第51話 森から森へ2

 魔の森を出てから数日後。

 フォルトたち一行は宮廷魔術師グリムの領地へ入り、新天地になる森へ向かっていた。さすがにスケルトン神輿みこしへ乗って向かえない。アンデッドは人間に忌避される存在だ。大手を振って人間の領地を通れば討伐されてしまう。そういった常識は理解できるので、渋々ながらも神輿を降りた。

 三台の馬車が用意されていたので、それに乗って向かっている。


「馬車って……。思ってた以上に尻が痛いな」

「申しわけありません」

「ああ。ソフィアさんのせいじゃないですよ」

「御主人様は横になって、私の膝枕でーす!」

「そうだな。そうしよう」


 その馬車も一台に全員は乗れない。組み合わせとしては……。

 まずは、フォルトとカーミラの乗る馬車にソフィアが乗っている。次に魔族の姉妹マリアンデールとルリシオンと相席する形で、レイナスとアーシャが乗っている。最後はシュンとザインの男臭い馬車である。


「レイナスとアーシャは大丈夫かな?」

「レイナスちゃんは姉妹と仲がいいですよお」

「そうなの?」

「貴族同士ですからねえ」

「ああ。そう言えばそうだったな」

「アーシャは……。死ぬことはないと思いまーす!」

「そ、そうか」


 あまり気にしていなかったが、レイナスと姉妹の仲は良好らしい。貴族の令嬢という立場と趣味の料理のおかげで、ルリシオンと話が合うとの事だ。


「フォルト様は……。いつも、そうやって?」

「え?」

「その……。女性の足に……」

「ええ。気持ちがいいので」

「御主人様の専用枕でーす!」

「せ、専用……」

「もしかして、興味がありますかあ?」

「い、いえ! ありません!」


 ソフィアはカーミラの問いに対して、ほほを赤らめながら慌てて否定している。この程度でも刺激が強いようだ。フォルトには聖女としてのイメージが頭にこびりついているので、とても新鮮な気持ちになった。


「ところでソフィアさん。なぜ、俺の馬車に?」

「え?」

「シュンたちと乗ったほうがいいのでは?」

「今までは、私が質問ばかりしていましたので」

「俺の質問に答えてくれると?」

「すぐに森へ籠られたなら、この世界のことも知らないでしょうしね」


(そう言われても……。また森へ籠るのだから、知らなくてもいい気がするんだよな。それとも監視を兼ねてるのだろうか? 邪推しすぎか?)


 フォルトは人間嫌いで信用もしていないので、ソフィアを悪い目で見てしまう。それでも馬車から降りなくても良いように配慮してもらっている。人間と会わないように携帯食料の用意や、町の外れで休むなどを了承してもらった。

 それが同乗を拒否しなかった理由だ。


「では、限界突破について聞きたいです」

「限界突破ですか?」

「レイナスが必要になりそうなんですよ」

「え?」

「え?」


 フォルトの問いに、ソフィアはとても驚いているようだ。どこに驚く部分があるのか分からない。それとも、何かをやってしまったか。


「レイナス様のレベルは?」

「二十五になったところですね」

「そ、そんなに!」

「何か問題でも?」

「いえ。一般兵の平均レベルは御存知ですよね?」

「確か……。十五でしたね」


 日本から召喚されたときの説明で、ザインが言っていた内容を思い出す。あれから一年以上経っているが、衝撃的な出来事だったため覚えていた。


「はい。多くの人間は、そのレベル帯が限界です」

「ほう」

「伸びる人もいますが、それでも英雄級止まりです」

「ほほう」

「ですので、勇者級になれる者を召喚するわけです」

「ふむふむ」

「レイナス様の若さで、レベル二十五は異常なのですよ」


 レイナスは異世界人が持つ称号「召喚されし者」と同等のスキルを保持している。それが『素質そしつ』というスキルだ。しかし、それほど珍しいスキルではないように思える。俗にいう天才や秀才のようなものだと思っていた。ゴロゴロと転がってはいないだろうが、異常と言われるほど少ないとも思えない。

 その疑問をソフィアへ投げかけると肯定する答えが返ってきた。


「異常は言い過ぎでしたね。たしかに『素質そしつ』は珍しくありません」

「もしかしてですが……。訓練方法とかかなあ」

「どのような訓練でしょうか?」


(これは……。教えないほうがいいのか? 情報は金とか言うしな。でもなあ。大した事はしていないよな? なら……)


