第39話 魔族の姉妹1

 自宅前の庭では、レイナスとルリシオンが距離を開けて向かい合っている。

 その中央付近には、審判役のカーミラが立っていた。レベル百五十の悪魔なら、二人の間に割って入れるだろう。

 フォルトは操作に専念する。


「ルリ。分かっていると思うが、模擬戦だからな。殺すなよ?」

「大丈夫よお」

「俺も『状態測定じょうたいそくてい』で見とくけどな」

「御主人様、カーミラちゃんにお任せでーす!」


 フォルトの使うスキルは、相手の生命力が漠然と分かる。

 視界の左上あたりに、棒のような線が現れて増減するのだ。もちろん、その線が失われれば死亡である。

 数値ではないので、どの段階で止めるかを判断しづらいスキルだ。


「レイナス、ちょっと来い」

「はいっ!」

「ルリは魔族だ。強いぞ」

「暴れていたのを見ていますので理解していますわ」

「そこで、俺に秘策がある。耳を貸せ」

「はいっ!」

「ゴニョゴニョ。ゴニョゴニョ」

「っ!」


 フォルトはレイナスに耳打ちしながら、ルリシオンに視線を向ける。

 腕を組んで笑みを浮かべているあたり、実力差を理解しているのだろう。自分のほうが、圧倒的に強いと思っている表情だった。


(ルリは火属性に特化して、レイナスは氷属性に特化している。相性は上だけど、実力は下だし魔法は相殺できないなあ。だが、俺のレイナスは負けん!)


