第54話 新天地2

 フォルトたちが双竜山の森に移住してから、数日が過ぎている。

 湖周辺の木々は伐採されて、住居や倉庫の材料に使われた。切り株も掘り出し、薪として無駄なく燃料になっている。

 樹木が刈られた場所には養鶏場が建てられ、川の近くには畑が作られていた。もちろん管理は、魔法で召喚したインプとトレントが行っている。

 魔の森で暮らしていたときと同様だ。

 このように状況が進んできたので、カーミラと現状について話をする。


「御主人様、ココッケーも増えてきましたよぉ」


 ちなみに養鶏場では、ココッケーという珍しい鳥を飼育している。

 日本では鶏と呼ばれていた鳥に近いが、その習性は別物だ。

 まず危険感知能力が高く、周囲に天敵となる生物を感知すると地面に穴を掘る。しかも空を飛べるので、別の穴から出て空中に逃げるのだ。

 最初から空に逃げないのは、飛び道具を警戒しているらしい。といったように頭の良い鳥で、魔の森の裏山で発見したカーミラが捕獲していた。


「絶やさないようにな」

「えへへ。インプが徹底していますよぉ」

「斑点が出ている卵を残すのだったな?」

「そうでーす! 羽化すると育ちますねぇ」

「ふむふむ。順調だな」


 ひなのときはかなりの虚弱体質で、野生では生き残れない。毎朝栄養価の高い卵を産むが、羽化すればほとんど死んでしまう。

 まれに斑点がある卵を産むので、それだけが成長できる。当たりを引いた雛だけが生き残れるという、まるでルーレットみたいな鳥だった。

 ともあれ、ココッケーの卵は旨い。


「前の森と同じになってきましたぁ!」


 現在のフォルトは、『変化へんげ』のスキルで若者の姿に変わっている。おっさんに戻るときは、知らない者と会うときだ。

 または――ほぼあり得ない――、森から出るときのみだった。


「引っ越しは大変だなあ。主に召喚した魔物たちがな!」

「御主人様は何もしていませんしねぇ」

「俺は魔物を召喚したのだ。それで十分さ」

「さすがは御主人様です!」


 仮住まいとして建てた小屋は完成した。

 魔の森の自宅と同じ大きさなので、湖に到着した当日から使用している。

 それでもブラウニーは家の精霊なので、相変わらず雑な造りになっていた。所詮は組み立て式のロッジみたいなもので、内装もまったく同じである。

 その小屋の屋根で、フォルトは寝そべっていた。当然のように、カーミラの膝枕を堪能している最中だ。

 周囲の風景が変わろうとも、自堕落な生活は変わらない。


「カーミラ、香辛料は足りているのか?」

「あの女が持ってきましたよぉ」

「ソフィアさんか?」


 魔の森で暮らしていたときは、生活に必要な物資は都市から奪っていた。だがそれを続けていたら、盗賊を庇護ひごしているようなものだろう。

 フォルトは寝ていたが、移動中の馬車の中でソフィアから言われたようだ。物資はグリム家が支給するので、今後は奪うのを止めてくれと。

 双竜山の森の前に置いておくという条件で、カーミラが受け入れていた。


「代金は要らないそうでーす!」

「ふん! 恩でも売るつもりか?」

「そうかもしれませんねぇ」


 フォルトは人間嫌いや人間不信がたたって、どうしても邪推してしまう。とはいえ恩については、何か考えたほうが良いかもしれない。

 返せるものは、何も無いが……。


「当面の野菜類ももらいましたよぉ」

「すぐには育たないしな。しかし食ってばかりだと減る一方か」


 双竜山の森が狭いと言っても、比較対象は魔の森である。

 湖は森の中心地にあるので、グリム領のある南の入口までは一日は歩く。また北にある入口も同様という広さだった。

 魔の森だと三日なので、面積的には約三分の一と思って良いだろう。

 要は収穫量が減るということだ。


「野菜はトレントが栽培しているよな?」

