第50話 森から森へ1

 ダイニングで椅子に座っている小太りの中年男性がいた。

 その人物が、重々しい声で告げる。


「面をあげよ」


 その者の前にあるテーブルには、数々のオヤツが置かれていた。

 またテーブルを取り囲むように、五人の女性が椅子に座っている。皆一様に笑顔を浮かべながら、オヤツをポリポリと食べていた。

 その内の一人、カーミラが軽く告げる。


「御主人様、どうかしましたかぁ?」

「あ……。一度言ってみたかった……。だけです」

「そんなことよりもですねぇ。フライドポテトですよぉ」

「あーん。もぐもぐ」


(軽く流されてしまった。これは恥ずかしい。二度とやらないと誓おう。でも、ポテトがうまい。ルリシオンはいい奥さんになれるなあ)


 このオヤツを作ったのは、魔族の客人であるルリシオンだ。

 今は姉のマリアンデールに、フライドポテトを食べさせていた。まるで、フォルトとカーミラの関係性を鏡に映したかのようだ。

 ともあれ、最近従者にしたアーシャが疑問を呈した。


「それでさ。話ってなに?」

「引っ越しの件だ」

「ソフィアさんたちと関係があるん?」

「それも含めてな。ところでアーシャ」

「なに?」

「シュンとは会ったのか?」

「きゃはっ! もしかして嫉妬? もちろん会ってないわよ」


 アーシャが捨てられた話は聞いていた。

 フォルトとしても、さすがに酷いなと思ったものだ。

 今回もソフィアと共に訪れているが、当然のように会いたくないらしい。彼女を迎え行かせたカーミラには、シュンに見つかりたくないと言ったそうだ。

 その気持ちは分かる。


「ソフィアさんからの提案なのだが――――」


 テーブルの上で腕を組んだフォルトは、先ほど聞いた問題点を伝える。

 この件に関係しているのは、今のところ三人だった。

 まずは、ローイン伯爵家令嬢のレイナス。次に人間の敵である魔族のマリアンデールとルリシオンである。

 なのでとりあえずは、本人たちが提案を受け入れるかを聞いていく。


「私が廃嫡ですか?」

「提案を受ければな」

「そうされたほうが気楽ですわね」

「そうならなくても渡さないがな」

「まあ! フォルト様……」


 レイナスは両手でほほを押さえながら、口元を緩めている。

 惚気のろけたつもりはないが、完全に堕ちているのでフォルトは満足だ。


「ならレイナスは問題無いな。後はマリとルリだ」

「暴れないって条件よねえ」

「そうらしい」

「貴方は何を言ってるのかしら?」

「うん?」

「私たちが人間の出す条件なんてむと思っているの?」

「ははっ。そうだろうな」

「分かっていて聞いたのかしら?」

「客人だから伝えておかないとな」

「あらあ。フォルトは提案を受け入れるつもりなのお?」


 ソフィアからの提案を、遊びで人間を殺す姉妹が受けるはずはない。

 性格的にも、他人から命令されるのは大っ嫌いだろう。今回は命令というよりも制限になるが、自分たちの行動が縛られる条件を聞くわけがない。

 そのうえで、ルリシオンからも提案してきた。


「条件を呑んでもいいわよお」

「ルリちゃん、どうしたの?」

「その代わり、私たちからも条件があるわあ」

「何だ?」

「フォルトの庇護下ひごかに入れてもらえるならねえ」

「言っていたな」

有耶無耶うやむやになっているけどねえ」


 確かにフォルトは、庇護の件をルリシオンから聞いている。

 身の安全を手に入れたいそうだが、自堕落を理由にはぐらかしていた。わざわざ明言しなくても、姉妹は客人なので守るのは当然だと思っている。

 おそらくは、確約してほしいのだろう。


「前にも言ったが、俺は自堕落だから動かないぞ?」

「今と変わらないわよお」

「そうか?」

「フォルトの近くなら安心して眠れるわあ」

「まぁその程度なら別にいいか」


(頼られるのはうれしいが、本当に俺でいいのかと思ってしまうな。逆に守ってもらいたいものだ。日本にいた頃は親に頼りきりだったのに……)


