第五章 帝国の影 ※改稿済み

第58話 魔剣と聖剣1

 ついに完成した屋敷。

 二階建てになっており、横に長い寮のような建物だ。

 一階は食堂や調理場。皆が集まれる談話室や応接室。風呂やトイレなどがある。二階は住居になっており、一部屋はそれなりに広い。

 フォルトの寝室はもちろん、皆が一人で使える個人部屋がある。簡単な家具も、各部屋に設置してあった。しかしながら、それらを完成させたのはブラウニーだ。

 外観は酷く、廃校になった学校の旧校舎に見える。

 夜になると、不気味さが漂うだろう。非常に雑な造りだが、屋敷の形にさえなっていれば平気である。

 家の精霊として、本領を発揮するだろう。


「御主人様!」

「どうした?」

「移動しないのですかぁ?」

「そのうちな」

「そう言って、一週間ぐらい経ってますよぉ」

「あっはっはっ!」

「ボロ小屋が気にいったのですねぇ」

「三人で横になれるベッド。部屋を出ればダイニング!」

「屋根にも出られますしねぇ」

「行動範囲が狭いからな。十分だと思うぞ」

「さすがは御主人様です!」


 フォルトは現在、仮住居のベッドで横になっている。両隣にカーミラとレイナスを寝かせて、心地良い惰眠を貪っていた。

 せっかく建てた本宅だが、現在は誰も住んでない。

 マリアンデールとルリシオンも移動しておらず、アーシャも移動していない。しいて挙げれば、ブラウニーが住んでいる。

 建てた意味があったのかと疑問すら浮かぶ。


「ふふっ。勿体もったい無いですわね。ピタ」


 レイナスが擬音を発して、柔らかい体を寄せてくる。

 それに合わせてカーミラも、だ。フォルトは三度寝をしようと思ったが、ふと何かを思い出した。


「レイナスは魔剣を知ってる?」

「魔剣、ですか?」

「グリムのじいさんがさ。国を滅ぼす魔剣がどうとか言っていた」

「ですねぇ。御主人様に預けようとしていましたぁ!」

「試したとも聞いたから、もしかしたら持っていないかもだが……」


 フォルトからすると、国や町を滅ぼせる魔剣など要らない。と言っても、どういった剣かを知っておくことは重要である。

 自分に向けられる可能性もゼロではない。


「有名な魔剣でしたら、神魔剣がありましたわ」

「神魔剣?」

「十年前の勇者が使っていた魔剣ですわね」

「へぇ。過去形ってことは、今は無いのか?」

「残念ながら詳しくは分かりませんわ」


 十年前の勇者ということは、勇魔戦争のときに活躍した異世界人だ。魔王を打倒した剣だと思われるが、現存しているかは不明のようだった。

 なかなかに興味深い話だ。


「聖女様なら知っているかもしれませんわね」

「ソフィアさんか?」

「勇者の従者でしたわ」

「十年前だっけ? ソフィアさんも大変だったんだな」

「御主人様、アカシックレコードならすぐに分かりますよぉ」

「あぁ……。そうだったな」

「御主人様?」

「ぐぅぐぅ」


 カーミラの言葉を最後に、フォルトは惰眠に入ってしまった。

 今回は神魔剣というキーワードがある。

 アカシックレコードに情報が入っていれば、すぐに引き出せるだろう。しかしながら、その「すぐ」という言葉がわなである。

 怠惰を持つ魔人にとっては禁句だった。

 どうしても、後回しにしてしまうのだ。新しく建てた屋敷に移動しないのも、それが原因だった。

 怠惰、ここに極まれりである。


「寝てしまいましたわ」

「もうちょっとだけ、体に刺激を与えれば良かったでーす!」

「ふふっ。三度寝ですから、私たちは食事の準備をしましょう」

「はあい!」


 カーミラとレイナスは、ベッドから起き出して寝室を出る。

