第49話 聖女、再び3
ソフィアたちが帰ってからは、数週間ほど経過している。しかしながら、何の因果か再び戻ってきた。
フォルトは最終勧告のつもりなのかと思って、まずは会話の席を設けた。内容によっては、今後の計画に支障をきたす可能性がある。
まだ引っ越し先は見つかっていないのだ。
「今度は何の用ですか?」
「まずは……。お会いしていただき、ありがとうございます」
「礼儀正しい日本人なので」
「ふふっ。そうですね」
自宅に招いたのは、聖女のソフィアだけだった。
ザインやシュンも同席を希望したが、彼女が固辞していた。余計な雑音を入れたくなかったのかもしれない。
ならばと敬意を払って、フォルトも一人で対応することにした。
現在はリビングのテーブルを挟んで、対面形式で椅子に座っている。相変わらず奇麗な女性だった。
カーミラとレイナスは、寝室で待機してもらっている。
「それで?」
「細かい話は後回しにして、大きな話から言いましょうか」
「森への侵攻でも始まりますか?」
「それには時間が必要ですね。お邪魔したのは別件です」
「ほう」
「単刀直入に申しましょう。森を出て
「は?」
「今までの謝罪も込めて、御爺様が
(突然だな。ソフィアさんの御爺様ってどんな人だっけ? 別に庇護してもらわなくてもな。まぁ俺が魔人になったことは知らないのか。それにしても……)
ソフィアの提案は突っぱねても良い。だが、何となく可哀想な気がした。フォルトからすると、彼女は「おつかいクエスト」をやっている感じがするのだ。
これについては、ゲームで使われる用語である。内容はある場所に赴いて、単純作業的な依頼を達成することだ。
そういったことを知っているので、非常に居た堪れない。
「御爺様って?」
「エウィ王国宮廷魔術師のグリムです」
「ほう」
宮廷魔術師グリム。
物凄く地位の高い人物で、国王の側近を務めている。確かに、他人を庇護できると言える立場の人間だろう。
それが分かったところで、フォルトの回答は変わらないが……。
「残念ながら行けないですね」
「なぜでしょう?」
「色々とあるけど……。まず森から出たくありません」
氷河期世代の引き籠りという体質は、簡単に改善されるものではない。
魔の森を自宅と思うようになったが、その場所から出たくないということには変わりない。だが、引っ越す場合は出ることになるで矛盾していた。
それについては、信用度の問題である。フォルトは人間を見限っており、身内以外を信用していない。
だとすると、ソフィアや面識の無いグリムも同様である。信用していない者からの提案など聞くに値しないのだ。
波風を立てたくないので、わざわざ伝えないが……。
「御爺様の領地に森があります」
「ほう」
「魔の森よりは狭いですが、立入禁止にしてくれるそうです」
「ほほう」
フォルトは引っ越し先を探していたので、ソフィアの話に興味が出てきた。信用度の問題を棚上げすれば、新天地の候補として挙げられるだろう。
要は人間と会わずに引き籠れれば良いのだ。
そこで信用度を棚上げして、次の疑問をぶつけてみる。
「レイナスについては?」
「隠してくれるそうです」
「弱いなあ」
「弱いですか?」
「その森にいることが、すぐ親に伝わるのでは?」
ここで、信用度の話を棚から降ろす。
レイナスの居場所を隠すといっても、それは口約束だけになるだろう。ローイン伯爵は、エウィ王国の有力貴族である。いつまでも隠し通せるものではない。
そうなると、元の
「レイナス様の件は、陛下が協力してくれる
「陛下? 国王か」
「はい」
ソフィアの話はこうである。
現在のローイン伯爵家には、嫡男となる男子がいない。なのでレイナスを使って、婿養子を迎える予定になっていた。
その話を、別の話に置き換えたそうだ。
王族から王子の一人を養子に入れて、公爵家として格上げするらしい。
その代わりに、レイナスの廃嫡が条件に加えられた。廃嫡されると平民落ちとなるため、伯爵家との関係が絶縁になる。
取り戻す必要が無くなるのだ。
(貴族は家の格式と存続が一番だったか? そのためなら娘を捨てるのか? 戦国時代の大名家みたいなものか。娘は家の道具だっけ?)