 フォルトは情報の価値を上げてみることにした。


「うーん。どうしようかな」

「兵士の能力と質を上げられるかもしれません」

「俺には関係ないですね」

「それに、勇者召喚をやる必要がなくなるかもしれません」


 昔のフォルトであれば教えてしまうだろう。エウィ王国がおこなう勇者召喚は迷惑極まりないものだ。勝手に召喚されて、しかも帰れないのだから……。


(逆に同じ境遇へ放り込んでやりたいものだ)


 残念ながら、今のフォルトには響かない言葉だった。日本に居た頃でさえ、引き籠ってからは心がすさんでいた。氷河期世代は見捨てられたと思い、関心を示さなかった他の世代を憎んでいた。いわゆる「無敵の人」にならなかったのは、親の教育の賜物だろう。他人へ対しての倫理や道徳意識といったモラルは高かったほうだ。まだ期待していたのだ。

 その時であれば響いたかもしれない。


「この世界へ来る前ならなあ」

「なにか?」

「いえ。なんでもありません」


 これは思っていても口に出さない類の話である。心の中だけで思っておくものだ。わざわざ怒らせることはない。これからやることのために……。


「他ならぬソフィアさんです。簡単な対価で教えましょう」

「対価ですか?」

「情報というものは、価値があるものです」

「そうですね。お幾らほど用立てれば?」

「金は要りません。あっても使わないので」

「では……。何を?」

「膝を貸してください」

「え?」

「ソフィアさんに膝枕をやってもらいたいのです」

「ええっ!」


 訓練の方法など大した情報ではない。よって、対価も大したことを望まない。それが等価交換というものだ。ソフィアが膝枕をするだけで情報が手に入るのだ。もしも価値のある情報ならば、この対価はお得だろう。


「簡単なことです」

「そうですよお。簡単ですよお」

「え、え、え?」

「では、失礼して……」

「え? きゃ!」


 フォルトは席を移動する。それからソフィアの隣へ座って横になった。柔らかそうな太ももの上へ頭を置いのだ。なんとも流れるような動きだった。


「御主人様。どうですか?」

「生足じゃないのが残念だが……」

「や……。やめ……」

「どっちがいいですか?」

「カーミラよ。それを聞いてはいけない」

「えへへ。気になるじゃないですか」

「俺の答えはこうだ。甲乙つけがたい!」

「ズルいです!」

「ちょっと! フォルト様!」


 ソフィアは性格的に殴ったりしない。それでも恥ずかしいのか、フォルトの頭をどけようとする。そこで、体を反転させて顔を股間へ埋めた。


「きゃあ!」

「では、お教えしましょう」

「こ、こ、こんな状態で、何を言って!」

「まぁまぁ。知りたくないですか?」

「知りたいですけど……。も、もう! ですが、顔を上へ……」


 ソフィアは諦めたのか、手に込めた力がなくなる。もう少々堪能したいが、これ以上苛めると馬車から逃げ出しそうだ。そこで、再び体を反転させた。


「大した事はやってません。基礎訓練を続けてるだけです」

「はい?」

「腕立て・腹筋・スクワット。ダッシュや持久走ですね」

「それは兵士たちもやっていますよ?」

「後は実戦ですかね」

「実戦とは?」

「魔物狩りです。森の魔物を一人で倒させてました」

「えっ!」


 レイナスをゲームのキャラクターとして扱って、自動狩りをさせていたとは言えない。訓練の一環として柔らかく言ったつもりだった。

 それでもソフィアは驚いている。


「そんな危険なことをさせてるのですか!」

「駄目なんですか?」

「当たり前です! 数人で挑まないと死んでしまいますよ!」


 日本で例えると、凶暴な熊を一人で退治させているようなものだ。しかも、熊のホームグラウンドで……。通常は猟友会へ登録した狩猟者が、鉄砲を使って駆除。または追い払うが基本である。それを剣一本でやらせていた。


