第47話 聖女、再び1
今日もフォルトはテラスにて、自堕落生活を満喫中だ。
雨の日は自宅で過ごすが、天気が良いと外で過ごす。しかしながら行動範囲は狭くて、風呂代わりに使っている川が一番の遠出である。
何にせよ、太陽の光を浴びる時間が多くなった。
日本にいた頃と比べると、目覚ましい改善なのだ。
「カーミラ、やってみて」
ともあれ住居者には、特技を持っている者がいる。
まずは、最愛のカーミラ。
悪魔のくせにヘアメイクが得意で、住居者の髪をバッサバッサと整えていた。だが当然のように、日本にあるようなヘアメイク用の道具は無い。ハサミやヘアブラシなら用意できるが、スプレーやワックスなどは存在しない。
そして髪留めのピンやロールは、木の枝から作り出して代用していた。
「ヘアメイクもネイルアートも、カーミラちゃんにお任せでーす!」
「そうだ! 右手で横ピース。左手を腰に当てながら前屈みになれ!」
「こうですかぁ?」
「いいぞ。後は左目でウインクだ!」
そのカーミラは、フォルトに言われるがままにポーズを決めている。
多少古臭い感じは否めないが、おっさんなので思考が古い。だがとても似合っているので、親指を立てて「グッド」と褒め称えた。
「完成だな」
「御主人様、これは何ですかぁ?」
「決めポーズだ!」
「はい?」
決めポーズとは、かっこよく見えるように整えた仕草のことだ。
女性の場合は、可愛く決めるのが一般的だった。もしもフォルトが同じポーズを決めたら、確実に不幸が訪れる。
せっかく慣れてきたアーシャから、
「ここぞ! というときに決めてやれ」
「決めるとどうなるんですかぁ?」
「隙が大きくなって攻撃されるだろうな」
「駄目じゃないですかぁ」
「しかし、だ! 俺のテンションが五割増しになるぞ」
「えへへ。なら決めますねぇ」
はっきり言って、カーミラにはよく分かっていない。とはいえ、フォルトを楽しませるためなら何でもする。
悪魔だが、実に
「フォルト様、私はどうしようかしら?」
「うむ」
次はレイナス。
手芸や裁縫が得意な元貴族令嬢である。普段から入手できる獣の皮で、簡単な服や小物などを作製していた。
ちなみに針と糸の材料は、カーミラが城塞都市ソフィアから奪っている。
またそれらを使って、ヘアメイクで扱う道具の代用品も用意していた。他にもあるが、基本的にはオールマイティに何でもこなせる逸材だ。
さすがは、元生徒会長である。
「剣を右肩に担いで後ろを向け!」
「はい!」
「左手を腰に置いて、顔と上半身だけで振り向け!」
「こっこうですか?」
「そうだ! 決まったな」
これも、古臭い感じが否めない。レイナスの場合は優等生としてのイメージがあるので、決めポーズも合わせた。
もちろん、フォルトの脳内イメージだが……。
「後ろから攻撃されてしまいますわ」
「大丈夫だ。敵を倒した後の決めポーズだからな!」
「それなら平気ですわね」
レイナスもよく分かっていない。
それでも、フォルトを喜ばせることなら何でもする。調教で骨抜きにされ、
「フォルトさん、何してんの?」
「アーシャか」
「演芸会でもやる気なん?」
そして、一番新しい住居人のアーシャ。
とても絵が上手なエロティックなギャルである。人物画が得意で、メイクや髪型を考えるときに描いていたらしい。
こちらの世界の紙は、羊皮紙と呼ばれている。また羽根ペンが使われており、黒インクで書くのが一般的だった。
また高級品ではあったが、なんと鉛筆が売られていた。黒鉛と粘土に水を加えて作製するのだが、その技術はあるようだ。
もちろんこれらも、カーミラが都市から奪っている。
「アーシャは……。よし! これでいこう。コマ……」
「嫌よ!」
「ちっ。なら両手で髪をかき上げて、胸を張ってくれ!」
「いま舌打ちしたっしょ?」
「いいから!」
「こっこう?」
いわゆるセクシーポーズだ。
アーシャがやると、少し背伸びをした感じである。大人の女性には程遠いが、そのギャップがギャルらしい。
それでも露出の激しい服なので、とても目の保養になる。
「余は満足じゃ」
「エロオヤジ……」
「何か言ったか?」
「あはっ! 別にぃ」
アーシャはよく笑うようになった。娯楽は何も無いが、こうやって皆と馬鹿をやっているのが楽しいようだ。
それについては、フォルトも楽しい。