大名家はもとより、貴族家も娘に自由は無い。
政略結婚の道具として、家柄・血筋・一族繁栄のために使わる。だからこそ、レイナスを取り戻すつもりだったのだ。
ソフィアの話が本当ならば、王家の血筋を入れて家柄が格上げとなる。
彼女を捨てたところで、お釣りがくるだろう。
「まさか俺を森から出すために?」
「もともと話には上がっていた話なのです」
「あぁ……。もののついでといった感じですか?」
「言葉は悪いですけど、そうなりますね」
「いや。そのほうが気楽ですけどね」
この話が出た時点だと、ローイン伯爵はレイナスを取り戻すつもりでいた。
そして婿養子を迎えるのではなく、自身の派閥に所属する貴族家に嫁がせる。
要は地盤固めに、彼女を使う予定だった。だがグリムの提案があったからこそ、王子という最高の養子が手に入るのだ。
こちらの世界の貴族は、家系が重要視される。血縁関係を重要視する血統主義ではなかった。だからなのか、そこまで娘に執着していない。
この話を信用するかは別にして、フォルトはまた信用度を棚上げした。
そしてソフィアに対して、次の疑問をぶつける。
「マリとルリはどう扱うのですか? 魔族ですよ?」
「暴れないという条件付きですが、姉妹を受け入れるそうです」
「は?」
ソフィアはアッサリと答えたが、魔族は人間の敵である。フォルトからすると、姉妹の扱いはあり得ないと思った。
当然の疑問なので、次はそれを問い質してみる。
「簡単な話ですね。姉妹の討伐に動くと、多大な損害が出ます」
「そうかもしれないですね」
「私の勝手な憶測ですが、姉妹はフォルト様に気を遣っています」
「そうですか? 俺にはそう見えないけどな」
「ふふっ。私たちを案内したのが良い例ですよ」
「どういうことですか?」
「フォルト様がいなければ、私たちは殺されています」
「ほう」
「フォルト様の客人なので襲わないのですよ」
(うーん。マリとルリは人間を襲って楽しんだ後だから、ソフィアさんを殺さなかったのでは? 俺の命令なんぞ聞く必要は無いのだし……)
魔族の姉妹は客人として住まわせて、勝手気ままに行動させているのだ。
シモベでもなければ、玩具でもない。もちろん、従者でもない。フォルトには遠慮会釈なくものを言うので、気を遣っているとも思えない。
ソフィアたちを殺害しない理由は、いつもの気まぐれだろう。
「そのあたりは分かりかねますね。本人たちに聞いてみないと……」
「では、姉妹が良いと言えば来てくださいますか?」
「アーシャもいますけどね」
ここでフォルトは、アーシャの名前を出す。
ソフィアの反応から、彼女の扱いを察するつもりだ。
「やはり、フォルト様の所に戻っていましたか」
「俺の従者にしました」
「もしかして、顔の傷を治されました?」
「治ってますよ」
「どっどうやって……」
「内緒です」
「………………」
ソフィアにとっては、アーシャの火傷が治った件が一番驚いたようだ。顔が醜く焼けただれて、上級の信仰系魔法でしか治せない傷だった。
エウィ王国で使える者はおらず、儀式魔法を行使することによって、ようやく発動できる魔法である。
それほどの魔法を、フォルトが使えるなど想像できないだろう。
ともあれ彼女の引き渡しは求められないようなので、次の疑問をぶつける。
「アーシャの扱いについては?」
「冒険者は魔物に殺されました」
「なるほど。そういう処理ですか」
「はい。アーシャさんは誰も殺していません」
「うーむ」
「どうでしょうか?」
「悪い話ではなさそうですが、残念ながらお断りします」
「なぜでしょう?」
ここまでの内容をまとめると、フォルトたちにとって悪い話ではない。むしろ良い話のように聞こえる。
すべての懸念が無くなるのだから……。
ならばと最後として、今まで棚上げしていた信用度を下ろす。
「
「え?」
「待遇が良すぎるんです。裏があるとしか思えません」
「良すぎますか?」
「おおかた森から出たところで拘束。または殺害とか?」
「そんなことはしません!」
フォルトの発言に対して、
いわれなき中傷を受けたと思ったのだろう。彼女は本当に怒って、テーブルを両手でバンッと
そこで、フォローだけはしておく。
「ソフィアさんがやるとは思っていませんよ」
「フォルト様は酷すぎます!」
「すみません。それぐらい俺は人間が嫌いなのです」
