第48話 聖女、再び2

 ローゼンクロイツ家の姉妹として名高いマリアンデールとルリシオンは、再び人間の駐屯地を襲撃していた。

 なぜ、そんなことをするのか。

 もちろん、楽しいからだ。


「あはっ! 急いで逃げないと当たっちゃうわよお」

「ひっ! 逃げろ!」



【ポップ・ファイア・ボルト/弾ける火弾】



 〈爆炎の薔薇ばら姫〉の二つ名に恥じないルリシオンは、次々と魔法を発動して、兵士たちの近くで爆発を起こす。しかしながら、直撃はさせない。

 必死に逃げている人間を追いかけるのが楽しいのだ。


「貴方たちの「時」を止めてあげるわ」



【マス・タイム・ストップ/集団・時間停止】



 〈狂乱の女王〉マリアンデールが、時空系魔法を発動した。対個人に使う魔法を集団化させて、前方に逃げる兵士たちの動きを止める。

 文字通りに、ピタッと静止した。


「逃げないの? あはははっ!」


 時空系魔法を対策することは可能だった。

 まずは同じく、時空系魔法を習得することだ。超が十個は付くほどの難易度でも、魔法を習得するだけで防げる。

 次の対策としては、魔法の装備品が挙げられる。とはいえ高額なので、金銭を積まないと入手できない。

 そうは言っても、値段を高く設定してるのは人間だった。

 実のところ安価で作製できるが、基本的には流通していない。時空系魔法を扱える人物は珍しく、一生に一度も出会わない人が大多数を占める。

 また普段から装備しても意味が無いので、大金を積んでまで買わない。

 ただし、この場の兵士たちには必要だったか。


「これだから時空系魔法はやめられないのよね」

「五、四、三……」



【ポップ・ファイア・ボルト/弾ける火弾】



 時間が停止している兵士たちは、その場から動けない。腕を一生懸命に振り上げながら逃げている状態で、ピクリとも動かない。

 必死の形相もそのままだ。

 そして、ルリシオンはよく分かっている。

 時間停止の魔法は、効果時間中に攻撃してもダメージを与えられない。効果が切れる寸前に魔法を発動して、効果が切れると同時に着弾させるのだ。

 姉妹がよく使う連携の一つだった。


「「うぎゃああああ!」」


 時間が停止していた兵士たちの足元で、物凄い爆発が起きる。

 彼らからしてみれば、射程圏外に逃げていたつもりだっただろう。だがいつの間にか、射程圏内に入ってしまったという認識を持ったはずだ。

 この連携によって爆風を受けた兵士たちは、勢いよく宙に飛ばされる。着弾した場所が至近距離だった者は両足が吹き飛んで、大量の血をき散らしていた。

 もう助からないだろう。


「あらあ。近すぎたわあ」

「もっと遠くに逃げない人間が悪いのよ」

「お姉ちゃん、ポテトを食べたいわあ」

「どうぞ。あーん」

「あーん」

「あぁん! ルリちゃん、可愛い!」


 人間にとっては、戦場になっている。とはいえ、マリアンデールとルリシオンにとっては散歩の類で、まるで緊張感が無い。

 持ってきたフライドポテトを食べながら戦っていた。


「もう駐屯地に着いちゃうわねえ」

「ポテトも無くなったわ。そろそろ帰る?」

「そうねえ。あ……。お姉ちゃん、ちょっと待ってえ」

「どうしたの?」

「駐屯地から人間が出てくるわあ」

「自殺願望者かしら? なら望みはかなえてあげないとね」


 魔の森から人間を追い立てた姉妹は、駐屯地の近くで止まる。すると、三人の人間が歩いてきていた。

 屈強そうな男性と金髪の男性、そしてもう一人は女性だった。


「あら? 見たことがある人間ねえ」


 ルリシオンは、屈強そうな男性と面識は無い。

 それでも、残りの二人は知っている。金髪の男性は名前を知らないが、アーシャの次に焼き殺すつもりだった人間だ。

 フォルトに腕をつかまれて、殺害の邪魔をされた記憶がよみがえる。


「ルリちゃんの知り合い?」

「私というかあ……。フォルトのお?」

「ふーん。どうするの?」

「用事を聞いてからでも遅くはないかしらねえ」

「殺すことは簡単だしね」

「あはっ! そうねえ」


 笑みを浮かべたルリシオンは、腕を組みながらその場で待つ。

 もう一人の女性に関しては、ソフィアという名前だったと記憶している。フォルトと話し合いをしていたエウィ王国の聖女だ。