以降は暫く雑談していると、食欲をそそるような香りが周囲を包み込む。同時に自宅の中から、マリアンデールとルリシオンが出てきた。
その手には、少し懐かしさを感じるものを持っている。
「フォルトぉ、できたわよお」
「さすがはルリだな。匂いで分かったぞ!」
「え? この匂いって……。まさか!」
ルリシオンは魔族であり、マリアンデールの妹だ。
特技は料理である。
三人の中では、一番の腕を持っていた。
「ふらいどぽてと? だっけえ?」
「そうだ。ジャガイモをスティック状にして作るんだが……」
「こんな感じでいいのお?」
「完璧だ」
フライドポテトの作り方は、まずスティック状にしたジャガイモを洗う。次に油で揚げて、最後に塩をまぶした料理である。
日本にいた頃のフォルトは、基本的に暇を持て余していた。といった事情から、某有名バーガー店の作り方をマネたことがある。
それを、ルリシオンに伝授したのだ。
こちらの世界に存在する揚げ物用の油は、植物から作られるサラダ油だった。農業が主流の世界なので、専用の農地を持っている者もいるくらいだ。
とりあえず魔の森で入手できないものは、カーミラが都市から奪っている。
もう盗賊団と変わらないだろう。
(いやはや。まさかジャガイモがあるとはな。森で見つけたときは驚いたものだ。今は召喚した魔物に栽培させているから、いつでも食べれるがな)
ジャガイモは、フォルトが付けた便宜上の名称である。
こちらの世界では毒野菜に分類され、別の名称で呼ばれていた。都市には流通していないが、魔の森に存在したのだ。
それを、トレントという木の魔物に栽培させている。
「旨い! さすがはルリだ!」
「
「ヤバいんだけど。こっちの世界で食べられるとは思っていなかったわ」
「ふふん! どう?」
腰に左手を添えたルリシオンが、右手を伸ばして指し示すポーズをとる。背景から光が当たり、「ビシッ!」という効果音が文字になっていそうだ。
残念ながら、現実には見られないが……。
「決めポーズ……。気に入ったようだな」
「なっ! 何となくよ。何となくねえ」
「ちょっとルリちゃん! 私も食べるわよ」
最後はマリアンデールで、ルリシオンの姉だ。
色々と小さいが、本人は物凄く気にしている。完全にコンプレックスになっているので、それを指摘すると暴れ出す。
また住居人の中では、一番偉そうに振る舞っていた。
そして、特技は何も持っていない。
「マリは何も無いんだよなあ」
「貴方、私に不満でもあるのかしら?」
「いや。仲間がいたと思っただけだ」
「はあ?」
フォルトも特技らしい特技は持っていないが、それで良いのだ。
マリアンデールを仲間に加えて、特技無しコンビが結成された気になる。
「マリ」
「なっ何よ?」
「強く生きていこうな」
「なに馬鹿なことを言ってんのよ!」
「あっはっはっ!」
マリアンデールは姉のクセに、妹のルリシオンに負んぶに抱っこである。
もちろんそれは、フォルトにも言えることだ。常にカーミラとレイナスに負んぶに抱っこだった。
「そんな話よりも貴方、私たちは駐屯地に行ってくるわ」
「またか。もういいんじゃないか?」
「遊び足りないのよ。ねぇルリちゃん?」
「オヤツも作ったしねえ。食べながら行きましょう」
マリアンデールとルリシオンは、作りたてのフライドポテトを袋に詰める。続けてフォルトに背を向けると、不敵な笑みを浮かべながら歩いていった。
この危険な森を食べ歩きしながら進むとは恐れ入った姉妹だ。
「フォルトさん、また人間を襲わせるん?」
「アーシャよ。人聞きの悪いことは言うな」
「だってマリ様とルリ様が……」
「勝手に襲っているだけだ。俺は知らんぞ」
「そうなの?」
「二人は客人だからな。支配しているわけじゃない」
ニャンシーが連れてきたルリシオンは、大切な客人として扱っている。
その姉のマリアンデールも同様である。どちらも頼み事は可能だが、指図するような命令はできない間柄だ。
もちろん魔人のフォルトであれば、姉妹を屈服させることは可能だろう。しかしながら、そんなことはしない。
普通に接してくれるだけで満足だった。
「そうだっけ?」
「それよりもアーシャ、今日の訓練は終わったのか?」
「いっけなーい! レイナス先輩、お願いしまーす!」
「はいはい」
次にレイナスとアーシャが、テラスから離れていく。二人は準備体操を始めて、いつもの基礎訓練を開始した。
