第40話 魔族の姉妹2

 フォルトを襲ったマリアンデールは、妹のルリシオンを抱き締めている。同時に顔を双丘に埋めながら、満面の笑みを浮かべていた。

 これについては言葉として吐かないが、「実にけしからん」という思いしかない。とても羨ましく、自身も顔を埋めてグリグリしてみたい。

 模擬戦の勝利報酬を、ここで消費するか迷ってしまう。


「お姉ちゃん!」

「会いたかったわ! はぁ……。妹成分を補給しなきゃ……」

「もう!」


 マリアンデールは、可愛いゴシック調の黒服を着ている。

 ルリシオンの着ている服と同タイプだが、まったく同じではない。とはいえ、姉妹で合わせてあるのだろう。

 二人で並ぶと、おしゃれのセンスが光っている。

 また銀髪をツーサイドアップにして、二つの大きなリボンを付けていた。

 そして、姉というわりには背丈が小さい。

 これでは、妹のほうが姉に見えてしまう。フォルトの脳裏には、「ゴスロリ」という言葉が思い出された。

 そんなことを考えていると彼女が振り返って、ジロッとにらまれた。


「貴方、失礼なことを考えなかったかしら?」

「え? 何モ考エテイマセンヨ」

うそを言いなさい。目を見れば分かるわ!」

「まあまあ」


 フォルトが棒読みだったので、マリアンデールの息が荒くなった。

 勘の鋭い女性である。

 何となく面倒臭い話に発展しそうだが、今は軽く笑いながらなだめておく。ルリシオンとの絡みに尊さを感じて、もっと目に焼き付けたかった。

 それも束の間、カーミラから爆弾が投下される。


「えへへ。小さくて可愛いですねぇ」

「何ですって!」


 その爆弾が直撃したらしく、マリアンデールが怒り出してしまった。背丈もそうだが胸も小さいので、どうもコンプレックスを感じているようだ。

 フォルトは「言わなくて正解だった」と、事の成り行きを見守る。


「カーミラちゃん、それを言っちゃ駄目よお」

「もしかして気にしていましたかぁ?」

「こ、こ、こ……」

「こ?」

「こんのクソアマがあ!」


 マリアンデールは怒声と共に、カーミラの胸倉に手を伸ばした。とはいえ彼女の服には、つかめる箇所がほぼ無い。

 その手はスカっと交差して、胸の谷間に顔から突っ込んでいた。しかも両手で抱え込こまれて、ギュッと胸に押し付けられている。

 この場面でもフォルトは、「実にけしからん」と思った。


「むぐぐっ」

「きゃー! 可愛い!」

「貴女も似たような大きさじゃない!」

「カーミラちゃんのほうが大きいですよぉ? ほらほら!」

「むぐぐぐぐっ」


 確かにカーミラのほうが、ちょっとだけ大きい。

 マリアンデールのそれは、ニャンシーと良い勝負だろう。と考えたところで、彼女は再びフォルトを睨んでくる。


「貴方、また失礼なことを考えなかったかしら?」

「何モ考エテイマセンヨ」

「………………。まぁルリちゃんと会えたから不問にしてあげるわ」

「それはどうも」


 このようなやり取りをした後は、とりあえずお互いで自己紹介をする。

 それが済むと起きだして、全員でダイニングに向かった。フォルトとしては二度寝に入りたかったが、ルリシオンの姉なので対応することにしたのだ。


「ルリちゃんが世話になったようね」

「登場の仕方はもう少し考えられなかったのか?」

「ルリちゃんを手籠めにしたのよ? 死ぬ以外に道は無いわ」


 腕を組んだマリアンデールは、上から目線でドヤ顔を決めている。

 そうなって当前だとでも言いたげだった。だが体が小さいので、必死に背中を反らしているところが微笑ましい。

 そして「話は途中だった」と思ったフォルトは、言い訳を始めた。


「勘違いだと言っただろ? ルリが勝手に潜り込んできたのだ」

「そんなわけないでしょ! ねぇルリちゃん?」

「だってえ。ダイニングじゃ体が痛くなっちゃってねえ」

「ふーん。なら仕方ないわね」

「あれ? 信じるのか?」

「ルリちゃんが私に嘘を吐くわけないわ」

「そっそうか……」

「私のことはマリでいいわ。マリ・ルリ姉妹は有名だったのよ」

「はい?」


 十年前の勇魔戦争時では、ローゼンクロイツ家の姉妹として有名だったらしい。だが人間からすれば、それは悪名かもしれない。

 〈狂乱の女王〉マリアンデールと〈爆炎の薔薇ばら姫〉ルリシオンとして、ソル帝国軍を蹂躙じゅうりんしていたようだ。

 決して、マリ・ルリ姉妹ではない。


「えっと……。マリって魔族だよな?」

「そう言ったはずだけど?」

「角が……」

「フォルトぉ、それ以上言うと地獄を見るわよお」

「え?」


 魔族は頭から生えている角が特徴だ。

 実際にルリシオンの側頭部からは、二本の立派な角が生えている。しかしながらマリアンデールには、角が無いように見えた。