 そして、アーシャを使った悪戯と同じようなことをさせている。寝室に入った瞬間にほほを赤くして、彼の自宅から出ていった。

 実にくだらなくて馬鹿馬鹿しい内容である。


「お久しぶりですね。覚えておいでですか?」


 屈強そうな男性と金髪の男性の間から、ゆっくりとソフィアが前に出た。二人の男性は左右に別れて、いつでも盾になれる状態を維持している。

 それに対して、マリアンデールとルリシオンは上から目線で対応した。


「待っていてあげたのが答えだと思うけどお?」

「そちらは……。マリアンデール・ローゼンクロイツ様ですね?」

「よく知ってるじゃない。褒めてあげるわ」

「ありがとうございます」

「それで何の用かしらあ?」

「命乞いだったら殺すわよ」


 余裕の表情の姉妹は、二人の男性に視線を向けた。

 剣の間合いに入っているので、すぐに斬れると勘違いしているようだ。前傾姿勢の状態で、マリアンデールとルリシオンをにらんでいる。

 それには嗜虐心しぎゃくしんを揺さぶられるが、完全に無視した。

 今はソフィアのほうに興味があった。


「フォルト様のところに案内してもらえませんか?」

「この女は何を言ってるの? 状況を見てモノを言いなさい」

「お姉ちゃん、待って……」


 彼らの周囲には、姉妹から逃げられなかった兵士たちの死体がある。ならば、マリアンデールとルリシオンは完全に敵だ。

 またそれ以前に、魔族は人間の敵である。にもかかわらず戦いを挑む様子も無く、停戦を提案するわけでもない。

 フォルトのところに連れていけという個人的な話だった。


「貴女はそれなりに上の人間じゃないかしらあ?」

「そうでもありませんよ」

「ルリちゃん、どうするの?」

「そうねえ……」


 暫く沈黙したルリシオンは、何かを思いついたように答えを出す。

 この場で殺すのは簡単だが、それでは暇潰しにもならない。


「いいわよお」

「ルリちゃん?」

「ただし! フォルトが拒否したら……。分かるかしらあ?」

「構いません」

「フォルトは人間が嫌いよお。勝算は低いわねえ」

「構いません」


 ルリシオンは暇潰しのアクセントとして、賭けというスパイスを加える。

 この賭けで負けた場合の結果は、ソフィアに分かっているはず。もしもフォルトが面会を拒否したら、じっくりといたぶりながら焼き殺されるのだ。

 アーシャがどうなったのかを、彼女は見ているのだから……。

 それでも、本気のようだった。力は弱そうだが、意志は堅そうに見える。「厄介な女に絡まれたものねえ」と思うほどだ。


「ルリちゃん! 私は拒否するほうに賭けるわ」

「お姉ちゃん、それじゃ賭けにならないわあ」

「連れていくんでしょ? なら会うほうに賭けなさい!」

「分かったわよお」


 ルリシオンが折れると、マリアンデールはニヤニヤと笑った。

 賭けをすると、いつもこうだ。先に勝てる確率が高いほうを選んで、こちらに勝算の低いほうを賭けさせる。

 それで勝った場合は、妹成分と称して抱きついてくるのだ。


「ではお願いします」

「三人かしらあ?」

「いえ。私だけです」

「我々もですぞ!」

「一緒に行くぜ!」

「ザイン殿、シュン様……」


 ソフィアは一人で来るつもりだったようだ。

 それに対して、二人の男性が一緒に向かうと言う。

 三人の関係性は分からないが、おそらくは聖女の護衛なのだろう。だが、その問答を聞いたマリアンデールが一喝する。


「それ以上は歩きながらやってちょうだい!」

「申しわけございません!」

「貴方たちのペースには合わせないわよお」

「死ぬ気で追いかけてきなさい」


 マリアンデールとルリシオンは、人間の茶番劇を見るつもりがない。

 それに姉妹は休まず帰るつもりなので、半日もあればフォルトの自宅に戻れる。しかしながら、ソフィアたちを加えると二日は必要か。

 魔の森の魔物は襲ってこないが、身体能力の差は歴然だ。連れていくことが賭けの条件なので、姉妹は仕方なく速度を落とすのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトたちが住まう家の隣には、大きな木が立っている。