「そうでーす! 一応は森の中でも探していますけどぉ」

「やはり魔の森より少ないのか?」

「でもでも、今は十分に採れまーす!」

「うーむ。まぁ畑で育つなるまでは我慢だな」


 これは、由々しき問題である。

 七つの大罪の一つである暴食の関係で、フォルトは食料の消費量が多い。

 とりあえず肉類については、双竜山に獲物が生息しているので問題無い。好物のペリュトンも生息していたので、とても助かっていた。

 そうは言っても、獲物や野菜を増やすことを考えなければ問題になる。


「減らすのは得意だが増やすのは面倒だなあ」

「そういうものですしねぇ」

「いい考えは無い?」

「前の御主人様は減ったら移動していましたよぉ」

「確か怠惰も持っていたよな?」

「でも体が小さかったので、頻繁に移動していませーん!」

「え?」


 カーミラの元主人は、ブラウニーよりも小さかったらしい。

 つまり、成人した人間の膝丈くらいの大きさだ。フォルトが着ている服の持ち主だったが、敵から奪っただけだそうだ。

 魔法の服なので、体型に合わせてピッタリと収まる。

 その程度の大きさなら、暴食を持っていても知れているだろう。


「一頭のボアで、一日は持ちましたねぇ」

「ほう」

「今の人数ですと、四頭は必要でーす!」

「それってほとんど俺だよな? コストが高いな!」

「魚とか混ぜて減らしていますけどねぇ」

「な、なるほど。すまんな。苦労をかける」

「えへへ。カーミラちゃんにお任せでーす!」


 こういった細かい話を聞くと、本当に頭が下がってしまう。

 フォルトはカーミラに出会えて良かったと、心の底から思った。


「話は変わるが、レイナスはどうしてる?」

「アーシャと一緒に山に自動狩りですよぉ」

「おっ! 双竜山か」

「そうでーす!」

「ワイバーンには手を出していないだろうな?」

「御主人様の言い付けは守っていますねぇ」

「ならいい」


 双竜山にはワイバーンの他に、バグベアやコボルトが棲息せいそくしていた。

 バグベアはゴブリンの一種で、全身が毛むくじゃらの亜人である。コボルトは犬頭と角を持つ亜人だ。

 どちらの強さも、ゴブリンやオークと似たり寄ったりである。

 レイナスとアーシャなら平気だろうが……。


「オーガぐらいの強さがある魔物がいないとなあ」

「レベルは上がらないかもですねぇ」

「うむ」

「ワイバーンを討伐してもいいと思いまーす!」

「そうか?」

「御主人様の操作は、体が覚えているらしいですよぉ」

「優秀だなあ。でも、あれ以降はルリに勝てないから駄目だな」

「応用は難しいみたいですねぇ」


 成長したレイナスには、ルリシオンとの模擬戦を単独でやらせてみた。

 すると、実戦経験の差で遠く及ばないのだ。もちろんレベル差も大きいので、同じ攻撃など通用しない。

 トリッキーな動きを対応されれば勝てないのだ。


「マリとルリは?」

「森の北を散策しているようですよぉ」

「北?」

「帝国と国境を接しているって聞きましたぁ!」

「森が国境なのか?」

「森というよりは、双竜山が国境らしいですよぉ」

「もしかして……。ハメられた?」

「でもでも、裏があるとは思っていましたよねぇ?」

「まあな。邪推かもしれないし……。様子を見るか」

「はあい!」


 エウィ王国のグリム領とソル帝国は隣接していた。双竜山の森を通れば、検問を受けずに国境を越えられるのだ。

 それだけを考えれば、フォルトを森に配置することで対策となるか。不法入国されても、自堕落を邪魔されたとして始末すると思ったかもしれない。

 またもし本人が動かなくても、魔族の姉妹なら人間を殺すだろうと。

 そういった邪推はできた。


(まぁ始末してくれと頼まれたわけじゃないから、確実性に欠けるか。自宅の周囲を通らなければ素通りさせるしな。マリとルリは気まぐれだし……)