 フォルトの三度寝は、睡眠時間が短いのだ。一時間以内には起き出すので、暴食を満足させる料理を作り始めるのだった。



◇◇◇◇◇



 湖に浮かんでいる小島には、大きな木が一本だけ生えている。他には雑草が生い茂っているぐらいだ。

 食事を終えたフォルトは、その小島に訪れて寝転んでいた。


「偉大なる主。ご命令を……」

「その偉大なる主ってさ。やめてもらえる?」


 目の前には、破廉恥な格好をした人型の美しい女性が立つ。

 緑色の長い髪と、ほとんど隠していない服装が特徴的だ。ドライアドと呼ばれる精霊で、森の管理者との異名を持っている。

 そう言わしめる能力として、樹木を介したネットワークを張れるのだ。カーミラから聞いてあったので、忘れないうちに召喚した。


「何とお呼びすれば?」

「うーん」


 ドライアドの質問に、フォルトは腕を組んで考える。

 カーミラは御主人様。レイナスはフォルト様。ニャンシーは主。マリアンデールは貴方。ルリシオンはフォルト。アーシャはフォルトさん。

 このように、それぞれで呼び方が違う。

 ならば……。


「旦那様でいいよ」

「畏まりました。旦那様」

「フォルトさん、頭は大丈夫?」

「起きたか」

「メイドでも雇ったつもりなの?」

「いやいや。他に思いつかなかったもんでな」

「まったく……。それにしても激し過ぎっしょ!」

「そうか? 普段どおりなのだが……」


 フォルトの横では、アーシャが寝そべっている。

 カーミラが堕落の種を食べさせたので、老化の悩みは解決した。ならばと思って、もう一つの悩みを解決したところだ。

 つまりは、レイナスと同様である。


「でもさあ。意地悪よね」

「ん?」

「さっきは何で、おっさんに戻ったのよ!」

「あっはっはっ!」

「フォルトさんならいいけどさ」

「そうか?」

「他のおっさんは抵抗があるけどね!」


 おっさんに戻ったのは、フォルトの復讐ふくしゅうである。

 心が狭いのだ。「キモい」という言葉は、それだけで心に突き刺さる。とはいえ、そろそろ許してやることにした。

 どうやら、アーシャのおっさん嫌いは根深いようなのだ。自身の人間嫌いと、根っこは同じなのかもしれない。

 それでも今は、心を開いてくれている。


「これでさあ。レイナス先輩と同じだね!」

「は?」

「フォルトさんはさ。自分の女を大切にするっしょ」

「どうだろう?」


 アーシャの言葉に対して、フォルトは少々面を食らってしまう。

 レイナスは自分の女ではなく、「玩具」として扱っている。だが、その存在を愛するが如く貪るように抱いていた。

 もしかしたら、ただの言葉遊びになっていたか。

 それでも、人間を見限っているのは事実である。


「そう見えたの! この話はおしまい!」

「あ、あぁ……」

「旦那様、ご命令を頂きたく存じます」


 フォルトとしては、もう少し突っ込んで聞きたかった。

 ともあれ、ドライアドに命令を伝えるのが先だろう。屋敷の建設に従事させていたブラウニーの数を減らしたから召喚したのだ。

 この精霊にやってもらう仕事は、もちろん双竜山の森を管理すること。小島を拠点として、トレントを使いながら従事してもらうのだ。

 もう植物に関する仕事は任せてしまう。


「そういうことだ。後は任せる」

「畏まりました。旦那様」


 その言葉を最後に、ドライアドは大きな木の中に隠れた。

 この大木が住居兼指令室になるので、後は放っておいても大丈夫だろう。


(よし! これで森の野菜や果物については解決したな。次は双竜山の獲物関係だが何かしら手を打たないと……。食ってばかりだと減るからな)