「ちょっと耳を貸しなさあい」

「う、うむ」

「ゴニョゴニョ」


 そしてこれは、ルリシオンから耳打ちされた話だ。

 マリアンデールはツーサイドアップの部分に、大きなリボンを付けている。後は言うまでもなく、その下に小さい角が生えているそうだ。

 当然のように、これもコンプレックスだった。


「すまんな。デリカシーが足りなかったようだ」

「貴方ねぇ」

「ははっ。まぁ気にするな」

「気にするわよ! それよりもルリちゃん」

「なあに? お姉ちゃん」

「さっさと森を出て旅を続けるわよ!」

「嫌」

「え?」

「だってえ。居心地がいいのよお」

「はあ?」

「しかもフォルトの近くにいると安全だわあ」


 ソル帝国軍を蹂躙していた姉妹は、人間では討伐が困難な強者だ。

 もちろん、魔族狩りを返り討ちにできる。と言っても毎度のように相手するのは、体力や魔力が擦り減って、精神的に疲れるらしい。

 だからこそ彼女は、安住の地を求めていた。


「ルリちゃんは本気なのかしら?」

「フォルトは魔人よお。だからねえ……」

「こいつが魔人? ふーん」


 本来の魔人の姿を知らないフォルトだが、誰がどう見ても人間だろう。だからなのか、マリアンデールはいぶかし気な表情に変わった。

 それでも、すぐに納得したようだ。

 妹のルリシオンが、姉に対して嘘を吐くはずがないと言っていた。

 先ほどの様子を鑑みると、姉妹のきずなが深いのだろう。しかもどうやって追いかけてきたのか皆目見当はつかないが、はぐれた妹と合流できた。

 ニャンシーとも、会っていないはずだ。


「それに旅といってもねえ。行く当てがあるわけじゃないわよお」

「まあね」

「フォルトも好きなだけいても良いと言ってくれたしねえ」

「へぇ。じゃあよろしくね」

「はい?」


 この「よろしくね」という言葉は、様々な意味に取れる。

 きっと、今後ともルリシオンを「よろしくね」という意味だろう。マリアンデールは、旅を続けると言っていた。


「あら。貴方はお馬鹿なのかしら?」

「ちょっとお姉ちゃん!」

「私はルリちゃんが大好きなのよ?」

「みたいだな」

「そのルリちゃんが残るのよ。私も残るに決まっているじゃない」

「そうきたか」


 どうやら、ルリシオンと一緒に居候を決め込むらしい。

 そっちの「よろしくね」だったようだ。

 フォルトは考えないようにしていたのだが、残念ながら無駄だった。となると、確認しておくことがある。


「だから、私たちをよろしくね」

「こんな何も無い森でいいのか?」


 魔の森にあるのは、自然と魔物だけなのだ。

 そのような場所で暮らしたところで、姉妹は楽しくないだろう。ルリシオンと同様に、マリアンデールも身目麗しい美少女である。

 客人として迎えるのは構わないが、もちろん引き留めるつもりはない。


「ふふっ。そんな森で貴方は暮らしているのでしょう?」

「俺は自堕落だからな。相手はしないが、それでもいいのか?」

「私はルリちゃんがいればいいわよ」


 の妹にして、此の姉あり。

 二人とも我儘わがままなうえに独善的である。姉妹を比べるとマリアンデールのほうが、やや口調が厳しいかもしれない。

 人間からすれば、悪魔のように恐れられているか。

 それでもルリシオンと同様に愛嬌あいきょうがあって、特に嫌な気がしなかった。ならばとフォルトは、愛しのカーミラとレイナスに視線を向けた。


「御主人様、自宅の増築が急務ですねぇ」

「私はフォルト様の決定に従うのみですわ」

「はぁ……。マリに言っておくが、人間が森に侵攻してくると思うぞ」

「何それ?」

「えっと――――」


 キョトンとしたマリアンデールに、人間たちが訪れた件を教えた。

 レイナスを取り戻すために、エウィ王国が攻めてくる可能性がある。しかもフォルトは異世界人なので、捕縛の対象になるだろう。

 もしかしたら魔の森を領土とするついで、と考えるかもしれない。

 今でも大袈裟おおげさな話だと思うが、それは聖女ソフィアに否定されていた。


「と言ったわけだ」

「ふふっ。なら――――」


 フォルトの話が終わると、マリアンデールから提案を出された。

 その内容は、あまりにも「魔族らしい」としか言い様がない。断ったほうが無難だろうが、デメリットは無さそうだ。

 とりあえず姉妹が勝手にやることなので、提案を受け入れるのだった。



◇◇◇◇◇



 マリアンデールも居候を決め込んで、数日が経過した。

 旅に出したニャンシーを除けば、フォルトは四人の美少女と暮らしている。魔族の姉妹を抱くことはないが、随分と華やかになったものだ。


「フォルトぉ。川に何かあるのお?」