 フォルトの邪推は単純な発想なので、自分でツッコミを入れてしまう。

 ソフィアもそうだが、グリムにも頭脳で勝てる気はしない。彼に思惑があっても、おっさんの思考などお見通しだろう。

 そんなことを考えていると、マリアンデールとルリシオンが戻ってきた。

 森の北に行ったと聞いたが、随分と帰りが早い。


「フォルトぉ、帰ったわよお」

「おかえり」

「また屋根の上なのね。話があるから降りてきなさい!」

「はいはい。カーミラ、行くぞ」

「はあい!」


 フォルトはカーミラと一緒に、屋根から飛び下りて簡易テラスに向かう。

 これも、魔の森と同様だった。もう少し作り込めば立派なテラスになりそうだが、客が来るわけではないので手を付けない。


「ルリ、何か面白いものでもあった?」

「面白いかどうかは分からないわねえ」

「森の北ってさ。どうなってんの?」

「森の中は南と同じよお。変わったものはないわあ」

「へぇ。森を抜けると?」

「そこが問題なのよねえ」

「問題?」


 ルリシオンの話では、双竜山の森を北に抜けた先は霧が発生する荒野だ。

 それだけなら良いが、どうやら魔獣が棲息しているらしい。


「魔獣? 魔物とかいるのか?」

「ヤバいわよお」

「え?」

「バジリスクでしょお。コカトリスでしょお。後はゴルゴンねえ」

「なにその石化三兄弟」


 バジリスクは蜥蜴とかげ型の魔獣。コカトリスは鳥型の魔獣。ゴルゴンは雄牛型の魔獣である。三種類とも、相手を石化させる能力を保持している。

 それでも、互いの石化能力は無効化するらしい。だからなのか、三すくみの状態になっているという話だった。

 それにしても、危険極まりない荒野である。


「森には来られないみたいだわあ」

「へぇ。迷い込まれると厄介だと思うが?」

「ワイバーンが捕食するからねえ。来られないのよお」

「なるほどな。そういった食物連鎖か」


 双竜山の森をソル帝国の人間が通らない理由は、この石化三兄弟のせいである。荒野を渡れないのが原因なのだ。

 もちろん、エウィ王国の人間が通らない理由も同様である。

 思惑がどうこうと考えていたフォルトは恥ずかしくなった。石化三兄弟が棲息していれば、北から帝国の人間は訪れないだろう。

 そう思っていると、今度はマリアンデールが問題点を挙げた。


「でもね。人間の石像があったわ」

「人間?」

「おそらくは帝国の人間ね」

「ほう」

「荒野を抜けようと試みているようね」

「何と言うか、ご苦労様としか言えないな」

「貴方は馬鹿なのかしら? 対策ができたら来るわよ」

「うーん」


(石化対策ってどうなんだろ? ゲームだと対策は結構あったけどなあ。まぁ後でいいか。今は考えても意味が無さそうだ。それよりも……)


