第53話 新天地1

 グリムの屋敷を出発したフォルトたちは、新天地となる双竜山の森に到着した。移動中は馬車の中から、左右にそびえ立つ双竜山を確認している。

 緑豊かな双竜山の森は、魔の森とほとんど大差が無い。


「ここが双竜山の森ですか」

「はい」


 馬車を下りたフォルトは、ソフィアと向かい合う。

 他の馬車の前で立つザインとシュンは、彼女が戻るのを待っている。他のメンバーは、森の入口で待機していた。

 後は別れの挨拶を済ませて、森の中に入るだけだ。


「魔の森と同じように、適当な場所で暮らしていきますね」

「そうですか。森に魔物はいないですが、お気をつけて……」

「誰も入らないようにね」

「はい。徹底させます」


 この双竜山の森は、グリムの好意で立入禁止区域に指定された。

 ソフィアと交わした約束通りだが、一部の心無い人間はどこにでもいる。


「もしも誰か来たら殺しても?」

「あの……。できれば追い返してくださいね」

「冗談ですよ。なるべく、ね」

「ありがとうございます」

「ではソフィアさん、お元気で過ごしてください」

「はい。フォルト様も……」


(魔物がいないと気軽に入れるのか。追い返すのも面倒だし、ゴブリンやオークでもいれば良かったのにな。まぁ後で考えてみよう。えっと……)


