第45話 運命の転換点3
フォルトからの話を聞いて、アーシャが首を傾げている。
こうして見ると、やはり可愛い女性だ。縮れた髪も元に戻って、いかにも夜の町で遊んでいそうなギャルである。
だからこそ、従者として何をやらせるかで「ギャル」と言った。しかしながら、彼女にはうまく伝わらなかったようだ。
「意味が分かんないんですけど?」
さすがに突拍子も無さ過ぎたかと、フォルトは心の中で反省した。
とりあえず面倒なことは、先に終わらせたい性格である。ギャルの話は置いておいて、従者になったアーシャを縛るほうが良いだろう。
「まずは契約を結ぶとしようか」
「い、いいけど……」
「さっきと同じだ。痛くも何ともない。受け入れるだけでいい」
「わっ分かったわよ!」
呪術系魔法を使ったのは、アーシャの火傷を治すのが初めてだった。
一応の効果情報は、アカシックレコードから引き出したときに理解している。実際にそのとおりに発動したので、次も同様に使ってみる。
これは、なかなか面白い魔法だ。
【カース・アブソルート・オビーディエンス/絶対服従の呪い】
呪術とは、自然の力を使う魔法の一系統である。
先ほどはアーシャの醜い顔の原因だった火傷を、冒険者の顔に移した。とこのように使い方によっては、良い結果をもたらす。
傷を移せる相手さえいれば、信仰系魔法など必要無い。しかしながら、その名のとおり呪いの魔法なのだ。
基本的には、悪い結果をもたらすための魔法である。
今回の冒険者の二人は死亡していたが、火傷を移された者からすれば、完全に悪意のある呪いを受けたと認識するだろう。
そちらが、本来の呪術というものだ。
今回フォルトが使った呪術系魔法も、相手に対して悪い効果を発揮する。
「終わったぞ」
「何ともないけど?」
「お手……」
「え?」
口角を上げたフォルトが、アーシャに向けて手のひらを見せる。と同時に彼女の意思とは無関係に、手がポンと置かれた。
これが、契約の代わりとして使用した呪術系魔法だ。
「絶対服従の呪いだ! これでアーシャは俺の従者だな」
「おっさん! 何てことすんのよ!」
「フォルトさんだ!」
「フォ、フォルト、さん……」
呪いというものは、基本的に効かないと思って良い。
特に絶対服従の呪いは、ほとんどの場合は抵抗される。効果を与えるには、相手が受け入れたり無防備だと効きやすい。
アーシャは呪術系魔法のことを、まったくと言って良いほど知らない。フォルトから言われるがままに受け入れてしまった。
この一連の行動を見て、他の女性たちが騒ぎ始める。
「さすがは御主人様です!」
「俺は『
「貴方の魔法のほうがエグいわよ?」
「そうか?」
「絶対服従なんて奴隷と同じだわ。いえ、それ以下かしら?」
「フォルト次第ねえ」
ルリシオンが言ったように、アーシャのすべてはフォルト次第になった。
死ねと言えば自殺する。人を殺せと言えば殺害する。どんなに嫌がっても、命令されるがままに行動するのだ。
本人の意思とは無関係なところがエグい。
「じゃあさ。カーミラの『
「どっちも似たようなものでしょ!」
「あっはっはっ!」
「笑ってごまかすな!」
分かりきった話である。カーミラは「フォルトの命令に絶対服従」と、アーシャに契約させるはずだ。
それは理解しているらしい。
「私はフォルトのほうがいいと思うわよお」
「え?」
ルリシオンが補足する。
悪魔との『
それならば、呪いとして絶対に破れないほうが気楽だろう。
こちらの世界には、様々な魔法が存在する。魅了や支配の魔法を使われて、契約を破る可能性もあるのだ。
それで死にたくはないだろう。
「理解したかしらあ?」
「ルリ、説明をありがとう」
「はぁ……。もういいわよ。もっとキツく縛られるよりは、ね」
「無理なことは言わないから安心しろ」
「それでさ。ギャルって何のこと?」
面倒なことを先に終わらせたので、本題のギャルについて説明する。
「ハッキリ言おう。俺はギャルが好きだ!」
「はあ?」
「引き籠りのおっさんに、ギャルは無縁なのだ」
「自分で言う?」
「AVでも……。ごほん。とにかく好きなのだ」
「ハーレムでも作ろうっての?」
「近いな。俺はゲームオタクでもある」
「また自分で言って……」
「女性キャラを集めて、アバターを楽しんでいたのだ」
「確かにオタクだわ」