 魔族の強者である姉妹なら、戦闘面での不安は少ないだろう。

 十年前の勇魔戦争から生き延びている魔族である。とはいえ常に命の危険がある世界なので、最終的な後ろ盾となってほしいと思われる。

 また魔族の国は滅びており、安住の地が必要だった。

 そういった話であれば、確かに今と何も変わらない。人間の魔族狩りに襲われることも無いし、姉妹が住める家も用意できる。

 ブラウニーが建てるので、とてもみすぼらしいが……。


「あたしからも条件!」

「アーシャに拒否権は無い」

「えー」


 アーシャに絶対服従の呪いを施してから、「お手」以降は命令していない。

 基本的には「お願い」しており、それを拒否することは無かった。断っても無駄だと悟っているのか、それとも楽な頼み事だからかは分からないが……。

 最近では生活にも溶け込んで、このような軽口もたたくようになっていた。

 それは望んでいたことなので、フォルトは口元を緩ませてしまう。


「なに笑ってんのよ!」

「気にするな」

「それでさ。ソフィアさんの提案を受けるん?」

「条件通りなら、今と変わらない生活ができるしな」

「ふーん」

「攻めてくる人間もいなくなる。快適になりそうだ」

「そう都合よくいきますかねぇ?」


 カーミラが疑問を呈してくる。

 ソフィアを信用したとしても、その祖父まで信用するのは愚の骨頂だ。国の上層部など、腹黒い人たちの集まりだと思っているだろう。

 もちろんフォルトも同意見だが、高い確率で平気だろうと考えていた。


「約束を破れば、マリとルリが暴れるだけだしなあ」

「あはっ! そのときは楽しめるわねえ」

「貴方は暴れないのかしら?」

「面倒だな。適当な魔物でも召喚するよ」

「さすがは御主人様です! 魔物使いが荒いです!」


 魔物使いと言えば聞こえは良いが、フォルトはただの怠け者である。好きなこと以外は、何もやりたくないだけだ。

 怠惰は常に全開である。


「問題は無さそうだな。なら受け入れるとするか」

「分かりましたぁ!」

「フォルト様についていくだけですわ」

「いいわよお。庇護の件はお願いねえ」

「ふふっ。貴方に任せてあげるわ」

「ちぇ。あたしの条件はぁ……」

「嫌なことは先に終わらせよう。ソフィアさんを呼んできてくれ」

「はあい!」

「ちょっと! 聞きなさいよ!」


 アーシャの声は聞き流して、提案を受け入れる方向で話を進める。

 以降はカーミラが、ソフィアだけを連れてくる。

 彼女は提案を受け入れると聞いて、とても驚いているようだ。再びここに到着してから、まだ一日も経っていないからだろう。


「えっ! よろしいのですか?」

「いいですよ。言ったことを守ってもらえれば、ね」

「それはもう……」

「明日からでも準備させるので、ゆっくりと待っていてください」

「分かりました」

「そうだ! 後で食事を運ばせます」

「ありがとうございます」


 これで話は終わった。

 全員の準備が整い次第、フォルトたちは魔の森を出て新天地に移動する。

 向かう先も森なので、今と大した差は無いだろう。準備などは、カーミラたちや召喚した魔物に任せれば良い。

 そしてソフィアを自宅から送り出すと、暴食を刺激する匂いが流れてきた。もちろん、食卓での話題も決まっている。

 新天地では、どう自堕落に過ごそうか。

 そんなことを考えながら、料理が運ばれれてくるのを待つのだった。



◇◇◇◇◇



 総勢七人の集団が、魔の森を進んでいた。

 フォルトたち一行の四人と、ソフィアたち一行の三人である。後から向かうと伝えたが、一緒に行くとの話になった。

 確か人間が三人だけでは、森を抜けられないだろう。彼女たちを連れてきたマリアンデールとルリシオンは、魔物を討伐するという名目で先行している。

 適当なところで、こちらと合流する予定になっていた。


「貴様、それは何とかならんのか?」

「え?」


 額に眉を寄せたザインが、フォルトに話しかけてくる。

 彼の対してのイメージは、堅物の騎士だった。

 今までの無礼な態度に対して、怒り心頭だと思われる。だが殺害したエジムと違って、自分の感情を抑えられる人物のようだ。

 ともあれ、問いかけられた理由は分かっている。

 ソフィアも顔をしかめる状態に対して、だ。


「何ともなりません。歩くのがダルいので!」

「だからと言って、アンデッドなど使いおって!」

「いいでしょ? このスケルトン神輿みこし


 現在の状態。

 それは数体のスケルトンが、木造の神輿を担いでいる状態のことだ。と言っても立派なものではなく、幅がある木の板だった。

 それに乗っているフォルトは、まるでベッドごと移動しているかのようだ。