日本で引き籠りを続けたときに、他人の好意を素直に受けられなくなった。
人の好意には必ず裏があると。すべてが偽善だと思っていた。人間と関わらなければ、そういった話からは解放される。だからこそ、引き籠るわけだ。
自分が嫌な思いをしないために。他人に嫌な思いをさせないために。
「分かりました。私が人質となりましょう」
「はい?」
「フォルト様の仰る不都合が生じたら殺していただいて結構です!」
「なぜ……。そうなる?」
「今回の件は御爺様の思惑があります」
「でしょうね」
「ですが、フォルト様に危険はないと確信しております」
「ほう」
「信用ではなく取引をしましょう。ということです」
「なるほど」
(ツッコミどころはあるが豪胆だなあ。取引というよりは、身の潔白を証明したいのだろう。それを偽善と思ってる俺に命を差し出すか)
ソフィアの発言を受けたとしても、フォルトの人間嫌いは根深い。どんなに命を懸けようと、それにも裏があると思ってしまう。
実に心の狭いことだ。
結局のところ、人を信用して裏切られるのが怖いのだ。ならば最初から信用しないのが、お互いのためになると思っていた。
「こうしましょうか」
「はい?」
「みんなと相談してからですがね。もし裏切られたら……」
「裏切られたら?」
「ソフィアさんには俺の玩具になってもらいます」
「え?」
「殺すだけで済ますと?」
「玩具、ですか?」
「マリとルリに取り押さえさせて調教を施します」
「なっ!」
「その後は……。分かりますね?」
(戦闘キャラには成り得ないだろうから、
これならば、フォルトも納得できそうだった。
裏切られても、捕縛に来る人間を全滅させて逃げれば良いだけだ。しかも、ソフィアという玩具が手に入る。
早速妄想したいが、今は話し合いの最中なので控えておく。
「まさか……。レイナス様も?」
「ご想像にお任せします。それでも俺を領地に呼びますか?」
「………………」
明言は避けておいたが、レイナスを調教したと思うはずだ。
それで良いのだ。もともとフォルトは、自身を最底辺の人間だと思っていた。日本では、人生に失敗して落ちぶれた。
こちらの世界では、カーミラと一緒に悪いこともしている。
今以上に落ちようがないだろう。
「俺にはね。そこまでする価値はありませんよ」
「前から思っていたことですが……」
「何か?」
「フォルト様は演技が下手です」
「はい?」
「人間性はともかくとして、御爺様の意向ですので……」
(演技が下手だと? ご想像はレイナスを調教したことになったと思われるが、それでも連れていく気? よく分からんな)
普通の人間なら、フォルトを見捨てて放っておくだろう。
それで良かったのだが、ソフィアは初心を変えずに連れていきたいようだ。演技と言われても、明言を避けただけだった。
何のことやらサッパリだ。
「とにかく話は終わりです。みんなに聞いてから回答しますね」
「よろしくお願いします」
フォルトは話し合いの終了を宣言した。
これ以上は、ソフィアも伝える話が無いだろう。おそらくだが、すべてを出し尽くしたと思われる。
その証拠に、何も言わず外に出ていった。
「御主人様!」
「フォルト様……」
ソフィアがいなくなったので、カーミラとレイナスが寝室から出てきた。会話が聞こえていたのか、二人は怪訝そうな表情をしている。
とりあえずフォルトは、「うーん!」と
「カーミラはマリとルリ、ついでにアーシャも呼んできてくれ」
「はあい!」
「レイナスは、ソフィアさんたちの寝所を用意してやれ」
「寝所ですか?」
「倉庫でいい」
「また長引きそうなのかしら?」
「いや。明日までには決める」
「分かりましたわ。準備してきますわね」
カーミラとレイナスは、それぞれの命令を実行するために自宅を出た。
それを眺めていたフォルトは、テーブルに肩肘を付けて考え込んでいる。全員に話す内容を、頭の中でまとめているのだ。
ソフィアの提案を受けるのか、それとも受けないのか。棚から下ろしていた信用度を、再び上げたり下げたりする。
そして、全員が
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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