「どうしたの?」

「どうやったら、双竜山の獲物の数が増えるかなと思ってな」

「ふーん。自堕落を満喫してるわりにはさ。考えてんのね」

「自堕落を満喫するためなら考える!」

「あはっ! 矛盾してるぅ」


 泥棒も盗みの技術を磨く努力をしている。その努力を違う方向で使えば、盗みなどせずとも普通に生きられるはず。

 それと同じことだ。

 これは単純な方程式であり、盗人にも三分の理ともいう。方程式通りに、努力の先を変えられないのだ。

 肯定はしないが、フォルトもその口であった。


「考えるのはタダだしな」

「じゃあさ。一緒に考えてあげる!」

「あ……。それは無理だ」

「何で?」

「今からもう一回戦だからな」

「ちょ、ちょっと!」


 七つの大罪の一つ、色欲が全開だった。

 魔人は大罪に忠実なので、アーシャには諦めてもらうしかない。

 彼女が言っていた話にも関係あるだろう。

 色欲もそうだが、嫉妬や強欲にも忠実である。魔人となったフォルトは、自らが手に入れた女性を手放せないのだ。

 それに合わせて、過去の境遇も関係しているか。

 要は愛情に飢えているのだ。長い時間を引き籠りで過ごしたので、家族以外からの愛情を受けていない。

 手に入れた女性に対して、家族愛と恋愛の二つを同時に求めていた。


「やす、休ませ、て……」

「まだまだだぞ!」


 一回戦どころではなかった。

 飢えている愛情の一つをアーシャに向けて、もう一つの愛情へと組み込む。言葉は不要とばかりに、彼女を貪っていく。

 フォルトは何度か、周囲の女性を「身内」と言ったことがある。

 まさに、それが望むものだった。


「ふぅ」

「すぅすぅ」


 行為が終わってからは、火照った体を冷やすように横になった。

 隣では身内となったアーシャが、満足そうな顔で寝息を立てている。彼女の小麦色で艶々した肌を見ていると、またもやフォルトの色欲が刺激されてしまった。

 その瞬間、ドライアドが大木から顔を出す。


「旦那様、森に侵入者です」

「え?」


 ドライアドの言葉に驚いたが、それとは別に目の前の光景を無視していた。男女の交わりは、精霊にとって意味の無いことなのだろう。

 見られると恥ずかしいのだが……。


「南からですが、人間が二名です」

「どんな奴らだ?」

「老人と若い女性です」

「まさか……」

「迷わすことは可能ですが?」

「案内してやれ。誰が来たか想像がついた」

「畏まりました」


 フォルトの想像通りなら、自宅に戻るべきだろう。

 大家さんが来たようなものなので、さすがに相手をしないと拙い。


「アーシャ、起きろ」

「んんっ。またやるの?」

「それでもいいけどな。家に戻るからつかまれ」

「はあい」


 アーシャが起きたところで、御姫様のように抱えて小島を離れる。

 以降は仮住居の自宅に入って、カーミラとレイナスに来客を迎える準備をさせた。相変わらずフォルトは人任せだが、来訪者の対応は自身がやるしかない。

 そう考えると憂鬱になり、身内になったギャルに励ましてもらうのだった。



◇◇◇◇◇



 双竜山の森の入口から自宅までは、徒歩で一日の距離だった。しかしながら、ドライアドは召喚したばかりである。

 もう一日早ければ、来訪者が森に入った瞬間に教えてくれただろう。

 それでも短時間で発見しており、森の管理者の異名に偽りはなかった。フォルトはダイニングにある椅子に座りながら、来訪者を待つ。


「御主人様、誰も来ませんねぇ」

「ドライアドが案内をしているはずなのだが……」

「私とアーシャは自動狩りに行ってきますわ」

「そうだな。では双竜山に行ってこい!」

「誰かさんのせいで疲れてるんですけど!」

「あっはっはっ! レイナスが守ってやれ」

「はい!」


 来訪者に対応するのは、フォルトとカーミラだけで十分だ。

 レイナスとアーシャには、自動狩りと称する魔物退治に向かわせる。


「あの……。フォルト様」


 そして出かけた二人のうち、レイナスだけが戻ってきた。

 何か忘れ物でもしたのだろうか。


「大変言い難いのですが……」

「うん?」

「屋敷の前で待っているようですわ」

「あ……」

「アーシャが連れてきますわ」

「すっすまん……」


 これは、とても恥ずかしい。

 建てたばかりの屋敷と比べると、仮住居はボロ小屋だった。おそらくは、物置とでも勘違いされたのだろう。