説明したのは良いが、フォルトからしたら物凄く自虐が入っている。自分で言って恥ずかしいが、ほとんど趣味の世界に入っていた。
そして説明を聞いたアーシャは、
自虐ネタが功を奏したのか、先ほどまでの殺気立った雰囲気は消えている。
「俺の趣味のために、アーシャにはギャルを続けてもらう」
「要は普通にしてろって話だよね?」
「簡単だろ?」
「あはっ! フォルトさんって馬鹿なの? 超ウケるんですけど!」
「それでいい」
本当に馬鹿らしかったようだ。
従者をやれと聞いて、アーシャは警戒していたのだろう。もしかしたら、風俗のような仕事をさせられると思ったのかもしれない。
心外だが……。
それでもアーシャが笑顔に変わった。
呪いで縛ったことは棚に上げても、顔が元に戻ったことが大きいか。ビフォーアフターの違いは明らかだった。
現金なものだが、従者にするならこれぐらいで良い。
「それだけ?」
「今のところは、な」
「何それ?」
「従者として簡単な雑用をやってもらうが……」
「他に何かあんの?」
「強くなってもらうぞ!」
「はい?」
フォルトはアーシャを助けたが、従者で終わらすつもりはない。
レイナスと同様に強くなってもらう。ギャルが好きなことを置いておいても、それが助けた理由の一つである。
「フォルト様、どういうことですか?」
「アーシャは「召喚されし者」という称号を持っている」
「御主人様と同じ異世界人だからですねぇ」
残念ながら同じ異世界人でも、フォルトの称号は「帰ってきた者」である。
ともあれアーシャの他に、シュンやノックスも持っている称号なのだ。他の異世界人も持っているだろう。
その称号を持つ者には、特殊な力があった。
「レイナスの『
「あ……。フォルト様、そういうことですか」
「鍛えようによっては、レイナスと同じ強さが手に入るな」
現在のレイナスは一般兵よりも強く、限界突破まで後少しだ。ならば、アーシャにも同じことをやらせれば強くなるだろう。
要はセカンドキャラクターである。
(タイプの違う成長をさせれば楽しみが増えるな。レイナスは魔法剣士だから、弓術師も面白い。まぁ色々と考えてみようか)
フォルトは好きなことをして生きると決めた。
カーミラと一緒に、自堕落な生活を送る。リアル美少女育成対戦ゲームで遊ぶ。惰眠を貪る。魔人のフォルトなら、それは可能なのだ。
やらない手はないだろう。
「とりあえずさ。私は何をやればいいわけ?」
「そうだな。レイナスと一緒に森の魔物に肉を渡してくれ」
「え?」
「アーシャの逃走経路に魔物の群れを配置した。その礼だ」
アーシャは冒険者を殺害して戻ってきたのだ。
当然のように、ソフィアたちは追いかけるだろう。だがフォルトは対価を渡す条件で、魔の森の魔物に襲わせて阻ませている。
餌という対価を渡せば、喜んで引き受けてくれた。
「それでソフィアさんたちが追いかけてこなかったの?」
「ついでにさ。その首も捨てといてくれ」
「げっ! 魔物に渡してもいいっしょ?」
「人間を食うんだったな。よろしく!」
もう冒険者の首に用は無い。
テラスに置いておいても、気持ち悪いだけだ。アーシャの言ったとおり魔物に渡せば、対価の一部として食べてくれるだろう。
そして、ギャルのような口調に戻ったようだ。
フォルトは
(まぁすぐに慣れるだろ。同じ人間ならレイナスがいるしな。俺の従者ならマリやルリも襲わないし……。でも、人数が増えてきたなあ)
最初はカーミラと二人きりで、自堕落な生活を送っていた。以降はレイナスを拉致して、ニャンシーを
それからも、マリアンデールとルリシオンを客人として迎えた。
現在は、アーシャも……。
(あまりキツくはない、か? カーミラやレイナスは別としても、マリやルリとは普通に話せるし嫌ではないな。アーシャは……。手に入れた手前なあ)
本来であれば、人間嫌いで人付き合いが苦手なフォルトには厳しい。
それが平気な要因は、何となく分かっている。おそらくは、自身の性格が関係しているのだろう。
人間を見限るとは期待しないということ。
期待しないからこそ、人間を雑に扱えるだけだ。見かけたら殺すといった類のものではない。その思考が追加されただけで、もともとの性格は変わらない。
そんなことを考えていると、レイナスとアーシャが行動に移った。
「さてと……。あとは二人に任せて、俺は寝るか」