 別れの挨拶を済ませたが、ソフィアが一向に帰らない。

 おそらくは、お見合い状態になったと思われる。互いで見送っているので、どちらも振り向けないのだ。

 これには苦笑いを浮かべそうになるが、森に入る前にやっておくことがある。

 そこで、先に話を切り出した。


「もう見送りはいいですよ」

「いえ。森に入られるまでは……」

「周囲を散策しますので大丈夫です」

「なるほど。でしたら私たちは、この辺で……」

「御達者で!」


 ソフィアたちが馬車に乗り込むと、フォルトは満面の笑顔で手を振る。やっと自分たちだけになれるので、うれしさが込み上げてくる。

 そして、二度と会うことはないだろうと思いたかった。しかしながら、すぐに会いそうな気もする。

 いや、間違いなく会うだろう。


「行ったわねえ」

「ルリ、監視する人間はいないだろうな?」

「気配は無いわねえ。平気だと思うわあ」

「そっか。ならカーミラ」

「はあい! いい場所を探してきまーす!」

「よろしく!」


 一番最初にやることは、住み着く場所を探すことだ。悪魔がいると知られると面倒な話になるので、さっさと帰ってほしかった。

 そのカーミラは森に入った後、姿を消して空に飛んでいった。

 周囲から見られないためだが、相当な念の入れようだ。


「貴方、森なんてどこも同じでしょ?」

「いや。目印になるものと、近くに水場が無いと不便だぞ」

「色々と考えているのね」

「ははっ。後は獲物か。山に何がんでいるかだなあ」


 魔の森では大きな木が目印となり、近くに川が流れていた。

 それと同じような場所があれば、フォルトとしては万々歳である。後は食料となる肉が確保できるかどうかだった。

 野菜・果物関係は森の中なので、そう苦労せずに採れるだろう。



【サモン・ブラッドウルフ/召喚・血魔狼けつまろう



 フォルトは右手を突き出して、召喚魔法を使った。

 野菜類はトレントに採らせるとして、肉を担当するのはブラッドウルフだ。前方に形成された魔法陣から、次々と血魔狼が現れる。

 そして、合計二十頭が整列をした。

 まるで、犬の調教師にでもなった気分である。血魔狼は尻尾を振って、主人からの命令を待っている。


「獲物を狩ってこい!」

「「ガウッ!」」


 命令を受けた血魔狼は十頭ずつに別れて、左右の双竜山に向かった。森の中にも獲物はいるだろうが、まずは山で狩ってもらう。

 魔の森では、自宅の裏手に山がそびえ立っていた。

 その裏山には、ペリュトンと呼ばれる鳥の魔獣が棲息せいそくしていたのだ。高級食材らしいのだが、フォルトにとっては好物だった。

 双竜山にもいてくれると、非常に助かる。


「あのおおかみさ。あたしより強いんだよね?」

「アーシャのレベルはいくつだっけ?」

「レイナス先輩との訓練で十四にあがったよ」

「ふっ」

「ちょっと! いま鼻で笑ったでしょ! 笑ったよね?」

「最初にレベル三で馬鹿にされたしなあ」

「まだ根に持ってるんだ……」

「俺は心が狭いからな!」


 自虐ネタになったが、アーシャに対して思うところは無くなった。すでに従者として溶け込んでおり、日本の話題が分かるので重宝している。

 それはさておき、フォルトはレベルという言葉で何かを思い出した。


「そう言えば……。マリとルリのレベルは?」

「貴方、そんな大事なことを教えると思っているのかしら?」

「大事なんだ」

「フォルトぉ、乙女の秘密を聞くのは感心しないわあ」


 どうやら、レベルを聞いてはいけないらしい。

 スキルの『状態測定じょうたいそくてい』で推察しても良いのだが、それをやると怒られそうだ。自分に近しい者たちが嫌がることはしたくない。

 ならばとレベルについては諦めて、別のことを聞く。


「乙女……。何歳だっけ?」

「だから、聞くんじゃないって言ってんのよ!」

「あっはっはっ!」

「まぁ庇護ひごしてもらうのだしねえ。私は七十歳よお」

「デリカシーってものを覚えなさい! 百歳になったわ」

「え? おばあ……」

「死にたいのかしら?」

「すまんすまん。デリカシー、デリカシーね」


 女性が乙女と言えば乙女であり、年齢など聞いてはいけない。

 それが、デリカシーというものだ。とりあえず姉妹は年齢を教えてくれたが、その高さにはビックリした。

 おっさんのフォルトより、随分と年上である。

 ちなみに魔族は長寿で、一定の年齢で老けなくなるらしい。

 個人差はあるが、姉妹は十代で止まったようだ。老人までふける魔族もいるが、童顔や老け顔とは別物らしい。

 それを聞いたフォルトは、マリアンデールをチラリと見た。