 カーミラと一緒に運ばれており、今も柔らかい膝枕を堪能していた。またレイナスとアーシャは、何食わぬ顔で神輿の隣を歩いている。

 ちなみにスケルトンとは、人間のように動く骸骨のこと。

 ホラー映画でも有名だが、駆け出しの冒険者でも討伐が可能だ。しかもアンデッド自体が存在する世界なので、何度か出会っていれば恐怖心も失われる。


「フォルトさん! あたしも乗せてっ!」

「おい。アーシャ!」

「なによぉ。シュンは話しかけないでよねっ!」

「何だと!」

「あたしを捨てた男に用はありませーん」

「あっあれはだな……」


 さすがに出発すれば、顔を合わせてしまう。アーシャはシュンと痴話喧嘩げんかをしているように見えるが、とっくに見切りを付けている。

 復縁を迫られたらしいが、それに応じるはずは無いのだ。


「三人も乗ると、さすがに狭いぞ?」

「いいよ! あたしも歩きたくなーい」

「はいはい」


 スケルトン神輿の上は狭い。

 カーミラと二人で乗るつもりだったので、三人が乗れるほどではない。だが、アーシャは無理やり乗ってくる。

 そして、フォルトの腰にまたがった。


「おい!」

「ここしか無いしぃ」

「いや。さすがに……」

「いいの! 若いギャルに密着されて喜んでるくせに!」


 フォルトは身内の二人に視線を送ってみると、特に気にしていない様子だった。本気で困れば排除するだろうが、アーシャの行動はご褒美になっている。

 カーミラとレイナスは、よく分かっていた。


「ちっ」


 フォルトの耳に、何やら舌打ちが聞こえた。

 シュンからすれば面白くないだろう。

 おっさんの周囲は、すべて女性なのだ。日本にいた頃であれば、立場は逆である。だからなのか分からないが、何かにつけて反発される。

 しかも、とある人物に乗る形で……。


「フォルト様、アンデッドというものは……」

「ソフィアさんの言ったとおりだぜ。死者を冒涜ぼうとくするんじゃねえ!」


 このような感じである。

 常にソフィアの味方に立って、フォルトを責めてくる。

 はっきりと言えば、鬱陶しくて仕方がないのだ。シュンに対しては、何か悪いことをやった記憶が無い。やったのは、ルリシオンである。

 責められるいわれがないので、とりあえず無視することにした。

 こういった輩を相手すると、余計にこじれるのだ。ならばと気になっている件もあるので、ソフィアに疑問を投げかける。


「ソフィアさんに聞きたいことがあるのですが?」

「何でしょう」

「これから向かう場所は……」

「左右を険しい山に囲まれた森ですね」

「ほほう」

「森自体は狭く、左右の山には魔物が棲息せいそくしています」

「危険なのでは?」

「魔の森と同じですよ。魔物はどこにでもいます」

「都市や町の近くには?」

「ふふっ。さすがにいませんよ」


 言葉足らずだったが、ソフィアは察してくれたようだ。

 魔の森に引き籠ったフォルトは、こちらの世界の一般常識を知らない。だが嫌がらずに、質問には答えてくれた。

 他にも都市や町の近郊に、魔物がいない理由も聞いてみた。

 魔物がいない場所に、人間が暮らせる場所を建造しているからだそうだ。決して、魔物を追い出したわけではない。

 その点を間違えると、痛い目に遭うだろう。


(町の近くには棲息しないが、少しでも遠くに行くとエンカウントする感じか? それならレイナスの訓練を再開できそうだな)


 そんなことを考えていると、ザインが小さくつぶやいた。

 その言葉に対して、フォルトはギクッと顔を強張らせる。


「魔物が襲ってこんな」

「フォルト様、そろそろ姉妹を戻してもいいですよ?」

「いやあ。先行してもらわないと、魔物に襲われるじゃないですか」


 魔の森の魔物が、フォルトたちを襲わないことには理由がある。

 引き受けていないが、森の王になってくれと頼まれた。要はこちらの強さを理解されてしまったので、知能がある魔物には襲われないのだ。

 その言い訳として、魔族の姉妹には先行してもらった。


「もう弱いという演技はいいですから……」

「え?」

「前にもお伝えしましたが、フォルト様は隠し事が下手なのです」

「カーミラ、どうなの?」

「えへへ。その女の言ったとおりですよぉ」

「ば、馬鹿、な……」


 フォルトは演技に自信があった。

 魔人だと悟らせないように、魔物を倒すようなことはやっていない。ルリシオンを止めたときも、炎の壁が視界を遮っていたので見られていないだろう。

 ソフィアとの会話に関しても、内容が矛盾し過ぎることは無いと思っている。しかしながら、何かに気付いているようだ。

 そうなると、問題になることがあった。


(どこまでバレているかだよな。魔人の件は平気そうだが、俺は強いと思われているのか。もしかして、ジェシカの件も? 参ったな……)


