、物凄く忙しい人物だった。
領地としてグリム領を賜っているが、王宮を行ったり来たりしている。ソフィアやその両親を名代に使っても、彼の忙しさは桁外れだった。
「と言ったわけじゃのう」
「それで?」
「本題なぞ無い。世間話をしに訪れただけじゃ」
「はい?」
「要は息抜きじゃの。ほっほっほっ」
「フォルト様、御爺様がすみません」
(こっこの爺さん……。食えないと思ってたが、本当に食えないな。まさか自分の息抜きのために、俺を利用したのか?)
屋敷で面会したときと違って、面前のグリムは
準備して出しておいたオヤツと茶を、交互に楽しんでいる。ソフィアが恥ずかしそうにしているあたり、とても演技には見えない。
彼の言っている話は本当かもしれない。
「ここは良い場所じゃのう」
「そうですね」
「整備するとしても、人足や金銭が必要じゃからのう」
「だから俺にやらせたと?」
「ほっほっほっ。想像に任せるのじゃ」
「ぐっ!」
魔族の姉妹の討伐が困難という話は、
十年前の勇魔戦争では、〈狂乱の女王〉や〈爆炎の
グリムからの話は、それを利用された形である。しかしながら、その件に関しては怒りが湧いてこない。
双竜山の森を融通してもらっただけで十分だった。召喚した魔物が働いただけで、大した苦労など無いのだ。
それに、約束は守られている。
「あまり頻繁に来られても困りますけどね」
「ワシも忙しい身じゃ。早々と来れまいてのう」
「何も無いですけどね」
「森は落ち着く。荒波の休息には持ってこいじゃ」
「他の人間が来なければいいですよ」
「護衛の兵士は森の外で待機させておる」
「そうですか」
「土産があるでの。ワシらが帰ったら取ってくると良い」
「土産?」
「食材じゃの。毒野菜と呼ばれるものじゃ」
「ほう」
こちらの世界では、地中から採れる野菜は不浄とされている。名称は違うが、大根や人参なども毒野菜に分類された。
それらは神官が浄化すれば食べられるとされているが、寄付金が発生するので生産量は少ない。わざわざ不浄な野菜を栽培する者はいないのだ。
他に食べられる野菜はあるのだから……。
「お主らは毒野菜のソラチャを食しておるとか?」
「ソラチャ?」
「これじゃ」
グリムは持参した荷物の中から、茶色い野菜を取り出した。
魔の森でも発見したジャガイモだが、こちらの世界ではソラチャと呼ばれる。おそらくは、土産の中身なのだろう。
名称などはどうでも良いので、フォルトの主観でジャガイモと呼称する。
「お出ししてるフライドポテトは、それを材料にしていますね」
「ほっほっ。なかなかの美味じゃ」
「ですか?」
「うむ。お主なら毒野菜の使い道もあるじゃろ」
「毒野菜ねぇ」
「何じゃな?」
「い、いえ。何でもありません」
「要らなければ廃棄して構わぬぞ」
「そりゃどうも」
(ジャガイモの毒にあたったか? 対処さえすれば食えるけどな。異世界人がいるのに知らないのか? まぁ俺たちが食べるさ)
フライドポテトの材料になっているジャガイモ。
名称が違うように、あちらの世界との差異があるようだ。味などは同じなので気にしなくても良いが、栽培地域などは一致していない。
グリムが毒野菜と言ったように、何も知らないと食中毒を引き起こす。
芽が出ていたり、皮が緑色だと危険だった。とはいえ、キチンと調理前に確認と対処をすれば食べられる。
保存方法も重要で、安全に食するには知っているかどうかだ。
そして、わざわざ教える必要は無い。
「土産の礼として、一つ教えておきましょうか」
「何じゃな?」
「ダマス荒野でしたっけ? そこに人間の石像があったそうです」
「むっ! まさか帝国の者かの?」
「マリとルリがそう言っていましたね。俺は見てないので……」
「ほっほっ。貴重な情報じゃの。助かるわい」
「もし帝国の人間が森に入ったら……。殺しても?」
「うーむ。追い返してもらえると助かるのう」
エウィ王国は、ソル帝国と事を構えるつもりが無い。
双竜山の森に侵入した者を殺してしまうと、戦争の火種となってしまう。しかも、帝国が魔族を囲っているとの情報が入っている。