「俺の居た世界には、こんな言葉があります」

「はい?」

「虎穴虎子。虎穴に入らざれば、虎子を得ずの略ですね」

「えっと……」

「多少の危険を冒さなければ大きな成果はない。という意味です」

「多少では済みませんが?」

「あっはっはっ!」

「すぐに止めさせてください!」


 これで分かった。この世界の人間は、安全を重視しすぎているのだ。その点を考えると、兵士より冒険者のほうが強いかもしれない。

 レイナスの扱いは玩具だ。生死は問うていない。死んだら別の玩具を探すだけである。その差が実戦経験の差となり、レベル上昇の差になっているようだった。レベルが身体能力を数値化したものならば、この経験の差は大きい。


「死んでしまったら、すべてが終わりですよ!」

「死については、何か思うところでも?」

「え? そうですね……」

「ふーん」

「ところで……。その……」

「はい?」

「足を触るのをやめていただければ……」

「ああ! すみません!」


 フォルトは無意識にセクハラ親父をしていたようだ。そろそろソフィアが怒り出しそうなので、カーミラの隣へ戻った。

 もちろんそこでも横になり、またまた膝枕を堪能する。


「まあ、参考になるかは分かりませんがね」

「なったと言えば……。なりましたよ」

「それは良かった」

「良くはありません。とても兵士たちへ勧められませんので」

「御主人様。限界突破の件は聞かないのですかあ?」

「そうだった。さすがはカーミラ」

「えへへ」


 話はズレてしまったが、本来は限界突破の件を聞きたかったのだ。ソフィアの太ももに心を奪われてしまったので忘れていた。

 思い出させてくれたカーミラに感謝である。


「神殿でやっておりますが、レイナス様では厳しいでしょう」

「なぜです?」

「伯爵家から廃嫡となれば、金銭の援助がありません」

「なるほど」

「それに、多額の寄付が必要です」

「寄付? そう言えば、アーシャの火傷を治すのにも……」

「ええ」

「金の亡者ということですね」

「言葉は悪いですが……。そうですね」


(でも、勇者になれる人間を召喚してるのだろ? それなら金を取るのは矛盾してないか? 他にも冒険者とかも居るだろ。弱いままでいいのか?)


 この疑問は当然の疑問である。

 勇者級になれる人材が欲しいからこそ、勇者召喚をしているのだ。その人間の成長過程で金が必要になるのは変である。ゲームではよくある話だが、ハッキリ言って矛盾している。金がないから辞めたと言われても文句は言えないだろう。

 それに、この世界にも強い人間は居るはずだ。金という制限を設けても戦力が低下するだけである。まったくもって意味が分からない。


「昔の勇者やザインさんは限界突破してるのでは?」

「王国が補助金を出します」

「なるほどね」

「もちろん王国に所属する強者は、神殿も軽視できません」

「それでも金を取るんだな」


 補助金制度はあったようだ。それでも金を取るあたり、神殿の欲深さがが際立つ。金の亡者と思っておくほうが良いだろう。


「では、国民ではない俺たちは?」

「国民として登録されていますよ?」

「知らん。俺は国民じゃない!」

「はぁ……。補助を受けないのですか?」

「そうなるな」

「でしたら、全額負担になりますね」


 これは書類上の話である。

 異世界人のフォルトとアーシャ、ローイン伯爵家令嬢のレイナスの三人はエウィ王国の民となっている。もちろん魔族のマリアンデールとルリシオンは違う。悪魔のカーミラや眷属けんぞくのニャンシーは魔界の住人だ。


(断じて認めん!)


 しかしながら、フォルトは国民と思っていないので補助を受けるつもりがない。受けてしまうと国民と認めてしまうからだ。レイナスにも受けさせない。

 こういった部分は、おっさんらしく頑固である。意固地かもしれない。


「しょうがない。他の方法を探すか」

「国民になればよろしいのでは?」

「嫌です! 国も人間も信用していませんので!」

「そ、そうですか」


 ソフィアは深く聞いてこない。心の闇を触るのは、繊細なことだと知っているからだ。下手に触ると、余計に闇が深まる。

 こういった配慮があるので、相手をしているのだ。


「じゃあ、俺は寝ます」

「はっ、はい! おやすみなさい」


 フォルトはカーミラの膝枕で寝息を立てる。当然のように体を反転させてだ。こちらは嫌がらないばかりか、うれしそうにしている。

 その光景を見ているソフィアは、顔を赤らめてうつむいているのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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