 これらについてはやぶ蛇になるので、フォルトから尋ねられない。またソフィアは頭が良いので、絶対に突っ込まれるだろう。

 底辺のおっさんでは、とても太刀打ちできるとは思えない。


「あ、はは……。では次に戻ってきたら、一緒に行きましょうか」

「はい」

「そそっ、そう言えばさ。ノックスはどうしてるのかな?」


 こういうときは、話題を変えたほうが良い。今はシュンやアーシャもいるので、一緒に召喚されたノックスについて聞いてみる。

 内容的にも、フォルトが疑問に思って当然の話だ。


「魔法学園に入学して、そろそろ卒業するはずですよ」

「へぇ」

「学問が得意なようで、課程を修了するのが早いと聞きました」

「召喚される前は大学生だったかな? 頭は良さそうだしね」


 フォルトは目を閉じて、こちらの世界に召喚されたときを思い出す。

 ノックスについてはうろ覚えだが、知的な男性だった気がする。とはいえそれ以上に興味が無いので、ソフィアとの会話に間ができた。

 すると間髪入れずに、シュンが割り込んでくる。


「おっさんは知らねぇだろうが、あいつも苦労してんだよ」

「ほう」

「まぁ卒業したらよ。俺の従者に戻すぜ」

「戻すの?」

「ん? どうかしたのかアーシャ?」

「フォルトさん、聞いてよ! シュンったらね」

「ばっ! アーシャ!」

「冗談だよ。もうあんたのことはどうでもいいしぃ」

「そうかよ」


 アーシャも会話に割り込んできたが、これは後から聞いた話だ。

 シュンはアーシャと恋人となったときに、邪魔なノックスを排除した。魔法学園に入学を勧めて、もう戻さないと決めたという話だった。

 カップルにとっては、確かにお邪魔虫である。それ自体は分からない話ではないので、フォルトは「勝手なものだな」といった感想しか浮かばなかった。

 そしてノックスについては、ソフィアが会話の補完をする。


「ノックスさんと他の勇者候補を加えて、チームを結成する予定です」

「ほほう! それは興味深いなあ」

「おっさんも入るか?」


 またもやシュンが、意味が分からないことを言い出した。

 あのときにも伝えたが、シュンがフォルトだけを放り出したと聞き及んでいる。何やら言い訳をしていたが、すでに聞く耳を持っていないのだ。

 まだ理解していないのかと思ってしまう。


「話にならんと言っただろ? 勝手にやってればいいさ」

「つかよぉ。おっさん! 一緒に召喚されたんだから働けよ!」

「放り出したくせにな。よく言えたものだ」

「その話はもういいだろ。大人げないぞ!」


 確かにフォルトは大人だ。

 若者から大人げないと言われれば、そのとおりである。しかしながら、おっさんでも感情がある生き物なのだ。一人だけ放り出された件は根に持っている。

 それに、もう決めたことがある。


「嫌だ! 俺は好きに生きると決めたんだ!」

「ガキかよ!」

「人は働くために生きているのではないぞ?」


 労働が当然になっていると忘れるが、人間は働きたくて産まれるわけではない。生きていくのに必要だから、嫌々ながらも働くのだ。

 そうフォルトは思っているし、魔人という力を手に入れた。

 働く必要性を、まったく感じない。


「そうなんだがよ」

贅沢ぜいたくしなきゃ、森の中で十分に生きられるさ」

「ちっ」


 もちろんあちらの世界であれば、フォルトの考えでは生きられないだろう。

 山であっても森であっても、土地所有者がいるので勝手に住みつけない。

 日本では富士の青木ヶ原樹海ですら、国の管理する国有地である。土地にある木の実など食べれば、窃盗という罪に問われるのだ。

 本当に世知辛い国である。


「働かないと処分されるんだがな」

「勇者候補は大変だな。俺はレベル三だから関係ない」

うそつけ! レベル三だろうが、魔族を手懐けてるだろうがよ」

「ちょっと! シュンとばかり話さないでよね!」

「おっおお! ちょ、動くな!」


 アーシャが腰の上で動き始めた。

 何とも卑猥ひわいだが、話題に入れないのが嫌なようだ。シュンと話す気が無いので、その矛先がフォルトに向く。


(アーシャめ。何という気持ちのいいことをするのだ。これがギャルか? ギャルなのか? 縁がなかったから知らんが、随分とオープンな……。おおう!)


 それにしても、従者とは思えない振る舞いである。だがフォルトからは、アーシャの動きをやめさせるつもりはない。

 シュンと会話するよりも、下半身の刺激を感じていたい。とても心地が良く、色欲を解放できないのがもどかしいぐらいだ。

 だからこそ会話を中断して、だらしなく口元を緩めるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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