 フォルトも口角を上げて、不敵な笑みを浮かべた。

 日本で遊んでいたゲームの腕前は、中の下ぐらいだった。いわゆる普通だが、それなりに勝利を収めている。

 根拠の無い自信だけは持っていた。


「始めるか。カーミラ、合図を頼む」

「はあい。では二人ともぉ。―――――始めっ!」

「行きますわ!」



【ヘイスト/加速】



 カーミラの合図で、まずはレイナスが動いた。

 手に持った剣をさやから抜いて、即座に加速の魔法を使う。この魔法の効果で、すばやさが五割ほど上昇する。


「あはっ!」


 その光景を笑い飛ばしたルリシオンは動かない。

 様子を見ているのだろう。暴れたときに見ていたが、どうやら魔法使いだ。遠距離攻撃を得意とするなら、まずは魔法の撃ち合いを試してみる。

 フォルトはレイナスに指示を飛ばした。


「まずは小手調べだ。魔法で攻撃せよ!」

「はいっ!」



【アイス・アロー/氷の矢】



 レイナスが得意とする初級の氷属性魔法だ。

 前方に現れた氷の矢を、ルリシオンに向かって撃ちだす。一本だけだが、当たればそれなりにダメージを与えるだろう。



【ファイア・ボルト/火弾】



 氷の矢が撃ちだされた直後に、ルリシオンの火属性魔法で迎撃された。属性は違うが、同じ初級の魔法だ。

 火属性は氷属性や水属性が弱点である。

 それでも相殺するので、レイナスのほうが負けている。


「味な真似を……。ルリを中心にして、円を描いて走れ!」

「はいっ!」

「頑張ってねえ」


 レイナスは指示通りに動く。

 そこに自分の意思は無い。フォルトの玩具として、何も考えず従っている。だが戦術の意図をみ取って、戦い方を吸収するのが彼女だった。

 自動狩りが再開されれば、この戦い方は武器になるからだ。



【ファイア・ボルト/火弾】



 そのレイナスに対して、ルリシオンが火弾を連続して撃ち込んでくる。

 円の中心にいるので、彼女の動きは丸わかりだろう。もちろんフォルトは、百も承知で指示をしている。

 そして加速の魔法で上げたすばやさにより、火弾は後方に着弾した。


「これはどうかしらあ?」



【ポップ・ファイア・ボルト/弾ける火弾】



 火弾が直撃しないことに業を煮やしたのか、ルリシオンは火弾を爆発させる。

 これも、屋根の上から見た魔法だ。

 兵士たちの手前で爆発させ、爆風によって吹き飛ばしていた。今回も同様に火弾が爆発して、爆風がレイナスの背中を襲ってくる。

 それを見たフォルトが、次の指示を飛ばした。


「背中に氷の盾だ!」

「はいっ!」



【アイス・シールド/氷の盾】



 レイナスは背中に氷の盾を出現させて、火弾の爆風を軽減した。直撃なら効果は薄いだろが、爆風の威力なら相殺できる。

 それを見たルリシオンが、苦笑いを浮かべた。


「やるわねえ。なら、これならどうかしらあ?」



【ファイア・ボール/火球】



 ルリシオンの周囲に、十個の大きな火の玉が出現した。

 この魔法は、中級の火属性魔法である。もし当たれば、瀕死ひんしの状態まで持っていかれてしまう。しかも、数が多い。通常は一個か二個が限界だろう。

 その火球が、レイナスの前後左右に撃ち込まれた。


「ルリに接近しろ!」

「はい!」


 この場面でフォルトは、レイナスをルリシオンに突撃させる。

 突然軌道を変えられて目標を失った火球は、彼女の後ろに着弾していた。


「あはっ!」


 それを見たルリシオンは、邪悪な笑みを浮かべる。

 これも暴れたときに見た光景だった。同じように口角を上げたフォルトは、次の繰り出されるであろう攻撃を読んでいる。

 シュンやアーシャと同じ愚を犯さないように、レイナスに指示を飛ばす。


「ルリに氷塊を落とせ!」

「はいっ!」



【アイス・ブロック/氷塊】



 フォルトの指示を受けたレイナスが、ルリシオンの頭上に氷の塊が出現させる。肉薄するよりも先に、氷の塊が直撃するタイミングだった。

 選択肢は、一つしかないはずだ。


「無駄よお。『炎獄陣えんごくじん』!」


 やはり、ルリシオンは使ってきた。

 スキルの効果で、彼女を中心に炎の柱が立ち昇る。頭上の氷塊は溶かされて、周囲に水蒸気が立ち込めた。

 これが、フォルトの狙いである。

 水蒸気が濃い霧を作り出して、周囲の視界を閉ざすのだ。とはいえ炎の威力が高くて、残念ながら薄い霧になってしまった。

 この状態ではレイナスの影が映ってしまい、居場所が特定されてしまう。

 もちろんそれも狙い通りなので、最後の指示を飛ばす。


「ちょ、ちょっと。何よこれ!」

「今だ! 例のやつを!」

「はいっ!」



【アイス・フロア/氷の床】



 レイナスの氷属性魔法で、ルリシオンの足元に氷の床が張られた。

 これにはビックリしたようで、足を開いて腰を落としている。踏ん張らないと、足を滑らせて転んでしまうからだ。

 その瞬間に、レイナスの影が消えた。


「もらったわ!」

「え?」

「やああああっ!」

「きゃ! ぶべっ!」


 視界から消えたレイナスは、氷の床を滑ってルリシオンの股下を通過した。と同時に、両腕を彼女の両足に絡める。

 それが功を奏して、氷の床に転倒させた。

 無残にも顔から氷の床に倒れたようで、とても痛そうである。


「はあい! 勝負ありでーす!」

「よっしゃ!」


 立ちあがったレイナスが、ルリシオンに剣を突き付けている。剣先にいる彼女は、顔を手で覆いながら正座状態だ。

 カーミラの終了宣言を受けて、フォルトはガッツポーズを決めた。


「痛っ。痛たたた……」

「ふぅ」

「なんて戦い方をするのよ!」

「ははっ。レイナスの勝ちだ」

「か、顔が……」

「実力差があるからなあ。頭を使って勝たないと、な」

「ふん!」

「そう怒るな」

「なら立たせて……」

「はいはい」


 フォルトは手を伸ばして、ルリシオンをゆっくりと立ち上がらせる。

 ムスっとした表情が可愛らしいが、額と鼻が少し赤くなっていた。


「でも面白かったわあ」

「ははっ。俺も、だ」

「あの人間の男と同じぐらいのレベルよねえ」

「シュンか? 興味が無いから聞いていないが……。ルリは聞いたのか?」

「あはっ。何となくしか分からないけどねえ」


 強者であれば、相手の強さは分かるものだ。ルリシオンは勇魔戦争で、多くの人間を殺害してきた。

 その経験で、相手の大まかな強さは分かるらしい。


「御主人様は、本当に楽しそうでしたねぇ」

「あっはっはっ! 久々の操作だったからな」

「フォルト様、私はどうでしたか?」

「良かったぞ。日々の訓練の賜物だな!」

うれしいですわ!」


 フォルトを除いた三人は、ルリシオンが勝つと思っていたようだ。

 指示は口頭なので、何をやっても対応されやすい。はっきり言えば、弱いほうがハンデをあげたようなものだ。

 それでも結果は、レイナスの勝利だった。


「でもねえ。戦場じゃ使えない戦法よねえ」

「そこなんだよな」


(大規模戦闘向きじゃないのは、俺にも分かっているけどな。育成の目的はPVPだから、このままでもいいと思うのだが……)