「はあい! カーミラちゃんもお供しまーす!」
大きな欠伸をしたフォルトは、カーミラを連れて寝室に向かう。
マリアンデールとルリシオンは、二人が消えたテラスを占拠した。レイナスとアーシャは、魔物に肉を渡してから適当に過ごすだろう。
そんな他愛もない、自堕落な生活へと戻るだった。
◇◇◇◇◇
アーシャが従者になって数日後。
リビングの椅子でくつろいでいるフォルトは、マリアンデールとルリシオンが自宅から出ていくのを見送った。
先日姉妹が提案していた内容を、これから実行するつもりなのだ。
「マリ様とルリ様はどこに行くん?」
「人間の駐屯地に襲撃だそうだ」
「え?」
マリアンデールとルリシオンから、敬称を付けろとでも言われたようだ。
この件についてアーシャには、絶対服従の呪いを使っていない。彼女はフォルトの従者であって、姉妹の従者ではないのだ。
それでも言われたことを聞くのは、仕方がないかもしれない。
姉妹は魔族であり、人間を殺すことをなんとも思っていない。それに彼女からしてみれば、一度は殺されかけたのだ。
下手に怒りを買っても、良いことは無いだろう。
「森への侵攻を遅らせるためだ」
「侵攻って?」
「レイナスを取り戻しになあ」
「なるほどねぇ」
「ついでにアーシャを捕まえになあ」
「ちょっと!」
「冗談だ」
アーシャは冒険者を殺した犯罪者になっているだろう。捕縛の対象になっているはずだ。だからと言って、エウィ王国が動くとは思っていない。
本命はレイナスである。
エウィ王国の大貴族ローイン伯爵の御令嬢だ。部隊の規模は分からないが、魔物を討伐しながら来るだろうと予想している。
だからこそ、マリアンデールに提案されたのだが……。
「御主人様、お肉でーす!」
「あーん。もぐもぐ」
「フォルト様、食事の時間ですわ」
「相変わらず大食いよね」
つまみ食い用の肉を、カーミラに食べさせてもらっている。まるで「自分で食いなよ」とでも言いたそうだ。
そして、大量の料理が運ばれてきていた。
アーシャが増えただけでも、食事の量が増えている。なので現在は、テーブルが手狭になってきた。
そこで、眷属のニャンシーを呼び出す。
「ニャンシー!」
「誰それ?」
「あぁ紹介してやる。だけど、もうちょっとだけ待ってくれ」
「いいけどぉ」
旅に出したニャンシーは、魔界を走っている最中だ。
現れるまでの時間がシュールなので、フォルトは料理に手を付ける。まだまだ運んでいる最中だが、そんなことは気にしない。
それから暫く待っていると、アーシャが「まだぁ?」と言い出した。と同時に、床に魔法陣が描かれる。
狙ってはいないだろうが、実にタイミングが良い。
「主よ。どうかしたかの?」
そして、ニャンシーが現れた。
何となく久々な感じだが、今は新天地を探してもらっている。頻繁に呼び出すと先に進めないので、あまり呼び出すなと言われていた。
それにしても、相変わらず小さくて可愛い。
「きゃー! なになに? 超可愛いんですけど!」
「急に何じゃ! お主は誰じゃ!」
「モフモフ!」
「にゃあ」
どうやら、アーシャは猫派のようだ。
我慢できなかったようで、ニャンシーに飛びついている。
ケットシーの擬人化は最高だなと思ったフォルトは、モフモフが終わる頃を見計らって、お互いを紹介した。
「おっさ……。んんっ! フォルトさんは何者なん?」
「引き籠りのおっさんだ」
「もうさ。そういうのはいいから!」
「そう言われてもなあ。生まれも育ちも日本だし……」
「ふーん」
「魔人になっちゃった、でいいか?」
「あはっ! いいよぉ」
これも、ニャンシー効果というものか。
アーシャには、ギャルを続けさせるのだ。気兼ねなく振る舞ってもらえると、周囲の華やかさが増すというもの。
是非とも、その笑顔を絶やさないでほしい。
「ニャンシー、報告してくれ」
「国境を越えたのじゃがな。残念ながら良い場所は発見できぬのう」
「ふーん」
「人間の町が近くて、足を踏み入れない場所じゃろ?」
「うむ。自宅周辺は静かなほうがいい」
新天地の条件は、ニャンシーが言ったとおりだ。香辛料などを奪うために、人間の町は近いほうが良い。
奪うのはカーミラだが……。
それでいて、誰も訪れない場所が希望だ。魔の森と同様に、多数の魔物が
人間を追い返すのは魔物だが……。