 フォルトのやっていたゲームでは、装備品で石化を対策できていた。また所持していなくても、アイテムで回復が可能だったのだ。

 こちらの世界は魔法が存在するので、それでも対策が可能だろう。と考えると、意外と手段は豊富かもしれない。ならば、人間が訪れることもあり得るか。

 ともあれ、いま考えたところで始まらない。基本的に常識を知らないので、石化対策が可能かどうかも分からない。

 それよりは、別のことを知りたくなった。


「そう言えばさ。マリとルリは石化しなかったのか?」

「貴方、私が使う魔法を忘れたの?」

「あ……。時空魔法か」

「短時間だけどね。接敵したら時間を止めて、ルリちゃんでドッカンよ!」

「最強だな」

「知能の無い魔物や魔獣なら余裕よ」


 まったくもって恐ろしい姉妹である。

 対象の時間を止めれば、何もされずに近づける。敵より先に捕捉して、石化能力を発動される前に倒せば良い。

 マリアンデールとルリシオンならば、先に発見する術は持っていそうだ。


「時間対策は楽だったよな?」

「楽すぎるから忘れるのよね。おかげで馬鹿な人間どもも楽勝よ!」

「術者は少ないんだろ?」

「私以外だと、パパと貴方しか知らないわ」


 時空魔法の使い手は極少数だ。

 ローゼンクロイツ家の当主と、令嬢のマリアンデールだけだった。もしかしたら一子相伝なのかもしれない。

 それでもフォルトが使えるので、カーミラの元主人は習得していたのだろう。

 魔人については不明な点ばかりなので、知られていないのは無理もない。


「ほとんど出会わないなら、わざわざ装備しないだろうしな」

「かさばるしね。普通は他の装備を付けるわ」

「当然だな」

「ふふっ。対策されていたら、重力魔法で潰すわよ」


 マリアンデールは、すべてにおいて相手の意表をつく。

 誰も習得しないような高度な魔法を、いとも簡単に使っている。しかも身長が低いので、誰からも〈狂乱の女王〉と思われないだろう。

 魔族の特徴である角も小さく、大きなリボンで隠している。

 それを言うと飛び掛かってくるので、フォルトは心の内に留めておく。


「うーん。色々と問題があるなあ」

「そうなの?」

「食料の問題と帝国の奴らだな」

「帝国の奴らが来たら、私たちが遊ぶわよお?」

「そっか。マリとルリに任せる」

「少しは躊躇ちゅうちょしなさいよ!」

「あっはっはっ!」


 至極当然だ。

 フォルトは動きたくないので、マリアンデールとルリシオンがやってくれるなら任せてしまう。とはいえ、身内と呼んでいる者たちは守るつもりだった。

 グリムに庇護されている立場だが、姉妹はフォルトが庇護している。

 守るべき存在だろう。


「御主人様、後は食料の問題ですねぇ」

「何か良い案はあるか?」

「ドライアドでも召喚しますかぁ?」

「森の管理者とかいう精霊だっけ?」

「そうでーす!」

「でもなあ。コストがなあ」

「魔力が足りませんかぁ?」

「ブラウニーたちや他の魔物が毎日……」

「召喚したままですからねぇ」


 魔物を召喚すると、時間に合わせて魔力を消費する。

 その消費分を、フォルトはコストと命名した。

 魔力は自然回復するので、その範囲内であれば総合的な魔力は減らない。しかしながら、それを超えると減っていく。

 魔力が無くなれば、突発的な出来事に対応できない。


「貴方は魔人でしょ? 魔力は桁違いに持っているわよね」

「多分な。魔力量とかよく分からん」

「まったく……。羨ましいかぎりよ」

「御主人様はですねぇ。貧乏性なのですよぉ」

「よく分かっているな。これを無駄な貯蓄という」

「さすがは御主人様です!」


 突発的な行動ができないのは建前だった。弱い魔物をいくら召喚したところで、大して消費するわけではない。

 まだまだ余裕はあるのだ。


「はぁ……。分かっているなら魔力を使いなさいよ!」

「ご利用は計画的に」

「何それ?」

「何でもない。まぁ時間は一杯あるさ。本宅が完成したらだな」

「時間が掛かってるわね」


 ブラウニーたちはフォルトの命令どおりに、せっせと家を作っていた。仮住居なら組み立て方式のため一日で完成だが、現在建てている家は寮タイプである。

 どちらかというと、屋敷に近いかもしれない。となると組み立て方式ではなく、本格的に建築する必要があった。

 ブラウニーは魔法を使うので、確かに作業の進行は早い。だが完成までは、後一週間程度は必要だろう。

 それまでは召喚したままである。


「召喚し過ぎじゃないかしらあ?」

「そう思うか?」

「ブラウニーを五十体も召喚すればねえ」


(うーん。モンスター召喚型のシミュレーションゲームみたいだ。コストを気にするとか……。面白いからいいけど、面倒といえば面倒だな)


 ルリシオンの指摘はもっともなので、フォルトはコストの調整を考える。

 カーミラの言っていたドライアドも気になるからだ。

 一度調整してしまえば、暫くは考えなくても平気だろう。とはいえレイナスとアーシャが戻ってきたので、今は思考を止める。

 後でゆっくりと、寝室でまとめれば良い。


「フォルト様、戻りましたわ」

「フォルトさん、何かやることは……。無いわね」

「ははっ。ゆっくりと休めばいいさ」

「オヤツでも持ってくるわねえ」

「頼む。みんなで食べるか」


 双竜山での自動狩りも順調なようで、怪我をしている様子もない。

 これなら、二人とも更なる成長できそうだ。

 それにしても、双竜山の森も良い場所だ。魔の森と変わらず、こうやって皆と気楽に過ごせる。後は邪魔さえ入らなければ良い。

 そう思ったフォルトは、ルリシオンのオヤツを待つのだった。



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