「マリ」

「貴方、その先を言ったら本当に殺すわよ」

「鋭いな」


 マリアンデールは、十代前半で止まっていた。

 そのせいで面体が幼く、コンプレックスの一つとなっている。とはいえ魔族の性質なので、彼女にはどうしようもない。

 それでも大人びようとしいるあたり、可愛い一面がある。


「わっ私だって少しは……」

「御主人様!」


 マリアンデールが何かを言いかけたところで、カーミラが戻ってきた。

 良い場所が発見できたらしく、その顔は笑顔に満ちている。


「どうだった?」

「いい場所がありましたよぉ」

「おおっ! でかした!」

「えへへ。森の中央付近に、湖と川がありましたぁ」

「完璧だな。水は飲めるのか?」

「山からの湧き水ですねぇ。飲めますよぉ」

「ほう。湖に流れ込んでいる感じか?」

「はい! 湖に小島が浮いていましたぁ!」

「何その観光スポット……」


 魔物が存在しない森と澄んだ川や湖。

 それと、湖に浮かぶ小島。どう考えても、観光名所に成り得るだろう。人間がドッと押し寄せてきても不思議ではない。

 そんな場所で暮らすなど拷問に近い。


「人間はいませんよぉ」

「ならいいのだが……」

「それよりも、すぐに着いちゃいまーす!」

「ソフィアさんは狭い森と言っていたしな」

「歩きだと一日ぐらいかなぁ?」

「ふむふむ。では飛んでいくとするか」

「はあい!」


 フォルトが『変化へんげ』を使って翼を出すと、姉妹から抗議の声が上がる。

 それに併せて、レイナスやアーシャもあきれ顔だった。何か悪いことでも言ったのだろうかと思うが、彼女たちの視線が痛い。


「ちょっと! 私たちを置いていくんじゃないわよ!」

「フォルトぉ、エスコートしなさあい」

「フォルト様、さすがに場所が分かりませんわ」

「あ……。ですよね」

「本気だったんだ……」


 人数が増えた弊害である。

 カーミラと二人きりのときとは違う。と言っても、徒歩は億劫おっくうである。しかも、空を飛んでのピストン輸送などするつもりは無い。

 往復などは以ての外だ。


「うーむ。ならばスケルトン神輿みこしの出番か」

「貴方ねぇ。魔人なのだから歩きなさいよ!」

「魔人なら歩くより……。あっ! そうだ!」


 フォルトは面倒臭いことを、いつも召喚した魔物に任せているのだ。血魔狼を使役している最中だが、魔力は余っているので他の魔物も召喚できる。

 そこで移動に便利そうな魔物を、アカシックレコードから探す。



【サモン・アラクネ/召喚・蜘蛛くも女】



 フォルトのゲーム脳で選択した魔物は、なんとアラクネである。

 この魔物は、頭の部分に女性の上半身が付いている八足歩行の大蜘蛛だ。

 お腹の部分は大きく膨らんでおり、その尖端せんたんからは粘着性の糸を出す。しかも知能が高く、獲物を生きたまま食べる習性を持っていた。


「げっ!」

「アラクネさん」

「ハイ」

「背中に乗せてくれ」

「分カリマシタ」


 さすがにリアルなアラクネは、アーシャには厳しかったか。

 ともあれ、召喚されたアラクネは従順である。どの地域に棲息していた魔物かは分からない。しかしながら、召喚魔法とはそういうものだ。

 細かいことを気にしたら負けである。


「乗る?」

「私はルリちゃんと歩いていくわ」

「そうねえ。遠慮するわあ」

「フォルト様と一緒なら乗りますわ!」

「あっあたしは遠慮しようかな」

「御主人様の膝枕担当なので乗りまーす!」


 アラクネに同乗するのは、カーミラとレイナスだけだ。

 とりあえずフォルトを含めて、三人ぐらいは乗れそうだ。と言っても蜘蛛なので、お腹の部分が曲線を描いていた。


「糸で固定すれば平気だな」

「ハイ」

「アーシャは抱いて運んでくれ」

「遠慮するって言ったでしょ!」

「いや。絶対に遅れるし……」

「あ、あの、フォルト、さん? 考え直してほしいんですけど!」

「アラクネよ。やれ」


 フォルトは糸で固定されながら、アラクネに命令する。

 この糸は粘着性が高くて、生半可なことでは切れない。


「や、やめ……」


 そして、後ずさりするアーシャに向かって糸が飛ぶ。

 彼女とのレベル差は相当ある。残念ながらレベル十四になったばかりでは、この攻撃を避けられなかったようだ。

 野生のアラクネが相手なら、今頃は捕食されているだろう。糸でグルグル巻きにされて、両腕に抱きかかえられた。


「きゃあ! いやあ!」

「さてと。行くとするか。先導はカーミラに任せる」

「はあい! まずは森の中を真っすぐでーす!」

「ちょ、ちょっと! よだれが落ちてくるんですけど!」

「ぐぅぐぅ」