それについては何の準備もできていないので、戦争は避けたいところだ。といった事情もあり、北からの侵入者を殺害すると困るらしい。
「それって王国の機密情報じゃ?」
「お主は世捨て人のようなものじゃ。問題は無かろう」
フォルトは引き籠りの人間嫌い。
それは、グリムも知っている。情報を話すために、双竜山の森から出ないと思っているだろう。事実、そのとおりである。
そんなことを考えていると、ふと魔剣の件を思い出す。
「話は変わるのですが、魔剣とはどういった剣なのですか?」
「ソフィアよ。教えてやれ」
グリムは話し疲れたようで、ソフィアに丸投げする。
そのあたりは気が合いそうだった。フォルトの場合は疲れていなくても、カーミラに丸投げしている。
「詳しいことは、何も解明されていませんが……」
魔剣とは、強大な力を秘めた剣である。
魔人が鍛えたとされ、魔人自身が剣になったとの論評もある。他にも、多くの言い伝えがあるようだ。
そして、様々な効果があるらしい。
直接的な打撃を与えたり、所有者のレベルを大幅にあげる。または、魔力の増幅装置などと言われている。しかしながら、そのほとんどは憶測であった。
ソフィアの言ったとおり、何も分かっていないようだ。
「へぇ」
「有名なところでは、勇者アルフレッドの神魔剣です」
「レイナスも言っていたなあ」
「魔王に勝てたのも、この剣のおかげですね」
「ほうほう」
「魔王は神魔剣を封印するために、勇者と戦いました」
「そうなのか?」
「魔王本人が、そう言っていましたよ」
「ソフィアさんは勇者の従者でしたっけ?」
「はい。十年前ですが……」
魔王が勇者たちに伝えた話だった。
すべての国に宣戦布告したのは、神魔剣を探すためだったらしい。大変危険な魔剣で、世界を滅ぼすとされていた。
何も戦争まで起こさなくても良いとは思うが、そうせざるを得ない事情があったようだ。しかしながら、それ以上は話さなかった。
(事情なんて誰にでもあるものだが……。それにしても……)
魔剣とはいえ、たかが剣で世界が滅ぶなど眉唾ものだ。
しかもそのように危険な魔剣を、勇者がブンブンと振り回していた。となると、勇者が世界を滅ぼした可能性すらある。
そちらを容認するあたり、人間は勝手なものだと思ってしまう。
また魔王が事情を話したところで、人間が許すはずはないだろう。魔王の肩を持つつもりは無いが、このあたりは確信をもって言える。
「ふーん」
「魔王のレベルは二百前後です」
「二百もあったのか!」
「神魔剣がなければ、レベル五十の勇者が勝てるはずはありません」
「まぁそうだろうね」
「ですが、勇者が魔王を倒したのは情報操作です」
「え?」
「実際は魔王が神魔剣を封印するために、自ら冥界に落ちたのですよ」
「それも俺に話すのか」
「ふふっ。知ったところで価値がありません」
「なるほど」
よくある手法だった。
ソフィアが言った情報操作は、いわゆるプロパガンダである。魔王が死んだことには変わりないので、人間の勝利として、勇者が討伐したと宣伝したのだ。
魔族から戦争を仕かけられた人間としても、「そうあって欲しい」と望んでいるものだ。すぐに信じて、事実として受け止められた。
それが、十年前の出来事である。
今更「違います」と言っても、信じる者は誰もいない。逆に異端として見られ、排除されてしまうだろう。
「現存しているのは、魔剣ゾルディックと魔剣シュトルムですね」
「へぇ。あるんだ」
「魔剣ゾルディックは、砂漠の王セーガルが所持しています」
「もう一振りは?」
「魔剣シュトルムは、魔人グリードが所持してるとか……」
「魔人、ですか」
「魔導国家ゼノリスを滅ぼした憤怒の魔人です」
「どこにいるのかな?」
「ゼノリスを滅ぼした後の足取りは誰も知りませんね」
「ふーん」
ここで、魔人の話が出てきた。
自分も魔人なので興味はあったが、詳しく聞くとやぶ蛇になるだろう。話の流れで出た内容を覚えておけば良い。
「グリムの爺さんも持ってるのでは?」
「ワシは所持しておらん。試しただけと言ったじゃろ」
「はぁ……。そうですか」
(やっぱり持っていなかったか。そう思っていたよ!)