 それでも茶の用意をしてあるので、フォルトは動かず待つことにした。


「こちらかな?」

「フォルト様、お邪魔します」


 クスクスと笑っているアーシャが、グリムとソフィアを連れてきた。

 フォルトの予想通りであった。普通の人間なら追い返すが、領主である彼らは追い返せない。名目上は庇護ひごしてもらっているのだから……。

 ともあれ現在は、おっさんの姿に戻っている。カーミラも『隠蔽いんぺい』のスキルで、人間の女性と変わらない。


「それではフォルト様」

「行ってくるね!」


 今度こそ、レイナスとアーシャは双竜山に向かった。

 その二人が気になったのか、ソフィアが話しかけてくる。


「レイナス様とアーシャさんはどちらへ?」

「双竜山に魔物を狩りに行きました」

「えっ! やめさせていないのですか?」

「もちろんです。俺の育成方針なので……」


 双竜山の森に馬車で向かっていたとき、ソフィアから言われた話である。だからと言って、フォルトが従う必要は無い。

 その件に関して、グリムが口を挟む。


「ふむ。良いのではないかのう」

御爺様おじいさま!」

「危険と言えば危険じゃがな。強くはなっておるのじゃろ?」

「そうですね。レイナスは限界突破が間近です」

「ほっほっ。他家の教育方針には口を出さぬことじゃ」

「そうですけど……。もぅ!」


 グリムは話が分かる。

 実際のところ、他家の教育方針に口を出すと問題になることが多い。ほとんどの場合はこじれて喧嘩けんかになる。

 その程度の話は、ソフィアにも分かっているだろう。

 聖女という仕事柄、少し御節介なのかもしれない。


「お主に聞きたいことがあるのじゃが……」

「何でしょう?」

「ローゼンクロイツ家の姉妹が見当たらないようじゃのう」


 グリムがフォルトを庇護した目的の一つは、マリアンデールとルリシオンがいるからだ。当然のように気になるようで、どこにいるかを確かめたいのだろう。

 別に隠すことも無いので、本当のことを伝える。


「マリとルリは森の北で遊んでいますよ」

「北とな? ダマス荒野じゃな」

「地理は分かりません。ですが、多分そこですね」

「さすがじゃのう」

「石化三兄弟がいますしね。人間だと厳しいのでは?」

「フォルト様、石化三兄弟とは?」

「バジリスクとコカトリスと……。ゴルゴンだったかな」

「ぷっ! 笑わせないでください!」


 何やら、ソフィアの琴線に触れてしまったらしい。今までの対応からは想像できない無邪気な笑顔である。

 きっと、こちらが素なのだろう。


「これソフィア」

「だっだって……。ぷっ!」


 笑いを堪えようとしているところが可愛らしい。

 そう言えばとフォルトは、双竜山の森に移動しているときの出来事を思い出す。強引なセクハラのせいで、ソフィアは恥ずかしがっていたか。

 あのときとは違うが、自身が知る彼女と違って新鮮だった。


「んんっ! マリとルリに用事でも?」

「いや。お主がどうしておるか見にきただけじゃ」

「あ……。お気遣い感謝しますね」

うそをつけ。やはり、この場所を選んだのじゃな」


 グリムとソフィアには、どこに住居を構えたかを伝えていない。

 これが年の功と言うべきか。お見通しのようで、一発で当ててきた。歳だけならマリアンデールとルリシオンも高いが、これは寿命の差だろう。

 人間は短い寿命の中で多くの経験をするが、その中身が濃いということだ。目上の者や老人を敬うのは、こういったことに対してである。

 そして中身の無い人間は、誰一人としていない。

 歩んでいる道が違うだけで、人生経験は豊富なのだから……。


「目印と水場が無いとね」

「そうじゃのう。それにしても……」

「何か?」

「いや。短期間でここまで作り込むとはのう」

「召喚した精霊や魔物のおかげですね。俺は何もしてません」

「怠け者は相変わらずじゃな」

「世間話をしに来たので?」

「手厳しいのう。では、本題に入るとしようかの」


 本題と聞いて、フォルトは面倒臭そうな表情に変わる。しかしながら、グリムとソフィアは約束を守っている。

 人間を遠ざけてもらっているので、話ぐらいは聞いてもバチは当たらないか。そう思いながら、隣に座るカーミラの太ももに手を伸ばすのだった。



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