「寝るなあ!」


 魔物としてのアラクネは、表情が多彩で悲鳴を奏でる生物が好物だ。

 召喚された魔物なので、主人の命令がなければ食べない。しかしながら、食欲を抑えることは無理だった。

 涎を垂らしながら、ジロリとアーシャを眺めている。

 そして、女性の上半身と言っても美しいとは言えない。

 腰から上のスタイルは良いが、とても醜悪な顔をしている。目は昆虫のそれで、口が裂けて無数の鋭い歯が見えていた。

 今にもみつきそうである。


「あははっ! 面白いわあ」

「アーシャ、頑張りなさい」

「ぎゃあ! いーやー!」


 アラクネの動きは、物凄くアクロバティックだ。

 木の枝に糸を飛ばして、どこかの野生児のように颯爽さっそうと移動している。もちろんそういった激しい動きをされても、フォルトは寝ているので気にならない。

 膝枕をしているカーミラも動じなければ、レイナスも寄り添って寝てしまった。しかしながら、アラクネに抱えられているアーシャは大変だろう。

 ジェットコースターの先頭に乗っている以上の恐怖を味わっているはずだ。

 その証拠に森の中では、ギャルの悲鳴だけが木霊するのだった。



◇◇◇◇◇



 双竜山の森から悲鳴が消えた頃。

 フォルトの耳には、いつもの心地よい小悪魔の声が聞こえてきた。


「御主人様! 着きましたよぉ」

「んー! ふぁぁあ。着いたかあ」


 フォルトの目の前には、絶景が広がっていた。

 澄んだな湖には小島が浮かんで、一本の大きな木が生えている。湖の周囲には、緑豊かな草木が生い茂っていた。

 これには思わず癒され、リラックスしてしまう。


「アラクネよ。降ろしてくれ」

「コノ人間ハドウシマショウカ?」

「地面にでも転がしておけばいいさ」

「ハイ」


 糸でグルグル巻きにされたアーシャは気絶していた。

 移動の途中で、意識を手放したほうが良いと判断したのだろう。兆候があった瞬間に、身を任せたようだ。

 そして、フォルトからの命令を果たしたアラクネは送還された。


「面白い見世物だったわよ」

「暫くは起きなさそうねえ」

「フォルト様の隣で寝て正解でしたわね」

「ははっ。さっさと到着するためには仕方無いさ」

「御主人様、どの辺に家を建てますかあ?」


 アーシャには災難だったが、一日も使わずに到着したので良しとする。

 カーミラに促されたフォルトは、周囲を一望した。

 湖の小島は却下だろう。橋が無いので、空を飛行できない者は泳ぐ必要がある。川辺でも良いのだが、大雨で増水すると面倒なことになるか。

 森とはいえ山間部なので、土石流などが心配だった。魔法で何とでもなるが、最初から危険を避けておけば良いだけだ。


「そうなると、小高い崖の上かな」

「でしたら、湖を一望できる場所はどうですかぁ?」

「いいね」


 それなりに広い湖だが、周囲は低い崖になっている。

 川よりは高い位置にあるので、その場所に家を建てることに決めた。


「ブラウニーたちの出番だな」

「はあい!」

「マリとルリの家は隣でいいか?」

「嫌」

「え?」


 なぜか、ルリシオンが拒否する。

 魔の森では、自宅を増築して姉妹の部屋を作った。とはいえ一から建設するのだから、姉妹だけの家を建てても良かった。


「フォルトの家に住むわよお」

「はい?」

「おいしい料理を作ってあげるわあ」


(確かにルリの料理は旨い。俺が教えたレシピで、フライドポテトを完成させた猛者だったな。他の料理もイメージを伝えれば、それとなく作れるからなあ)


 ルリシオンには、肉じゃがという料理を教えた。

 さすがに完全再現とはいかなかったが、教えた次の日には完成させている。味も申し分なく、アーシャは涙を流しながら食べていた。

 こちらの世界には、ジャガイモを使った料理が無い。芽や緑色になった皮に毒があることを知らないので、毒野菜に分類されているのだ。


「そういった話なら、調理場を広くして寮みたいな屋敷にするか」

「よろしくねえ」

「時間が必要だから……」


 納得したフォルトは、ブラウニーを五十体ほど召喚した。

 周囲の木々を使って、まずは仮住まいとなる家を建てさせる。魔の森の自宅程度であれば、一日も掛けずに建ててしまう。

 もちろん、倉庫・畑・養鶏場なども作らせるつもりだ。

 これらの完成は後日になるが、以前と同じ生活ができるだろう。後は寝転んで待っていれば良いので、湖を眺めながら目を閉じる。

 それからカーミラを抱き寄せて、再び惰眠を貪るのだった。



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