フォルトは彼女たちの足を眺めながら、フライドポテトを口に入れる。
「御主人様、これからどうしますかぁ?」
「屋根で日向ぼっこをしよう。膝を貸してくれ」
「はあい!」
のんびりと立ち上がったフォルトは、『
それからカーミラと一緒に、屋根の上に向かう。以降はまったく飽きることのない膝枕を堪能しながら、フライドポテトを食べさせてもらう。
行儀は悪いが、いつもの自堕落生活を続けるのだった。
◇◇◇◇◇
魔の森の前に設営されているエウィ王国兵の駐屯地。
つい最近、ローゼンクロイツ家の姉妹が襲撃してきた場所である。被害は甚大で、千人の駐屯兵のうち二百人ほどが死亡した。
また同様に、怪我人も多数出ている。
その駐屯地では、聖女ソフィアと騎士ザインが見回っていた。
「酷い有様ですね」
「まったくです。接近にも気づかず、一気にやられたそうですぞ」
「目撃者が?」
「帰還途中だった兵士ですな。危険と判断して様子を眺めていたそうです」
「賢明な判断ですね」
地面に染みついた血だまりは消えている。
地面にできた爆発の跡も、襲撃の苛烈さが察せられた。
「本当にまた行かれるのですか?」
「
「ですが、魔物の群れが道を塞いでおりますぞ」
「そうとも限らないかと……」
「ふむ」
冒険者を殺害したアーシャは、ソフィアたちの前から姿を消している。
もちろん追いかけたが、魔物の群れに道を塞がれてしまった。と言っても、時間が経過しているので平気だと思われる。
それでも魔の森は、多数の魔物が
何度も往復できるほど、楽な道のりではない。もう案内人は必要無いが、フォルトが住む場所に向かうには何かしらの手段が必要だった。
「私に考えがあります」
「ほう。さすがはソフィア様ですな」
ソフィアは手段を決定しているが、実現するかは不透明だった。確率にすれば五分五分、しかも失敗すれば命を落とす危険すらある。
それを回避できても、前回と同様に向かうしかない。
と難しい顔で考えている彼女を、金髪の男性が発見したのだった。
「あれは……。ソフィアさん?」
勇者候補のシュンである。
魔の森に入るための準備を終わらせて、駐屯地の天幕から出たところだった。再びソフィアと行動できるので、今度こそ口説き落とそうと考えている。
武器の調整も済ませて、いつでも出発できる状態だ。
ともあれ発見したからには、すぐに彼女を追いかけて声をかけた。
「ソフィアさん!」
「あらシュン様」
「出発の準備はできてるぜ」
「ありがとうございます。ですが、もう数日ほどお待ちください」
「数日? 何かを待ってんのか?」
「そんなところです」
「じゃあさ。俺と散歩しながら話さねぇか?」
「ザイン殿?」
「良いのではないですかな。私も同僚に会って参ります」
シュンの心の内を知らないザインは、その場から離れていった。
それにしても魔の森から戻ったときから、ソフィアとの距離は縮まっていない。とはいえ印象に残るように、マメ男を演じていた。
今まで口説き落とした女性よりも
(男が嫌いってわけじゃねぇんだよな。好みはまだ分からねぇが、年下じゃねぇのは確かだぜ。俺がまだ落とせねぇとはなあ。とりあえず、話題を提供っと)
シュンはアーシャを捨ててからというもの、女性兵士に手を出している。
こちらは簡単に、一夜を共にできた。もちろん体だけの関係にしてあるので、お互いの恋愛感情は皆無である。
このように、普段は簡単に女性を口説き落とせる。しかしながらソフィアは、そううまくはいかなかった。
本命か遊びかの差はあるだろうが……。
「そう言えば勇者ってさ。どんな奴だったんだ?」
「勇者様ですか? 最初の座学で習ったと思いますが……」
「そうじゃなくてさ。人柄や性格だな」
「なるほど。そうですね。強く優しく正義に
「ヒーローでも目指してたのかよ」
十年前の勇魔戦争で、魔王を討ち取った勇者。
ソフィアからは、従者として同行していたと聞いていた。だからこそ問いかけたのだが、シュンにとっては体じゅうに
まるで漫画やアニメ、映画の主人公である。
自身とは真逆の人間なのだろう。
「ふふっ。その言葉はよく言っていましたね」
「今どきの日本人では珍しい奴だぜ」
「いえ。出身はゆないてっど……。何とかと言っていましたね」
「アメリカ人かよ!」
「シュン様?」
