第55話 新天地3

 愛くるしい笑顔とともに、フニャンと折れ曲がった耳。それから、ピョコピョコと動く尻尾。さらには、クルンと丸まった猫背。

 そんな眷属けんぞくのニャンシーは、フォルトの足へ座っていた。


「ゴロゴロ。そこじゃ。首はくようにな」

「ふむ。耳のモフモフがなんとも……」

「耳はでるように頼むのじゃ」


 フォルトが居る場所はテラスだ。人数が増えたので、三カ所ほど作ってある。ここまで作れば、もう簡易テラスではないのだろう。各テーブルには三個ほど椅子が用意されている。しかしながら、すべてが埋まることはない。

 来客などないのだから……。


「はぁ……」


 対面の席では、アーシャが溜息ためいきを吐いていた。現在は風属性魔法の勉強中だ。ニャンシーを先生として仰いで、勉学に勤しんでいる。


「フォルトさん。危ない人みたいよ?」

「え?」

「ニャンシーちゃんを抱いて、セクハラしまくりっしょ」

「あ、ああ。可愛らしくて……。ついな」

「ついで済んだら、警察なんて要らないんですけどぉ」

「ははっ。そういう感情はないから安心しろ」

「ふーん」

「主よ。堅いものが当たっとるぞ。座りずらいのじゃ」

「あ……」

「はぁ……」


 再びアーシャから溜息が聞こえた。どうも魔法の勉強に集中できていないようだ。最近はなにやら落ち込んでいたので、フォルトは気にかけていた。


「悩み事でもあるのか?」

「んー? あると言えばあるよ」

「従者を辞めたくなったか?」

「違う……。従者らしいことを頼んでこないじゃん」

「ははっ。召喚した魔物が便利過ぎてなあ」

「そういうんじゃなくてねぇ」

「まあ……。話してみろ」

「ニャンシー先生。外してもらえる?」

「主?」

「いいぞ。何も急いでるわけじゃないしな」

「カーミラに遊ばれてくるのじゃ」


 カーミラとレイナスは、マリアンデールやルリシオンと一緒にオヤツを作っている。調理場からは小腹を刺激する匂いが立ち込めていた。

 その輪の中に、ニャンシーが歩いていった。


「それで?」

「あたしもさぁ」

「うん」

「悪魔になれんの?」

「え?」


 アーシャが突拍子もないことを言い出した。カーミラかレイナスに聞いたのだろう。堕落の種を食べて悪魔になれると……。


「悪魔になりたいのか?」

「なんかさ。あたしだけ老けていくのよねえ」

「へ?」

「レイナス先輩は十八歳で老けなくなったのよね?」

「そうだな」

「マリ様とルリ様は不老長寿の魔族だしぃ」

「そうだな」

「カーミラは、あの容姿のままっしょ」

「リリスだしな」

「と、いうわけよ!」

「なるほど」


 要はアーシャ以外が不老なので、一人だけ老けていくを気にしたのだろう。普段であれば同じように若いので考える話でもない。しかしながら、姉妹の年齢を聞いたときから思い悩んでいたようだ。気持ちはなんとなく分かる。


(不老長寿や不老不死は、人間の憧れだったよな。あっちの世界と違って、実際に不老となれるわけだしなあ。特にアーシャなら気にするか)


 フォルトの場合は不老に加えて、『変化へんげ』で面体を変えられる。別人になりたいわけではないので、おっさんと青年を使い分けているだけであるが……。

 アーシャからすれば、今の状態が最高だろう。若いギャルである。モデルのスカウトをされたぐらいだ。顔が焼けただれて醜くなったときは、嫌っていたおっさんへ殺してくれと頼んできた。命よりも面体を上位に置いていたのだ。

 ならば、悪魔になってでも今の状態を保ちたいのだろう。


「あたしってさ。魅力ない?」

「いや。可愛いと思うぞ。スカウトもされたんだろ?」

「そのわりには襲ってこないんですけど!」

「あ……。アーシャは従者だしなあ」

「もしかして、シュンのマエカノとか気にしてる?」

「いや。まったく気にしてない」

「そう?」


 アーシャは度々、カーミラと同じようにフォルトを挑発していた。しかしながら、ギャルを続けさせているので日本を彷彿ほうふつさせる。それに同じ異世界人で日本人だ。条例やら法律やらを思い出してしまい、手を出せないでいた。

 世界が変わり、人間から魔人になって好きに生きると決めた。にもかかわらず、どうしても躊躇ちゅうちょしてしまう。これが刷り込みという効果なのだろう。

 それで一線を引いていた。


「俺はアーシャの嫌いなおっさんだぞ?」

「そういうのはさ。もういいから!」

「そうなのか?」

「今は若いじゃん」

「スキルでな。中身はそのままだぞ」


 可愛くて奇麗なカーミラが、おっさんと一緒に居るのが忍びない。最初はそんな理由からだ。せめて二人のときは、釣り合いを取ろうとした。今では人数も増えたが、フォルトは同じような対象として見ていた。