予想どおりだった。
それでも無い袖を振ってフォルトを試すあたり、グリムも役者である。本当に食えない爺さんだった。
ソフィアの頭が良いのは、もしかしたら遺伝かもしれない。
「魔剣の話が出たので、聖剣についてもお話しておきましょうか」
「聖剣? お願いします!」
「ふふっ。聖剣はですね」
聖剣とは、魔剣を模倣した剣である。
名工と呼ばれる
そして、材料に特殊なものを使う。
意志を持った何かだが、それは精霊であったり人間でも良い。過去には自分の家族を材料に使って、聖剣を打った名工もいたようだ。
何とも恐ろしい話である。
「人間を材料にねぇ」
「どうも人間だと難しいようです。失敗したと伝えられていますよ」
「ふーん」
「基本は精霊を使うという話ですね」
「だろうね」
「聖剣は意思を持っていて、所有者を認めれば力を発揮できます」
「そういう系かあ」
(よくある設定だなあ。
フォルトはゲーム好きで、オタクも入っている。
引き籠りの弊害として、他に趣味が無かった。だからこそ魔剣や聖剣の話を、すんなりと受け入れている。
「とても興味深かったです。ありがとう」
「どういたしまして」
「話は変わるがのう。お主は大きい屋敷に住まぬのか?」
「あ……。移動が面倒なもので……。その……」
「フォルト様……」
グリムが痛いところを突いてくる。
ソフィアからの視線も非常に痛い。身内であれば笑って済ませられるが、赤の他人から突っ込まれると恥ずかしい。
「ダラけきっておるのう。どれ、ワシが手伝ってやろうかの」
「はい?」
「屋敷の中を案内せい。褒美に良いものをやる」
「良いもの?」
「おそらくじゃが、お主が喜ぶものじゃ」
「はぁ……。面倒だけど、大家さんの頼みは断れませんね」
ここまで言われては、怠惰なフォルトでも動くしかないか。もちろん、いずれは移動するつもりだったのだ。
そのいずれが、今になっただけである。
「ほっほっほっ。嬢ちゃんも一緒にな」
「はあい! 御主人様、行きましょう!」
暇だったのだろう。
今まで黙っていたカーミラが、両手を挙げて
そしてボロ小屋から出た四人は、隣に建つ屋敷の中に入った。
「へぇ。いい屋敷だなあ」
「あの……。フォルト様のお屋敷ですよね?」
「ははっ。お恥ずかしい」
ソフィアからのツッコミで、またもやフォルトは赤面してしまう。
屋敷に入ると、数体のブラウニーが歩いていた。家の精霊として、管理はお手のものだ。いくら無人であっても、
本領を発揮しているようで、ピカピカと奇麗に掃除されていた。
案内と言われても、屋敷が完成してから中に入ったことがない。カーミラも同様なので、案内がてら自分も案内されてみる。
「ココガ食堂デス」
「ほう。広いな」
「フォルト様、天井にある扉みたいなのは何ですか?」
「確か……。俺の部屋に
「はい?」
「腹が減ったら飛び降りる。食ったら戻る。便利でしょ?」
「………………」
食堂もそうだが、風呂場も直通で行けるように作らせた。
もちろん、フォルトの部屋から屋根にも出られる。
これにも呆れたグリムが口を開く。
「筋金入りじゃのう」
「褒めたところで何も出ませんよ?」
「褒めておらぬわい! とにかくお主は、屋敷に移動できたな」
「ですね」
「もうさっきの小屋に戻らんでも良かろう?」
「そうですね」
「では、褒美をやろう」
グリムからの褒美。
それは、グリム領の一部を使用する権利である。とはいえその領地は、人間が暮らせるような場所ではなかった。
非常に危険な領域で、大型の魔物や魔獣が
「そんな領地を使わせて、俺にどうしろと?」
「ビッグホーンがおる」
「ビッグホーン?」
「簡単に言うと、巨大な牛じゃ」
「なっ何だってえ!」
「御主人様?」
「いや。何でもない」
ビッグホーンとは、平野部を縄張りとする大型の魔獣だ。
体長は四十メートル以上、体重は百トン近くある。恐竜に例えると、世界最大のアルゼンチノサウルスに匹敵するだろう。
人間など踏み潰されてしまう。
「領地の場所は、双竜山の西側じゃ」
「近いですね」
「うむ。領地と定めておるが、我らに使い道は無くてのう」
「そんな巨大な魔獣なんて倒せないでしょ?」
「でもないぞ。過去の勇者たちは討伐しておった」
「ええ!」
魔法やスキルが存在する世界だ。
人間でも勇者級ともなれば、大型の魔獣も倒せるらしい。であれば、レベル五百のフォルトなら討伐できるだろう。
そう思っていると、グリムが同じようなことを言い出した。
「お主なら倒せるじゃろ」
「いやいや。レベル三ですよ?」
「詳しくは聞かぬがのう。強いと思うておる。諦めよ」
「はぁ……。分かりました」
「ふふっ。フォルト様も御爺様には形無しですね」
「まったくです」
魔の森に訪れたソフィアは、グリムに報告をしているのだ。同時にフォルトについての考えも共有している。
それから導き出した答えなのだろう。
いくらフォルトがとぼけても駄目らしい。しかしながら実際の強さは見せていないので、今後も白を切るつもりだった。
それにしても、懸案だった食料問題が解決しそうだ。こちらの世界に召喚されてからは、初めての牛肉である。
そこまで大きな牛であれば、一頭で一年は持つかもしれない。
これには暴食が
「ビッグホーンって……。旨いの?」
「知らぬ。誰も食したことはないのう」
「勇者たちは?」
「肉は消し炭じゃな。他の魔物や魔獣に襲われてしまうからのう」
「なるほど」
ちなみに、ビッグホーンの素材は高値で取引される。勇者は腕試しと言っていたらしく、討伐のついでに素材の回収を依頼したようだ。
ちゃかりしているが、肉についてはグリムが言ったとおりだ。回収中に襲われたら危険を通り越して死んでしまうので、さっさと燃やし尽くしたらしい。
過去の討伐者も事情は同じ。だからこそ、誰も食したことが無い。
フォルトとしては、実際に見てみないと何とも言えないところだ。ならばと来訪者たちが帰ったら、早速行ってみようと考えるのだった。
――――――――――
Copyright©2021-特攻君
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