 そしてフォルトは、風呂の代わりに使っている川に向かっていた。

 カーミラとレイナスを侍らせて、「着けば分かる」と意気揚々に歩く。疑問を口にしたルリシオンと一緒に、マリアンデールも連れてきている。


「実はな。ルリに手伝いを頼みたい」

「ふーん」

「私のルリちゃんを使おうなんて、今すぐ死にたいのかしら?」

「ははっ。マリも気に入ると思うぞ」


 フォルトはインプを大量に召喚して、とあるものを作らせていた。

 川に向かっているのは、御披露目会を兼ねている。


「御主人様! 完成しているようですよぉ」

「フォルト様、うまく掘れていますわね」


 フォルトたちは、目的地の川に到着した。

 レイナスが言ったように、河原にはくぼみがある。穴というほど深くないが、成人男性の膝ぐらいまで掘られていた。

 そこには、川から引いた水が貯めてある。

 特徴的なのは、中心が盛り上がっていることだろう。ドーナツ型に掘られたと言えば分かるだろうか。


「あれは露天風呂だ」

「「露天風呂?」」


 マリアンデールとルリシオンがハモる。

 ただ川で体を洗うだけでも良かったが、フォルトには物足りなかった。やはり日本人なので、温かいお湯に浸かりたいのだ。

 今まで作らなかったのは、単純に面倒だっただけである。加えて、すぐにカーミラやレイナスとイチャイチャしてしまうからだった。

 そして魔族の姉妹と暮らすことになり、思い出したかのように作らせた。


「ですがフォルト様、冷たい水ですわよ?」

「そのとおりだな。そこでルリの出番だ」

「なあに?」

「窪みの中央に立ってくれるか?」

「いいわよお」


 フォルトから言われたとおり、ルリシオンが露天風呂の中央にジャンプする。

 そこだけは水から飛び出ており、れることはないが距離があった。とはいえ彼女の跳躍力が物凄くて、途中で落ちることなく着地する。

 さすがは魔族といったところか。


「ちょっと貴方、ルリちゃんに何をさせるつもりよ!」

「まあ見てろ。『炎獄陣えんごくじん』を頼む!」

「ここでえ? いいわよお。『炎獄陣えんごくじん』!」


 スキルを発動したルリシオンを中心に、炎の柱が立ち昇った。

 その火力は圧倒的なため、窪みの中の水はグツグツと沸騰した湯に変わった。露天風呂の周囲は、真っ白な湯気で包まれてしまう。


「次はレイナス、お前の出番だ!」

「あっ! 分かりましたわ。フォルト様は頭がいいですわね」

「ははっ。よろしく」

「はいっ!」



【アイス・ブロック/氷塊】



 内容を理解したレイナスは、沸騰した湯の中に氷塊を落とした。するとそれは徐々に溶けて、丁度良い温度になるまで時間はかからなかった。

 ルリシオンも納得したようで、再びジャンプして戻ってくる。

 フォルトは湯に手を入れて、マリアンデールにも促した。


「完成だな。どうだ? マリ」

「確かに……。お風呂ね」

「私のスキルで湯を沸かすなんてねえ。変な気分だわあ」

「そうか?」

「御主人様! 湯気が薄くなりましたよぉ」

「これが大自然の中で入る露天風呂というものだ。完璧だな」

「早く入りましょう!」


 言うが早く、おもむろに服を抜き出すカーミラとレイナス。

 それに驚いたマリアンデールが、大声を出して止めた。


「ちょ、ちょっと貴女たち! 何してんのよ!」

「何って言われましてもぉ。お風呂に入るんでーす!」

「貴方まで脱いでるんじゃないわよ!」

「フォルトは大胆ねえ」

「え?」


 急に服を脱ぎだしたフォルトを見て、姉妹は両手で目を隠す。

 こちらの世界の風呂は、日本と同様に男女が別々で入るらしい。

 それについては、人間も魔族も変わらない。

 もちろん自身も日本人なので、そういった常識の中で生きてきた。しかしながら、慣れとは怖いものだ。

 周囲に止める者がおらず、今までずっと一緒に入っている。もう常識が完全に変わって、これが当たり前になっていた。


「いつも一緒ですよぉ」

「そっそう言えば……。毎日三人で川に行ってたわねえ」

「最初は恥ずかしかったですが、今は普通ですわよ?」

「勝手に盛ってなさい! ルリちゃん、家に戻るわよ!」

「う、うん。お姉ちゃん……」

「入らないのか?」

「後でルリちゃんと入るわよ!」


 マリアンデールとルリシオンは、急いで川から離れていく。

 首を傾げたフォルトは、「湯が冷めるのに」と姉妹の背中を見送った。と同時に後ろから、カーミラとレイナスに腕を引っ張られる。

 そして三人で、温かい露天風呂を堪能するのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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