 フォルトは腕を組んで、模擬戦に勝利したレイナスを眺める。

 人間をプレイヤーと見立てたPVP。

 プレイヤー・バーサス・プレイヤーの略だ。一対一の対戦を想定しているため、現在の育成方針に問題は無いだろう。

 ともあれ育成は始めたばかりなので、今後の方針が変わる可能性は排除しない。

 そんなことを考えていると、カーミラから衝撃の事実が伝えられた。


「御主人様、闘技場では指示を出せませんよぉ」

「ええっ! そうなの?」

「舞台に上がるのはレイナスちゃんだけでーす!」

「なっ何だってえ!」

「御主人様?」

「いや、何でもない。そうなると自動狩りと同じだな」


(これは……。スマホゲームのように、自動で戦闘する闘技場か? 俺が想定していたのは、パソコンでやるようなMMORPGだぞ)


 マッシブリーマルチプレイヤーオンラインロールプレイングゲームとは、「大規模多人数同時参加型オンラインRPG」のことだ。

 キーボードやマウスまたはコントローラーを使って、キャラクターを操作しながら遊ぶゲームである。

 ちまたあふれていたような放置型のブラウザゲームとは違うのだ。


「最初に聞いておけば良かったな」

「どういった遊びか分かりませんでしたからねぇ」

「面白いわねえ。私もレイナスちゃんのような玩具が欲しいわあ」

「そうだろ、そうだろ。俺のレイナスに勝てるかは分からんがな!」

「きゃっ! フォルト様……」


 ルリシオンの言葉に、フォルトは気分を良くした。

 そして、レイナスを抱き寄せながら自慢する。とても大人気ないが、それがおっさんというものだ。

 とりあえず、闘技場の仕様は棚上げである。

 最悪は人間の強者を拉致して、無理やり戦わせても良いだろう。


「負けちゃったし、フォルトが私を好きにするのよねえ?」

「そうだったな。何をやってもらうか……」

「決めていないなら、ゆっくりと考えるといいわよお」

「だな。なら飯でも食いながら考えるとするか」

「はあい! レイナスちゃん、準備しますよぉ」

「はいっ!」


 フォルトは早速自宅に戻って、ダイニングのテーブルに着く。

 以降は料理が出されるまで、先ほどの模擬戦を思い出す。トリッキーな戦法を使ったが、魔族という強敵に通用することが分かった。

 そして「くっくっくっ」と、ルリシオンが引くほどの笑みを浮かべる。続けて彼女に何をやってもらうかと、イヤらしい視線を向けるのだった。



◇◇◇◇◇



 食事を終えたフォルトたちの次の行動は、寝室で寝ることだ。

 食べては寝て、魔の森を散歩する。とにかく自堕落生活を満喫しているので、それが体に染み込んでいるのだ。

 もちろん、やることはやっている。


「ぐぅぐぅ」

「「すやすや」」

「すぴー。すぴー」


 寝室の中には、五つの人影が見える。

 魔の森に住んでいる三人と、居候している一人の魔族の影だ。しかしながら、住んでいる人数と合致していない。

 そして人影の一つが、モゾモゾと動きだした。


「ふふっ。私のルリちゃんを汚した罪は大きいわよ?」

「ん、んん!」

「「………………」」

「………………」


 女性の声が寝室に響く。

 フォルトは体に感じた重みで、徐々に目を覚ました。どうやら上半身に、誰かが乗っているようだ。

 そんなことをするのは、カーミラかレイナスしか思い当たらない。だが確認をするために薄目を開けると……。


「あれ? ルリ、か?」

「ふふっ」


 ルリシオンにしては小柄だが、着ている服の雰囲気が似ていた。

 自宅にいる女性は三人なので、そう声をかけるしかないだろう。

 その人物は立ち上がると、不敵な笑みを浮かべた。続けて履いている靴のヒールを押し込んで、フォルトを踏みつけてくる。


「ルリですって? 随分と親しいのね」

「誰だ!」

「ふふっ。質問していいのは私だけよ?」


 この女性を吹き飛ばすのは簡単である。しかしながら発した言葉から、ルリシオンの知り合いのようだった。