 最近ではクセというか、もう反射的に変えている。


「正直に言うとね。あたしって怖がりなんだあ」

「ほう」


 アーシャがシュンの恋人になったのは、右も左も分からない世界で不安だったからだ。たしかに当初は頼れる男性だっただろう。同じ状況だったにもかかわらず、フォルトたちと合流する前から情報を聞き出していた。

 そして、勇者候補にも選ばれた。頼りたくなる気持ちはよく分かる。


「こういう話をすると恥ずかしいねえ」

「ははっ」


 それにしても、最初は楽観的なギャルだと思ったものだ。ニヤニヤと笑って、何も考えていないような言動をしていた。言葉は悪いが、馬鹿っぽく見えた。しかしながら、それは不安の裏返しだったようだ。

 そして、フォルトはキモいと蔑まれて罵倒されたことを思い出す。


(なるほどなあ。俺は不安のけ口にされたのか。当時の俺なら言いやすかっただろうな。理不尽なのは変わらないが……)


「この世界はさ。一人じゃ生きていけないのよ」

「どうした?」

「ソフィアさんに言われてさ。あたしも考え方を変えたのよ」


 現在のアーシャは、シュンへ向けていた思いをフォルトへ向けていた。絶対服従の呪いを受けているが、それでも安心できるらしい。やはり、従者らしい命令をしてこないことが要因だ。それに、レイナスとの関係も良好たった。

 他にもある。悪魔のカーミラをシモベにしており、ニャンシーを眷属にしている。さらには、召喚した魔物を手足のように使っていた。魔族のマリアンデールやルリシオンと協力関係を結んでいる。

 とにかく、安心材料が多いということだ。


「カーミラと相談してからだな」

「そんなにもカーミラがいいの?」

「話してなかったか」


 カーミラとの出会いは話してなかったかもしれない。アーシャは恥ずかしがりながらも本音を話してくれた。ならばと、フォルトも話した。

 やはり絶望していたときに寄り添ってくれたことが最大の要因だ。恋愛を通り越して、すでに自分の半身とも思っている。これが悪魔のわなだろうが構わない。もちろん手放すつもりもない。この思いは、永遠に変わることはないだろう。


「はぁ……。そりゃ、そうなるわ」

「でもなあ。悪魔になると、永遠に俺の従者だぞ?」

「いいよ。絶対服従だしぃ」

「軽いな」

「軽くさせてんのは、フォルトさんなんですけどぉ」

「あっはっはっ!」


 たしかにアーシャの言ったとおりかもしれない。これには笑ってしまう。それでも気持ちはよく分かった。とりあえず、前向きに考えれば良いだろう。


「待たせたわねえ」


 そして、話が一段落したところでルリシオンが近づいてきた。他のみんなも一緒である。フライドポテトはもちろん、パンケーキなども持ってきた。

 レシピらしいレシピは伝えていない。イメージを伝えただけだったのに、よく作れたものだ。趣味を通り越して本格的になっている。


「蜂蜜はあったけどお。チーズというやつは無理ねえ」

「そうなのか?」

「発酵って、ミルクを腐らせるのよねえ」

「そうだな」

「さすがに腐った食料はねえ」

「こっちの世界の食文化は、大したことがないようだな」

「フォルトから見たらねえ。そうなるのかしらあ」


 日本の食文化は進んでいる。しかしながら、こちらの世界で同じものを期待しては駄目だろう。技術も同様だ。それでも良いところはある。


「文化は桁違いだな。その代わり、あっちの世界には魔法がない」

「食は興味あるけどねえ。魔法がないのは嫌だわあ」

「そうだな。俺もこっちの世界がいい」

「貴方が強いからでしょ!」

「あっはっはっ!」


 フォルトはマリアンデールのツッコミに笑ってしまう。

 どちらの世界が良いかと問われれば、当然こっちの世界だ。日本に良い思い出もないので帰りたくない。人間を辞めて魔人になった。さらにはハーレム状態である。戻りたいと思う要素が、まったくない。