そしてフォルトは動かずに、今までどおりに自堕落生活を続けたい。
駄目男だから……。
「亜人じゃ駄目かの?」
「亜人?」
「獣人族やエルフ族じゃな」
「こっち世界にはエルフがいるのか!」
エルフが存在するという現実に、フォルトは思わず席を立った。
日本から召喚されて、すぐに魔の森に引き籠ったのだ。こちらの世界で知った種族と言えば、人間以外だと魔の森の魔物ぐらいである。
ならばとニャンシーを、質問攻めにする。
「エルフってさ。耳が長くて
「そうじゃ。知っておるではないか」
「いやはや、すばらしいじゃないか! 文化は? 肉は食うのか?」
「待つのじゃ主! 質問は一つずつじゃ」
「じゃあ……」
以降は質問の答えを聞きながら、脳内でエルフのイラストを完成させた。実際に紙に描くのは無理だが、脳内であればイメージできる。
そしてフォルトは、とある疑問を抱いた。
(俺の知っているエルフと同じだな。オークとかも……。もしかして、
魔の森に棲息するゴブリンやオーク、オーガは実際に見た。しかもオークには、褒美をあげたこともある。
残念ながら、壊してしまったようだが……。
ともあれその三種類の魔物は、ゲームに出てくるモンスターと同様だった。であるならば、あちらの世界との関係性を考えても不思議ではない。
何の因果か、エルフも同じだとすると……。
「人間よりは亜人のほうがいいかもなあ」
「御主人様は人間嫌いですからねぇ」
「ですが、私とアーシャは人間ですわよ?」
「身内はいいのだ。身内は」
「フォルト様の身内……」
レイナスは身内と聞いて喜んでいる。
アーシャはモフモフに夢中で、会話に加わってこない。
それにしても身内という言葉は、フォルトに納得感を与えた。血縁関係は無いが、ごく親しい関係という意味だ。
「御主人様、香辛料とかは人間の町ですよぉ?」
「そういった技術は人間だろうな。亜人じゃ無理か」
「生活水準は人間のほうが高そうじゃったのう」
「そっか。なら人間の町で!」
「探してはおるのじゃがのう」
「丁度いい位置に何か無いかな?」
「難しい注文じゃな。今のところは無いのじゃ」
こればかりは、ニャンシーへ任せるしかない。
大抵の森は魔物の巣窟と化しているので、近くに人間の町は存在しないだろう。とはいえ世界は広いので、大いに可能性はある。
そしてアーシャがモフモフを終えて、会話に加わってきた。
「ねぇ。引っ越しでもすんの?」
「最悪な。軍隊を相手にすると、色々と面倒なのだ」
「ふーん」
もしフォルトたちを襲うなら、たとえ軍隊が相手でも戦うつもりだった。しかしながら、大量の人間を殺すことになる。
その場合は魔族狩りではなく、フォルト狩りが始まってしまう。討伐令など出されたら、余計に自堕落生活に支障をきたすか。
もちろん戦うのは、本当に最悪になったらと考えている。基本的には、穏便にお帰り願のが第一だ。色々とあったが、ソフィアたちは帰ってくれた。
要は放っておいてもらえれば良いのだ。
このように色々と面倒だが、魔の森から引っ越せば解決する。
「あ……。ニャンシー、悪いんだけどさ」
フォルトは何かを思い出した。
これは、とても重要なことだ。隠密行動が得意なニャンシーにしか頼めない。カーミラでも可能だが、最愛の小悪魔とは離れたくない。
「何じゃ?」
「アーシャの服を取ってきてくれないか?」
「あたしの服?」
「エロく……。ごほん。よく似合っていたからな!」
「そ、そう? お気にの服なんだあ」
「どこにあるのじゃ? 形や色を教えてもらえるかのう」
「んとねぇ……」
日本から召喚されたときのアーシャはエロかった。
もともとの素材もエロいのだが、そのときに着ていた服のおかげでもある。処分されていないなら、再び目に焼き付けたい。
彼女はその服を、大切に保管していたらしい。
「ふむふむ。保管場所に残っていれば平気じゃろう」
「なら飯を食ってから頼む」
「分かったのじゃ!」
以降は軽く料理を食べてから、ニャンシーは魔界に戻った。
自身の眷属を見送ったフォルトは、アーシャに視線を向ける。脳内でギャル服と合体させるためだが、思わず顔の筋肉が緩む。
そして、残りの料理を平らげるのだった。
――――――――――
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