 その枝にぶら下がった若者姿のおっさんは、引っ越しについて考える。場所はニャンシーが探しており、近いうちに魔の森を出ることになるだろう。

 その場合には、様々な問題が発生する。


「カーミラ、カーミラ」

「はあい!」

「引っ越し先が決まったらさ。移動はどうする?」

「飛んでいけばいいと思いますよぉ」

「飛べない奴がいるからなあ」


 目の前に呼んだカーミラは、悪魔の姿で宙に浮いている。

 これが、問題だった。

 魔人のフォルトと悪魔のカーミラだけなら、空を飛んで向かえば良い。だが残念なことに、レイナスとアーシャは飛べない。

 しかも、マリアンデールとルリシオンも同様だ。


「なるほどですねぇ。そうなると歩きでーす!」

「嫌だ!」

「じゃあ先に行きますかぁ?」

「場所だけ伝えて、後から来てもらうのか」

「そうでーす!」

「それも嫌だな。俺のものは近くに置いておきたい」

「ならですねぇ。馬車とかはどうですかぁ?」


 こちらの世界には自動車などは無いので、主流となる移動手段は馬車だ。

 そうなると、全員を連れて旅に出るという話になる。異世界物の定番だが、フォルトには苦痛だった。

 日本にいた頃だと、行動範囲は狭かった。近くのコンビニエンスストアやスーパーまで行くのがせいぜいで、旅行にも興味が無かったのだ。

 一般的に外で楽しむ遊びを楽しいとも思わなかった。


「旅ねぇ」

「目的地に着くまで我慢するだけでーす!」

「ダルいなあ」

「他に手はないですよぉ?」

「カーミラに思いつかないなら、他に方法は無いかあ」


(自分で言っちゃうのも何だが、俺の腰は重い。何かと理由を付けて、自宅から出ないのは得意技だ。でも今回だけはなあ)


 そんなことを考えていると、マリアンデールとルリシオンが戻ってきた。いつもより遅かったが、自由気ままな姉妹なので気にしていない。

 それでも彼女たちの後ろから現れた面々に、フォルトは驚いてしまう。


「げっ! あの三人は……」

「あらら。御主人様、どうしますかぁ?」

「まずはおっさんに戻る。カーミラも頼む」

「はあい!」


 つい先日帰ったはずの三名。ソフィア、シュン、ザインが現れたのだ。

 とりあえず、フォルトたちには気付いていないか。さすがに若者の姿と悪魔は拙いので、木の裏に隠れながら元の姿に戻る。


「フォルトぉ、あの女が話をしたいそうよお!」


 まずは、ルリシオンだけが近づいてきた。

 ソフィアたちは、庭の手前で待っている。どうやら、マリアンデールが通せんぼをしているようだ。

 それには助かるが、突然すぎる。

 木の裏から姿を現したフォルトとカーミラは、地面に飛び降りて詳しく聞く。すると、面会するかどうかを問われた。

 これには首を傾げるが、とりあえず思ったままを伝える。


「正直に言うと面会は御免だ。でも会ったほうが良いのでは?」

「どっちなのお?」

「俺に話しがあるんだろ?」

「へぇ。人間が嫌いじゃなかったかしらあ」

「嫌いだ。でもなあ。この前の続きかもしれないしな」

「なら連れてきていいのねえ?」

「いいよ」


 ルリシオンは満面の笑みを浮かべながら、きびすを返して離れていった。とはいえ何か忘れていないかと、フォルトは腕を組んで空を見上げる。

 そして目を閉じた瞬間に、へそ出しルックのギャルを思い出した。


「カーミラ、アーシャは?」

「レイナスちゃんと川で汗を流していると思いますよぉ」

「ならアーシャだけ、あいつらに見つからないようにしてくれ」

「はあい!」


 今はソフィアたちに、アーシャを会わせたくない。

 冒険者を殺害した彼女は、エウィ王国では犯罪者なのだ。せっかく従者にしたのだから、彼女を引き渡すつもりは無かった。


「さて、どんな話を持ってきたのやら……」


 カーミラが川に歩いていったのに合わせて、マリアンデールとルリシオンがソフィアたちを連れてきた。

 それに対してフォルトは、とても嫌そうな表情に変わる。

 前回の話し合いにはウンザリしており、今回の話も長くなりそうだった。しかしながら、危険を冒してまで戻ってきたのだ。

 ならば、礼儀をもって応えるべきだろう。

 そんな日本人らしさを出しながら、三人を出迎えるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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