勇者が米国人と聞いて、さすがのシュンもビックリした。確かに、こちらの世界に召喚された人間が日本人だけとは聞いていない。
一緒に召喚された者は、アーシャ、ノックス、フォルトだ。他の異世界人には会ったことがないので、日本人だけが召喚されていると思い込んでいた。
ある意味では盲点だ。
「ゆーえすあーみー? という軍隊に所属していたとか……」
「アメリカ陸軍ときたか」
「召喚されたときから戦いに慣れておいででしたね」
「そりゃあな」
「戦争中に召喚されたみたいです」
(十年前……。いや、レベルを上げることを考えるとその前か。戦争中と言えば、確か中東のほうだったような? まぁ強いのは当たり前だが……)
当時の勇者を召喚したのは、ソフィアではなく一代前の聖女だ。
つまり、勇者と冒険をした後に聖女となった。もしかしたらそのあたりに、彼女を口説き落とすヒントがあるかもしれない。
ならばとシュンは、積極的に情報を引き出す。
「ソフィアさんは勇者のことが好きだったのか?」
「え? 当時の私は十歳ですよ?」
「まぁそうだよな。十歳じゃな」
「彼にとっては面倒臭い子供だったと思います」
現在のソフィアを知る者には想像できないだろう。
まるで、大人を小馬鹿にするような悪戯好きの子供だったらしい。しかも当時から頭が良かったので、手に負えなかったようだ。
その話をシュンは、ホストスマイルを浮かべながら聞いていた。今は聞き上手に徹しておき、口説き落とすためのヒントを探っていく。
これも、ホストとして培った手段である。
それからも暫く散歩を続けていると、遠くから爆発音が聞こえてきた。
「なっ何だ!」
突然の爆発音に、シュンが目を見開いて周囲を見る。
そしてソフィアにとっては、聞き覚えのあるような爆発音だった。爆発音にも様々な音はあるが、つい最近も聞いたことがある。
どうやら、彼女の考えた手段が現れてくれたようだ。
「来たようですね」
「誰がだ?」
「ローゼンクロイツ家の姉妹です」
「なっ!」
「行きましょう!」
ソフィアは「問題はここからだ」と、爆発音が聞こえた方向に駆け出した。
もちろん向かう先は、駐屯地の入口である。シュンも追いかけてくるが、それを待たずに走っていく。
その場所では、ザインが待機していたのだった。
「まさか再び襲撃に来るとは……。ソフィア様、撤退しますぞ!」
「なりません!」
「我らだけでは倒せませんぞ!」
「分かっています」
「姉妹が襲撃に来たら撤退する話になっておるのです!」
「これが私の考えなのです」
ソフィアの考えていたことは、魔族の姉妹に案内してもらう方法だ。
ルリシオンが現れたときの表情は忘れていない。人間を殺すことを楽しむような人物なので、襲撃が一度だけとは思えなかった。
ともあれ、交渉が成功するかどうかは五分五分である。
「私が一人で行きます」
「我儘はなりませんぞ!」
「きっと大丈夫です。ですから……」
「むぅ。ならば私が盾となりましょう」
「駄目です」
「ソフィア様に何かあれば、グリム様に申しわけが立たんのです!」
「ザイン殿……」
「ソフィア様が逃げる時間ぐらいは稼がせてもらいますぞ」
ザインは強者であり、勇魔戦争を生き残った屈強な騎士である。
確かに魔族の姉妹が相手でも、少しぐらいは時間が稼げるかもしれない。また国王やグリムからは、騎士として聖女の護衛を仰せつかっていた。
これ以上は、何を言っても聞かないだろう。
「俺も行くぜ!」
「死ぬかもしれませんよ?」
「俺は勇者候補だぜ? 任せろよ!」
「分かりました」
どうやらシュンも、ソフィアの言葉は聞かないようだ。
これには思わず、
前回は無残にも負けたからといって、ここで引き下がれないのだろう。
はたして、そう思っているかはさておき……。
「では参りましょう」
ソフィアたちは駐屯地を出て、爆発音が続く方向に歩き出す。
周辺は見晴らしの良い草原になっており、実際の爆発も視認できた。ならばとその場所に向かっていくと、遠くから逃げてくる兵士とすれ違う。
魔族の姉妹が襲撃に来たら、撤退の命令が出ているからだ。とはいえ彼女たちは、更に先へと歩を進めた。
そして三人は、マリアンデールとルリシオンの姿を発見するのだった。
――――――――――
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