「さてと。食べようか」

「どうぞお」

「御主人様! あーん」

「あーん。もぐもぐ。美味うまいな! あっちには勝てないが……」

「貴方。ルリちゃんの料理にケチを付ける気かしら?」

「すまん。一言多かった。材料の問題だな。質が悪いんだよ」

「それならしょうがないわねえ」

「ほら、アーシャも食べるといいですよお。あーん」

「ちょ! カーミ……。あ、あーん。もぐもぐ……」


 カーミラが全員の口へパンケーキを放り込んでいる。何がしたいのか分からないが、ニャンシーを抱きながら楽しそうにしていた。


「あれ? 何か堅いものが入ってたわ」

「あんたもルリちゃんの料理にケチを付ける気かしら?」

「マリ様! すみません。そうじゃなくて……」

「食べちゃいましたかあ?」

「カーミラが食べさせるからでしょ!」

「えへへ。おめでとう」

「え?」


 カーミラがうれしそうなのはに落ちないが、何かの悪戯だったかもしれない。もしかしたら、ロシアンルーレットでもやったのだろう。


「その堅いものはですねえ。堕落の種でーす!」

「ええっ!」

「えへへ。良かったですねえ。老化はストップでーす!」

「ちょ、ちょっと!」

「アーシャは御主人様のものですよお。若い娘が好きだからね!」

「うーん」

「駄目でしたかあ?」

「いや。まだ何も話してなかったんだがな」

「えへへ。御主人様の考えてることは分かりまーす!」


 フォルトは本当に不思議といった表情を浮かべた。

 これをシモベと言うだけで割り切って良いのか迷ってしまう。それでもカーミラの喜ぶ顔は大好きだ。ならば、その行為を受け入れるだけである。


「そういう事らしい。じゃあ、ずっと従者をよろしく!」

「え、ええ。でも、いいの?」

「もう手遅れなんだろ?」

「そうでーす!」


 アーシャは急な展開で複雑な表情をしているが、これで悩みは一つ解決しただろう。今更どうにもならないので諦めてもらうしかない。

 こうなれば、もう一つの悩みも近いうちに解決させるしかないだろう。そんな事を考えたフォルトは、美少女たちと一緒にオヤツの時間を楽しむのであった。



◇◇◇◇◇



 湖の中央に浮かぶ小島には、大きな木が一本生えている。ただそれだけであり、他には何もない。その小島へレイナスを連れてきた。

 フォルトが御姫様抱っこをしながら飛んできたのだ。キャーキャーとうそっぽい悲鳴を上げていた。この程度で動じる生徒会長ではない。


「何もないですわね」

「そうだな」

「何かを調べるのですか?」

「寝心地を調べにな」

「はい?」


 フォルトは木の根元へ寝転がる。草は茂っているが、そこまで気にならない。寝心地が良ければ、魔物たちに整備させるつもりだ。


「レイナスもな」

「それでは失礼して……。ピタ」

「その擬音は、最近の流行なのか?」

「アーシャに教わりましたわ」


(アーシャめ。こういったアニメ系は興味ないと思ってたのに、意外と知ってるんだな。そう言えば、雑学が豊富だったような……。ギャルのたしなみ?)


 もちろん悪い気はしない。フォルトはオタクも入っている。レイナスは伯爵令嬢なので高貴さと気品がある。この擬音によるギャップに満足した。

 すでに伯爵家からは廃嫡されているだろうが……。


「それとな。これを渡しておく」

「ネックレスですわね」

「石化を無効化するそうだ。グリムのじいさんから預かった」

「まさか……。お父様からですか?」

「多分な。餞別せんべつじゃないのか?」


 フォルトたちが魔の森を出るにあたり、レイナスはローイン伯爵家から廃嫡された。これにより伯爵家と無関係になるが、それでも実の娘なのだ。双竜山の森の近くには石化三兄弟が生息しているので、その対策を渡したと思われる。


「なかなかの寝心地だ。これなら、たまに来るのもいいな」

「はい。是非また一緒に……。モゾモゾ」

「んんっ! レイナスよ。俺を恨んでないか?」

「え?」

「まあ、なんだ。酷いことをしてるなと思ってな」

「人間は玩具でいいと思いますわよ?」

「そ、そうか?」

「ふふっ。今が良ければ、それでいいのですわ。ちゅ」


 レイナスは幸せそうな顔を浮かべて、フォルトのほほへ口付けした。

 調教で堕としたとはいえ、感情的には効き目が落ちているはずだ。にもかかわらず、その時と変わらず。いや、それ以上になっていた。


「レベルは上がったのか?」

「二十八になりましたわ。ですが、伸びは良くありませんわね」

「あれから三つだけか」

「大抵の者は足踏みすると聞いていますわ」

「限界が近いからなあ」

「おそらくですが、苦手分野の克服が必要だと思いますわね」

「苦手分野か」

「私はフォルト様の操作でなら強敵に勝てますわ」

「そうだな」

「自分で考えて戦うようにしないといけませんのよ」

「なるほどなあ」


(要は思考能力の強化って事か。そう言えば、ゲームの戦闘プログラムは酷かったしなあ。「なんでそうなるねん!」と思うときが多かった)


 こればかりは、ゲームを開発する会社次第だった。もちろん戦闘プログラムに任せたほうが良いゲームもある。しかしながら、ほとんどはお馬鹿仕様だ。


「操作は後回しにして、手取り足取り教えるとするかあ」

「腰も……。お願いしますわ」

「ちょっ!」

「これでフォルト様はイチコロと聞きましたわ」

「アーシャかっ!」


 どうも最近、日本風の馬鹿らしさを感じることが多かった。それはアーシャが原因のようだ。これに対しての不快感はない。なかなか楽しませてくれる。

 フォルトは学生時代に戻った気分を味わった。


「フォルト様……」

「こっちの寝心地も試さないとな」

「あんっ!」


 それでもすぐに大人の気分へ戻った。誘われたのだから仕方ない。フォルトはレイナスの体を引き寄せ、言われたとおり腰を使うのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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