 人物を確認しようにも、暗くてよく見られない。分かるのは髪形で、ツーサイドアップに大きなリボンを付けているぐらいか。

 それにしても、フォルトの周囲が少々おかしい。


「教えてあげるわ。私はマリアンデール。覚えておきなさい」

「ぐっ!」


 マリアンデールのヒールが、更にフォルトの胸板に押し込められた。

 痛くもかゆくもないのだが、強い圧迫感を受ける。


「あら? 動けるのかしら。人間にしては上等ね」

「何だと?」

「周りを見てご覧なさい」


 マリアンデールから言われたとおり、フォルトは首を動かして周囲を見る。

 自身の両隣には、カーミラとレイナスが寝ている。

 それは良いのだが、なぜかルリシオンまでベッドで寝ていた。とはいえよく観察すると、三人とも動いていない。

 寝息も聞こえてこなかった。


「何をやった?」

「質問していいのは私だけって言わなかったかしら?」

「言っていたな」

「私の機嫌を損ねたら……。寝ている二人の女を殺すわよ」

「なに?」

「私の魔法でも動けるなんてね。でも、私は魔族よ」

「それがどうした?」

「貴方の首も女の首も、簡単にねられるわ」

「やってみろ」

「ふうん。じゃあ貴方のお望み通りに……。ねっ!」


 マリアンデールは懐からナイフを取り出した。

 そして、フォルトの首筋を一閃いっせんする。まったく迷いが無いようだが、なんとそのナイフは根元から折れてしまった。


「えっ?」

「よっと!」


 フォルトは無造作に起きだした。

 それからマリアンデールの両腕をつかんで、逆に覆い被さる。

 もちろん人間なら、今の攻撃で死んでいただろう。だがレベル五百の魔人を、ナイフ程度の武器で傷つけるのは不可能である。


「少し落ち着いてもらおうか」

「はっ! 放しなさい!」

「この魔法は時空系魔法か?」

「そっそうよ! 何で貴方が動けるのよ!」

「ははっ。俺も使えるからな」

「え?」


 時空系魔法とは、時間や空間に対する事象を操る魔法である。

 対象の時間を停止させるような魔法も存在するので、寝ている三人はそういった魔法で動けなくなっているのだろう。

 フォルトも今までに、何度か使っている。

 暴れていたルリシオンを止めたり、自宅に来たアーシャの腕を掴むなどだ。

 ちなみに時空系魔法を修得している者同士だと効果は無い。


「マリアンデールと言ったな」

「言ったわね」

「ルリの姉か?」

「そうよ」

「勘違いだ。とりあえず魔法を解除してくれ」


 マリアンデールは諦めたようで、フォルトに言われたとおりに魔法を解除した。すると、周囲には三つの寝息が聞こえてくる。

 それを確認した後は、彼女の両腕から手を放した。


「ルリちゃんとベッドで寝ておきながら、勘違いですって?」

「俺も寝ているとは思わずなあ」

「ルリちゃんに聞けば分かることよ。ルリちゃん、起きて!」

「ん、んんっ」

「ふぁあ。御主人様、何事ですかぁ?」

「フォルト様?」


 寝室が騒がしくなってくる。

 それに伴って、カーミラとレイナスが起き出した。続けて、マリアンデールに声を掛けられたルリシオンも薄目を開けた。

 三人とも眠そうな目をしながら、キョロキョロと周囲を見ている。


「あれ? お姉ちゃんだあ。もう追いついたのねえ」

「ルリちゃん! 会いたかったわよ!」


 満面の笑みを浮かべたマリアンデールは、ルリシオンに向かってダイブする。

 その光景は、カーミラがフォルトに飛び込んでいく姿のようだ。

 以降は一緒になって、ベッドの上でゴロゴロしている。先ほどまでの緊迫した状況とは打って変わり、ホッコリするような光景が繰り広げられるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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